儒烏風亭らでんは世界を蒐集する   作:今日も元気ですマン

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第三十六話 三人分の一ツ星

 窓の障子越しに差し込む白い朝の光で、らでんのまぶたがゆっくりと持ち上がった。

 

 四泊した宿で迎える、五日目の朝だ。

 

 布団の中から顔を出すと、秋の朝のひんやりとした空気が鼻先をくすぐる。それと同時に、共用室の方から、パンがこんがりと焼ける香ばしい匂いと、コーヒーの温かい香りがふわりと漂ってきた。

 

 枕元の布団の上に出して寝ていた右手首を見る。白い包帯は昨夜ピヨンが巻き直してくれたときのまま綺麗に留まっていて、指を軽く握ったり開いたりしても、傷口が引きつるような強い痛みはない。少しだけチリッとする感覚と、大きな仕事を終えた翌朝特有の心地よい身体の重みがあるくらいだ。

 

 隣の布団へ目を向けると、そぴあはすでに起きたあとらしく、綺麗に畳まれた掛け布団の上に、パジャマから着替えたときに外したらしい髪留めが一つちょこんと置かれていた。

 

「……あ、らでん、起きた?」

 

 襖がすっと少しだけ開いて、エプロン代わりに袖をまくったそぴあが顔を覗かせた。

 

「おはよ、そぴあ。いい匂いがするね」

「おはよう! ピヨンさんが先に起きてコーヒーを淹れてくれてたから、パンを焼いて卵を炒めてたの。右手首、痛くない? 着替え、手伝おうか?」

「えへへ、ありがと。でも、指先はちゃんと動くから自分で着替えられるよ。すぐ顔洗って行くね」

 

 布団から抜け出し、首元の雪玉と左手首のミサンガにそっと触れてから、洗面所へ向かう。

 

 冷たい水で顔を洗い、旅支度も兼ねて動きやすい服に着替えて共用室へ出た。窓際の棚には、昨夜ミオとカエラが帰る前に洗って伏せておいてくれた大きな土鍋と五人分のとんすいが綺麗に並んでいる。そしてこの四日間いろんな図面や写真や料理を広げてきた広い机の上は、今朝はすっきりと半分ほど空いていた。

 

 机の片側には、きつね色に焼けた厚切りのトーストと、湯気を立てる黄色いスクランブルエッグ、それから三つのマグカップが並んでいる。反対側の端には、今日これから記念館の別棟へ持って行く提出用の資料束と、自分たちが持ち帰る控えの束が、混ざらないように二つの山に分けて置かれていた。

 

「おはよう、らでん。トースト冷めるから、先に食べよ」

 

 椅子に腰掛けてマグカップを持っていたピヨンが、軽く手を挙げて言った。ピヨンの右手の甲には、昨夜貼った白い湿布がまだ残っていて、カップの取っ手は左手で持っている。

 

「おはようございます、ピヨンさん。コーヒー、ありがとうございます」

「お湯沸かしただけだよ。卵の加減を秒単位で測りながら焼いてたのは、そっちのそぴあ」

「び、秒単位では測ってないです! 余熱で固まりすぎないように、ちょっと早めに火から下ろしただけですよ、ピヨンさん!」

 

 そぴあが顔を赤くして言い訳をしながら、らでんの前の皿にバターを塗ったトーストを置いてくれた。

 

「ほら、らでん、左手だけでも食べやすいように半分に切ってあるからね。コーヒーも、ミルクちょっと多めにしてあるよ」

「わあ、ありがと、そぴあ! いただきます!」

 

 らでんは左手でトーストの片割れを持ち、大きく一口かじった。

 サクッとした表面の歯ざわりのあとに、小麦の甘い香りと溶けたバターの塩気がじゅわっと広がる。続けて、左手のフォークでスクランブルエッグをすくって口へ運ぶと、そぴあがこだわったとおりのとろりと柔らかい半熟で、思わず頬が緩んだ。

 

「んーっ、美味しい! そぴあ、卵すっごくふわふわだよ!」

「ほんと? よかったぁ。昨日のお鍋の雑炊も美味しかったけど、朝のトーストにはやっぱりこのくらいの卵が合うよね」

「うん、ばっちり合ってる。……あ、そぴあ、机の向こうにある二つの束って、もう記念館へ渡す分と分けてくれたの?」

「半分くらいかな。写真の番号と、私が測った旧庫の棚の寸法表までは揃えたんだけど、一組目の三連作と二組目の刀の細かい所見のところは、らでんが書いたメモと一緒に綴じた方がいいと思って残してあるよ」

 

 そぴあが自分のトーストをかじってから、机の端の紙束を指差した。

 

 この四日間、毎日あんなにたくさんの紙を広げていた机なのに、こうして提出用と持ち帰り用に整理されると、木目の天板がやけに広く見える。もうこの部屋で夜に図面を突き合わせることはないのだと思うと、ほんの少しだけ名残惜しいような、それでいてちゃんと仕事をやり遂げた朝らしい清々しい気持ちがした。

