儒烏風亭らでんは世界を蒐集する   作:今日も元気ですマン

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第八話 第三次試験 街は黙っている

 

 最初の襲撃から十分。

 第四チームは、まだ目的地の方へは進んでいなかった。

 襲撃者が撤収した直後に先を急ぐのは、一見すると正しいように思える。けれど先頭のガロは、裁判所のある北西とはまったく逆の路地へと足を向けた。追う側からすれば、足音の遠ざかる向きでこちらの進路を読みにくくなる。まずは背後の目を切るのが先決だという判断だった。

 

 隣を歩いていたはじめが、首を傾げながらガロの背中へ声をかけた。

 

「ねえ、わざわざ遠回りすんの?」

「ああ。尾行がほぼ確定なら、まずはそれを切る。襲われた直後に目的地へ一直線に逃げる奴は、追う側からすると一番楽な獲物だからな」

「あー、なるほど」

 

 はじめはあっさりと納得して前を向いた。

 

 その少し後ろで、らでんは手元の小型ライトを胸元の地図へ向け、歩きながら鉛筆の先を動かしていた。

 出発前に配られた地図は、頼りにするにはあまりにお粗末だった。大きな幹線道路と目印の施設が載っているだけで、入り組んだ路地の幅も、両側の壁の高さも、どこで見通しが利くのかも一切描かれていない。

 だからこそ、自分たちの足で確かめた道はそのまま紙の上へ残しておく。

 通り抜けられる路地、瓦礫で塞がった崩落箇所、行き止まりの袋小路、雨風をしのげそうな建物、途中で見かけた放置車両、そしてさっき煙幕弾を投げ込まれた襲撃地点。

 らでんが引いた細い鉛筆の線が、味気ない地図の白い余白を少しずつ生きた情報で埋めていく。

 

 すぐ横を歩いていたミナが、その手元を覗き込んで声をかけてきた。

 

「ずいぶん几帳面につけるのね」

「こういうのって、その場で残しておかないと後で混ざって忘れちゃうので」

「あんた、見たところかなり物覚えが良い方に見えるけど」

「頭の中で覚えてるのと、誰が見ても分かるように記録して残してあるのは別ですから」

 

 ミナが眼鏡の奥でふっと目を細めた。

 

「なるほど、そういうタイプか」

「どういうタイプです?」

「後から見返したときに、ここでこうだったって、ちゃんと順を追って辿れるようにしておきたいタイプ」

 

 言われて、らでんは鉛筆を握ったままほんの少し考えた。真っ白だった紙の上に、自分たちが歩いた跡が一本の道になって残っていく感覚は、確かに嫌いじゃない。

 

「それは……最高ですね。いつだって、そういうふうに取り組みたいなって思ってるかもしれません」

 

     ◇ ◇ ◇

 

 問題は、この先の足だった。

 旧消防署で見つけた救急車は、タイヤの劣化と敵の目を警戒して置いてきた。かといってこのまま徒歩で進むにしても、証人役のハインを連れた状態ではどうしても歩く速度が上がらない。

 実際、午前零時の開始から二時間と少しが過ぎていたが、五人はまだ廃都市の外縁部さえ抜け切れていなかった。

 ガロが足を緩め、左腕の時計へ目を落とす。

 

「このペースで歩いていたら、初日で二十キロ進めるかも怪しいところだな」

 

 すぐ後ろで銀色のケースを抱えていたハインが、待っていたと言わんばかりに噛みついた。

 

「だから、さっきの車を使えばいいと言っただろう」

 

 ガロは振り返りもせずに返す。

 

「まともに使える車があればな」

「エンジンはかかったじゃないか」

「タイヤがひび割れた整備不良の車両だ。三十分後に悪路でタイヤが裂けて立ち往生しても、同じことが言えるなら使え」

「走ってみなければ、裂けるとは限らないだろう」

 

 足を止めたガロとハインが、暗い路地で険悪に睨み合う。

 らでんはそのやり取りを横目にしながら、さっき旧消防署を出る間際に回収してきた一枚の紙を広げていた。受付の脇の壁に貼られていた、古い防災案内図だ。

 四つ折りにされていた紙は端が茶色く日焼けして、折り目の部分だけ毛羽立って白くなっている。ライトの光で照らし出すと、当時の市内の主要避難所や病院、消防署、河川の位置が細かく記されていた。

 その線を端から辿っていたらでんの指先が、ふと一ヶ所で止まった。

 

「……あ」

 

 隣にいたはじめが、ひょいと頭を寄せて紙を覗き込む。

 

「何?」

「路面電車の線があります」

 

 案内図の端の方、かなり印刷が薄くなった青い破線が、市街地を斜めに横断するように走っていた。隅の注記を見ると、災害が起きるより前、今から十五年前に廃止された路線らしい。協会から配られた試験用の粗い地図には、影も形も載っていなかった線だ。

