ハンターにはなりません。理由は怖いから   作:ゴミミゴミ

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第13話 生物ですのでお早めに

 

 第三王女は来なかった。

 

 代わりに、二つの贈り物が来た。片方は正面玄関から、もう片方は王家の使いが帰った後に裏口から。

 

 その午前中だけで、僕は贈り物への考えを二度変えた。

 

 第三王女が地図の後ろから連れ出されて二日後、僕は長耳の書士官に呼ばれ、本部の応接室へ向かった。ニャンターも、昨日までより少し近い位置を歩いている。王宮から正式な使いが来ていた。

 

 王女本人でなくとも、二日前のことを思えば安心はできなかった。

 

 応接室には、あの日の年配の従者が座っていた。今回は額に汗もなく、靴にも泥がついていない。

 

「先日は、第三王女殿下が多大なご迷惑をおかけしました」

 

 従者は僕と長耳の書士官へ、順に頭を下げた。

 

 先触れのない訪問で仕事を止め、僕へ許可なく質問したことを、王家から正式に詫びるためだという。僕の嘘や、王女の命令へ従わなかった件は含まれていなかった。

 

「殿下には、当面の外出と、あなたへの私的な接触を控えていただきます。王家から面会を求める場合にも、今後は必ず学術院と保護者を通します」

 

「父さんはもう家へ戻りました」

 

「承知しております。その間は、こちらの書士官殿と護衛の方へ確認を取るよう申しつけられております」

 

 年配の従者がニャンターへ目を向ける。ニャンターは椅子へ座らず、僕の斜め後ろで腕を組んでいた。

 

 謝罪状の封が確かめられたところで、王家の紋章を入れた箱が二つと、紙を包んだ平たい包みが運ばれてきた。

 

「こちらは、王家からのお詫びの品となります。受け取ることで、殿下との面会や、王宮への協力を求められることはありません」

 

 先に言われた。

 

 僕が箱と従者を見比べたせいかもしれない。父なら、誰が何のために渡したのかを先に確かめる。値札のない物ほど後から高くつく。

 

 包みの中は上質な紙だった。本部でもらったものより白く、表面の凹凸まで揃っている。箱の一つには絵具壺と炭筆、もう一つには王都の焼き菓子が入っていた。

 

 市場で買った紙は、残り六枚である。

 

 受け取れば紙の悩みは消える。代わりに王女との間へ、目には見えない紐が増えるかもしれない。

 

「本当に、何も描かなくていいんですか」

 

「謝罪に返礼は求めません」

 

 従者は即座に答えた。

 

「王女殿下から、ではなく?」

 

「品物の選定には殿下のご希望も入っておりますが、王家の名でお渡しするものです」

 

 そこは少し気になった。

 

 僕が黙っていると、長耳の書士官が謝罪状を読み終え、紙を卓へ置いた。

 

「受け取っても受け取らなくても、おぬしの扱いは変わらぬと書いてある。ワシも見届けよう」

 

 ニャンターは菓子の箱を引き寄せ、封と底を確かめた。次に絵具壺の蓋を一つずつ見て、炭筆の束まで持ち上げる。何を探しているのかは教えてくれなかった。

 

 僕は菓子ではなく紙を見た。こういう時に菓子から目を逸らせる程度には、十一歳より少しだけ我慢が利く。

 

「受け取ります。ただ、受け取ったことと、中身を記録に残してください」

 

「そのように」

 

 従者が頷く。

 

 一枚だけ端を持ち上げると、薄いのに腰があり、曲げてもすぐ元へ戻る。王女が何を期待したのかは分からないが、絵描きへの贈り物としては悔しいほど正しかった。

 

 正式な受取証へ長耳の書士官が署名し、僕も印を付けた。王家の使いたちは空になった運搬箱を抱え、正面玄関から帰っていった。

 

「これで終わりですか」

 

「終わってほしいところじゃな」

 

 長耳の書士官は、二日前と同じように長い耳を少し下げた。

 