 

 三人でトーストと卵を平らげ、温かいコーヒーを飲み干して一息つく。

 

「ごちそうさまでした。……じゃあ、お皿を下げたら、残りの綴じ込みを一緒にやっちゃおっか」

「お皿は私が洗っとくよ。あんたたちは向こうで出す紙、最後にもう一回確認しといて」

「あ、ピヨンさん、右手の湿布が濡れちゃいますよ。私が洗います!」

「コップ三つと皿三枚ぐらい、片手で流せるって。ほら、さっき片付けたばっかの図面、らでんがまた引っ張り出して眺め始める前に閉じちゃいなよ」

「む、らでんだってこれから提出に行くときに、一から眺め直したりしないですよ!」

「今、ちょっと一組目の手紙の写しに目、行ってたじゃん」

「うっ……だ、だって、写真が綺麗に撮れてるかなって思っただけです!」

 

 ピヨンに図星を指されて慌てて資料束を引き寄せると、隣のそぴあがくすくすと笑いながら、クリアファイルとクリップを机の真ん中へ出してくれた。

 

「じゃあ、らでんは左手でページをめくって順番を見てて。私がクリップで留めて、鞄に入れる袋へ分けていくからね」

「うん、お願い!」

 

 二人で肩を並べて、記念館へ渡す報告書の本紙を揃えていく。

 

 表紙には、今回の調査の対象となった旧庫の三組の番号と、それぞれの本来の制作記録、移送前後の写真対照、そして昨日見つかった『古い管理設備の危険な異常作動』に伴う緊急処置の概要が、一般の職員にも分かる言葉で簡潔にまとめられている。

 

 一組目の外箱と三連作、それに添えられていた手紙。二組目の白い柄の刀。三組目の未開封の浅い箱。

 

 らでんが《物語る蒐集帖(ミュージアム・ログ)》で読み取った職人や遺し手の細かな記憶そのものは、念を知らない人にはそのままの証拠としては出せない。

 けれど、記憶を手掛かりにして実際の木片の当て方や金具の摩耗、移送写真の角度から裏付けを取った調査結果は、誰が見ても納得できる確かな記録としてこの紙の上にちゃんと残っている。

 

「あ、そぴあ、この二組目の刀の柄の拡大写真、そぴあが描いた金具の断面図のすぐ後ろに入れた方が見やすくない?」

「ほんとだ、その方が金具の噛み合わせがすぐ分かるね。ここ、旧庫で初めてこの刀を見たときは、どうしてこの角度で留まってるのか分からなかったんだよね」

「うん。でも旧庫の台と照らし合わせて、やっとちゃんと言葉にできたね」

 

 写真を差し替え、角をトントンと揃えてクリップで留める。

 

「よし、これで記念館へ渡す分は全部揃ったね。こっちの青いファイルが、私たちが持って帰る控え」

「ありがと、そぴあ。……あ、そうだ。三組目の箱が載ってた台と、一組目の額の支えを描いたあのスケッチの写し、ミオさん用にもう一枚別にしてあったっけ?」

「うん、一番上のポケットに入れてあるよ。ミオさん、展示の参考にしたいって言ってたもんね」

 

 そぴあが青いファイルの上から、丁寧に折られた図面の写しを少しだけ覗かせて見せてくれた。

 

 洗い物を終えて手を拭きながら戻ってきたピヨンが、二人のまとめたファイルを上から覗き込み、満足そうに頷く。

 

「うん、いいんじゃない。じゃあ、寝室の忘れ物だけ見て、宿の荷物はすぐ出られるように玄関の脇へまとめといて、先に別棟へ行ってこよっか」

「あ、そぴあ、さっき畳んだ布団の上に髪留め置いてあったよ」

「あっ、ほんとだ! 危ない、置いていくところだった。ありがと、らでん!」

 

 ぱたぱたと寝室へ戻っていくそぴあの背中を見送りながら、らでんも自分の旅行鞄の口を左手でしっかり閉めた。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 朝の澄んだ空気が満ちる石段を上り、記念館の本館脇を抜けて別棟の事務室へ入ると、すでに机の上を片付けて待っていたミオが、ぱっと顔を明るくして立ち上がった。

 

「おはようございます、三人とも! らでんちゃん、ピヨンさん、手の具合はどう? 昨夜、ちゃんと眠れた?」

「おはようございます、ミオさん。はい、おかげさまでぐっすり眠れました。手の方も全然大丈夫です」

「おはようございます。今朝は早々にお時間をいただいてありがとうございます」

 

 そぴあが礼儀正しく頭を下げると、ミオの隣の席から、落ち着いたスーツ姿の年配の男性――この記念館の管理責任者が立ち上がり、三人を応接用の長い机へと案内した。

 

「こちらこそ、昨日は旧庫の危険な設備を止めていただいたそうで、本当にありがとうございました。お怪我をさせてしまって申し訳ありません」

「いえ、古い収蔵設備の点検は私たちの仕事ですから。それより、まずは今回の調査結果と、現在私たちが緊急保全している三組の原本についてご報告させてください」

 