 舗装された道路と違って、専用の軌道が敷かれた線路なら、大型車やバリケードによる道路封鎖を受けにくいかもしれない。

 

「これ、今からでも使えんの?」

 

 はじめの問いに、らでんは青い線を指で追いながら首を傾げた。

 

「街の電気が止まってますから、電車そのものを動かすのは無理でしょうけど……」

 

 旧消防署の現在地から、路線に沿って北西へ三キロほど進んだ先。そこに四角い記号と『第六車両整備所』という文字がある。

 

「この整備所まで行けば、線路を点検する保線用の車両くらいは残ってるかもしれません」

 

 横からガロが案内図を受け取り、自分の地図と見比べて指で距離を測った。

 

「エンジン付きの作業車か?」

「そこまでは分かりません。でも、もし線路がそのまま生きているなら、普通の道路を行くよりずっと封鎖されにくいかもと思って」

 

 ミナも肩越しに案内図を覗き込み、納得したように頷いた。

 

「もし証人を乗せて運べるようなものがあれば、ペース配分としてもかなり大きいわね」

 

 すると、さっきまで仏頂面をしていたハインが、急に身を乗り出して言った。

 

「なら、ぐずぐずせずに早くそこへ行こう」

 

 隣ではじめが、呆れたように小声で呟く。

 

「うわ、急に元気」

 

 らでんは吹き出しそうになるのを堪えて、わざとらしく小さく咳払いをした。

 

 夜が明けていくにつれて、旧バルサ市の本当の姿が周囲に浮かび上がってきた。

 この街は、廃墟という言葉から思い描くほどには朽ち果てていなかった。商店の建物も、消えた信号機も、色褪せた広告看板も当時の形のまま残っていて、ただそこにいたはずの人間だけがすっぽりと抜け落ちている。

 五人分の靴音がコンクリートの壁に反響して、まるで自分たちの人数よりずっと多くの足音が後ろからついてくるみたいに聞こえた。

 

 歩きながら、らでんは時々、胸の奥がざわつくような妙な感覚に襲われた。

 何百年も前の古い遺跡を見るのとは違う。ここにあるものは、もっとずっと新しい。

 店の軒先に下がったままの案内板や、割れたガラスの奥に見える事務机。ほんの少し前まで誰かの当たり前の日常だった場所が、その役割だけをぷつりと失って立ち尽くしている。そういう人の暮らしの名残を見つけるたび、らでんはつい足を止めて近くで確かめたくなった。

 けれど、今日は立ち止まって眺めている場合ではない。自分が遅れればそれだけ隊列が間延びし、後ろを歩くハインの負担まで増えてしまう。らでんは気になる看板から意識して目を逸らし、前のガロの背中を追った。

 

 だが、路面電車の軌道に沿って三十分ほど歩いた頃から、列の歩調が目に見えて落ちてきた。

 ひび割れた敷石のわずかな段差でハインの足がつっかえ、後ろから聞こえる呼吸の間隔が少しずつ短く浅くなっていく。

 すぐ隣を歩くミナは、何も言わずにその横顔と足元だけをじっと観察していた。そのままさらに十分ほど進んだところで、ミナがすっと声を上げた。

 

「一回止まりましょう」

 

 先頭のガロが腕時計へ目をやり、眉を寄せる。

 

「まだ行けるだろ」

「あなたはね」

「俺じゃなくて、誰がだ?」

 

 ミナは何も言わず、視線だけを隣のハインへ向けた。

 見られたハインは、プライドを傷つけられたように露骨に不満そうな顔を作る。

 

「私は大丈夫だ。まだ歩ける」

「無理してる人ほど、現場ではそう言うんですよ」

「少し疲れているだけだと言っている」

 

 言い張るハインへ、ミナは一歩も引かずに穏やかな声で重ねた。

 

「だから、動けなくなる前に休むんです」

 

 ガロはハインの肩の揺れとミナの顔を交互に見て、二秒ほど考えてから短く告げた。

 

「三分だ」

 

 長すぎる休憩は、かえって温まった身体を冷やして足を重くする。短く区切って息を整えさせた方が、結果的に先まで持ち直すという判断だった。

 

 ハインがほっとしたのも隠さず、歩道脇の錆びたベンチへどかりと腰を下ろす。その隣へ、はじめも「ふー」と息を吐いてそのまま座り込もうとした。

 すかさずガロの声が飛ぶ。

 

「おい、お前は立ってろ。その場で屈伸かストレッチでもしておけ」

 

 中腰のまま固まったはじめが、声を裏返らせて抗議した。

 

「なんで!?」

「お前はまだ体力が有り余ってるだろ。せっかく温まった身体のリズムを止めるより、軽く動かしてほぐしておいた方が後が楽だ」

「ええー、理不尽!」

 