 僕は紙と菓子を抱え、宿舎へ戻ろうとした。ニャンターは絵具を持ってくれたが、菓子には触れない。食べる前に確認すると言っていた。

 

 階段へ向かう途中、職員用通路から来た若い書士が僕たちを呼び止めた。

 

「通用門で、先日いらした王女殿下の護衛が待ってる。君に届け物があるそうだ」

 

 ニャンターは足を止め、若い書士を見上げた。

 

「身元は確かめたか」

 

「守衛が確認してる。二日前にも来た方だよ」

 

 先ほどの使いとは別らしい。僕は紙の包みを抱え直し、通用門へ続く廊下を見た。

 

「会わないという選択は」

 

「ある。用件なら俺が聞く」

 

 ニャンターは返事を待っている。僕も一つだけ確かめた。

 

「王女様も一緒に来てませんよね」

 

「その方一人だよ」

 

「それなら、話だけ聞きます」

 

 あの勢いにもう一度付き合う元気はないが、護衛の人なら話が通じそうだ。僕はニャンターの後ろについて通用門へ向かった。

 

 通用門の内側には、外套を着た若い男が立っていた。胸の紋章は隠しているが、顔には見覚えがある。第三王女と一緒に書庫へ入り、後から来た従者を見た途端に帰りたそうな顔をしていた護衛の一人だった。

 

 今日は二日前より、さらに帰りたそうだった。

 

 男の足元には、布を被せた鳥籠が置かれていた。中から爪が金網を引っかく音がする。

 

「先に言っておく」

 

 男はニャンターではなく僕を見た。

 

「俺の考えではない」

 

「中身を聞く前から、不安になる言い方ですね」

 

「俺もそう思う」

 

 男は王宮の教育係の名を出し、小声で「できれば内密に」と頼んだ。ニャンターは答えず、守衛も案内の書士もその場に残した。

 

「殿下からだ。王家の使いとは別の、個人的な詫びだと仰せになった」

 

 ニャンターの耳がゆっくり男へ向いた。

 

「本人からの接触は禁じられたと、今しがた聞いた」

 

「だから本人は来ていない」

 

 男の声からは、正しいと思っている様子が一つも感じられなかった。

 

 若い書士が長耳の書士官を呼びに走ると、男はその背を見送って小さく息を吐いた。

 

「受け取らなければ、そのまま持ち帰る。無理に置いていけとは言われていない」

 

「何が入ってるんですか」

 

 男は答える代わりに布を取った。

 

 金網の内側で、黒っぽい翼が開く。

 

 胴は僕の握り拳より小さい。白い頭には不釣り合いな大きな耳があり、その縁から鋭い突起が伸びている。細かな鱗は暗がりでは黒く、光を受けると青や紫を帯びた。籠の天井へ後脚でぶら下がり、薄い翼を畳んでいる。

 

「ウロコウモリだ」

 

 護衛が言った。

 

 コウモリと名についていても、洞窟暮らしに合わせて小さくなった飛竜である。形だけ見れば、飛竜を両手へ収まる大きさまで縮めたようだった。

 

 大陸中央の洞窟や古い坑道にも広く棲み、人里では少し珍しい程度である。少なくとも、名前を口にしただけで扉を閉められる相手ではなかった。

 

 小さな飛竜。

 

 僕は抱えていた王家の紙を落としかけた。

 

 ニャンターの手が先に伸び、包みの端を押さえる。

 

「顔に出ているぞ」

 

「まだ何も言ってません」

 

「言うより分かりやすい」

 

 反論しようとしたところで、ウロコウモリが金切り声を上げた。籠が狭いのか、翼を広げては金網へぶつけている。怖がっているようにも見えたので、僕は口を閉じた。

 

 護衛の革筒には、王宮の飼育記録が入っていた。飼育舎で育ち、長く人のそばで暮らしてきた個体だという。病気の有無や餌、暗く高い場所を好むことまで記されている。

 

「殿下は、あの子供はモンスターの絵を描くのだから、これなら喜ぶと」

 

