ハンターにはなりません。理由は怖いから 作:ゴミミゴミ
街道が一本、僕の絵で止まったらしい。
ニャンターからその話を聞いた時、僕は残り六枚になった紙を数えていた。父に言われたとおり、商人へ渡した絵がどうなったか尋ねただけである。まさか返事と一緒に、通行止めになった道の話までついてくるとは思わなかった。
紙は増えていない。数え間違いでもなく、六枚のままだった。
問題は、紙の向こうで増えているかもしれない損害のほうである。
街道を使えなくなれば、荷車は別の道を通らなければならない。日数が延びれば御者や護衛へ払う金も増え、宿代と食費がかかる。雨に降られれば布や穀物は傷み、肉や魚は雨が降らなくても待ってくれない。到着が遅れて売り時を逃す品もあるだろうし、次の仕入れに使うはずだった荷車まで戻ってこなくなる。
父の店では、荷が一日遅れただけで帳面を何枚も広げることがある。今回は一台ではないらしい。
僕は六枚の紙を揃え、机の端へ置いた。
もちろん、売っても足しにはならない。
「僕の小遣いで払えますか」
「何をだ」
窓際に座って剣の手入れをしていたニャンターが、研ぎ布を動かす手を止めた。
「街道を止めた分です」
「なぜお前が払う」
「僕の絵を見て閉じたんですよね」
「子供が描いた絵一枚で道を閉じるギルドがあったら、俺が先に潰している」
それは頼もしいが、ギルドを潰せる人が護衛についている状況もあまり安心できない。
ニャンターは剣を鞘へ収め、椅子から降りた。普通の椅子は身体に合わないため、座る時は厚い座布団を二枚重ねている。本人は気に入っていないらしく、僕が見ると座布団ごと椅子の下へ押し込んだ。
「以前から妙な鳴き声の報告はあった。火竜を見た者はいないのに、声だけ聞いたという話が二つ。大型種が同じ谷へ集まったという話が一つ。そこへ彩鳥らしき絵と証言が届いたから、確認が済むまで止めた。それだけだ」
「僕の絵が最後の一押しになってませんか」
「最後まで聞け。あの絵がなくとも、次に同じ報告が届けば止まっていた」
「次の報告が来る前なら、通れたんですよね」
「商人の息子は面倒だな」
ニャンターは深く息を吐いた。
僕としては、父がいつも考えていることを少し真似しただけである。店で何かが起きた時、父は誰に責任があるかを決める前に、誰がいくら損をしたか確かめる。金の話を後回しにすると、最後には人の話までこじれるからだそうだ。
「閉じたのはギルドだ。迂回路を決めたのも、街道へ調査隊を出したのもギルドだ。判断した連中は給金をもらっている。十一歳の財布を当てにしてなどいない」
「本当に?」
「本当だ」
「紙代も?」
「そこは商人に言え」
やはり一枚分は損をしていた。
父は朝から書士隊の人と話しており、部屋にはいない。店を空けた間に溜まった商談や荷の行き先を整理しているらしく、滞在中に増えた書類も紐で幾つかに分けていた。僕の綴じ本は返してもらったが、黒い龍を描いた紙だけはまだ本部の奥にあり、古い記録との照合も終わっていなかった。
あの絵が返ってこないうちに、今度はクルペッコの絵までどこかへ運ばれていった。
僕が描いたものは、最近よく旅をする。
描いた本人は本部と市場を往復しただけである。
「実物と違っていたら、調査する人が困りませんか」
「そのために、見たものではないと書き添えてある」
「商人の人、ちゃんと伝えてくれたんですね」
「そこは抜かりがなかった。それに、書庫の記録と照らし合わせてから写しを送っている。お前の絵をそのまま討伐依頼の目印にしたわけじゃない」
少し安心したところで、扉が二度叩かれた。
ニャンターが返事をするより先に、廊下から旅に同行した書士隊の人の声が聞こえた。扉を開けると、あの人は薄い板に挟んだ紙を抱えている。後ろには父もおり、紐で束ねた書類を片手に持っていた。
「街道の件を聞いたそうだな」
「はい。僕のせいではないとも聞きました」
「その理解で間違いない」
書士隊の人は言い切った。
父が隣で頷いているので、本当に払わなくてよいらしい。