 ぶうぶう言いながらアキレス腱を伸ばし始めるはじめを見て、らでんはくすっと笑いながら自分の水筒を取り出した。

 そのすぐ横では、ミナがベンチに座るハインの顔色と呼吸の深さをさりげなく確かめている。らでんは水筒の蓋を開けながら、少し感心してミナへ小声で尋ねた。

 

「ああいうのって、見ただけで体調が分かるものなんです?」

 

 ミナがこちらを向き、眼鏡の位置を指で直しながら答えた。

 

「パッと見ただけで全部は分からないわよ。でも、さっきまで文句を言ってた人が急に口数を減らしたとか、歩くときに片足だけほんの少し庇ってるな、とかね」

 

 言いながら、ミナはハインの投げ出された右足へちらりと目をやった。言われてみれば、さっき敷石の段差を越えるとき、右足に体重が乗るのをほんのわずかだけ嫌がるような動きがあった気がする。

 

「そういう小さな変化を先に拾っておいて、それから改めて本人に聞くの。病人だって怪我人だって、みんなが自分の状態を説明上手なわけじゃないからね。こういう場所だと、強がって自分から言い出せない人だっているから」

 

     ◇ ◇ ◇

 

 案内図を頼りに辿り着いた旧第六車両整備所は、思っていたよりもずっと広い敷地を持っていた。

 半分崩れかけた鉄門を抜けると、雑草に埋もれかけた錆びたレールが何本も走っていて、その奥に巨大なカマボコ型の車庫が三棟並んでいる。

 一番手前の車庫へ足を踏み入れると、外の明るさが嘘のように中は薄暗く、古い機械油と赤錆の混じった独特の匂いが鼻をついた。

 レールの真ん中に、塗装の剥げた古い路面電車が一両だけぽつんと取り残されている。

 それを見上げたはじめの目が、きらりと輝いた。

 

「すっげえ! ねえ、これ動かないかな?」

 

 らでんは切れた架線を見上げて、苦笑いしながら答えた。

 

「もう電気も来てないと思いますよ」

「じゃあさ、うちらで後ろから押せばどうだろ?」

「たぶん、めちゃくちゃ重いですよ。鉄の塊なんだから、何トンあると思ってるんですか」

 

 二人がそんな話をしている間に、ガロはすでに路面電車には目もくれず、隣の棟の奥へと足を向けていた。

 

「おい、保線用の車両はこっちだ」

 

 呼ばれて後を追う。エンジンが抜かれて動かない点検車や、ゴムタイヤの外れた運搬車、赤錆だらけの小さなトロッコをいくつも通り過ぎた一番奥の暗がりに、黄色い塗装の残った小型の台車がぽつんと置かれていた。

 運転席も座席もなく、平らな荷台の真ん中に、シーソーのような長い鉄の棒が前後に突き出ているだけの簡素な造りだ。

 はじめが台車の周りをぐるりと回って首を傾げた。

 

「何これ、変な形」

 

 ガロが無言で荷台の脇へ立ち、突き出た棒の持ち手を両手で握った。そのまま体重をかけてぐっと下へ押し下げる。

 ギ、と硬い鉄が擦れる重たい手応えのあと、レールの上の車輪がゴロゴロとわずかに前へ転がった。

 

「手動式の軌道車だな」

 

 らでんの顔がぱっと明るくなる。

 

「まだ生きてますか? 動きそうです?」

 

 ガロは答える代わりに、上がった棒をもう一度力強く押し下げた。さっきより滑らかに車輪が回り、レールの継ぎ目を越えるたびにガタン、と車体が小気味よく揺れる。

 見ていたはじめが、目を輝かせて反対側の持ち手を両手で掴んだ。

 

「あ、これ二人で交互にギッタンバッコンやるやつ?」

 

 ガロが持ち手から手を離して頷く。

 

「たぶんな」

「おもしろそう! じゃあ、うちやる!」

「待て。動かす前に、この先の線路がどうなってるか調べてからだ」

 

 ピシャリと制されて、はじめは「ちぇー」と不満そうに口を尖らせながら持ち手から手を離した。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 それから一時間かけて、四人は手分けして軌道と車体の状態を調べ上げた。

 整備所に残っていた路線図と照らし合わせると、ここから北西へ向かう線路はおよそ八キロ先まで続いている。その先の川を渡る高架橋の一部が災害で崩れ落ちているようだが、少なくともその手前まではレールが埋まらずに通っていた。

 肝心の台車そのものもかなり古い型だったが、車輪と車軸には油が残っていて生きており、足元の手動ブレーキもちゃんと利く。

 

 一通りの点検を終えたガロが、荷台をポンと叩いて言った。

 

「よし、これなら使えそうだな。図体は小さいが、証人と荷物くらいなら十分乗せられる」

 

 壁際で待っていたハインが、露骨にほっとしたように胸を撫で下ろした。

 