「それで持ってきたのか」

 

 ニャンターの問いに、男はしばらく黙った。

 

「断った。すると殿下が、ご自分で届けると仰せになった」

 

 二日前に王女を追って街道を往復した顔を思い出すと、強く責める気にはなれなかった。

 

 長耳の書士官は、若い書士に連れられてすぐに現れた。先ほどまで応接室にいた時より歩みが遅く、籠の中身を見る前から事情を察している。

 

「これは、王家からの正式な品ではないのじゃな」

 

「殿下個人の所有物です。譲渡の書付と、飼育係の確認もあります」

 

 護衛は別の紙を差し出した。王女の印があり、ウロコウモリを僕へ譲ることだけが大きな字で記されている。文章は短いのに、署名は紙の幅いっぱいに書かれていた。

 

「王宮には」

 

「まだ報告しておりません」

 

「ならば、今からすることになる」

 

 男の肩が落ちた。

 

 本部の宿舎で飛竜を飼うなら、食堂から匙を一本持ち帰るのとは話が違う。小さくても飛び、食べ、その後には片づけるものも出る。

 

「僕、動物を飼ったことがありません」

 

 病室へ動物は持ち込めず、今の家には商品が多くて飼う余裕がなかった。前世でも今世でも、世話をした経験はない。

 

「世話は飼育係の記録どおりにすれば難しくない。人の手から餌も取る」

 

 護衛が籠の留め具へ指を掛けた。

 

 ニャンターがその手首を押さえる。

 

「ここで開けるな」

 

「見せたほうが早い」

 

「逃がした奴が捕まえろ」

 

 男は留め具から手を離した。話が通じる人で助かった。

 

 飼育記録には、当面の餌も一緒に渡すこと、昼は暗い場所で休ませること、窓を開けたままにしないこと、鱗や糞をこまめに掃除することまで書かれていた。

 

 絵なら紙へ描いた後、帳面を閉じればよい。生き物は閉じても次の日に腹を空かせる。

 

 父がいれば送り主と餌代を確かめ、僕が毎日世話を続けられるのか尋ねるだろう。小さな飛竜という理由では認めてくれない。

 

 そこまで考えても、籠から目を離せなかった。

 

 ウロコウモリは天井へぶら下がったまま、白い頭をこちらへ傾けている。耳だけが別々に動き、僕とニャンターと長耳の書士官の声を追っていた。資料集なら頁の端に小さく載る生物が、今は息をして、鱗を動かしている。

 

 前世では画面越しにしか見られず、今世では実物を見ないまま描いてきた。初めて間近に見る飛竜が、手のひらより少し大きいくらいなら、僕にもちょうどよいのかもしれない。

 

 もちろん、リオレウスと比べればという意味である。

 

「飼えなくなったら、王宮へ返せますか」

 

 僕が尋ねると、護衛は頷いた。

 

「そのための書付も出させる」

 

「本部の人に、一度診てもらってからでもいいですか」

 

「構わない」

 

「部屋や食事について、無理だと言われたら受け取りません」

 

 受け取らないための道を残しながら、最後まで返すとは言えなかった。

 

 ニャンターは僕の顔を見上げ、長耳の書士官へ視線を移す。

 

「先に診せろ。こいつ一人で世話をさせるかは、その後だ」

 

「うむ。では先に診せよう。王宮への報告はワシが出す。ただし、一度受け取れば『飽きたから返す』では済まぬぞ」

 

「分かってます」

 

 返事をした直後、ウロコウモリがもう一度鳴いた。

 

 何日か後も同じ気持ちでいるかは、紙を買いすぎた時の僕にも保証できない。

 

 本部で小型生物を扱う書士が呼ばれ、通用門脇の小部屋で籠が開けられた。窓と扉を閉め、網まで用意した上でのことである。

 

 ウロコウモリは書士の指から餌を取り、部屋を一周すると梁へ逆さにぶら下がった。飛ぶと耳と翼ばかりが大きく見える。

 

