TS魔法少女「はろはろ〜NTRスレイの時間だよ〜」 作:フリーダム・メイソン
イージス関東第3支部、地下数十メートルの最深部に位置する極秘資料室。分厚い防音壁と多重セキュリティに守られた無機質なコンクリートの室内で、ホログラム装置が放つ冷たい青白の光が、私と遠藤さんの影をゆらゆらと不気味に引き伸ばしていた。
「呼び出したりしてすまなかったね、真白ちゃん」
「あの、今日はダークネスへの総力戦についてだと話を聞きに来たんですが…………」
「ああ、その件ではないんだ。真白ちゃん。ぜひこれを見てくれないか?」
モニターの前で立ちすくむ私に、現場指揮官の遠藤蓮さんはいつもと変わらない穏やかな、父親のような笑みを向けた。
けれど、彼が指先で操作したホログラム画面に映し出された一枚の古びた立体写真を見た瞬間、私の息は凍りついた。
そこに写っていたのは、今よりずっと若い頃の遠藤さんと、私の大好きな父・渚一馬。そして二人の真ん中で、ひまわりのような眩しい笑顔を咲かせる美しい女性──私の亡きお母さんの姿だった。
「この女性は……お母さん?」
「そうだよ、真白ちゃん。昔、一馬さんと俺は親友だった。そして彼女は、俺と結婚を約束していた『最愛の恋人』だったんだ」
「え……? お父さんじゃなくて、遠藤さんの恋人?」
頭を強く殴られたような衝撃が走る。遠藤さんの口から静かに語られたのは、私の知る「優しくて誇り高いお父さん」の像を根底から覆す、ドロドロとした泥沼の過去だった。
「ああ。俺と彼女は将来を誓い合っていた。だがね、一馬さんは俺から彼女を力づくで奪ったんだ。強引に手籠めにし、俺の手から引き千切った。彼女も一馬さんの情熱に流され、俺を捨てて一馬さんの妻になった……そして、君が生まれた」
「そんな……お父さんが……そんなこと……っ!」
「信じたくないかい? だが、それが現実さ………ゴーストが教えてくれたんだ」
「ッ!? ゴーストがっ!? まさか遠藤さん!? 貴方、ゴーストと!?」
「そんな事どうでもいいじゃないか」
遠藤さんがゆっくりと私の方へ歩み寄ってくる。カツン、カツンと靴音が静寂な資料室に響くたび、私の胸の奥でチリチリとした警戒のアラームが鳴り響いた。
遠藤さんの顔から、それまでの「頼れる上司」としての温和な表情が、皮を剥ぐように消え去っていく。
そこに浮かび上がっていたのは、喉の奥から湧き出るような、湿り気を帯びたドロドロとした暗い情念だった。
「ねえ、真白ちゃん。彼女は病で逝った……だが神様は、俺に最高の奇跡を与えてくれたんだ。君だよ。君は俺の愛した女性に、あまりにもそっくりだ」
遠藤さんの手が私の肩に置かれた。その指先は小さく震えていて、気持ち悪いほどの熱を孕んでいる。そのまま滑るように私の首筋へ、そして制服の衿元へと滑り落ちていく。
「あ、あの……遠藤さん……? 何を──」
「一馬から奪い返すんだ。あいつが俺から恋人を奪ったように、俺は一馬から娘である君を奪う。君を俺の『妻』にして、死ぬまでこの手で愛し尽くしてやる……!」
「──っ!? やめてください!」
背筋を極限の恐怖が駆け抜け、私は体を捻って逃げ出そうとした。
だが──パチン、と遠藤さんが指を鳴らした瞬間。
室内に張り巡らされていた防犯・捕獲用の魔力プログラムが一斉に起動した。空間から溢れ出した半透明の青い帯が、私の両腕、両脚、そして胴体を容赦なく縛り上げる。
「何これっ!? ルピナス!!」
「くっ!? 真白!? なんだ、この帯は!?」
ルピナスの力で手首のアミュレットを光らせようとしたけれど、拘束具から流れ込む強力な魔力阻害波によって、身体中の精霊魔力が力づくで抑え込まれていく。変身どころか、指一本動かすことすらできない。私は冷たい床の上へと惨めに崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……ついに、ついに手に入れたぞ……!」
床に倒れ伏す私を見下ろし、遠藤さんは見たこともない歪んだ狂気の笑みを浮かべていた。
「無駄だよ、真白ちゃん。ここは地下最深部、神代のアクセスすら遮断した俺だけの秘密の部屋だ。いくら悲鳴を上げても、誰も助けには来ない」
「遠藤さん……正気じゃないわ! 離して!」
「正気さ! 十数年間、ずっとこの日を待っていたんだからね! 浅倉なんてぽっと出の幼馴染なんかに手を出されそうになった時なんて夜も眠れないくらい不安になったよ!」
