TS魔法少女「はろはろ〜NTRスレイの時間だよ〜」 作:フリーダム・メイソン
生徒会室の空間が、異様な歪みを見せ始めた。
「ひいっ! やめろ! 頼む、金を払う! 父さんは国会議会議員なんだ! 金ならいくらでも……!」
浅倉先輩が、床を這い回りながら命乞いをする。
『お金なんていらな〜い♪ 君が踏みにじってきた女の子たちの絶望の重さ、体で味わってもらうね!』
ゴーストが指を滑らせると、生徒会室に置かれていた大型の複合印刷機やパソコン、裁断機といったオフィス機器が一斉に狂ったような駆動音を立て始めた。
『【情報機器改変】、さあ処刑の時間だよ〜!!』
電子基板が溶解し、鋭利な金属の触手となって印刷機から伸び出す。紙を切り刻むための自動裁断機の刃が、超高速で回転しながら空を切る。
「ギャアアアッ! 腕が、腕があああッ!」
金属触手が浅倉先輩の右腕を巻き取り、そのまま超高速回転する裁断機の刃へと引きずり込んでいく。生々しい肉の破片と鮮血が、生徒会室の白い壁を一瞬で真っ赤に染め上げた。
視聴者コメント欄が狂気的な熱量で跳ね上がる。
《メシうまあああああ!!》
《スカッとジャパンすぎるwww》
《裏でそんなことやってたのかよ浅倉! 死ね!!》
《ゴーストちゃん最高! ゴーストちゃん最高!》
「やめなさい……やめなさい、ゴースト……!! それ以上やるなら、お前にも同じ目に合わせてやる。泣いて喚くだけの置物にしてイージスに飾ってやるよ!!」
『ひゅ〜とってもかっこいい! ヒーローからはかけ離れてるけどねっ!』
私は、ポタポタと垂れる血の涙を流しながら立ち上がる。感情が昂りすぎて魔力が過剰に生産されているのだ。
都合がいい、浅倉先輩の本性を知ってもなお、目の前で人が惨殺されていく光景に私の倫理観が悲鳴を上げながらも雄叫びを上げる。
「浅倉先輩が酷い人だったとしても……こんなの私刑よ! 殺していい理由にはならない!!」
光の翼を羽ばたかせ、私は生徒会室の窓に向かって急上昇した。
「ルピナス! 障壁を破るわ!!」
「応! 我が魔力の全てを注ぐ! 破れぇぇぇッ!」
銀色の精霊魔力がヴァルキリーのブレードに集束し、校舎を覆うサイバー障壁へと激突する。激しい魔力の衝突が空間を揺らし、校舎の窓ガラスが一斉に粉砕された。
『距離を0にされたら、ファイアーウォールも形無しか………。つくづく理不尽の権化だね。レディ・ブラン』
「ゴーストぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
嵐のように生徒会室へと飛び込んで、ゴーストに切り掛かる。刃を受け止めて笑う彼女に舌打ちし、その横っ面に回し蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。
その間に浅倉先輩を探して………いた。両脚と右腕を金属触手に押し潰され、血の海の中で虫のように痙攣する浅倉先輩の姿が。
「ひっ……ま、真白……たす……けて……」
「浅倉先輩!!」
浅倉先輩が残された左手を私へと伸ばす。
その手を掴もうと一歩踏み出したが。
『遅いよ〜、真白ちゃん♪』
復帰したのか頭上から舞い降りてきたゴーストが、あざとくウインクしながら浅倉先輩の頭上に重厚な耐火金庫を魔力で出現させた。
「あ」
重さ数百キロの鉄の塊が、彼の頭部を完璧に押し潰した。言葉にならない重い音。床一面に広がる赤と白の混ざり合った液体。浅倉先輩の体が小さく二度ほど跳ね、二度と動かなくなった。
『はーい! 浅倉薫くん、スレイ完了でーす!』
ゴーストがドローンに向かってダブルピースを決める中、私は気づけばその場に崩れ落ちていた。
自分の差し伸ばした手のすぐ先で、かつて光だと思っていた人が、ただの肉塊へと変わり果てていた。