「まったく、協会も最初からこういう移動手段を用意しておけばいいものを」

 

 ハインから銀色のケースと荷物を預かって荷台へ積み込みながら、はじめが聞こえよがしな小声でぼやく。

 

「そういうのを、うちらが現地で見つけて用意する試験なんだもんね」

 

 隣でロープを結んでいたらでんが、慌てて小声で制した。

 

「はじめさん、しっ」

「……全部聞こえているぞ」

 

 上からハインの渋い声が降ってきて、はじめはばつが悪そうに首をすくめてへらっと苦笑いした。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 いざレールの上へ出してみると、手動の軌道車は意外なほど快適に進んだ。

 荷台の真ん中にハインを座らせ、その足元へ証拠品ケースと食料、水の入った袋を固定する。前後の持ち手をガロとはじめが向かい合って握り、交互に上下させると、歯車が噛み合って一定の周期で車輪が軽快に回り続けた。

 

 らでんは最初、ミナと一緒に台車のすぐ横の線路沿いを歩いていた。

 けれど、地面に並んだ枕木の間隔が自分の歩幅と微妙に噛み合わず、砂利の上を歩いているうちにだんだん足の裏が疲れてくる。

 すると、台車の上で棒を動かしていたはじめが、ひょいとこちらを見て声を張り上げた。

 

「らでん! 交代!」

「えっ、まだ十分しか経ってませんよ?」

「もう飽きた!」

 

 あんまりな理由に、らでんは思わず「早っ」と突っ込んだ。

 それでも一度停止した台車へ乗り込み、飛び降りたはじめと入れ替わりに鉄の持ち手を両手で握る。

 向かいのガロが棒を下げ、こちらの持ち手がぐっとせり上がってきた。らでんは自分の体重を乗せて、それを下へと押し込んだ。

 

 ――これ、重っも!

 

 腕から肩へ、鉛の塊でもぶら下げたような重さがのしかかってくる。外から見ていたときは、はじめが軽々と上下させているように見えたのに、実際に握ってみると想像していたよりずっと重い。

 押し下げる、上がってくるのを戻す、また押し下げる、戻す。ただそれだけの単調な繰り返しなのに、数十回も動かさないうちに肩口から背中全体へじわじわと熱い疲れが広がってきた。

 らでんは堪らず、息を切らして声を上げた。

 

「うわ……これ、キッツイですね。はじめさん、これよく十分も平気な顔でやれましたね……」

 

 線路脇を並走していたはじめが、けらけら笑って見上げてくる。

 

「でしょ? 結構きついんだって」

 

 向かい側で同じ棒を動かしているガロは、息一つ乱さずに前方のレールを見据えたまま言った。

 

「それだけ喋れるなら、まだ余裕だな」

 

 なんだか、どこか暗いトンネルの中で聞いたような台詞だった。

 らでんは第一次試験の坑道を思い出して、重い持ち手を押し下げながら少しだけ笑った。

 

 もっとも、予定していた八キロ全部をそのまま走り切ることはできなかった。

 整備所を出てから五キロほど進んだあたりで、静かな廃墟の向こうから、低く唸るような車のエンジン音が風に乗って聞こえてきたからだ。

 音はだんだんこちらへ近づいてくる。

 

 ガロが即座に片手を上げた。

 

「妨害役の車かもしれん。一度止めろ」

 

 ブレーキを引いて台車を停止させ、五人は素早く線路脇の崩れかけた建物の陰へと身を隠した。

 少し先で、広い大通りが路面電車の線路と直角に交差している。

 息を潜めて見守っていると、その踏切のところを、一台の汚れたワゴン車が猛スピードで横切っていった。

 割れていない窓ガラスの奥に、赤い腕章をつけた人影が見える。妨害役ではない、別チームの受験者たちだ。真ん中に座る証人らしき人物を含めて、五人全員が乗っているのが一瞬で見えた。

 

 通り過ぎていく車を見送りながら、はじめが羨ましそうに口を尖らせる。

 

「あー、ちゃんと走れる車あったんだね」

 

 建物の陰から顔を覗かせていたハインも、遠ざかるワゴン車を目で追いながら不満げに言った。

 

「ほら見ろ。やはり、ああいうまともな車をもっと探すべきだったんだ」

 

 ガロは何も言い返さなかった。

 ワゴン車は乾いた排気音を残して、あっという間に大通りの先へと小さくなっていく。速い。自分たちが汗をかいて棒を動かしている何倍もの速度だ。

 ガロは自分の腕時計へ一度だけ目を落とし、低く言った。

 

「別に、速さを競う競走じゃないからな」

 

     ◇ ◇ ◇

 

