TS魔法少女「はろはろ〜NTRスレイの時間だよ〜」 作:フリーダム・メイソン
夕闇が完全に落ち、街の明かりが遠のく。
私が足を踏み入れたのは、決戦地。かつてイージスとダークネスの激闘によって廃墟と化し、始まりの魔法少女が亡くなったてされる場所。今ではイージスの行政すら放棄した「棄民区画」──高架下に広がる巨大なスラム街だった。
湿ったコンクリートの臭気、腐敗したゴミの匂い、そして社会から溢れ落ちた人々が撒き散らす諦絶の気配。イージスが喧伝する「平和で光に満ちた世界」のすぐ足元に、こんな泥沼のような闇が広がっている。
「ここね」
フードを深く被り、周囲を警戒しながら進む。
神代から聞き出した「お父さんの元同僚の落ちこぼれ技師」。そして、あの決戦の夜に高架下でお父さんの資料を奪って逃走した、あの男の潜伏先だ。
「真白、気をつけろ。この区画は魔力反応も乱れている。イージスの監視網も届かない領域だ」
ルピナスが強い警戒感を露わにして囁いてくる。確か、始まりの魔法少女の魔力が今でもこの地に残っているからとかだった筈。おかげでイージスも管理ができなくて気付けばスラム街みたいになってしまった。
「うん、分かってる……」
私は腰の後ろに意識を集中させ、いつでも愛剣を召喚できるよう魔力を準備した。勿論、固有魔法も。
私の固有魔法は『射程距離(レンジ・コントロール)』。空間の距離概念を自在に伸び縮みさせ、あらゆる攻撃や間合いを操作する絶対の力。
多くの人を助けたいと願った力がある筈なのに、イージスの闇を追うこの探索において、その光の力がどれほど役に立つのか、私の胸は不安で押し潰されそうだった。
「気だけは配れ。負けるとは思わんが、最悪の可能性もある」
「そうだね。仲間入りなんて、私はごめんだから」
じろじろと見てくる浮浪者達から目を逸らしながら、薄暗い高架下の奧へと進むと、トタン板とダンボールを繋ぎ合わせた不気味なバラック小屋が見えてきた。
その前の路地に、ボロボロのコートを羽織り、髪も髭も伸び放題になった一人の男が座り込んでいた。
男は手の震えを抑え込むように、古びた端末の画面を貪るような血走った目で見つめ、何事かをぶつぶつと呟いている。
「渚……一馬……俺の成果を……俺の人生を返しやがれ……」
間違いない。あの時のホームレスの男だ。
「……あなたね」
私が意を決して声をかけると、男は弾かれたように跳ね起き、悲鳴のような声を上げた。
「ひっ……!? い、イージスの手先か!? 俺の研究を……俺の成果をまた奪いに来たのかっ!?」
「待って! 私はあなたと戦いに来たんじゃないの! 私は渚一馬の娘……渚真白です!」
『渚一馬』という名前を聞いた瞬間、男の顔が恐ろしいほどに歪んだ。驚愕、憎悪、嫉妬、そして惨めな絶望が混ざり合った、凄惨な表情だった。
「一馬の……娘……!? ぐ、グハハハッ! 一馬の娘だと!? あいつは死んだ! 死にやがった! イージス・ギアの開発をした英雄だがゴーストに殺されたんだろ!? 因果応報だ!」
「貴方にお父さんの何がわかるの!?」
高笑いする彼の狂気に満ちた黒い眼光はこちらを責め立てるように射抜いてきていて。私は思わず後退りしてしまった。
「分かるとも! 俺は生き恥を晒してここにいる! 何故なら諦められなかったからだ! あいつが俺の論文も、魔導理論も、すべての功績を奪ってイージスの上層部に売り渡した事からっ!」
奥歯を噛み締める。すっかり慣れてしまった自分がいる。信じていた立派な人達の黒い部分。同時に私の記憶の中にいたお父さんがそんな事するはずがないと叫ぶ幼い私が口をついて言葉にする。
「嘘……! お父さんがそんなことするはずない!」
「嘘だと!? ハッ、お前たち魔法少女は何も知らん! イージスという組織がどれほど醜く、どれほどドブネズミのような欲望で成り立っているかをなぁっ!」
男は激しく咳き込み、地面に黒い唾を吐き捨てた。病気なのか? 息も荒く、目線の焦点が定まっていない。イージスは病人さえもこんな場所に押しやって正義の顔をしているというの?