「ああ……あ……あああああああああっ!!?」
絶望と混乱、そして処理しきれない感情の濁流が精神を苛む。ゴーストは優しく真白の前にかがみ込み、少女の姿のまま、低く冷たい「男」の声で私の耳元に囁いた。
『ネット弁慶たちが、癪に触るなぁ………』
彼女は視聴者コメントを流れる侮蔑の証を見ながら、そう呟くと、
『ねえ……真白ちゃん。これが『現実』だよ。君が守ろうとした世界も、君が信じた人間も、みーんなこんな風に腐ってるんだ。……君のお父さんを殺した奴だって、今頃どこかで君を嘲笑ってるのさ』
「お父さん……を……」
『君もこっちに来なよ。偽りの正義なんて捨ててさ……あたしたちと一緒に、この腐った世界を全部スレイしようよ?。本当の魔法少女の私達なら、誰よりも正しく正義を執行できる。ね? それに、私達は似たもの同士だよ』
ゴーストが手を差し伸べる。その隣で、ノワールがうっとりとした表情で深々と頭を下げた。
『ええ、レディ・ブラン様。私の主人様のお側こそ、唯一の救済ですわ』
「真白! 聞くな! 耳を貸すな!!」
コアの中からルピナスが必死に叫び、絶大なる光の精霊波長を放出した。バチバチバチッ! と激しい聖光が室内を満たし、ゴーストとノワールを強制的に後退させる。
『ちっ……邪魔なキツネめ』
ゴーストはチッと舌打ちをし、軽やかに窓枠へと飛び乗った。
『ま、今日のところはこれくらいにしてあげる。……真白ちゃん、またすぐ会えるよ。なんたって……あたしたちは同じ『本物の魔法少女』なんだからね』
ゴーストとノワールは、ネオンの光の粒となって茜色の空へと消えていった。血の海と化した生徒会室で、真白はただ一人、静かに膝を折って泣き崩れるのだった。
深く重い漆黒の夜が明けて、優しい朝日が街を覆い尽くしていた。なのに、私の高校の周辺は、警察車両の赤色灯とイージスの極秘調査チームが放つ青白い測定光によって、異様な緊張感に包まれていた。
立ち入り禁止の黄色いテープがなびく中、生徒会室から搬出されていく白いストレッチャーを、私は校庭のベンチで呆然と見つめていた。
変身はすでに解け、元の制服姿に戻っている。膝の上に置いた両手は、今も微かに震えていた。
「真白……大丈夫か? 暖かいココアを買ってきたぞ。少しでもお腹に入れなさい」
肩口からふわりと舞い降りた小狐のルピナスが、小さな鼻で真白の頬を突いた。足元には、自動販売機から転がしてきた温かい缶ココアが転がっている。
「……ありがとう、ルピナス」
小さく呟き、缶ココアを両手で包み込んだ。温かい。でも、その温もりすら私の冷え切った心を温めることはできなかった。
『──父親を殺されて弱ってるから、ちょっと優しくしてやれば簡単に落ちるwww』
浅倉先輩の裏アカウントに残されていた、あの一文。自分を暗闇から救い出してくれた『光』だと思っていた存在は、最初から自分を「都合のいい獲物」として嘲笑っていただけだった。
「私、何のために頑張ってきたんだろう。お父さんが殺されて、浅倉先輩だけが味方だと思ってたのに……私、ずっと一人で、ピエロみたいに騙されてたのかな……」
ボロボロと溢れ出す涙が、缶の表面に当たり、音を立てて弾けた。
「真白……」
ルピナスは悲しそうに耳を伏せ、真白の膝の上に飛び乗ると、自分のふさふさの尻尾を真白の手首に優しく巻き付けた。
「あの浅倉という男がクズだったのは事実だ。お前の純粋な心を踏みにじった罪は重い。だがな真白、世界中のみんながお前を騙しているわけではない! 我はお前の味方だ。どのような地獄であろうと、我はお前とともに歩むと誓う」
「ルピナス……」
「それにだ……ゴーストの言葉に惑わされるな。あいつは人の絶望を煽り、お前を自分と同じ闇に引きずり込もうとしている。あいつの『私刑』は正義などではない。ただの狂気だ」