 ピヨンが前置きをしてから、隣に座ったらでんへ視線を向けた。今回の調査の主担当はらでんだ。

 

 らでんは背筋を伸ばし、そぴあに手伝ってもらって机の上に報告書の本紙と、現物の状態を記録した写真の束を広げた。

 

「まず、ご依頼いただいた一組目の三連作と外箱、二組目の白い柄の刀、そして旧庫で合わせて確認した三組目の浅い箱についてです。……調査の結果、今回私たちを巻き込んだ危険な仕組みは、この三組を旧庫の棚や台で繋いでいた、古い保持・管理設備の側に組み込まれていたことが分かりました」

 

 らでんは左手の指先で、旧庫の配置図と、昨日撮影したばかりの保全後の写真を順番に指し示した。

 

「そのまま旧庫の台に置いておくと、近づいた人間を巻き込んで作動する危険があったため、昨日の夕方に緊急措置として、危険な管理設備側を完全に切り離して封鎖隔離しました。……そして、記念館の大切な収蔵品である三組の原本については、設備の暴走に巻き込まれないよう、私たちが管理する特別な保全区画へ一時退避させてあります」

 

 責任者の男性が、少し緊張した面持ちで写真へと身を乗り出す。

 

 そこには、昨日三人で《遺念収蔵館(ミュージアム・オブ・エコーズ)》の収蔵区画へ入った際に記録した、『〇〇一』から『〇〇三』までの保管状態が鮮明に写し出されていた。

 

「こちらが現在の三組の状態です。『〇〇一』が外箱と三連作、および付属の手紙。『〇〇二』が白い柄の刀。『〇〇三』が中央の台にあった浅い箱で、こちらは未開封のまま水平に保っています。外から確認できる範囲では、新たな傷や欠損はありません」

「ピヨンさんとそぴあの方でも、退避前後の寸法や外装の状態を照合し、傷や形の変化がないことを確かめています。回収した小刃と、ピヨンさんの調査用の金属へらも、触って怪我をしないよう袋へ分けてあります」

 

 そぴあが実測値の対照表を添えて補足すると、責任者とミオは写真を一枚ずつ確かめながら、大きく安堵の息を吐いた。

 

「……本当に、傷ひとつなくそのままだ。昨日の連絡を聞いたときは、古い設備の事故で品物まで駄目になってしまったのではないかと心配していたのですが……よかった」

「ほんとだね……。あの三連作も、中にあったお手紙も、ちゃんと無事でよかったぁ」

 

 ミオが胸に手を当てて微笑む。らでんはその顔を見て、一番大事なこれからの相談を切り出した。

 

「それで、今後の保管についてご相談があります。この三組はあくまで記念館の所蔵品であり、私たちが一時的に緊急保全しているお預かり品です。ただ、旧庫から切り離した管理設備の仕組みが非常に特殊で危険なものだったため、原本の側にもまだ未確認の影響や、特に未開封の『〇〇三』の浅い箱に安全上の問題が残っていないか、引き続き専門的な追加調査を行う必要があります」

 

 らでんが一息つくと、ピヨンが横から控えの書類を一枚差し出した。

 

「今すぐこの場の一般展示庫へ戻すと、万が一まだ残っている仕組みが反応したときに、職員さんや来館者の方へ危険が及ぶ可能性があります。ですので、安全性の確認と保管方法の整理が済むまでのあいだ、この三組は引き続き私たちの保全区画で責任を持ってお預かりしたいと考えています。もちろん、所有権は記念館にありますし、今後の返還時期や公開の方法、保管場所の変更については、必ずこちらのご責任者の方やミオさんたちと相談の上で進めます。……この形で、一時保全の継続をご了承いただけますか?」

 

 ピヨンの明確な説明に、責任者は書類の項目に目を通し、深く頷いた。

 

「ええ、もちろんです。私たちの手には負えない危険な設備だったことは昨日の件でよく分かりましたし、ハンター協会の専門家の皆さんにそのまま安全に預かっていただけるなら、これほど心強いことはありません。詳細な条件は、この控えのとおりでお願いいたします」

 

 責任者が確認書に署名と印を入れ、ピヨンが自分の控えと交換する。

 これで、旧庫の三組は誰にも分からないまま消えた品ではなく、記念館との正式な合意のもとでらでんたちが継続保全する預かり品になった。

 

 確認書を収めた責任者が、手元の資料をもう一度見て顔を上げた。

 

「それから、セザールの旧蔵品は、この三組だけではないんです。ほかに保管してある品の目録も、後日お送りしてよろしいでしょうか。そちらについても、改めてご相談できればと」

「ぜひお願いします。まず目録と今の保管状態を確かめて、一つずつご相談させてください」

 

 らでんが答えると、隣のピヨンも頷いた。

 

