第一次試験を終えた九十一人の受験者は山間部の小さな採石場跡へ移動していた。さっきまでの薄暗い鉱山とは違い今度は空が広い。乾いた風、むき出しの岩肌、切り立った崖。足元の砂利は滑り、ところどころに鉱脈らしき色の違いが見える。日差しが岩に当たり、白い部分だけが強く照り返す。
はじめは岩山を見上げて言った。
「また山?」
らでんが返す。
「今度は走らないといいですね」
メンチは周囲を見ながら鼻を鳴らした。
「ここ、なんか変な匂いする」
「石の?」
「土」
「分かるんです?」
「分かる」
はじめが素直に言う。
「すげえな」
メンチはちょっと得意そうだった。
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受験者たちの前にはまだ試験官がいなかった。代わりに中央に一脚だけやたら可愛らしい椅子が置かれている。ピンク色、小さい、場違いだった。岩の灰色の中で一つだけ色が浮いている。はじめが言う。
「なんだあれ」
らでんも首を傾げる。
「試験官用……?」
「小さくね?」
「子供?」
メンチが言った瞬間だった。
「まさかね」
「遅い!」
高い声が響いた。全員が振り向く。小柄な少女が岩場の上に立っていた。金髪、可愛らしい服、見た目だけなら受験者の何人かより年下に見える。
その少女はぴょんと岩から飛び降りる。着地、音がほとんどしない。砂埃すら余計に立たない。そのまま例のピンクの椅子へ腰掛けて足を組む。
「第二次試験担当」
少女はにこっと笑った。
「ビスケット=クルーガー。ビスケって呼んでいいわよ」
受験者の何人かがざわつく。らでんは隣のはじめへ小声で聞いた。
「知ってます?」
「知らん」
メンチは目を細めた。
「……聞いたことある」
「有名?」
「星持ちのハンター。可愛らしい見た目してるけどプロハンターの中でも別格だよあいつ」
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ビスケは九十一人を見渡した。その目は可愛らしい外見と全然合っていなかった。一人ずつ靴、手、姿勢、疲労、呼吸、荷物、視線。全部見られている気がする。らでんは無意識に背筋を伸ばした。ビスケが笑う。
「安心しなさい。今回は走らせないから」
あちこちから安堵の声が上がる。その瞬間、ビスケの笑顔が少し悪くなる。
「その代わり、頭は使ってもらうけどね」
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試験補助員たちが受験者へ小さな布袋と袋用の番号札を配り始める。一人一つ。袋は拳大の石が一個入る程度。布の手触りはざらつき、紐を引くと口が窄まる。ビスケが言う。
「試験内容は簡単」
後ろの谷を指差す。
「この谷から、私が“磨く価値がある”と思う原石を一つ持ってきなさい」
受験者たちが静かになる。誰かが手を上げる。
「価値って、金額ですか?」
「さあ?」
「宝石?」
「どうかしら」
別の受験者が聞く。
「種類は?」
「自分で調べなさい」
「正解は一種類?」
「教えない」
「基準は?」
「だから」
ビスケの笑顔が一段怖くなる。
「それを考えるのが試験でしょうが」
沈黙。はじめがらでんへ小声で言う。
「怖っ」
「聞こえますよ」
ビスケの目が一瞬こちらを向く。はじめが黙る。
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ビスケが告げた。
「制限時間は三時間。袋に入れて持ってきて。提出する石への研磨・整形は禁止。他人の石を奪っても失格にはしない」
ざわめきが起きる。
「ただし、奪った石の価値を自分で説明できなかったら、即失格」
受験者たちが少し静かになる。
「じゃ、始め」
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九十一人が一斉に谷へ散った。らでんもはじめもメンチも動く。だが三人はすぐに別れた。今度の試験は一緒に考えても意味がない。むしろ他人の答えに引っ張られる方が危ない。
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らでんは最初の十分で自分が困っていることを理解した。
「……これ、私専門外だ」
石、鉱物、結晶。工芸材料としての知識はある。顔料、釉薬、彫刻、建材、宝石の歴史、文化との関わり。でも鉱物そのものを専門にしているわけではない。足元にはそれっぽい石がいくらでもある。白、赤、黒、透明、きらきら光るもの、金属光沢、しま模様。日光の下ではどれも少し良く見える。
一つ拾う。綺麗。掌の上では軽く、角が光を返す。でも綺麗だから何だ。別の石。重い。でも重いから何だ。
「“磨く価値がある”」
言葉を反芻する。高価、珍しい、美しい、加工した時に化ける、まだ評価されていない。意味はいくらでも取れる。
「嫌な問題だなあ……」
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少し離れた場所。はじめはもっと雑だった。拾う、持つ、投げる。拾う、振る、叩く、耳に当てる。石同士を軽くぶつけた時の返りだけが乾いて響く。
「……違う」
捨てる。また拾う。その様子を見た受験者が笑った。
「何してんだ?」
はじめは石を見ながら答える。
「わかんね」