「ただ、現地のギルドから確認したいことが届いた。答えられる範囲で構わない」
父は僕の向かいへ座り、ニャンターは扉の横へ移った。昨日までなら大人に囲まれて質問されるだけで緊張したが、今日は父と護衛がいる。しかもクルペッコは本部の書庫に載っていた生物で、僕だけが知る名前でもなかった。
書士隊の人が板から一枚の紙を外した。商人へ渡した絵の写しである。急いで描いたはずなのに、線の掠れや紙の端についた汚れまで写されていた。
「ここに描いた袋状の器官は、声を出すためのものだと考えたのか」
「本にそう書いてありました。喉の袋を膨らませて、大きな声を出すって」
「翼の先にある石については」
「火打石です。打ち合わせて火を起こします」
「その二つを読んだのは、『鳥竜種分類八』で間違いないか」
「たぶん。六と間違えて、ニャンターに直されました」
「八だ」
扉の横から低い声が飛んできた。
書士隊の人はニャンターにも確認し、手元の紙へ短く書き加えた。その後も足の指の数、嘴の形、羽毛の色について聞かれたが、僕は本に載っていたことと自分が絵として補った部分を分けて答えた。色については挿絵が古く、実物より褪せている可能性がある。足の向きは横から見た時に形が分かりやすいよう少し動かして描いている。
全部を見たまま写したものではないと説明すると、書士隊の人は何度か頷いた。
「もう一つある。これは本にあった記述か」
読み上げられたのは、昨日僕が言った言葉だった。
「本人より、呼ばれて来たほうが怖い」
文字にされると、妙に偉そうに聞こえる。
「それは僕の感想です」
「なぜ、そう思った」
「弱い相手を追いかけている時に、それより強いものが来たら困るからです」
なるべく余計なことを言わないように答えたが、書士隊の人は続きを待っていた。
ゲームの話をするわけにはいかない。クルペッコを追っていたら聞き覚えのない咆哮がして、画面の端から大きな影が現れた。何が来たのか確かめる前に逃げようとして方向を間違えた。そういう記憶はあるものの、僕自身が経験したと言えばまた別の部屋へ連れていかれるかもしれない。
「彩鳥は、自分より強い生物も呼ぶんですよね」
「記録上は、その例がある」
「だったら、呼ばれたほうも迷惑だと思います。知らない場所へ来たらハンターがいて、呼んだ彩鳥は先に逃げるんですから」
「心配する相手が違うだろう」
呆れたようにニャンターが言った。
「僕はハンターの心配もしています」
「今、先に大型種を心配したな」
「先に思いついただけです」
書士隊の人は炭筆を止め、父を見た。父は額へ手を当てていたが、僕が何かを隠しているとは思わなかったらしい。
「つまり、特定の生物が来ると知っていたのではないのだな」
「知りません。街道がどこにあるかも、どんな谷なのかも聞いてません」
「分かった。そのように返答する」
聞き取りはそれで終わった。
書士隊の人は父へ向き直り、長耳の竜人族の書士官との確認も、あと少しで済むと伝えた。何の確認か尋ねようとしたところで、父が街道の封鎖について先に質問した。
「こちらから送る荷や手紙の便にも影響しますか」
「道は別ですが、荷の流れが変われば宿や荷車の手配にも響きます。日取りは、現地から次の報告が届いてから決めたほうがよいでしょう」
父は僕のほうを見た後、分かりましたと答えた。
店へ送る荷なら、父が仕入れたものかもしれない。最近は僕が標本室へ行っている間にも話し合いをしており、父の持つ書類だけが増えている。何をそんなに相談しているのか聞いても、決まったら話すと言われるばかりだった。
その日の午後、僕は新しい紙を綴じ本の一番下へしまい、帳面の表紙裏に小さな印を三つ決めた。実物を見て描いた部分、本で確かめた部分、自分で補った部分を絵の脇で区別するための印である。これなら僕以外の人が見てもどこまで信用してよいか分かる。
絵を描いたこと自体が悪かったとは思わない。実際、街道の調査には役立ったらしい。ただ、僕が落書きのつもりで渡しても、受け取った人まで同じように見るとは限らなかった。