「一馬の奴はな、イージスの特別研究チームで『最悪のプロジェクト』の核心を担っていたんだよ! ダークネスに対抗するための、最強の生体兵器開発……! そのためにあいつらが何をしたか、教えてやろうか!?」
男は狂ったように笑いながら、血走った目を私に近づけた。聞きたくない。けれど、聞かなくてはならない。男は私がその場から逃げないのを見ると、愉快げに口にする。
「『魔法少女受胎計画』さ! 自然発生する魔法少女の数が足りないなら、人工的に産ませればいい! 強力な魔力を持つ魔法少女を捕らえ、種を付けさせ、より強力な魔力を持った子供を孕ませて産み落とさせる……! イージスにとって、魔法少女なんてのはな、ただの『繁殖用の牝豚』なんだよ!!」
「な……ッ!?」
息が止まった。
頭の中を鈍器で殴られたような衝撃。足の力が抜け、膝がガクガクと震え出す。それはつまり、父もまた私をそんな風に見ていたという事で。
「嘘……嘘よ……! イージスがそんな……お父さんがそんな恐ろしいこと……!」
「嘘だと思うなら……俺のこの『成果』を見ろ!!」
絶望に打ちひしがれる私を嘲笑うように、男はボロボロのコートの懐へ手を差し入れ、落ちぶれた元研究者の男は、醜く歪んだ笑みを浮かべた。
「ヒヒッ……信じたくないよなぁ! だがこれが現実だ! 俺の人生を奪い、俺をこんなドブ底に追いやったイージスと渚一馬の罪だぁっ!」
男はボロボロのコートの懐から、あの日お父さんの書斎から出てきた黒い金属ケース──『魔力変換核・試作第0号』を取り出した。
ケースのロックは力ずくで破られており、中から狂気のような紫黒色の魔力光が漏れ出している。
「この変換核は魔法少女になる為のデバイス………今ではイージス・ギアだっけ? のプロトタイプだ。元来魔法少女はマスコットの力を借りて肉体を作り変える。いわゆる戦闘形態だ。それを人工的に再現したのがこのプロトタイプ!」
「な……何をする気……!?」
「真白、危険だ! そのデバイスから漏れている魔力波長は狂気そのものだ! 離れろ!」
肩でルピナスが絶叫する。だが、男は狂気で血走った目をカッと見開くと、露出した注射針状の魔力カプラーを、自らの首筋へ迷わず深く突き刺した。注射器の中に入っていた卵のような何かが彼の体内に注入される。
「ガハッ……!? ああぁぁぁぁぁっ──!!!!」
高架下に男の絶叫が轟いた。男の皮膚が内側から膨れ上がり、全身の血管が黒く浮き出る。肉体が凄まじい音を立てて収縮し、骨格が強引に再構築されていく。黒濁した魔力の渦が男を包み込み──その内側から、歪んだ生命の脈動が響き渡った。
「グズッ……ヒヒ……あははははっ!」
煙が晴れたそこに立っていたのは──男の顔立ちを泥のように惨めに残したまま、肥大化したゴシック調のフリル衣装を纏う、異形にして醜悪な魔法少女………否、『TS魔法少女』の姿だった。
低くダミ声の混じった少女の声が、高架下に木霊する。
「素晴らしい……! これが魔法少女の力……! 俺の成果は間違えていなかった! それを渚一馬が奪わなければ、これがあれば……俺を捨てたイージスも、一馬の娘のお前も、全部踏みにじって俺が頂点に立てるんだよぉぉっ!」
「肉体を強制的に変異させて変身したの……!? そんなの……魔法少女なんかじゃない!」
「黙れぇぇっ!! 貴様に分かるか!? 俺に託してくれた
「あの子………彼女………?」
「貴様には分かるまい。正義の味方気取りの小娘にはな」
歪んだTS魔法少女となった男が、爪を尖らせた拳を振るう。凝縮された黒紫色の魔力波が、鋭い斬撃となって迫る!