「追加でお預かりする場合も、対象と保全の条件を、その都度確認しましょう。今日の三組とは記録を分けて進めます」

 

 そぴあが連絡先の控えに、目録の送付について書き添えてくれた。まだ見ていない品がある。そのことに胸は弾んだけれど、まずは一つずつ、確かめてからだ。

 

「それと、ミオさん。これ、昨日までそぴあと一緒に調べてまとめた、三連作の額の支え方と、刀の飾り金具の詳しい図解です」

 

 らでんが別にしてあった図面の写しと調査メモを差し出すと、ミオは目を輝かせて両手で受け取った。

 

「わあ、こんなに細かく描いてくれたの!? あ、見て、この割れた額の裏に当ててあった木片の角度まで書いてある!」

「はい。現物はしばらくお預かりすることになりますけど、その品を作った人や、途中で直しながら大切に運んだ人たちがどんな工夫をしていたかは、この図面と写真だけでも展示室のパネルや地域の記録として紹介できると思うんです。……特にこの三連作は、姉を探す手紙と一緒に残っていて、傷んだ額をどう支え直したかまで記録に残っているんです」

「うん、うん……! うちね、これまで旧庫の品って『なんだかよく分からない怖い遺品』みたいに思ってたところがあったんだけど、らでんちゃんたちがこうやって、作った人や運んだ人の手の跡をちゃんと言葉にしてくれたから、次はきっと来館者の人にも『こういう思いで作られた品なんですよ』って胸を張って紹介できるよ」

 

 ミオが図面の端を愛おしそうに撫でながら言う。

 

「手紙を書いた人が、本当にお姉さんに会えたのかどうかまでは、まだこの館の記録だけでは分かりませんでした。でも、もしこれから先、よその土地の古い資料や手紙を見ることがあったら、私の方でも気をつけて探してみます。何か分かったら、すぐミオさんへ連絡しますね!」

「ほんとに!? 嬉しい、ぜひ教えて! うちの方でも、町の古い寄贈台帳や昔の郵便の記録がどこかに残ってないか、少しずつ探してみるね」

 

 危険な罠を仕掛けたセザールの悪意は、決して許せるものではない。

 けれど、こうして絵を描いた誰かの思いや、それを直して繋いだ誰かの仕事が、ミオの手を通じてこの町の記録として残っていくのなら、やっぱり調べてよかったのだと心から思えた。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 責任者との手続きを一通り終えると、ミオが「出発前にちょっとお茶を淹れてくるね」と立ち上がった。ピヨンは協会への連絡用に隣の空室を借り、三人で移って扉を閉めた。

 

「協会の担当窓口へ送る非公開の報告書は、さっき私がまとめたこの書面で出すよ。死後念を用いた継承機構の存在と、らでんの《遺念収蔵館》による分離隔離、それから原本三組の継続保全についてね。寿命の細かい数字やジンのミサンガのことまでは、協会の一般記録に載せる必要ないから、術理の安全性と隔離が成立してることだけ書いてある」

「ありがとうございます、ピヨンさん。……あ、そしたら、今回の仕事を紹介してくださったパリストンさんへは、私から終わりの連絡を入れた方がいいですよね」

「そうだね。指名で回してきた案件だし、無事に終わったことと、危険な設備の処置が済んだことだけ伝えておけばいいよ。貸しよっか、通信機」

 

 非公開の報告書を送信し終えたピヨンから、小型通信機を左手で受け取る。らでんは控えの紙に書かれていた連絡先を呼び出した。

 

 数回のコール音のあと、通信がつながり、聞き覚えのある穏やかで柔らかい男性の声がスピーカーから流れてきた。

 

『――はい、パリストンです。おや、ピヨンさんの通信機からということは、らでんさんですね?』

「はい、ご無沙汰しています、パリストンさん。儒烏風亭らでんです。ご紹介いただいたセザール記念館の初回の現地調査とご報告が済みましたので、ご連絡しました」

『まあ、それはお疲れさまでした。……らでんさん、ご無事だったんですね。本当によかったです』

 

 とても丁寧で、心から安堵したような優しい声色だった。

 

 けれど、その『ご無事だったんですね』という一言が耳に入った瞬間、らでんの背中に、なぜだかほんの少しだけひやりとしたものが掠めた。

 

 まるで、無事では済まないかもしれない何かがそこにあると、最初からどこかで予期していたような響き。けれど、言葉の表面はどこまでも親切なねぎらいの形をしていて、どこを指してそう感じたのか、自分でもうまく掴めない。

 

「……はい。旧庫の収蔵品を繋いでいた古い管理設備に、未記載の危険な念の仕組みが残っていたのですが、ピヨンさんとそぴあさんの協力のおかげで、危険な部分は完全に隔離し、収蔵品三組も傷つけずに保全することができました。先ほど記念館の責任者の方とも、今後の継続保全について合意が済んでいます」

『そうですか。やはり、らでんさんにお願いして正解でしたね。古い品をただ壊して処分するのではなく、価値ある部分をきちんと残してくださると思っていましたから』

 