横から帳面を見ていたニャンターが低い声で尋ねた。
「印をつけて終わりか」
「ほかにもありますか」
「誰に渡し、何に使われたかも書いておけ。後で追えなくなる」
僕は商人へ渡したことと街道の名を書き足した。父は帳面を一度読んでから、綴じ本の下へしまった紙を示した。
「そちらは使わないのか」
「今は帳面で足りるよ。それに六枚しかないから、折角いい紙を使うなら失敗したくない」
「紙の値段も大事か」
「商人の息子だから」
父は何も言わなかった。次に絵を求められた時は、帳面を開けば印の決まりと渡した相手の記録が先に目へ入る。これなら描き始める前に一度は考えられる。
その時の僕は、街道へ向かった調査隊が何を見つけたのか知らなかったし、迂回路を進む荷車の中に、僕を探す者が紛れていることも知らなかった。
* * *
街道が閉じられたと聞いた時、私はギルドの判断を疑った。
十数台の荷車を山沿いの道から外し、半日余計にかかる南の迂回路へ回すという。理由は大型種の生息調査だったが、街道に残されていたのは鳥竜種らしき足跡と、正体の定かでない鳴き声だけである。荷主たちは当然のように抗議し、御者は日暮れまでに着くはずだった宿の名を口にして顔をしかめた。
私は商隊の帳場係としてその不満を書き留めた。荷が遅れた理由と追加の食料や宿代を記録し、傷みやすい品を積んだ荷車から順に迂回路へ入れる。それが表向きの役目であり実際に何年も続けてきた仕事だった。だが、この商隊へ加わった目的は別にある。行き先の街に龍の姿を知る少年がいる。
最初にその話を持ち込んだ者は、酒場で聞いた噂を三つ重ねていた。少年は一度も見たことのない火竜を描き、海の底に棲む龍の名を呼び、古い城を焼いた黒い龍まで紙の上へ現したという。王家が使者を送り、書士隊が本部へ迎え、ギルドもG級の狩人を差し向けたらしい。
噂としては出来がよすぎた。
人は大きな災いの前に兆しがあったと思いたがる。誰かが警告していた、奇妙な夢を見た者がいた、鳥がいつもと違う方角へ飛んだ。災いの後で集めればどの話もそれらしく見える。私はこれまでそのようにして作られた龍の使いを何人も調べた。
古龍が近づく日を言い当てた女は、港の記録係から船の帰着を聞いていた。噴火を予告した老人は、山を下りる獣を見ていただけだった。夢で龍の声を聞くという子供は、親に教えられた言葉を繰り返していた。
教団の中には、彼らを偽物と呼んだだけで怒る者もいる。私はそうした者たちから信心が足りないと思われていたが、構わなかった。確かめずに信じることは、龍を敬うことにはならない。人の都合で作った言葉を龍の意思と呼ぶほうが、よほど不敬である。
私に与えられた役目も少年を迎えることではない。存在と絵を見た者の証言を確かめ、王家と書士隊とギルドが何を目的に少年を囲っているのか調べる。本人へ近づけるか判断し、無理なら顔を見ずに戻る。危害を加えることも、こちらの信仰を伝えることも禁じられていた。
服の下には、輪の形に並べた鱗と、中央へ黒い石を嵌めた小さな護符がある。だが、街へ着くまで取り出すつもりはなかった。
「帳場さん、どの荷から回す」
御者に呼ばれ、私は迂回路の幅を確かめた。二台が並べる道ではないため、車輪の傷んだ荷車を前へ出すと後がつかえる。生鮮品を積んだ二台を先頭に置き、その後ろへ護衛のいる荷車を挟んだ。
「今夜の宿には入れない。街道脇の野営地を使う。水は足りるが、飼料は追加したほうがいい」
「彩鳥一頭に、えらい騒ぎだな」
「ギルドへ言ってくれ。私は道を決めていない」
御者は悪態をつきながら手綱を引いた。
商隊が動き始めると、閉鎖された街道の入口に立つハンターが見えた。三人のうち一人は谷へ向かい、二人は柵の前へ残っている。柵には赤い布が結ばれ、ギルドの札が下がっていた。
その横へ、薄い板に挟まれた紙が置かれている。
風にめくられた一瞬、鳥竜種の絵が見えた。