「変身!!」
私は間一髪で叫び、アミュレットの光を爆発させた。純白の光が私を包み込む。頭頂から足先までを駆け抜ける眩い輝き。フリルをあしらった白銀の戦闘ドレスを纏い、右手には私の一身と同義である愛剣──『ヴァルキュリー・ブレード』が実体化する。
「ルピナス、固有魔法の回路を展開!」
『応ッ! 一気に空間を叩くぞ、真白!』
私の固有魔法を展開する。あらゆる攻撃、間合い、そして世界の距離概念そのものを自在に伸縮・操作する、レディ・ブランの絶対領域だ。
「ヒヒッ! ヴァルキュリーブレードかぁ!? だがその間合いに入る前に、ズタズタに引き裂いてやるぅ!」
敵が地を蹴り、強烈な魔力の爪を振り下ろす。間合いは十メートル。普通なら届かない距離から放たれた衝撃波が、私の首を刈り取らんと迫る。
「【縮小】!」
私は白銀の刀身を軽く振るった。
次の瞬間、私と敵の間の「十メートル」という物理的距離が瞬時にゼロへと圧縮される。
「な……っ!? どこへ消え──」
「ここよ!」
踏み込む必要すらない。空間が縮んだことで、私は一瞬にして敵の懐──ヴァルキュリーブレードの超至近距離へと肉薄していた。
「『ブラン・スラッシュ』!」
一閃。ヴァルキュリーブレードが描く純白の軌跡が、敵の胸元を鋭く切り裂いた。
「ギャアアアッ!? 痛ぇ……痛ぇぇぇっ! なぜだ、なぜ一瞬で懐に……!?」
胸から黒い血を吹き出し、悲鳴を上げて後退する敵。強制的に性別と肉体を改変した敵の魔力回路は不安定極まりなく、ヴァルキュリーブレードから放たれる純粋な魔力に耐えきれていない。
「お前なんかに……渚一馬の娘なんかに負けてたまるかぁぁっ! あの子を、
「我が妻………!? もしかして、貴方は始まりの魔法少女の夫!?」
「殺してやる。イージスも、世界も………ダークネスも!! 俺が全て壊してやる!! そうでなければ、そうでなければ──」
怒りに狂乱した彼が全身の魔力を暴走させ、全方位に向けて無数の魔力弾を撒き散らした。高架下のコンクリートを砕く弾幕の嵐。到底、かわしきれる密度ではない。
「──
かわすつもりもなかった。彼はきっと生まれながらの悪人ではないんだろう。叫びが、思いが魔力を通じて伝わってくる。狂ってるし、破壊衝動に飲まれてるのだろうけど、
「その人の事、本当に愛してたんだね」
どちらが、正義なんだろう。彼を見て思ってしまった。
「『射程距離』……【無限伸長】」
私はヴァルキュリーブレードを目の前に掲げ、空間の位相をずらした。
私へと迫る数多の魔力弾。しかし、そのすべてが私の手前わずか数センチのところでぴたりと進路を阻まれ、永遠に私へ届かない「無限の距離」の狭間へと吸い込まれて消えていく。
「な……なに……!? 攻撃が……届かない……!?」
「あなたの攻撃は、私には絶対に届かない……けれど、言葉はちゃんと届いたよ」
私は刃を静かに敵へと向けた。
「あなたの言っていることが本当なら……イージスやお父さんのしたことは許されないかもしれない。でも……!」
踏み込みとともに、ヴァルキュリーブレードに溢れんばかりの純白の光を集約させる。
「誰かを傷つけるために、そんな歪んだ力を使おうとするあなたに……貴方の奥さんは笑ってくれるの!?」
「──ッ!!」
「だから、ここで私が止める! 貴方の奥さんの代わりに貴方の大好きな人と同じ魔法少女の私がっ!」
逃げる間すら与えない。