 パリストンはにこやかに言ったと思うと、一拍も置かずに、すっと実務の明るい調子へと声を切り替えた。

 

『記念館側からの完了確認が協会へ届き次第、今回の調査報酬も所定の手続きで支払われるように手配しておきますね。……ところで、その保全された三組の品というのは、やはり歴史的にもなかなか興味深いものだったのでしょう?』

 

 どんな危険があったのかを詳しく尋ねるでもなく、ごく自然に『成果』の方へと関心が移っていく。

 

 その早さが、らでんにはなんだか少しだけ嫌だった。隣で聞いていたピヨンも、小さく眉をひそめて通信機を見つめている。

 

「ええ、そうですね。三連作の絵も刀も、当時の職人の丁寧な仕事が分かる素晴らしい品でした。ただ、安全上の理由からしばらくは追加調査が必要です。必要な報告は協会の担当窓口へ提出済みです」

『ふふ、かしこまりました。真面目ならでんさんらしいご報告ですね。それでは、道中どうぞお気をつけてお帰りください。また面白いお話が聞けるのを楽しみにしていますよ』

 

 ぷつり、と通話が切れる。

 

 らでんは通信機をピヨンへ返しながら、小さく息を吐いた。

 

「……なんだか、最初からあそこに危ないものがあるって知ってたみたいに聞こえましたね」

「あの人の場合、あの中身の仕掛けまで全部知ってたっていうより、『執着の強い蒐集家の旧庫なら、らでんが突っ込んで何か引きずり出すだろう』くらいの当て推量で投げてきた線が一番濃厚だけどね。どっちにしても、性格悪いのは間違いないから、まともに気にしなくていいよ」

「……すごいですね、今の電話だけでなんだかちょっと背中がざわざわしました」

 

 そぴあも少し身震いをして言った。

 

 そのとき、ピヨンの手の中にあった通信機が、ピピッ、と短い着信音を鳴らした。

 

「ん? 今のパリストンじゃなくて、協会の審査部からの通知だ。……あ」

 

 画面を開いたピヨンが、ふっと目元を緩めた。いつもならすぐ口に出すのに、今回は何も言わず、通信機を二人の方へ向けてくる。

 

「ほら。二人とも見て」

「何ですか?」

 

 そぴあと肩を寄せて、小さな表示画面を覗き込んだ。通知メールの同じ枠の中に、三人の名前が並んでいる。

 


 

 ハンター協会 称号審査部通知

 

 審査の結果、本日付で以下の三名を《一ツ星(シングル)》ハンターに認定する。

 

 儒烏風亭らでん

 文化財の安全移送・緊急保護方式の確立と普及。

 

 宙科そぴあ

 精密観測及び《交差磁序理論》をはじめとする物理学上の功績。

 

 メンチ

 食用資源の保全・安全な利用と、食糧供給の改善。

 


 

「……っ!」

 

 一番上に自分の名前がある。そのすぐ下には、さっきまで隣で写真を綴じてくれていた人の名前もあった。

 

「ピ、ピヨンさん、これ……っ! 《一ツ星》、通ったんですか!?」

「『認定する』って書いてあるじゃん。この街へ来た日の昼ご飯のときに私が言ってた推薦書、今日ちょうど認定が下りたみたいだね」

「わああっ!! らでん、おめでとう!! すごい、すごいよ!」

「そぴあも! ほら、ここ!」

「……えっ」

 

 らでんを見ていたそぴあの目が、もう一度画面へ戻る。自分の名前を指で追いかけ、功績の行の途中で止まった。

 

「うそ。そぴあも……?」

「うん! おめでとう、そぴあ!」

 

 差し出しかけた左手を、そぴあが両手でぎゅっと握った。言いたいことが一気に来たのか、口を開いては閉じ、それから笑いながら大きく頷く。

 

「ありがと! らでんも、おめでとう!」

「ふふ、今も言ってくれた」

「もう一回くらい言わせてよ!」

 

 同じ画面の下にはメンチの名前もある。最初の昼に聞いた推薦の話が、今度は三人分の結果になって届いていた。

 

 らでんはもう一度、画面の文字列を食い入るように見つめた。

 

 今回のこの記念館で、命がけで死後念を封じたことへのご褒美ではない。

 『文化財の安全移送・緊急保護方式の確立と普及』。らでんがこれまでいくつもの現場を歩き回り、権利や来歴の記録と安全確認の手順を一つずつ組み立てて、自分がいなくてもよその人たちが大事な品物を守れるように広めてきたこと。

 そして《トンバロ盗掘団》から品物を取り返したり、絵に筆を足さずに元の色を再現する方法を美術館の人たちと作ってきたりした、これまでの地道な仕事が、ちゃんと形になって認められたのだ。

 

 この街へ来た日の昼、オムハヤシを食べながらピヨンから「推薦、出しといたよ」と聞いたときのことが、鮮やかな温度を伴って胸に蘇ってくる。

 らでんは画面から顔を上げると、椅子の前でまっすぐに立ち上がり、ピヨンに向かって深く頭を下げた。

 