「は?」
「でもこれは違う」
「何が?」
「わかんない。でも違うのはわかる」
男は呆れた顔で去った。はじめは気にしない。掌の重さだけが残る。
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メンチは石より先に地面を見ていた。指で土を触る。乾いた表土の下は少し湿り、指先に付いた粒を払う。匂いを嗅ぐ。近くの水滴を指先に取り、少しだけ舐める。
「しょっぱ……」
眉を寄せる。また別の場所へ。岩肌に染み出している水、ほんの少し指先につけて舐める。
「こっちは違う」
近くの受験者が気味悪そうに見る。メンチは気にしなかった。足裏の土の締まりと水の味が、少しずつ違う方角を示している。
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四十分。らでんは一度立ち止まった。手が伸びるのは日差しに反射する綺麗な石ばかりだ。
(これ、釣られてるな)
見る対象を変える。石じゃない。石がある場所。地層、崩れ方、水の跡、周囲の植物、露出している鉱脈。
らでんはしゃがみ込む。砂利の間に生える草の向きと、斜面の湿りが一筋だけ違う。一つの斜面だけ色が違う。灰色の岩、その中に細く青白い筋。
近くに落ちている石は見た目には地味。だが割れた断面だけごく細かく光っている。指先で撫でると、周囲の石よりきめが詰まっている。
「……これ」
拾う。掌に乗せると少し重い。近くの石と密度が違うような気がする。断面、結晶。ただし名前が分からない。
「分からないな」
らでんは少し笑った。
「でも、分からないから面白い」
その石を袋へ入れた。紐を引く手つきが少しだけ軽くなる。
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一時間半。はじめはまだ決めていなかった。手には三個、どれも地味。日に当てても光らない。
「んー」
右手、左手、重さを比べる。一つだけ明らかに持った感じがおかしい。サイズの割に重い。でも単に重いだけじゃない。
手のひらの上で転がすと、重心が少し偏り、止まる位置がいつも同じになる。
はじめは石を耳元で振る。何も鳴らない。指先で弾くと、返る音だけが少し低い。でも内部に何かある気がする。理屈は分からない。
「これだな」
袋へ入れた。
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メンチは谷の端、小さな水溜まりの前で座っていた。縁にだけ薄緑色の結晶が付き、底には沈んだ土が見える。近くの土と水を比べながら舐める。少し苦い。もう一度確かめる。
「……金属っぽい」
結晶そのものではなく、その下の母岩から取り出すために割る。断面に細い筋が走り、指で触るとざらつきが違う。
「これね」
袋へ入れた。
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残り四十分。受験者たちが次々に戻り始める。ビスケの前に机が並べられている。一人ずつ石を置く、説明、判定。
「不合格」
「え!?」
「ただの水晶。しかも普通」
次に進む。「合格」に歓声が上がり、「不合格」「合格」と続く。
ビスケの基準は全く読めない。机の上の石はどれも似たように見えるのに、結果だけが分かれる。
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トンパの番になった。持ってきたのは黒っぽい小石。ビスケが聞く。
「理由」
トンパは答える。
「谷で一番多く拾われてなかった石だから」
ビスケの眉が少し動く。
「それだけ?」
「最初の一時間、他の受験者を見てた。綺麗な石に人が集中してた。でも試験官が“磨く価値”って言った。なら最初から綺麗なものは引っかけだと思った」
ビスケが少し笑う。
「で?」
「同じ層から採れた石の中で、これだけ比重が違う。専門じゃないから種類は知らない。でも加工前の原石としては候補になる」
ビスケが告げる。
「合格」
トンパがにやりと笑った。
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メンチの番になった。袋から地味な母岩を出す。ビスケが聞く。
「理由」
「水。この辺の湧き水、場所によって味が違った」
ビスケの目が少し変わる。メンチは続ける。
「この石の周辺だけ、苦味と金属っぽさが強かった。だから水に溶けてる成分が違う。中に何かあると思った」
ビスケが石を手に取る。光へかざし、断面の筋を確かめる。確かに当たりだった。
けれどビスケが見ていたのは石より目の前の少女の方だった。それを全部“食”の延長線上で繋げている。興味の方向さえ合えば判断が異様に速い。
(――なるほど、ガーネットみたい)
ビスケは内心で少し笑った。
色がはっきりしている。熱がある。何が好きなのかもう本人が知っている。しかも自分から勝手に削れて勝手に尖っていきそうだ。磨けば尖る。でもたぶん丸くはならないわね。それも悪くない。
ビスケはメンチを見る。
「……舐めた?」
「ちょっと」
「馬鹿!」
「え」
「毒だったらどうすんのよ!」
「少しだけだし」
「少しでも毒は毒!」
メンチがちょっとムッとする。
「でも当たってるでしょ」
ビスケは一瞬黙る。
「……合格」
「ほら」