長い嘴と、大きく膨らんだ喉、翼の先にある石。その姿に見覚えはなかったが、線を引いた者の手は確かだった。旅の途中で見かける依頼書の挿絵より詳しく、傷つきやすい器官がどこにあるかまで分かる。
あれが街で噂になっている少年の絵だと知ったのは、その日の夜だった。
迂回路の野営地は、低い丘と林に挟まれていた。街道からは離れているものの、谷の方角を見渡せる。火を増やすと大型種を呼ぶため、荷車ごとに灯していた焚き火を三つへ減らし、護衛のハンターが交代で外周を見張った。
私は荷主へ追加費用を説明した後、護衛たちのいる火へ酒を一瓶持っていった。金の話で機嫌を損ねた相手から情報を得るには、酒か食べ物を挟むのが早い。
「昼間の絵は、どこから届いたものです」
「本部の書士隊だ。商人が持ち込んだ絵を照合して、写しを寄越したらしい」
年かさのハンターは酒を受け取り、栓を抜いた。街道を守る仕事が長いのか、武具は使い込まれているが、飾りになる傷は一つもない。
「書士隊が彩鳥の絵を?」
「描いたのは子供だとよ。伝説の龍を描いたのと同じ子らしい」
隣にいた若いハンターが声を落とした。
「龍の御子か」
「その名を依頼の最中に口にするな。噂で足跡は残らん」
年かさのハンターは若者を制し、瓶から一口飲んだ。
私は驚いた顔を作って続きを促す言葉を探す。
「そんな子供が、本当にいるのですか」
「いるらしいな。だが、今回の絵は書庫の本を見て描いたと注記がある。本人も実物を見たとは言っていない」
「では、なぜ街道を閉じたのです」
「絵のせいじゃない。報告と痕跡が噛み合ったからだ」
返ってきた答えは、私が帳場係へ向けられた質問に答える時と似ていた。責任のない者へ責任を負わせないため、何度も説明したのだろう。
ハンターによれば谷では火竜を見た者がいない。それにもかかわらず咆哮だけが聞かれ、別の日には牙獣種らしき声まで混じった。調査員が入口を調べると、嘴の長い鳥竜種の足跡と割れた石、草の焦げた跡が見つかった。
少年の絵には、喉の袋と翼先の火打石が描かれていた。
「それだけなら彩鳥を追い払えば済む。問題は、絵に添えられた話だ」
「どのような話でしょう」
「本人より、呼ばれて来たほうが怖い」
若いハンターが先に答えた。
「子供の感想だ。特定の何かを見たわけじゃない」
年かさの者が付け加えたものの、その声には昼より硬いものが混じっていた。
谷へ入った調査員は、まだ戻っていない。
私はそれ以上尋ねず、火のそばを離れた。
偶然は珍しくない。彩鳥がほかの生物を呼ぶなら、呼ばれたものを警戒するのは当然である。少年が書庫で生態を読んでいたという話も、疑う理由はなかった。
それでも、教団へ持ち帰る報告には加える必要がある。
少年は黒い龍だけでなく、既知の生物についても、現地で役立つ形にして描ける。少なくとも、絵の技術まで噂が作ったものではない。
夜半を過ぎた頃、見張りの笛が短く二度鳴った。
眠っていた御者たちが身を起こし、護衛は火へ砂をかけた。私は帳簿を閉じ、荷車の下へ置いた箱に収める。大型種が近い時、紙の束は盾にも武器にもならない。
林の向こうから低い音が届いた。
最初は雷かと思った。しかし空に雲はなく、地面へ伏せた手のひらへ細かな震えが伝わってくる。次に響いた声はさらに近く、荷車につながれた草食種が一斉に首を振った。
護衛の顔から眠気が消えた。
「彩鳥ではないな」
「あんな声で鳴くものか」
丘の上へ出ていた見張りが、転がるように斜面を下りてきた。
「谷の出口に大きな影がいる。二本脚だ。尻尾が長い」
「色は」
「暗くて見えん。だが、木の高さほどのところに頭がある」
年かさのハンターは、討伐の指示を出さなかった。
荷車を林の奥へ寄せ、音を立てる金具を布で巻き、草食種の口元を押さえるよう命じた。若いハンターが谷へ確認に行こうとすると、肩を掴んで止めた。
「調査隊が戻るまで動くな。あれが恐暴竜なら、見つかった時点で護衛の仕事は終わる」
戦えば守れるという意味ではなく、逃がす時間さえ失うという意味だった。
その名を知る者から順に口を閉じた。知らない者も、周囲の反応を見れば質問できなかった。
