TS魔法少女「はろはろ〜NTRスレイの時間だよ〜」 作:フリーダム・メイソン
地下資料室での惨劇から、二日が過ぎた。父親の死の真実、現場指揮官・遠藤さんの正体、そして突如現れた私刑者『ゴースト』の乱入。あまりにも巨大すぎる絶望と衝撃が一気に押し寄せ、私の頭と心はぐちゃぐちゃに掻き乱されていた。
だけど、私の混乱を置き去りにしたまま、イージス内部は何事もなかったかのように「平穏」を装っていた。
遠藤さんは「重度の魔力障害による突然の倒壊事故」として処理され、そのまま長期療養の名目で表舞台から姿を消した。彼が私に仕掛けようとした監禁も、私のお父さんを………ゴーストが実行犯とはいえ、間接的に殺害したという告白も、すべては組織の暗闇の中にうやむやに揉み消されたのだ。
「何がイージスよ。何が平和を守る組織よ……私は一体、何のために?」
自室の鏡の前で、私は自分の顔を見つめた。
そこに映っていたのは、目の下にうっすらとクマを作り、疲弊した顔をした一人の少女。
「真白、顔色が悪いぞ。少し休んだ方がいい……」
相棒のルピナスが心配そうに光を明滅させる。疲弊してる今だからこそ分かる………私にはルピナスがいて良かった。
いなかったら、私はもう私ではいられなかったはずだから。
「大丈夫だよ、ルピナス。それより……今日、佐々木先生と面談があるの。行かなきゃ」
私は頬を軽く叩いて表情を作り直し、重い足取りで部屋を出た。向かうのは高等部の面談室。
午後の柔らかな光が差し込む室内に、私の担任であり、数学を教えてくれている佐々木先生が座っていた。
「毎度すまないな。今は忙しないとはいえ定例報告は欠かせん」
「いえ、今は1人でいると考えてしまうので………」
佐々木先生──一言で言えば「冴えない中年男性」だ。
少し白髪の混じり始めたボサボサの髪に、時代遅れの銀縁眼鏡。スーツの背中にはいつも少しシワが寄っていて、数学の授業中もチョークの粉を鼻につけては生徒に笑われているような、どこかくたびれたおじさん。
魔法少女として過酷な戦いに身を投じる私から見れば、どこか世俗的で、平和ボケした学校の象徴のような存在だった。
「まあいい、渚。座りなさい」
先生は手元のパイプ椅子を指差し、よれよれのジャケットを軽く整えた。
「失礼します、先生」
私が椅子に腰を下ろすと、佐々木先生は手元のタブレットに視線を落とし、いつも通りの少し間の抜けた声で切り出した。
「まずは活動報告書について。いつも通り、週末までにはメールでいいから出すこと。どこに行ったか。何をしていたか。記録と共に出せば出席日数は免除する」
「今週末………日曜日までには必ず」
「次に補講の件、7月の夏休み全て潰す代わりに8月は確保してやろう。課題の結果次第ではまた変わってくるがな。魔法少女に現を抜かすくらいなら大人しく勉強しておけ」
「そう、ですね」
「大体、魔法少女なんて碌なもんじゃない。真面目に勉強して、立派な大人になれ。多額の金と名誉を簡単に手に入る魔法少女なんて続けていたら、いつか必ず痛い目を見る。それだけは心に免じておけ」
淡々と佐々木先生は語っていく。まだ学生の身でありながら、魔法少女活動をしている事をこの先生は快く思ってない。
彼の言い分も分かる。テレビでも問題になってるくらいには社会的な話だ。学生の頃からお金を稼げるから学校を辞めて魔法少女ばかりする小中学生が増えていたり、それを利用して悪い遊びにハマるなど。
教育者として苦言や皮肉を言ってくるが、それでも最大の便宜だけは計ってくれている事だけは伝わってきた。
一通りの報告を終えて、今後の進路の相談もとりあえずはダークネスを倒してからという事になった。
「それでは、佐々木先生………この辺で」
「渚」
この後もイージスに呼び出されているので、教室から出ようとした私を先生は呼び止めた。何か言おうとしてるようだが、口籠もり、漸く決心がついた顔で。
「浅倉や遠藤指揮官の件……大変だったな」
「………え?」