「次やったら落とすわよ」
「はいはい」
「はいは一回!」
メンチが去っていく。ビスケはその背中を見送りながらほんの少し口元を緩めた。
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はじめの番になった。はじめが石を置いた。ビスケが聞く。
「理由」
はじめが答える。
「なんか違う」
沈黙。ビスケのこめかみに青筋が立つ。
「……なんか?」
「うん」
「説明しなさい」
「サイズの割に重くて、持つとこっちへ重さが寄る」
指差す。
「それから?」
「叩いた時の返りも違う」
ビスケが石を持つ。軽く転がし角度を変え指先で重心を確かめる。内部に別種の結晶。外から見ただけではまず分からない。
ビスケは石から視線を上げた。説明は粗い。なのに手のひらだけで重さの偏りと反発の違いを拾っている。
――へえ、とビスケは内心で思った。
(・・・翡翠みたいなヤツ)
外から見ただけでは中にどんな色が眠っているのか分からない。でも妙に壊れにくい。粘る。
そして何より(この子自身が、まだ自分の中身を知らない)
何を好きになって何を目指してどんな色になるのか本人すらまだ分かっていない。それが面白い。
ビスケはほんの少しだけ目を細めた。いい原石。けれどそんなことを本人へ教えてやる理由はなかった。何でもない顔へ戻る。
「……合格」
はじめが笑う。
「よっしゃ」
「ただし」
「ん?」
「次から“なんか違う”だけで説明終わらせたら落とすからね」
「えー」
「えーじゃない!」
らでんが少し笑いながら拍手した。はじめは石を袋へ戻しながら呟く。
「当たってたならいいじゃん」
ビスケはその背中を見送った。(中の色が見えるのは、まだ少し先かしらね)と内心で思った。
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そしてらでんの番になった。袋から灰色の地味な石を出す。ビスケが聞く。
「理由」
らでんは正直に言った。
「種類は分かりません」
周囲が少しざわつく。
「へえ」
「じゃあ何で持ってきたの?」
らでんは谷の方を指す。
「この石があった層だけ、周囲と違いました。母岩の色、水の通り方、近くの植生、それから割れた断面。この筋のところだけ結晶の出方が違います。なので高価かどうかは分かりません。でもこの谷の中で形成条件が変わっている場所の石だと思いました」
ビスケは何も言わない。石を手に取り光へかざし角度を変える。断面の筋が光の向きで細く明滅する。正解。でもやはりビスケが見ていたのは石より本人だった。専門外と認めて、見方そのものを変えた。
――この子、とビスケは内心で目を細めた。頭がいい。それはそう。でもそれ以上に〈自分の見方を捨てられる〉
知識がある人間ほどここが難しい。知っている型に現実を押し込みたがる。でもこの子は違う。違うと思えば角度を変え、また見てまた考える。するとさっきまで見えなかったものが別の色で現れる。
ビスケは内心思った。
(オパール・・・一方向から見ただけでは何色なのか分からない)
光を変え角度を変え見る場所を変える。そのたび違う色が出る。磨くほど光るというより、見る角度を増やすほど色が増えるタイプ。
ビスケはほんの少しだけ口元を緩めた。
「合格」
らでんがほっと息を吐く。
「よかった……」
ビスケは軽く言う。
「途中で見方を変えたのは悪くなかったわ」
「ありがとうございます」
それだけ。それ以上は教えてやらない。本人が自分で磨けばいい。
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判定は夜に入る頃まで続いた。谷に補助灯が点き、岩肌の影が長く伸びる。九十一人のうち、合格者は三十六人。ビスケが残った受験者を見渡す。
「今回の試験。高い石を拾ってくればいいと思った人、綺麗な石を拾えばいいと思った人、他人が選んだものを真似した人。全部落としたわ」
何人かが緊張する。ビスケは一つの石を手のひらで転がす。
「価値は、今見えてる姿だけじゃ決まらない。中に何があるか、何に変わるか。それを見るのがハンターの仕事でしょ」
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試験終了後。はじめが自分の石を見ながら言った。袋の口を開け、重さだけをもう一度確かめる。
「うち、石のこと全然分かんねえのに受かった」
らでんが答える。
「でも、違いは分かったんでしょう?」
「感覚で」
「それも能力ですよ」
メンチが横から言う。
「らでんも専門外なのに結構やるじゃん。顔に出てたよ」
「そんなにですか。めちゃくちゃ困りましたよ」
三人で少し笑う。谷の風が少し冷たくなり、一日の疲れがようやく出てくる。
そこへ試験補助員が来た。
「合格者は移動準備を。第三次試験会場まで、飛行船で移動する」
はじめの目が輝く。
「飛行船!」
らでんも少し嬉しそうに空を見る。巨大な影、ゆっくりと採石場の上空へ降りてくる飛行船。エンジン音が谷に反響する。メンチは一言添えた。
「機内食あるかな」
はじめが笑う。
「そこ?」
「大事でしょ」
三人は飛行船を見上げた。三人とも石の入った袋はそのまま持ち、飛行船へ向かった。
第一次、第二次。ここまでまだ一日。でも最初に地下会場で出会った時より三人の距離は確実に近くなっていた。