「鱗はきれいだね。爪にも傷はないよ」

 

 書士が台へ上がり、身体を確かめようと手を伸ばした。ウロコウモリはその指を避け、梁から飛び立つ。網を構えた人々の頭上を抜け、僕のほうへ向かってきた。

 

 避けるか迷っているうちに、前脚の爪が僕の上着へ引っかかった。

 

 胸元へぶら下がった白い頭が、服の下にある家の鍵へ当たる。重さはほとんど感じない。それでも爪を立てられた場所だけは、きちんと引っ張られた。

 

「下手に動くな」

 

 ニャンターの声に従い、両手を上げかけた姿勢で止まる。小型生物を扱う書士は慌てず、背中と翼を順に確かめた。

 

「人に慣れているのは本当みたいだ。知らない部屋で、一番小さくて動かなかった君を選んだだけかもしれないけどね」

 

 後半はいらなかった。

 

 検査が終わるまで、ウロコウモリは僕の服から離れなかった。扉が開いた時には、廊下に数人の書士が集まっていた。網を持った者が出入りすれば、何をしているのか気になるのだろう。

 

 僕の胸元に小さな翼がぶら下がっているのを見て、若い書士の一人が目を丸くした。

 

「もう懐いたのか」

 

「人に慣れてるだけです」

 

 答えたものの、その人は隣の書士へ何か囁き、僕たちより先に廊下を曲がった。

 

 嫌な速さだった。

 

 宿舎で飼う条件は、毎日の餌と掃除、週に一度の健康確認、窓の網と高い場所の寝床だった。備品を傷つければ、王宮ではなく僕の家へ請求が届く。

 

 最後の条件だけで、急に飛竜が商家の現実へ戻ってきた。

 

 部屋へ着くと、付き添った書士が窓へ網を張った。ニャンターは棚から落ちそうな物を下ろし、僕は寝台脇の木箱へ布を垂らす。窓掛けも半分閉めると、部屋の中は夕方のように暗くなった。

 

 ウロコウモリは梁へ渡した革紐にぶら下がり、翼で身体を包んだ。

 

 ニャンターが部屋を見回す。

 

「部屋が洞窟になったみたいだ」

 

「本人が落ち着くなら、このくらいは」

 

「お前は目録を読むんじゃなかったのか」

 

 机の上には王家から届いた紙と絵具、寝台の横には餌の袋と掃除用の布が並んでいる。目録を開く場所は、端のほうに少しだけ残っていた。

 

「明日から読みます」

 

「今日の分が消える言葉ではない」

 

 聞こえなかったことにして、僕は新しい紙を一枚だけ取り出した。

 

 描く前にニャンターを見る。知っている環境生物で、王宮の飼育記録もあり、本部の書士まで確認した。誰かへ渡すつもりもなく、自分の部屋で観察して描く。前なら炭筆を持ってから考えたことを、今は持つ前に並べられる。

 

「この子を描くのは、問題ありませんよね」

 

「その絵は外へ出すな。王女へ返礼に使うなら、先に見せろ」

 

「まだ返すとは言ってません」

 

 僕はそう答えたが、紙の隅へ王家の印が入っているのを見て、炭筆を止めた。

 

 上質な紙と絵具に生きた飛竜まで受け取って、何も返さないのは落ち着かない。父なら、受け取ったことを認める返事は必要だと言うだろう。

 

 僕は王家の紙ではなく、残っていた自分の紙を一枚取り出した。革紐へぶら下がるウロコウモリを小さく描き、その下へ短い文を添える。

 

 紙と絵具と菓子をありがとうございました。

 

 ウロコウモリも受け取ります。

 

 次から、生き物を贈る時は先に相談してください。

 

 書き終えてから読み直し、最後の一文を消すか迷った。相手は王女である。けれど消せば、同じような籠がまた届くかもしれない。僕の部屋へ置ける洞窟は一つで十分だった。

 

「これで怒られませんか」

 