「意外か? 俺のような冴えない中年が心配をするなんて? だが、実際お前にとってもショックが大きいだろう。幼い頃から身近にいた人が、あのような事故で前線を離れることになるなんて」
「……はい。でも、私は大丈夫です」
そっけない返事。私の頑なな態度に、佐々木先生はふうと息を吐き、眼鏡の位置を指でクイッと直した。
その時、いつもの冴えない雰囲気が、一瞬だけ消えた気がした。
「渚。君は数学の証明問題でもそうだが、難しい解法にぶつかるとすぐにこれしかない!と決めつけて突っ走る癖がある」
「……え?」
意外な言葉に、私は顔を上げた。いやまあ確かに数学の証明問題は苦手だけれど。何で数学で証明なんかしないといけないんだ。ってなるけども。
でも、佐々木先生が言いたいのは私の苦手科目の話じゃない。なんかこう、もっと大事な何かだった。
「数学ってのはな、どれほど複雑に見える数式でも、必ず『最初の一行』に解くための前提と芽があるんだ。無理に飛ばして答えを出そうとすれば、途中で必ず計算が破綻する。今のお前は、焦って途中の式を幾つも飛ばそうとしているように見える」
先生の眼鏡の奥にある瞳が、真っ直ぐに私を射抜いていた。
いつも授業でクラスが騒ごうと我関せずとカリキュラム通りに進めるだけの冴えない中年教師の顔じゃない。
そこにあったのは、傷つき、道を見失いかけている一人の生徒を、心から案じ、真摯に向き合おうとする「教師」の眼差しだった。
この先生、こんな目をするんだ……と私が思うくらいに。今の佐々木先生は間違いなく、教育者だった。
「──人生は永遠に続くテストのようなものだ」
「テスト、ですか?」
「ああ。何かを正解し、時には間違え、止まる事ない選択肢の中から必ず答えを選ばなくてはならない。そして、振り返れば多くのバツがお前の人生についてるかもしれないが………」
言葉を区切る。そして、佐々木先生は私を真っ直ぐに見た。
魔法少女としてのレディ・ブランではなく、一生徒の渚真白を見た。
「──そんな時は自分についたマルを数えろ。人生が長く続くテストならば、多くの人を救ってきたお前は必ずマルの方が多くなる筈だ。まあ、何が言いたいか迷子になってる気もするが」
胸の奥が、ほんの少し温かくなるのを感じた。ほんの少しだけ、この頼りないと思っていた先生を見直す自分がいた。
「自分を追い詰めすぎるな。まあ、こんな冴えない数学教師の説教なんて、君たち魔法少女には退屈かもしれないがね」
先生は照れくさそうに頭を掻き、いつものどこかくたびれたおじさんの表情に戻る。
「だがな、渚。どんなに世界が歪んで見えても、君が積み重ねてきた努力や純粋さは間違いじゃない。それだけは忘れるなよ」
「……はい。ありがとうございます、佐々木先生」
私は少しだけ心の重荷が軽くなったのを感じながら、深く頭を下げた………今度から授業を睡眠時間扱いにしないようにと思いながら。
『いや、授業を受けるのは学生として当たり前………』
『正論は嫌われるよ、ルピナス』
『異論を挟むな、悪餓鬼魔法少女』
佐々木先生との面談を終え、ルピナスのお説教を聞き流しながら、学校の校舎を出た私を待っていたのは、イージス最高幹部の一人である神代さんからの呼び出しだった。
本部の地下にある重厚な応接室。冷たい大理石のテーブルを挟んで座る神代は、寸分の狂いもない完璧なスーツを着こなし、冷徹な仮面のような無表情で私を見下ろしていた。
「忙しいところすまないね、レディ・ブラン」
「神代さん、お呼びでしょうか」
背筋を伸ばして尋ねる私に、神代は淡々と書類を並べ替える手を止めずに切り出した。
「単刀直入に言おう。本日より三日間、君には『特別強制休暇』を命じる。イージス関連施設への出入りも一時的に制限させてもらうよ」
「え? 強制、休暇……ですか?」
思わず耳を疑った。ダークネスとの決戦が刻一刻と迫り、ゴーストという凶悪な私刑者が野放しになっているこの状況で、主力戦力である私を戦線から外すなんて。