ルピナスの力強い言葉に、真白は必死に頷いた。その時、しずしずと近づいてくる重い足音が響いた。
「真白ちゃん……大変だったね。怪我はないかい?」
現れたのは、現場指揮官の遠藤蓮だった。いつもの温和な笑みを崩し、心から心配そうな表情で私の前でかがみ込む。
「遠藤さん……」
「浅倉薫の裏の顔については、僕たちも把握しきれていなかった。君に辛い思いをさせてしまって、本当に申し訳ない……ゴーストは校内の電子ネットワークを完全に掌握し、僕たちの防衛網の隙を突いてきたんだ」
遠藤さんは私の肩に優しく手を置いた。その手の温もりは、傷ついた心に少しだけ沁み込んでいくようで。
「遠藤さん。浅倉先輩は……ゴーストに殺されるべき人間だったんでしょうか? 酷い人だったとしても……あんな死に方をしなきゃいけなかったんですか?」
私は切実な声で問いかけると、彼は悲しそうに目を伏せ、ゆっくりと首を横に振った。
「いいや、絶対に違う。いかなる理由があろうと、個人が法や倫理を無視して人を裁くことなど許されない。ゴーストの行っている『NTRスレイ』は、社会の秩序を根底から破壊するテロ行為だ。……真白ちゃん、君が自分を責める必要はどこにもないんだよ」
「……はい」
「さあ、今日はもう地下基地で休むといい。神代も君のバイタルデータを懸念している」
遠藤さんに促され、立ち上がった。しかし、その背後から冷ややかな機械音が響く。
「遠藤。無駄な傷の舐め合いはそこまでにしろ。時間の浪費だ」
暗がりから姿を現したのは、CTOの神代智樹だった。白衣のポケットに手を突っ込み、眼鏡の奥の氷のような瞳で真白を見下ろしている。
「神代……少しは言葉を選んだらどうだ。真白ちゃんは精神的に大きなショックを受けているんだぞ」
遠藤さんが苦言を呈するが、神代さんは鼻で笑った。
「ショックだと? 自分が勝手に作り上げた妄想の『理想像』が打ち砕かれただけに過ぎん。現実を直視できない不完全な精神こそが、ヴァルキリーの戦闘効率を著しく低下させている原因だ」
「貴様ぁ……!」とルピナスが怒りで毛を逆立てる。
神代さんはルピナスを無視し、淡々とタブレット端末を私に向けた。
「レディ・ブラン。ゴーストはお前と同じ『固有魔力回路』を持つ本物の魔法少女だ。奴は現代社会の通信網と自身の魔法を完全に同期させ、日々その処理能力を拡大させている。このまま放置すれば、奴は都市全体の電力をハッキングし、国家機能を麻痺させるレベルの『大災害』を引き起こすかもしれないんだぞ!」
画面には、ゴーストが次にハッキングを狙っていると思われる都内の主要インフラのデータが不気味に赤く点滅していた。
今はまだ私刑配信をしているだけの彼女がもし、そんな事に手を出せば………少なくとも今のように悠長にはしていられない事だけがわかった。
「奴を止められるのは、同じ本物の魔力を持つお前だけだ。私情を捨てろ、レディ・ブラン。悪を討つ兵器になれ」
「違う! 彼女は皆の正義であり民達の偶像だ! ゴーストに続き、真白ちゃんまで今ここで非情になれば、魔法少女という存在の価値は『兵器』と何も変わらなくなる! どうしてお前にはそれがわからない!」
神代さんの冷酷な言葉。遠藤さんの優しい言葉。私はその二人の間で、息を潜めるしかなかった。だって。皆んな、渚真白について触れていないから。
(みんな、私を『魔法少女』として見てる。今思えば……お父さんだけだったかも。私をただの『真白』として、愛してくれた人は……)
真白は胸元のロケットを固く握りしめた。父の優しさを再認識しながらも、その温かさがもう埋まらないと分かっていながら………強く握りしめるしかなかった。