「ピヨンさん……っ、本当にありがとうございます! ピヨンさんが各地の現場の報告書を全部取りまとめて、推薦書を出してくださったおかげです!」

「私は散らばってた紙を揃えてハンコ押しただけだって。実績作ったのはあんた自身なんだから、そんなに頭下げなくていいよ」

 

 ピヨンは少し照れくさそうに人差し指で頬を掻き、それからいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

 

「で、言ったとおり星ついたんだから、次からはややこしい閲覧申請も私の名前使わないで、自分のシングルライセンスでやってよね」

「えーっ、今せっかく感動してたところなのに、もうその話ですか!?」

「そぴあも、今度は自分の名前で出せますね」

「うん。二人分まとめて私のとこへ回してこないでよ?」

「まだ何もお願いしてないですよ!」

 

 抗議するそばから笑ってしまう。ピヨンは軽く肩を叩き、それからそぴあへも顔を向けた。

 

「二人とも、おめでとう」

「はい! ありがとうございます、ピヨンさん!」

 

 そぴあと返事が重なり、また二人で顔を見合わせた。こんなに大きなことを、一緒に受け取れるとは思わなかった。

 

 鞄の中で自分の端末が震えた。取り出してみると、今度はメンチからの短いメッセージだった。

 

『見たよ、おめでと!』

 

 らでんは思わず画面をそぴあへ向けた。通知に名前があった本人が、もうこちらを祝ってくれている。

 

『メンチさんも、おめでとうございます! 今、そぴあと一緒に通知見てます!』

『そっち二人一緒なの? じゃあ二人まとめておめでと。今度三人でご飯行こうよ』

 

「私からも、おめでとうございますって伝えて!」

「うん。……あ、一言、自分で打つ?」

 

 端末を渡すと、そぴあが少し背筋を伸ばして打ち込んだ。

 

『そぴあです。おめでとうございます! ぜひご一緒させてください!』

『決まり。お店はあたしが選ぶから』

 

「それはもう、絶対美味しいやつだね」

「ね。お腹空けて行かなきゃ」

 

 口にしただけで、まだ日も決まっていない食事が楽しみになった。らでんは端末を受け取り、二人で行くのを楽しみにしています、と返す。

 

 さっきのパリストンの電話で残っていた小さな引っ掛かりなんて、目の前の笑い声と、画面に届いたお祝いがあっという間に吹き飛ばしてくれた。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 事務室へ戻ると、お盆にお茶を乗せたミオが待っていた。一ツ星のことは大げさに言わずに「そぴあとらでん、これまでの仕事の審査が一つ通ったんです」と報告すると、ミオも自分のことのように目を丸くして「えっ、二人とも!? すごいじゃん、おめでとう!」と喜んでくれた。

 

 別棟の机で温かい緑茶をいただきながら一息つき、連絡先の控えを改めて交換してから、四人は宿へ荷物を取りに戻る途中で、石畳の路地にあるカエラの工房へ立ち寄った。

 

 開け放たれた木戸の奥からは、カン、カン、と澄んだ金属音と、やすりをかける規則正しい音が響いてくる。作業台の上で新しい金具の角度を確かめていたカエラが、入り口の影に気づいて顔を上げ、ゴーグルを額へ押し上げた。

 

「おー、記念館の方の話はもう終わった? らでん、包帯がずれてないってことは、今朝はおとなしくしてたみたいだね」

「はい、ばっちり終わりました! これから宿の荷物を持って、お昼前の列車で発つので、その前にカエラさんにもご挨拶したくて」

「カエラさん、昨日はお鍋もありがとうございました。あと、工房で元の測量具の写真を見せてくださったのも、すごく参考になりました」

 

 そぴあも一歩前へ出てお礼を言う。カエラはやすりを置き、革手袋を外して作業台の前から出てきた。

 

「礼には及ばないよ。その代わり、次にどこかの街で会ったときは、その鍋の豆腐の所有権は最初から私に譲ってもらうからね」

「カエラちゃん、まだ昨日のお豆腐のこと言ってるの? 次に来るときは、最初から二丁入れとくから安心してよ」

「おお、ミオのその言葉、忘れないからね」

 

 ミオとカエラのやり取りに笑ってから、らでんは一歩前へ出て、左手で自分の襟元から細い紐に通された鋼の雪玉を少しだけ引き出して見せた。

 

 旧庫の中で何が起きたのか、寿命の半分を払ったことや、この雪玉が《遺念収蔵館》の鍵になったことまで全部を説明することはしない。けれど、昨日一番苦しかったときに、カエラが鍛え直してくれたこの丸い鋼の重みが確かに自分を支えてくれたことだけは、どうしても伝えておきたかった。

 

「でもカエラさん、これだけはちゃんとお礼を言わせてください。この雪玉のお守り、昨日、本当にらでんを守ってくれたんです。カエラさんがあの日、工房で綺麗に打ち直してくださったおかげです。ありがとうございました」