 それから二十分後。らでんたちは、ガロの言った言葉の意味をそのまま目で知ることになった。

 線路と並行して走る大通りの先、大きな交差点のところが、向こう岸まで完全に塞がれていたのだ。

 道を横切るように置かれた大型バスが二台に、黄色と黒の工事用バリケード、さらに横転した巨大な貨物コンテナ。意図的に作られた封鎖線だ。

 手前のアスファルトには、急ブレーキを踏んだらしい黒いタイヤ痕が何本も生々しく重なっている。そしてその端に、ついさっき自分たちの前を走り抜けていったあのワゴン車が、前輪を一つもぎ取られたような格好で斜めに突っ込んでいた。

 運転席と後部座席の窓ガラスは粉々に割れ、ドアは開け放たれている。周囲に人の姿はない。

 

 隣ではじめが「あ……」と小さく声を漏らした。

 ガロは何も言わず、台車を止めた位置から周囲のビルの窓や物陰を鋭く確認する。すぐには現場へ近づかない。まずは安全な距離から、伏兵がいないかを確かめている。

 らでんも建物の陰から目を凝らして路上を観察した。割れたガラスが散乱しているが、地面に血の跡はない。ただ、激しい揉み合いがあったことだけは一目で分かった。

 ふと見ると、開いたドアのすぐ下のアスファルトに、赤い認証腕章が一つだけ落ちている。留め具の金具が外れた状態だ。

 

「ここで待ち伏せされて、襲われたんですかね」

「たぶんな」

 

 らでんの呟きに、ガロが短く頷く。

 荷台から降りてそれを見ていたハインは、気まずそうに口をつぐんだまま何も言わなくなった。さっきまであれほど繰り返していた車への不満は、壊れたワゴン車を前にして綺麗に消え失せたらしい。

 

 さらに線路に沿って百メートルほど進んだところで、らでんたちは一人の受験者を見つけた。

 大通りから少し入った道路脇、ガラスの割れた古い電話ボックスの前に、大柄な男が背中を預けて座り込んでいる。左腕に赤い腕章はなく、近づいてくるこちらに気づくと、敵意はないと示すように片手をひらりと上げてみせた。

 ガロは周囲の見通しが利く場所で足を止め、いつでも動けるよう建物の壁を背にしてから声をかけた。

 

「襲撃者に腕章を取られたか。それじゃあ三十分は動けないな」

 

 電話ボックスの男は、自嘲するように苦笑いを浮かべた。

 

「ああ。あと十四分ってところだ」

 

 規則どおり、腕章を奪われた受験者はその場から一歩も移動できない。

 ミナが男の様子を観察しながら尋ねた。

 

「同じチームの仲間は?」

 

 男はあっさりとした口調で答えた。

 

「俺が囮になって先に行かせたよ。あそこで全員まとめて足止めを食らって、ケースと証人まで取られるよりはマシだからな」

 

 言いながら男がわずかに体勢を変えたとき、投げ出された片方の足首が、ブーツの上からでも分かるほど不自然に膨れ上がっているのが見えた。

 ミナの目つきがすっと変わる。ガロの制止を待つより早く男のそばへ歩み寄り、片膝をついて腫れ上がった足首の縁へそっと指先を添えた。

 出発前、滑走路でボトバイが言っていた『目的地に受験者全員が到着する必要はない』という言葉が、らでんの中で急に生々しい重さを持った。仲間を先に行かせるというのは、こういうことだ。

 

 ガロが警戒を解かずに男へ聞いた。

 

「十四分経ったら、自分で歩けるか」

「あぁ、少し休めばたぶんな」

 

 強がる男の言葉を、しゃがみ込んだミナが即座に否定した。

 

「いえ、この足でそのまま歩くのは無理だと思うわ」

 

 ミナは腫れた足首へ慎重に指を当て、痛みの走る角度と関節の動く範囲を手早く確かめていく。

 

「かなりひどい捻挫よ。この腫れ方だと、たぶん靭帯まで傷めてる」

 

 ガロが周囲のビルへ目を配りながら、短く尋ねた。

 

「応急処置をするなら何分かかる」

「テーピングで固定するだけなら、五分」

 

 ガロが黙り込む。さっきワゴン車を襲った妨害役が、まだこの近くの路地に潜んでいる可能性は十分にある。他チームの負傷者のために長く足を止めていられる場所ではなかった。

 すると、後ろでケースを抱えていたハインが、冷ややかな声で口を挟んだ。

 

「そいつは他チームの人間だろう。放っておけ、時間の無駄だ」

 

 その言葉に、四人が同時にハインの方を振り返った。視線を受けたハインは、むしろ苛立ったように眉を吊り上げる。

 

「なんだその目は。私が何か間違ったことを言っているとでもいうのか?」

 

 間違ってはいない。少なくとも、ハンター試験の規則と効率だけを計算するなら、ハインの言うことの方が正論だった。

 座り込んでいる男自身も、気まずそうに手を振って言った。

 

「おい、お前らの証人の言う通りだ。構わねえから先に行けよ。この程度の怪我で死にゃしねえし、しばらくここで休んでりゃなんとか動ける」

 