 ニャンターは紙を受け取り、絵と文へ目を通した。最後の一文で髭が少し動いたものの、書き直せとは言わない。

 

「長耳の書士官にも見せろ。送るなら正式な便を使え」

 

 許可ではなく手順を教えられたので、たぶん内容は問題ない。

 

 その日の夕食へ向かう頃には、本部の中でウロコウモリの存在を知らない人のほうが少なくなっていた。誰が持ち込んだかは伏せられたまま、僕の胸元へ飛んできた場面だけが、扉の外から見ていた人を通して広がっていた。

 

 食堂へ入る直前、廊下の向こうで二人の書士が話している声が聞こえた。

 

「龍の御子が、竜の眷属を従えたそうだ」

 

「あれは飛竜といっても、珍しい環境生物だぞ」

 

「その珍しい飛竜が、自分から御子のところへ来たんだろう」

 

 一人は正しいことを言っているのに、もう一人には届いていない。

 

 僕は曲がり角の手前で足を止めた。出ていって説明するべきか考え、隣のニャンターを見る。

 

「今のお前が話せば、何を言っても餌になる」

 

 ニャンターはそれだけ言い、食堂へ入った。

 

 僕も後へ続いた。反論しないことは、噂を認めることとは違う。少なくとも今日はそう考えることにした。

 

 部屋へ戻ると、小さな飛竜は革紐から動いていなかった。僕を待っていたのではなく、新しい部屋で動く気がないだけだろう。それでも灯りを弱めると、大きな耳が一度だけこちらを向いた。

 

 ハンターになるつもりはない。

 

 飛竜を飼うつもりも、今朝まではなかった。

 

 人生は、予定にないものほど裏口から来るらしい。

 

* * *

 

 第三王女殿下は片側の髪を崩したまま、国王陛下の御前へ立った。帰りの竜車で侍女の手を何度も払ったためである。

 

 国王陛下は髪について何も仰らなかった。

 

「何が問題であったか、申してみよ」

 

 謁見の間に残されたのは、殿下と、教育係を務める私、同行した護衛二人だけだった。陛下は娘の答えを待っておられる。

 

「先触れを出さず、書士隊本部へ入ったことじゃ」

 

「それだけか」

 

 殿下の指が、崩れた巻き髪へ触れかけて止まった。

 

「護衛を二人しか連れなかった」

 

「二人ならば危険へ晒してよいのか」

 

「そのような意味ではない」

 

 言葉は強かったが、殿下は護衛を振り返った。

 

 二人とも制服は整えていたが、学術都市との往復で溜まった疲れまでは隠せていなかった。

 

 殿下は髪から手を離した。

 

「街道の北で、恐暴竜のものと疑われる痕跡を追っていることは知っておった。書士隊の都市へ向かう道は警戒区域ではない」

 

「お前の行き先を知らぬ者たちは、どこを探した」

 

 返事はなかった。

 

 陛下は声を荒らげない。殿下が幼い頃から、本当に叱る時ほど静かになる方だった。

 

「お前を追うため、王都の近衛が動いた。街道の詰所へ確認が走り、書士隊は仕事を止めた。王族が勝手に動けば、その一歩へ何人もの足が引かれる。それを覚えよ」

 

「お前が無事に戻ったから、こうして叱るだけで済んでおる。二度と、それを幸運に任せるな」

 

「……はい」

 

「もう一つある。王家はすでに、あの少年を力ずくで王宮へ連れ出すつもりはないと、学術院へ伝えている。その直後にお前が権限を示して押し入れば、我らの言葉は何になる」

 

 殿下は答えず、今度こそ頭を下げた。

 

 謝る言葉を言わせるだけなら難しくない。何が起きたかを理解しないままでは、次の好奇心が湧くまでしか保たない。

 

「第三王女には、街道の安全が確認されるまで王都からの外出を禁ずる。書士隊本部と例の少年へは、私的に接触してはならぬ。手紙、使者、贈り物も同様とする」

 

 殿下が顔を上げた。

 

「謝罪はどうするのじゃ」

 