「神代さん、納得がいきません! 遠藤さんが倒れ、現場が混乱している今だからこそ、私が動くべきです! ゴーストの捜索だって──神代さんが命じて!」
「言ったはずだ、渚君」
神代の冷ややかな声が、私の言葉を遮った。その眼光には、血の通った人間に対する温かみなど微塵もなく、まるで都合の良いコマを検分するような冷酷さが宿っていた。
「遠藤の不祥事……ゴホン、重度の魔力障害による離脱によって、イージス内部は現在、組織の再編と内部監査で多忙を極めている。君のように情に流されやすく、当事者に近い存在が周囲を嗅ぎ回るのは……組織の統制上、極めて『邪魔』なんだよ」
「邪魔……って……!」
私の拳が、悔しさで震える。遠藤さんが私に何をしようとしたのか、お父さんの死にどう関わっていたのか。イージスはそれを全てもみ消し、私を遠ざけることで闇に葬り去ろうとしている。
「君の役目は、イージスの象徴たる『美しく清廉な魔法少女』として、与えられた戦場で敵を討つことだ。組織の醜いゴタゴタに首を突っ込むことではない。おとなしく自室か街で羽を伸ばしてくれたまえ」
「納得がいきません。納得いく理由がないならば、今ここで暴れても構いませんよ? 私は!」
「子供の癇癪に付き合う暇などない。やるなら好きにすればいい。ダークネスに負けた時の言い訳に使わせてもらうよ」
神代は冷たく言い放つと、視線を手元の端末へ戻した。取り付く島もない拒絶。私が悔しさに唇を噛み締め、席を立とうとしたその時だった。
神代が、ボソリと呟くように声を漏らした。
「………フン。これだから一馬の血筋は扱いにくい。過去の亡霊を追ったところで、絶望しか残っていないというのに」
「神代さん……? 今、なんて……」
立ち止まる私に対し、神代は顔も上げずに淡々とキーボードを叩き続けている。
「ただの独り言だ。ああ、そういえば、かつて一馬のチームにいた落ちこぼれの魔導技師がいたな。イージスを追放された後、古い高架下の廃墟区画に溜むホームレスどもに混じって、惨めに生き延びているという噂を聞いた……まあ、君には一切関係のない無価値なガラクタの情報だがね」
「──っ!」
「休暇中はGPSも作動しない。くれぐれもイージスに泥を被せるような真似はするな。誰・も・見・て・い・な・い・の・だ・か・ら・な・」
目を見開いた。神代さんはあえて私に「ヒント」を投げたのだ。私が自分からイージスの手綱を外れ、勝手に事件の真相へ向かって走るように誘導するかのように。
それが神代のどんな意図によるものなのかは分からない。私を利用して何かを炙り出そうとしているのか、あるいは……。
「……失礼しました。レディ・ブラン。休暇で英気を養います」
「よろしい。さっさとかえりたまえ」
私は深く一礼し、応接室を後にした。イージス本部を出た私は、制服からフード付きの地味なパーカー姿へと着替えた。
「真白、本当にあんな怪しい奴の独り言を真に受けるつもりか? 罠かもしれんぞ!」
ルピナスが強い警戒感を露わにして囁いてくる。確かにあからさまに怪しい。けれど、今はこれ以外の手がかりがないのも確かだ。
「罠でもなんでもいいよ。あそこに『何か』があるのは確実なんだから」
神代さんから与えられた、邪魔者を排除するための「特別休暇」だけれど、私にとってこれは、イージスの首輪を外して自由に行動できる絶好の機会だった。
「佐々木先生も言っていたわ。どんなに複雑な問題でも、必ず『最初の一行』に原因があるって。お父さんの研究、遠藤さんの狂気、そしてゴースト……全ての真相は、きっとお父さんの過去を知るあの男が握っている」
夕闇が街を黒く染め上げていく。私は監視の目を掻い潜り、街の最果てにある打ち捨てられた廃墟区画──かつての始まりの魔法少女が命を散らした決戦地であり、今はホームレスたちが身を寄せる暗い高架下へと、一人足を向けたのだった。
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最終話まで書き上げられるかはマジでそれにかかってます