遠藤さんは胸ポケットから、液体で満たされた一つの注射器を取り出した。薬品なのは分かる。それが良くないものである事も。
「やめて、遠藤さん! 5年前、お父さんが亡くなった時にはあんなに親身になってくれたじゃない!」
「ああ、5年前の一馬の事故か………ふふ、あれは事故なんかじゃない。俺が仕組んだんだ」
「──え?」
頭の中が真っ白になる。彼の空虚な笑い声が部屋に満ちる。
漸く悪戯に気づいた子供のように高らかに、嗤っていた。
「一馬さんの遺体に残されていた魔力波長データはイージスの魔力に偽造した……当然だろう。何せ、俺がゴーストに頼んで殺してもらったからな! 隠蔽と引き換えに彼女は喜んで協力してくれたよ」
「そんな、嘘よ………嘘!! 遠藤さんが、ゴーストに頼んで? じゃあ、あの事故はゴーストによるものだったの!?」
「そうさ!すべては君を俺のものにするためだ! 父親を失い、傷つき、イージスに頼るしかない君を……俺が優しく抱きしめて、完璧に手に入れるためにね!」
「お父さんを殺したのは……遠藤さん……あなただったの……!?」
「おいおい、父を殺したのはゴーストだよ。俺はただお願いしただけだ」
「じゃあ、共犯者ってところか! 見損なったぞ! 遠藤!」
「マスコット風情は黙ってろ」
尊敬していた人が、父親代わりだった人が、実の父親を殺した真犯人だった。あまりの絶望と恐怖に、私の視界が涙で歪んでいく。
遠藤さんは膝をつき、倒れる私の頬を撫でようと汚い手を伸ばしてきた。
「さあ、真白ちゃん。まずはこの筋弛緩剤で大人しくなってもらおうか。大丈夫、痛くはないよ。これから二人で、誰も邪魔できない新しい『夫婦』の時間を始めよう──」
冷たい注射器の針が、私の細い首筋へとゆっくり迫ってくる。魔力も封じられ、身動きも取れず、私は拒絶の悲鳴を上げることすらできずに目を背けた。
その時だった。重厚な機密資料室の防爆扉が、まるでペラペラの紙くずのように、凄惨な爆破音とともに内側へ向かって吹き飛んだ。
『はろはろ〜今日は特別編! 突撃NTRスレイ! イージス編だよっ! 今日のターゲットは〜遠藤蓮! 過去の恋人をNTRされたからってその娘をNTR………とはちょっと違うけど陵辱しようとしてる極悪人! さあ、私刑を始めよう!』
煙と粉塵が立ち込める破壊痕の向こう側。
瓦礫の山を優雅に踏み越えて歩み寄ってくるのは、黒いフリルドレスの裾をゆったりと揺らす少女──『ゴースト』だった。
その不気味な仮面の奥から、明るい口調で低く粘りつくような怒りが声と一緒に漏れ出している。キレている。宿敵の私が襲われそうになっているのに、この現状に。私刑の執行人が、自分の正義に従って。
『さて、ここからはオフレコだよ〜』
配信の音声を切ったのか、ゴーストは笑顔を消して苛立ちを露わにした顔で、
「いい年したおっさんが、親友の娘を部屋に連れ込んで『妻にする』だ? 鏡見たことないようだ。全く反吐が出る。学校で道徳の教育を受けて来なかったのか?」
少女の鈴を転がすような美しい声音──けれどその隙間から、隠しきれない男特有の粗暴で重い地声が、歪んで滲み出ていた。
「ゴースト……!? なぜイージスの地下最深部に……!? 警報システムはどうした!」
遠藤さんが顔を激怒に歪ませ、胸元から予備の端末を掲げる。けれど、ゴーストの肩口でフワフワと浮遊する黒いマスコット『ノワール』が、小さな翼をパタパタと羽ばたかせながら甲高い声で嘲笑した。
「うふふ、無駄ですわ〜! イージスのセキュリティなんて、わたくしたちの魔力ハッキングの前にはおもちゃ同然! あなたの醜い妄想劇、最初から最後までのぞき見させていただきましたわ〜!」
「チッ……! 邪魔立てするなら、まとめて消してやる!」
遠藤さんが端末を操作すると、壁面から配備されていた自動防衛兵器群が一斉に飛び出し、大口径の弾丸が音速の嵐となってゴーストへ向け火を噴いた。
だが、ゴーストは避ける素振りすら見せない。
「『ゴースト・シフト』」
空間をすり抜ける不気味な魔力波動。弾丸はすべてゴーストの身体を透過し、背後のコンクリート壁を無意味に穿つだけだった。
「な……弾丸が透過した……!?」
「おいおい、魔法少女相手に、そんな玩具が通用すると思ってたのか? 妄想は自由だが、現実見なきゃ何も始まらないだろ。俺は機械を操作する魔法少女だ──ホログラムを使って誤認させるなんて容易い事」