 けれど、ミナは立ち上がらなかった。

 すでに肩から下ろした救急鞄の口を開け、白い固定用テープの端を指先で探し当てている。そのまま顔だけを上げて、まっすぐにガロを見た。

 

「ガロ、五分ちょうだい。それ以上は絶対に時間をかけないから」

 

 ガロは自分の腕時計へ目を落とし、一拍だけ間を置いて言った。

 

「四分で済ませろ」

「ケチ」

 

 ミナが短く言い返すと、ガロは小さく息を吐いた。

 

「……じゃあ、きっちり五分で終わらせろ。それ以上ここに留まるのは危険だ」

 

 すぐにミナの手が動く。ブーツを緩め、腫れた足首の角度を決めて、迷いのない手つきで白いテープを幾重にも巻き上げていく。最後に痛み止めの錠剤をシートから押し出して男へ渡した。

 その間、らでんは交差点の角に立って、大通りの先と向かいのビルの屋上を交互に見張り続けた。はじめはいつでも動かせるよう軌道車のすぐそばに控え、ハインとケースの周りから目を離さない。

 少し離れた壁際に立っていたハインだけが、ミナの処置を冷めた目で見下ろしながら、ぼそりと呟いた。

 

「たかが五分とはいえ、これで確実に時間を失ったぞ」

 

 隣で周囲を警戒していたガロが、前を向いたまま応じる。

 

「そうだな」

「分かっているなら、なぜ赤の他人を助ける」

「ここで四、五分失ったところで、今の俺たちの行程なら任務全体には影響しない。なら、助けられる」

 

 ハインは目を細め、試すような声で重ねた。

 

「じゃあ、もしこの処置に一時間かかるならどうする。半日かかる怪我なら?」

「置いていく」

 

 ガロは迷いもせずに即答した。

 ハインは虚を突かれたように少しだけ目を見張り、それから、聞き取れるかどうかの小さな声で言った。

 

「……冷たいな」

「お前を時間通りに届けるのが、今回の俺たちの仕事だからな」

 

 わずかな沈黙が落ちる。処置を終えたミナが鞄を閉じる音を聞きながら、ガロが低く付け加えた。

 

「だがそれは、今すぐ助けられる奴まで見捨てて置いていく理由にはならん」

 

     ◇ ◇ ◇

 

 午後五時ちょうど。五人は路線図にあった高架橋の崩落地点へ辿り着いた。

 見上げるほどの高さにあるコンクリートの橋桁が真ん中から真っ二つに折れ、赤錆びた太い鉄筋が肋骨のようにむき出しになっている。落下した巨大なコンクリートの塊が線路を完全に押し潰していて、どう見てもこの先へ台車を通すことはできない。

 ここで、ここまで荷物を運んでくれた黄色い手動台車とはお別れになった。

 それでも、深夜の開始地点から数えればすでに約十八キロを進んでいる。悪くないどころか、足の遅いハインを連れていることを考えれば予定以上のペースだった。

 ただ、頭上の空はすでに夕暮れの色に染まり始め、ビルの影が長く伸びている。

 らでんが広げた地図の上では、ここからさらに進んだ先に川沿いの河川管理地区があった。距離にしてあと六キロほど。

 

 ガロは傾きかけた日差しを見上げて、きっぱりと決めた。

 

「その管理地区まで今日中に行くぞ。あと六キロだ」

「なっ……まだ歩くというのか? 今日はもう十分に進んだだろう!」

 

 すぐさま声を上げたハインに、ガロは荷物を背負い直しながら淡々と返す。

 

「明日も今日と同じだけ順調に進める保証はどこにもない。稼げるうちに足を稼ぐ」

「無理だ、私はもう疲れたぞ」

 

 渋るハインの横へ、ミナがすっと歩み寄った。その顔色と呼吸の深さ、それから立ち上がったときの足の出し方をひと通り目で確かめてから、落ち着いた声で告げる。

 

「大丈夫ですよ、ハインさん。今の状態ならまだあと六キロは歩けます」

 

 ハインが忌々しそうに眉を寄せてミナを睨みつけた。

 

「君はいつから私の主治医になったんだ?」

「違いますよ」

「なら、勝手なことを――」

 

 言いかけるハインへ、ミナは眼鏡の奥でパッと営業用の笑顔を作って言った。

 

「でも、救急救命士の目から見て、今のところ緊急の休養が必要な状態にはまったく見えませんね」

 

 ぐうの音も出ずに口をパクパクさせるハインを横目で見ながら、ミナさんって怒らせると結構強い人だな、とらでんは密かに感心した。

 

 線路を離れて河川管理地区へと向かうにつれ、周囲の街並みが少しずつ変わっていった。

 それまで並んでいた商店や住宅、オフィスビルが減り、代わりに背の低い巨大な倉庫や、川の水位を調整する水門、古びたポンプ場、そして分厚いコンクリートの堤防といった無骨な施設が増えてくる。