 

 らでんが真っ直ぐに目を見て言うと、カエラは少しだけ目を丸くして雪玉を見つめ、それからふっと口の端を柔らかく持ち上げた。

 

「……そうか。私の打った鋼がちゃんと仕事をしたんなら、鍛冶屋としてこれ以上嬉しいことはないよ。もう一仕事終えた顔をしてるけど、形は崩れてないね。これからも大事に持っててあげてよ」

「はい、一生大事にします!」

「あんたも、ここの仕事が落ち着いたらまた連絡しなよ。希少金属のルートで面白い話があったら回すからさ」

「お、さすがピヨン。その話も楽しみにしてるよ」

 

 ピヨンとも軽く拳を合わせ、工房の前でカエラとしっかり握手を交わす。

 それから宿へ戻って女将さんに挨拶をし、玄関脇に預けてあった旅行鞄を受け取ってから、最後はミオが小さな駅まで一緒に歩いて見送りに来てくれた。

 

 十月下旬の昼前の日差しが、駅のホームの石畳と、遠くの色づき始めた山並みを明るく照らしている。

 

 改札を抜けたホームのベンチの前で足を止めると、ミオが自分の肩掛け鞄から、小さな和紙の包みを三つ取り出して差し出した。

 

「はい、これ! 昨日のお祭りの屋台で買っておいた、くるみゆべし。汽車の中で小腹が空いたら、三人でお茶と一緒に食べてね」

「わあ、ありがとうございます、ミオさん! くるみゆべし、大好きです!」

「わーい! ミオさん、ありがとうございます、汽車の中でらでんと分けっこして食べますね!」

 

 ほどなくして、山あいの線路の向こうから、初日に乗ってきたのと同じ古い列車が、ごとごとと音を立てて滑り込んできた。

 

「らでんちゃん、そぴあちゃん、ピヨンさん。四日間、ほんとにお疲れさまでした! 記念館のお仕事だけじゃなくて、お祭りも、焼肉もお鍋も、うちすっごく楽しかったよ!」

「ミオさん、私たちの方こそ、ミオさんが案内してくださったおかげで、この街のことも記念館の品のことも大好きになりました。図面の追加で分かったことや、あのお手紙のことで何か見つかったら、すぐにお手紙書きますね!」

「私からも、昨日撮った旧庫の棚の整理写真、焼き増しできたら記念館宛てに送りますね。またお鍋、一緒に食べたいです!」

「うん、絶対だよ! お預かりしてもらってる三組のことも、またいつでも連絡してね。手首の傷、汽車の中でぶつけないように気をつけるんだよー!」

 

 ミオとピヨンが連絡先の控えを最後に確かめ合い、三人は開いた列車の扉へと乗り込んだ。

 

 今回はピヨンと同じ車両に、そぴあも一緒だ。ただ、途中の大きな乗り換え駅で、師匠のチードルのもとへ戻るそぴあとは一度別々の路線へ分かれることになる。

 

 窓際の席にらでんとそぴあが向かい合って座り、通路側にピヨンが鞄を棚へ上げて腰を下ろす。開けた窓から身を乗り出すと、ホームに立ったミオも、少し後ろの坂道に立つカエラも、大きく手を振ってくれていた。

 

「ミオさーん! カエラさーん! ありがとうございましたー!」

「気をつけてねー! また絶対遊びに来てよー!」

 

 プシューッ、と白い蒸気の音が鳴り、列車がゆっくりと動き出す。

 

 遠ざかっていくホームのミオの姿と、祭りの提灯が片付けられた石段、そして丘の上の記念館の屋根が、車窓の向こうで少しずつ小さくなっていく。見えなくなるまで左手で手を振り続け、ようやく席へ深く座り直したときには、胸の奥がじんわりと温かくなっていた。

 

「……終わっちゃったね、らでん」

「うん。でも、なんだか寂しいだけじゃないよ」

 

 らでんは向かいの席のそぴあを見て、にっこりと笑った。

 

「だって、あの三組の品物は今も館の中でちゃんと守ってるし、これから先も調べることはまだ残ってるもん。それに、途中の駅で一回お別れしても、そぴあとはすぐにまた会えるでしょ?」

「うん! 戻ったらまず今回の測定記録を整理して、らでんに図面の清書を送るね。……で、次の休みが取れたら、昨日の夜に約束したとおり、らでんの館の休憩区画に置く丸いテーブル、一緒に選びに行こうよ!」

「あ、それ絶対やろう! お茶を置いても図面が濡れない広いやつだよね。……それにさ、そぴあ。らでん、これからまたいろんな街へ行って、まだ誰も知らない古い道具や、誰かが残した手紙や絵をいっぱい見に行きたいんだ。それで、面白いものを見つけたら『ねえそぴあ、これ見て!』って一番に写真や図を送るから、また一緒にああでもないこうでもないって考えてくれる?」

 