「王家から正式に行う。お前には詫び状を書かせるが、送る物と使者は教育係の監督下に置く」

 

 そこで陛下は私を見た。

 

 仕事が増えた。

 

 殿下は外出用の印章を預け、王都の各門にも竜車を通さぬよう通知が出された。護衛二人も、王宮の外へ出る時は行き先を私へ報告する。

 

 そこまで決めた日の午後、殿下は驚くほど素直に詫び状を書いた。

 

 一枚目は書士隊へ押しかけたことしか詫びず、二枚目には少年が先に嘘をついたという一文が増えた。三枚目でようやく、王家の使者へ持たせられる内容になった。

 

「詫びの品は、わらわが選んでもよいのであろう」

 

 殿下は乾かしている紙へ息を吹きかけながら尋ねた。

 

「私が確認いたします。相手が受け取りに困る物は認めません」

 

「ならば紙と絵具がよい。あやつは絵を描くのであろう。菓子も付ける」

 

 答えは前もって決めていたらしい。

 

「高価すぎる品は、謝罪ではなく取り込みと受け取られます」

 

「王家が安物を贈るほうが失礼じゃ」

 

 殿下は王家御用達の紙工房と、絵具職人の名を挙げた。日頃から覚えているとは思えず、午前中に侍女へ調べさせたらしい。菓子だけは、殿下自身が好む店だった。

 

 私は品目と量を減らし、受け取りによって面会や協力を求めない旨を謝罪状へ加えた。それを見た殿下は不満そうだったが、口には出さない。

 

「よい物を受け取れば、礼くらいは言いたくなるであろう」

 

 独り言のような声だった。

 

「返礼を求めてはならないと申し上げました」

 

「求めてはおらぬ。あやつが自分から送りたくなるかもしれぬだけじゃ」

 

 相手の好みを調べ、贈答から次の席へ繋げるやり方を、殿下は幼い頃から見ている。それを紙と菓子へ置き換えたらしい。

 

 考えはませているが、菓子を付ければ喜ぶと信じるところは年相応だった。

 

 私が知っていた企みは、そこまでだった。

 

 翌朝、王家の使者を送り出した後で、殿下付きの護衛が一人見当たらないと報告を受けた。昨日、本部まで付き従った二人のうち、若いほうである。

 

 殿下は自室で条約集を開いていた。私が入ると、何も尋ねていないうちから背筋を伸ばした。

 

 こういう時の殿下は、すでに何かしている。

 

「護衛の一人を、どこへ行かせましたか」

 

「使いへ出した」

 

「どこへ」

 

「それを申せば、秘密の使いにならぬ」

 

 侍女の手が止まった。殿下は本へ視線を戻したが、頁は先ほどから一枚も進んでいない。

 

 飼育舎からは、殿下へ献上されていたウロコウモリが一匹、籠や餌、飼育記録ごと消えていた。

 

 ウロコウモリは大陸中央にも棲むが、人に慣らした個体は珍しい。小さくとも竜を飼うことは王家の箔付けになり、あの一匹も殿下の十三歳の祝いに贈られたものだった。

 

「書士隊本部へ送ったのですね」

 

 殿下は否定しなかった。

 

「父上は、わらわが手紙や使者を送ることを禁じた。しかし、あれは飛竜じゃ。手紙ではない」

 

「護衛を使いに出しております」

 

「あれを安全に運ぶ者が必要であろう」

 

「贈り物も禁じられました」

 

 殿下の視線が本の端へ落ちた。

 

「正式な詫びの品とは別じゃ」

 

 違いを説明しているのではなく、違うことにしたいだけだった。

 

 私は声を荒らげず、開かれた条約集を閉じた。今日の課題は一冊増やす必要がある。

 

「なぜ生き物を選んだのです」

 

「絵具だけでは、礼を言って終わるかもしれぬ。だが、小さくとも飛竜ならば、あやつも無視できまい」

 

 殿下はそこで少し笑った。

 