 

 その景色を見回しているうちに、らでんの胸の奥で、さっきまでの足の疲れがすっと軽くなるような感覚があった。

 巨大な水門を支える赤錆びた蝶番の厚み。剥がれ落ちた青い塗装の下から覗く、鈍い銀色の金属の地肌。水位を測るために刻まれた古い目盛り。

 普段、街で暮らしている人たちが気にも留めないような場所に、そういう形で作られたちゃんとした理由がいくつも残っている。

 つい水門の支柱を目で追いながら歩いていると、隣にいたはじめが不思議そうに顔を覗き込んできた。

 

「ねえ、らでんってこういう場所が好きなの?」

「え?」

「だって、さっきからなんか顔がうきうきしてる」

「えっ、顔に出てました?」

 

 らでんが慌てて自分の頬を押さえると、はじめは可笑しそうに目を細めて言った。

 

「うん。なんかすごく楽しそう」

 

 ――楽しそう。

 それは飛行船の展望室でひとり踊るように動いていたはじめに向かって、らでん自身がかけたのとまったく同じ言葉だった。

 らでんが一瞬だけ言葉に詰まると、はじめはいたずらっぽくにっと笑った。

 

「へへ、飛行船のお返しだって」

「……なんか、嫌なイジり方しますね」

「でも、ほんとにこういうの好きなんでしょ?」

 

 素直に問い返されて、らでんはもう一度、夕闇に聳える巨大な水門を見上げた。

 十五年前まで、この街でたくさんの人が普通に朝を迎えて、ご飯を食べて、眠っていたとき。誰も見向きもしないこういう大きな鉄やコンクリートの塊が、川の水を止めて、みんなの当たり前の生活を黙って支えていたのだ。

 

「……はい、好きです。誰も普段は見ないような部分に、ちゃんとそう作った人の考えや理由が残ってるのを見つけると、すごく面白いなって思います」

 

 少しだけ熱を帯びた声で答えると、隣のはじめは水門を見上げて「ふーん」と鼻を鳴らした。

 その横顔は、らでんの言った理屈を完全には分かっていない顔だった。けれど、茶化したり否定したりはせず、「そっか」とだけ言ってまた前を向いた。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 夜七時十四分。

 すっかり日が落ちた頃、第四チームは目的の旧第三河川管理事務所へと入った。

 川沿いに建つ、四角い二階建てのコンクリート建築だ。外壁には枯れた蔦がびっしりと絡みつき、窓ガラスはところどころ割れている。

 一階の床には過去の浸水跡らしい泥の染みが残っていたが、階段を上がった二階は比較的乾いていて風も入らない。出入口は正面と裏手を含めて三ヶ所あり、外の非常階段を使えば屋上へもすぐ上がれるし、近くで水も確保できそうだった。何より建物の周囲が広く開けているため、夜間に近づいてくる人間がいれば足音を聞き取りやすい。

 ガロはまず一人で建物の外周をぐるりと一周し、二階の窓からの見通しと階段を踏んだときの音の響き方を確かめてから、みんなへ振り返った。

 

「よし、今日の宿はここにする」

 

 荷物を下ろすより先に、まずは建物内部の安全確認だ。ガロとはじめが二人一組になって各部屋を回り、五分ほどで戻ってきて報告した。

 

「中に先客は誰もいない。ただ、二階の西側の部屋は床板が腐って抜けてるから近づくな。屋上へは問題なく出られる」

 

 続いてミナが、建物裏手にある水回りの設備を確認しに行った。すぐに見つかった給水用のタンクには、ハンター協会の新しいマークが貼られた簡易浄水栓が取り付けられており、ひねると綺麗な飲料水が出た。

 水筒へ水を満たしながら、らでんは思わず苦笑いした。

 

「廃墟とはいっても、全部が全部、本当に放置されてるわけじゃないんですね」

 

 隣で自分の水筒の蓋を閉めていたガロが、鼻を鳴らして答える。

 

「当たり前だ。水は命に関わるからな。三十六人の受験者が脱水で全員倒れたら、そもそも試験にならんだろう」

 

 言われてみれば、確かにその通りだった。

 

 二階の乾いた部屋に落ち着いてからの夕食は、支給された硬い携帯食と乾燥肉、塩気のないビスケット、それに今汲んできたばかりの水だった。

 袋を開けたはじめが、中身をひと齧りしてすぐに顔をしかめる。

 

「うわ、これ全然味ない」

 

 横で包装の裏書きを読んでいたミナが、淡々と答える。

 

「必要な栄養素と、食べて美味しい味は別物だからね」

 

 ガロは味など気にも留めない様子で黙々と顎を動かし、ハインはビスケットを二口だけ齧ると、すぐに不機嫌そうに袋を床へ置いた。

 