私も恐暴竜を見たことはない。ただ、飢えに支配され、目につく生物へ襲いかかるという記録は読んでいる。生息域を定めず、現れた土地の食物連鎖を崩すほど食べる。龍を世界の理と呼ぶ教団の書物にさえ、あれを神聖なものとして扱う文章はなかった。
遠くで何かが打ち鳴らされた。
硬い石を続けて叩くような音の後、甲高い鳴き声が夜気を裂いた。昼間の絵にあった翼先の火打石を思い出す。彩鳥が谷のどこかにいる。
低い咆哮がそれへ重なった。
呼んだのか、偶然近くにいたものを刺激したのかは分からない。どちらにせよ街道を通っていれば私たちは谷の中にいた。前方に彩鳥、後方にあの影が現れれば十数台の荷車を反転させる場所はない。
追加の宿代を計算する必要もなくなっていただろう。
夜明け前、谷へ入っていた調査員が迂回路の野営地へ戻った。一人は腕に布を巻き、もう一人は泥で顔の色が分からない。彼らは谷の外れで彩鳥を確認し、その近くに見慣れない巨大な足跡を見つけたため、追跡を中止して戻ってきたという。
足跡の主は、夜のうちに彩鳥を追って谷を離れたらしい。
だが街道の封鎖は続けられた。
商隊に負傷者はいなかった。傷んだ荷もなく、草食種が二頭、騒いだ拍子に脚を擦った程度である。
私は夜が明けてから、護衛のハンターへ尋ねた。
「あの少年は、恐暴竜が来ると書いていたのですか」
「いや。現地も知らないとはっきり答えている。呼ばれた側が怖いというのも、自分で考えた感想だそうだ」
年かさのハンターはそう言ったが、若い者は納得していなかった。
「それでも、あの一言がなければ、彩鳥を見つけたところで封鎖を緩めていたかもしれません」
「判断したのはギルドだ。子供に背負わせるな」
「分かっています」
若者は口を閉じたものの、少年を見る目はすでに決まっているようだった。
私も同じだったのかもしれない。
絵がなくとも、次の報告が届けば街道は止まった。少年が何も言わなくとも、調査員は巨大な足跡を見つけた可能性がある。いくつもの条件が重なり、結果として商隊は助かった。それを一人の子供の力にまとめれば、分かりやすい物語になる。
私は、そのような物語を疑うために来た。
疑う理由は今も残っている。少年は現地を見ておらず、恐暴竜の名も出していない。龍が夢を通して教えたという証拠はどこにもなかった。
一方で、谷へ入らずに済んだ十数台の荷車が目の前にある。
帳簿には追加の宿代と飼料代が残り、死者の名を書く欄は空白のままだった。
私は服の上から護符へ触れた。
これを託した者へ、龍の御子が現れたと報告するつもりはない。まだ会ってもいない子供を、教団の期待へ合わせる気もなかった。
ただ、作り話を暴いて帰るだけの仕事ではなくなった。
翌日の夕方、商隊は書士隊本部のある街へ着いた。
門では荷主の名前、積み荷、出発した街と途中で使った宿を尋ねられた。街道封鎖で到着予定が変わったため門番は通行証と帳簿を何度も見比べたが、商隊そのものに不審な点はない。私は帳場係として数字の違いを説明し、追加された宿の証明書を渡した。
門番は最後に、街で妙な噂を聞いても書士隊本部の前へ集まらないよう注意した。
「龍の御子とやらですかい」
荷主が笑って尋ねると、門番はうんざりした顔を見せた。
「本物かどうかは知らん。正面で騒げば守衛につまみ出される。それだけ覚えておけ」
商隊の者たちは笑い、荷車を進めた。
私も一緒に門をくぐった。
通りの先には市場があり、そのさらに向こうへ書士隊本部の屋根が見える。正面へ向かうつもりはなかった。少年の顔を知る者を探し、絵を見た者の話を聞き、家族と護衛の動きを確かめる。接触するかどうかを決めるのは、その後でよい。
市場へ曲がる前、通りの反対側に一人の男が立っていた。
旅装の上から見れば、仕事を探している旅人にしか見えない。その男は干した果実を売る店へ目を向けており、こちらを見なかった。
それでも私は、荷車の陰へ入るまで歩調を変えなかった。
この街へ招かれていない者が、自分一人とは限らない。