 らでんが身を乗り出して言うと、そぴあはぱっと花が開いたみたいに顔を輝かせて、大きく頷いた。

 

「もちろん! らでんがどんな変なものを見つけてきても、そぴあが隣でばっちり寸法と角度を測ってあげるからね!」

「ふふ、頼もしいなぁ。……ね、ピヨンさんも、また館の展示室に最初の品物が並んだら、見に来てくださいますよね?」

「いいよ。ただし、危ない仕掛けがくっついたままのやつは、先にちゃんと安全確認してからにしてよね。……あ、あと乗り換え駅に着いたら、二人のシングル昇格祝いに、駅弁ぐらいは奢ってあげる」

「やった! ピヨンさん、今の言葉、そぴあも証人ですからね!」

「はい、そぴあ、しっかり記録しました、ピヨンさん!」

「そういうときだけ息ぴったりなんだから」

 

 ピヨンが呆れたように笑い、らでんとそぴあも顔を見合わせて声を上げて笑った。

 

 笑い声が落ち着いたところで、らでんは左の袖を少しだけ上げた。手首の細い組み糸は、結んだときと同じ形でそこにある。

 この人にも、無事に出てこられたことを伝えておきたい。鞄からもう一度端末を出し、ジンの連絡先を開く。白い場所で聞いた声をどう書こうか迷ってから、まず一番伝えたいことだけを打ち込んだ。

 

『ミサンガに助けられました。無事に戻ってます。本当にありがとうございました』

 

 いつ読まれるかも分からないと思っていたのに、ほどなく画面が光った。

 

『おう』

 

「……短い」

 

 らしいといえば、実にらしい。少し笑って端末を伏せかけたところで、もう一通届いた。

 

『そういや、お前に言っとくわ。今教えてる新人ハンターに、お前んとこ行けって言っといた』

『えっ!? 急ですね。どなたですか?』

『カイトって奴。飲み込みは早えけど、一人で何とかしようとする。お前に似てる』

 

 そこは、似ていなくてもいいところではないだろうか。反論の文面を考えるより先に、次が来た。

 

『面倒見てやれ』

 

 頼むでも、相談があるでもない。もう決まっているらしい。らでんは左手首の結び目と画面を交互に見て、思わず息を漏らした。お礼を送ったはずなのに、いつの間にか次の用事まで渡されている。

 

『分かりました。連絡が来たらお話してみます。次からは先に一言くださいね』

 

 送ってみたが、今度は返事がない。言いたいことだけ言って、もうどこかへ歩き出してしまったような静けさだった。

 

「どうしたの、らでん?」

「師匠がね。弟弟子をこっちに行かせるから、面倒見てやれって」

「今の数通で?」

「うん。どこにいるかも聞かずに」

 

 そぴあが堪えきれずに笑い、通路側から覗いたピヨンも肩を揺らした。

 

「ジン、相変わらずだね」

「ほんとですよ。まあ、連絡が来るのはちょっと楽しみですけど」

 

 カイト。どんな人なのだろう。写真のどこが気になったかを、そぴあに真っ先に聞いてみたかった初日のことを思い出す。今度来る人は、どんなものを見ると足が止まるのだろうか。

 こちらへ来ていいと言われた人を迎えられるなら、会ってみたい。らでんは新しい名前を覚えて、端末を鞄へしまった。

 

 ガタン、ゴトン、と心地よい列車の揺れが足元から伝わってくる。

 

 左手首のミサンガと、包帯の下の浅い傷。首元の雪玉の鍵の奥には、まだ展示室のケースが空っぽのままの、らでんだけの新しい美術館が静かに息づいている。

 

 怖い思いもしたし、払った代価は決して小さくはない。

 それでも、窓の外を流れていく秋の山の景色を見つめていると、「次はどんな街で、どんな人が残した品物に出会えるんだろう」「それをどうやって守って、誰に見せてあげよう」というわくわくした気持ちが、もう胸の奥から止めどなく湧き上がってきていた。

 

 らでんは傷のない左手で車窓の枠にそっと触れ、澄み渡った十月の青空の下を走る列車に揺られながら、まだ見ぬ次の蒐集の旅へと目を輝かせた。

 




ここまでの登場人物・設定をまとめました。よかったら振り返りようにどうぞ見てみてください。
https://sekai-shushu-cho.pages.dev/#/chapter/museum

ゴシカ・シティ編、最後までお付き合いいただきありがとうございました! さて、十老頭入りを果たした桐生組。となれば、気になるのは、その武力を担う念能力者集団――《陰獣》です。 皆さんは、誰に陰獣の一員として登場・活躍してほしいですか? 今後の構想の参考にさせていただきます!

  • 桐生組直参 天音かなた
  • 桐生組直参 角巻わため
  • 金虎堂頭領 虎金妃笑虎
  • ベルベット商会 フィクサー 一条莉々華
  • ゴシカでは掃除屋が陰獣を兼ねるしきたり
  • その他新規で別のホロメン
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