次の瞬間、ゴーストの姿が視界から消えた。イージスの機械を乗っ取り、神出鬼没の幽霊となった彼を捉える事はできない。私が漸く見えた頃には、彼は遠藤さんの懐に潜り込んでいて。
「がっ……!?」
回避の猶予すら与えない、地を這うような重厚な踏み込み。女子高生ほどの細い体躯からは想像もつかない凶悪な打撃──容赦のない膝蹴りが、遠藤さんの鳩尾へと叩き込まれた。
「あぐっ……はぁっ……!?」
肋骨が叩き折れる鈍い音が響き、遠藤さんは激痛に顔を歪めて床を転がった。手から注射器と端末が滑り落ち、カチャンと虚しい音を立てる。
ゴーストは転がる遠藤さんの胸元を、ハイヒールの尖った踵で踏みにじり、骨が軋むほど体重をかけた。
「ぐぁぁぁっ……! 離……離せ……ッ!」
「生娘みたいな情けない声を上げるなよ。親友を裏切り、その娘に手を伸ばすようなゲス野郎が、痛いのには弱いのか? 男ってのはどいつもこいつも、女を自分の所有物だと思い込んでやがる。己の浅ましい欲望のために手前勝手な理屈をこね回すお前みたいな奴の顔を見てると、反吐が出ると同時に──ぶち殺したくてたまらなくなる」
ゴーストの全身から、憎悪に満ちた漆黒の魔力が噴出する。
自らの意志で私刑者となった魔法少女、その内に秘められた狂気と歪んだ美学が、遠藤さんの浅ましい欲望を完全に叩き潰していた。
「がはっ……!?」
ゴーストは容赦なく靴の先で遠藤さんの顔面を蹴り飛ばした。鼻骨が砕け、遠藤さんは血を吐き出しながら意識を失い、白目を剥いて崩れ落ちた。
圧倒的なまでの暴力。そこにあったのは、父の仇と教えられた悪魔の姿でありながら、皮肉にも私を地獄から救い出した『暴力の化身』だった。
「……あ」
拘束具で身動きが取れず、床に伏せたまま息を呑む私。
ゴーストは血に濡れた踵を軽く振って汚れを払うと、ゆっくりと私の方へと向き直った。カツン、カツンと響くヒールの音。
「……ひっ」
私の身が竦む。遠藤さんの狂気から逃れたものの、目の前にいるのは本物の殺意を宿したTS魔法少女なのだ。変身も出来ない以上、死ぬのは間違いなくて、恐怖で震えが止まらない。
そんな私にゴーストは目の前で膝をつくと、冷たい手袋に包まれた指先で、私の顎をクイッと強引に持ち上げた。
「……渚真白。渚一馬の娘」
至近距離で合わさる視線。仮面の奥に見える瞳には、男特有の凶暴さと、不気味な歪みが混ざり合っていた。
「助けて……くれたの……?」
震える声で尋ねる私に、ゴーストはハッと鼻で笑った。
「勘違いするなよ、レディ・ブラン。俺はお前を助けたわけではない……お前みたいな『綺麗で、恵まれた本物の魔法少女』が、あんな腐れ親父の所有物にされるのが不愉快だっただけだ」
ゴーストの指先が、私の頬をなぞる。
「お前は俺の獲物だ。お前のその綺麗事も、まっすぐな瞳も、いずれ俺がこの手で絶望に染めて、叩き割る……そして、いつかお前もこちら側に」
「ゴースト……あなた、本当にお父さんを?」
「ああ、殺した。それが俺の正義だからだ」
「ッ!! それに、その喋り方………貴方、本当に男の人なの?」
私の問いかけに、ゴーストは何も答えなかった。ただ、不気味な仮面の奥でフッと自嘲気味な笑いを浮かべると、指を鳴らして私の拘束具を魔法で粉砕した。それがある種の返答のようで。
「ガラクタは片付いた。……さっさと立てよ、レディ・ブラン。次に会う時は、お前のその輝くアミュレットを俺が直々に噛み砕いてやる」
ゴーストが背を向けると、黒いマスコットのノワールが楽しそうに宙を舞った。
「うふふ〜! 次回の私刑も楽しみにしてくださいませ〜ブラン様〜!」
黒いモヤが二人を包み込み、次の瞬間には、空間からその気配が完全に消え去っていた。静まり返った地下資料室。
倒れ伏す遠藤さんの醜態と、打ち砕かれた拘束具の破片。私は解放された自分の手をじっと見つめ、震える足でゆっくりと立ち上がった。
お父さんの死の真実、遠藤さんの凄惨な裏切り、そして立ち塞がるTS魔法少女ゴーストの存在。
巨大な闇の渦が私を飲み込もうとしていることを実感しながらも、私の胸の中には、助けられた感謝と………消えることのない冷たい怒り、そして決意が炎となって燃え上がっていた。
「負けない。絶対に………真実を突き止めてみせる。だって私は諦めが悪いんだから!」
私は固く拳を握りしめ、暗闇の資料室を後にしたのだった。
お気に入りありがとうございます。評価もよろしくお願いします。
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