遥か離れた敵の胸元──『魔力変換核』が埋め込まれた核心部分と、ヴァルキュリーブレードの刃先が空間を越えて直結する。
「『射程距離』【零】」
白銀の刃が、敵の魔力核を正確に貫いた。
「ああっ、クソッ。すまない………鉄雄」
胸の魔力核を内側から撃ち破られた敵は凄惨な悲鳴を上げ、大量の黒い煙を吹き散らしながら吹っ飛び、コンクリートの壁を破って倒れ伏した。
刺さっていた『魔力変換核・試作第0号』はパリンと不吉な音を立てて砕け散り、歪んだ変身が解けてドブの中に転がるボロボロの男の姿へと戻っていった。
「ハァ……ハァ……っ」
変身を解除した私は、ヴァルキュリーブレードを消し去り、荒い息を吐きながら膝をついた。
「がはっ……ひゅー……ひゅー……」
胸を押さえて絶望に白目を剥く男。男は虚ろな目で私を見上げながら、血の混じった掠れ声で呟いた。
「拒絶……された……俺の……研究じゃ……ダメだったのか……有栖。イージスは……『本物の魔法少女』の受胎しか……認めなかった……決戦で、再起不能になった妻を………母体しようとした計画に反対して………俺はこの研究を………」
「奥さんを守ろうとしてイージス・ギアを作ったのに、お父さんに研究を奪われて受胎計画は始まった………でも上手く行かなくて結局は、イージス・ギアが生み出されたんだね」
「ただ、妻と一緒にいたかっただけなんだ………寂しい思いをさせた息子と引退した妻とその時間を取り戻そうと………それだけだったのに………」
イージスの闇が見えてきた。初めてダークネスと戦った魔法少女が、怪我か何かで戦線に立てなくなったから代わりにこの人はイージス・ギアを生み出したんだ。奥さんだけが戦わなくて済むように。自分も一緒に戦えるように。
でもきっと、イージスからは反対されたんだ。イージス・ギア使用の魔法少女は
「奥さんは………どうなったの?」
「有栖………いや、ミス・シュバルツはイージスの地下に囚われた………来る日も来る日も男達がやってきて………彼女は、壊された………有栖に逃がされた
『待て。ノワールだと!? それは狸型の精霊か!?』
ルピナスの言葉に、私の中で点と点が繋がる。ノワールはミス・シュバルツのマスコット。それがゴーストと一緒にいるという事は。
「教えて。ゴーストは──
「───さあな」
「知ってる間ね………そういうことか」
明確な答えはない。けれどゴーストがNTRを嫌う理由がわかった。自分達家族から母を奪われ、家族が崩壊したその行為を彼は許せなかったのだ。
ノワールがミス・シュバルツのマスコットならば、彼こそが本物の次代。二代目ミス・シュバルツという事。
「教えて!! 貴方の息子の名前は!? ゴーストは何者なの!?
「断る………それに、いずれ、お前も……知る……ことになるさ……有栖が味わった計画は………お前にも適用されると………俺はひと足先に………地獄で笑って見ててやる………何せ、有栖のいる天国にはいけない………から」
男はそう吐き捨てると、血反吐を吐いて………そのまま動かなくなった。不完全な魔法少女化による病の侵攻か、彼の顔には黒い斑点が浮かんでいる。
「ルピナス………」
「真白」
「私、怖いよ………わたしは、今。どこに立っているの?」
静まり返る高架下。固有魔法と愛剣で圧勝したはずなのに、私の胸には冷たい虚無感と、底知れぬ恐怖だけが重く残されていた。
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