「黒い龍を描くほど竜が好きなのであろう。喜ばぬはずがない」

 

 理屈はひどく単純だった。相手の好みを調べて贈答を選ぶところまでは貴族らしく、その相手が喜びそうな生き物を実際に送ってしまうところで十三歳へ戻っている。

 

 護衛が帰る前に、本部からの早便が届いた。

 

 私は最初、受け取りを拒否された報告だと思った。ところが書面には、ウロコウモリが書士隊の検査を受け、少年の宿舎で飼育できると判断されたことが記されていた。少年本人が世話を行い、困難な場合には王宮の飼育係が引き取る。その条件を王家が認めるかという照会だった。

 

 殿下は私の顔を見て、答えを待っている。

 

「受け取ったのか」

 

「そのようです」

 

「やはり喜んだではないか」

 

 私はまだ何も言っていなかった。殿下は椅子から立ちかけ、侍女に肩を押されて座り直す。窓から王都の門は見えない。それでも学術都市の方角を確かめるように顔を向けた。

 

「飼育条件については認めます。ただし、殿下の処分は別です」

 

「わらわは一歩も外へ出ておらぬ」

 

「代わりに護衛を二刻先まで走らせました」

 

 殿下は振り返り、まだ戻っていない護衛の席を見た。

 

 反論は続かなかった。

 

 午後になって護衛が戻る。本人からも経緯を聞いたところ、殿下は当初、自分で届けるつもりだったという。外出できないと説明すると、窓から籠を下ろせるか調べ始めたため、再び姿を消されるよりはと護衛が引き受けたらしい。

 

 飼育係の書類を揃え、拒まれれば持ち帰るつもりだったという。何も考えていなかったわけではないことが、かえって頭を痛くした。

 

 護衛へ処分を伝えている最中、書士隊本部から二通目が届いた。

 

 一通は長耳の書士官からの正式な報告である。ウロコウモリの出所は本部内で伏せること、少年の安全に支障があれば返還すること、今後は生き物を本人の同意なく送らないことが記されていた。

 

 もう一通は、少年から第三王女殿下へ宛てられていた。

 

 殿下は封を受け取ると、自分で開いた。中には革紐へ逆さにぶら下がるウロコウモリの絵と、短い礼が添えられている。翼を畳んだ姿だけでなく、片方の耳がこちらへ向いているところまで描かれていた。

 

 最後の一文へ目を通した殿下の眉が、わずかに寄る。

 

「何と書いてありますか」

 

「生き物を贈る時は、先に相談せよと」

 

 殿下は絵へ視線を戻した。

 

「次があることは認めておる」

 

 そこではないと教えるべきだったが、今は何を言っても都合よく受け取るだろう。私は護衛への処分を書いた紙を畳み、殿下の課題へ新しい一冊を加えた。

 

 同じ頃、本部では、少年が小さな飛竜を従えたという噂が広まり始めていた。出所は伏せられ、王家の名も出ていない。人慣れしたウロコウモリが少年の胸元へ飛んだ。それだけの出来事が、竜の眷属が自ら龍の御子を選んだ話へ変わっていた。

 

 殿下はその報告を読むと、先ほどまでの笑みを消した。

 

「あやつは困っておるのか」

 

「少なくとも、望んで広めた話ではございません」

 

 殿下は少し考え、ウロコウモリの絵を伏せた。

 

「あれをわらわが贈ったことは、言わぬほうがよいな」

 

「初めから、そのようにするべきでした」

 

 言葉は返ってこなかった。

 

 王都からの外出禁止は続く。少年への私信も、これ以上は認めない。殿下も当分は書士隊本部へ近づけない。

 

 それでも机の上には、少年が自分から送った絵が残った。

 

 正式な贈り物で礼を引き出し、秘密の贈り物で返事を急がせる。殿下の企みは成功したと言えなくもない。ただし本部の一室は洞窟になり、護衛には処分が増え、少年には新しい噂まで加わった。

 

 十三歳の策としては、後始末が少し大きすぎた。

 

 

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