「……こんな味気ないものを、三日間も食えというのか?」

 

 ガロが乾燥肉を噛み切りながら、素っ気なく返す。

 

「嫌なら無理に食わなくていいぞ」

「おい、君は本当に警備員だったのか?」

「元、な」

「だとしても、護衛対象の客に対する態度ではないだろう」

 

 むっとしたハインの抗議に、ガロはちらりと目だけを向けて言った。

 

「今のあんたは、金を出して俺を雇った客じゃない」

 

 ハインの眉がぴくりと跳ねたが、それ以上は何も言い返さなかった。

 

 食事を終えると、夜間の見張りの順番を決めることになった。

 眠気や奇襲に備えて、必ず二人一組で二時間ごとの交代制にする。ガロとらでんの組、そしてはじめとミナの組。この二組が交互に外の非常階段から屋上へ立ち、周囲を警戒する手筈だ。

 割り振りを聞いていたハインが、自分を指差して尋ねた。

 

「私はどうすればいい?」

「朝まで寝てろ」

「……私が護送対象だから、信用できないと?」

「そもそも、あんたは戦えないんだろ」

「私はただ、普通の一般人程度の体力だと言っただけだ」

 

 その少し引っかかる言い回しに、毛布を広げていたらでんは一瞬だけ顔を上げてハインを見た。

 けれどハインは誰の視線も受け止めず、銀色のケースを抱えたまま、一人で奥の小部屋へと引っ込んでいった。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 深夜零時ちょうど。試験開始から丸二十四時間が経過した瞬間だった。

 前半の見張りを終えたらでんが、二階の部屋へ戻って寝袋へ潜り込もうとしたそのとき、四人の左腕に巻かれた認証腕章から、ピピッ、と一斉に高い電子音が鳴り響いた。

 眠りかけていたはじめとミナも飛び起き、四人は同時に腕章の小さな表示画面へ目を落とす。

 いつの間にか奥の部屋から出てきていたハインも、廊下の壁に肩をもたれかけながらこちらを見ていた。

 


 

《第三次試験 追加指令》

 

 開始から二十四時間経過後、各チームは他チーム所属受験者の認証札を一枚以上確保せよ。

 期限は開始から四十八時間時点。手段は問わない。

 自チームの認証札を失っても即時失格とはしない。

 ただし期限時点で他チームの認証札を一枚も保有していないチームは失格とする。

 


 

 暗い部屋の中で、画面の白い光だけが四人の顔を照らし出す。

 はじめが目をこすりながら、表示された文字列をもう一度最初から読み返した。

 

「……えっと、つまり、今日からどうなるってこと?」

「ああ。これから警戒すべき相手は、協会の妨害役だけじゃなくなった」

 

 答えたガロの声は、昼間よりもずっと低く硬かった。

 割れた窓ガラスの向こう、静まり返った夜の廃都市には、自分たちと同じように裁判所を目指している他の八つのチームが散らばっている。

 昨日までは、暗がりから襲ってくる妨害役だけに注意を払っていればよかった。他の受験者を見かけても、昼間のワゴン車や電話ボックスの男のように、関わらずにやり過ごすことができた。

 けれど、この瞬間からは違う。生き残るためには、受験者同士で互いの腕章についた認証札を狙い合わなければならない。

 

「ここからは、受験者同士でも札を奪い合えってことね。……ほんと、性格が悪くて腹が立つわ」

 

 ミナが忌々しそうに吐き捨てて、暗い窓の外へと目を向けた。

 張り詰めた空気が部屋に落ちる中、廊下の壁にもたれていたハインだけが、薄闇の中でほんの少し口元を歪めて笑っていた。

 

「なるほど。昨日より、ずいぶん面白くなってきたな」

 

 四人が同時に、弾かれたようにハインの方を見た。

 ハインは何も答えず、静かに壁から背中を離すと、また黙って奥の暗がりへと戻っていった。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 翌朝、午前五時五十八分。

 割れた窓の向こうの空が、深い藍色からわずかに白み始めた頃には、第四チームの全員がすでに目を覚ましていた。

 手早く携帯食を口へ運び、各自の装備を点検する。靴紐をきつく締め直し、水筒の残量を確かめ、ハインの持つ銀色の証拠品ケースに異常がないかを確認する。

 らでんは床の上に、昨日一日で鉛筆の線がずいぶん増えた地図を広げて、今日これから進むべき経路を指で辿った。

 この河川管理地区を抜ければ、いよいよ廃都市の市街地が終わり、午後にはその先の森林地帯へと入るはずだ。ただし、今日からはどこで他のチームと鉢合わせしてもおかしくない。

 

 支度を終えたガロが、短い声で「出るぞ」と告げた。

 

 第三次試験、二日目。

 制限時間まで、残り約四十二時間。

 

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