ハンターにはなりません。理由は怖いから 作:ゴミミゴミ
家から届いた荷物の一番上に、下着が入っていた。
父の手紙を先に読みたかったのに、きっちり畳まれたそれが蓋の下を占領している。ニャンターの前で広げるのも何となく恥ずかしく、僕はまとめて膝へ引き寄せた。もう少し下へ入れてくれればいいのに。せめて布くらい掛けてほしかった。
「お前の母親からか」
「たぶん。父さんだったら、手紙を一番上に入れると思います」
ニャンターは箱の底に異常がないことを確かめると、蓋を壁へ立て掛けた。僕が持ち上げられずにいた箱も、この人なら脇へ抱えて運べてしまう。見た目では僕のほうが大きいのに、荷物を持つたび妙な気持ちになる。
恐暴竜の狩猟に出ていた四人が帰ってきてから、三週間ほどが過ぎていた。北の街道は通れるようになり、本部の荷受け場にも大きな包みが積まれている。僕宛ての箱は別の街道から来たものだったが、係の人が呼びに来た時には、積み荷を載せた車が三台も順番を待っていた。
箱の中身は着替えと、使いかけの炭筆を入れた木筒、それから小さな包みが二つ。服へ顔を近づけると、家で使っている石鹸の匂いがした。本部にも石鹸はあるのに、同じようには匂わない。
母の手紙は服の間に挟まっていた。
『替えを送りました。洗濯へ出す時は袖を裏返したままにしないこと。食事は残さず、具合が悪ければ早めに言いなさい。甘いものばかり食べていませんか』
離れていても心配されることが家にいた頃と変わらない。ちゃんと食べている。むしろ、ここへ来てからお代わりの回数は増えたくらいだ。甘いものについては届いた包みの片方が焼き菓子だったので、許可が出たものと考えたい。
もう一枚は姉からだった。家を空けている間に僕の机を拭いたことと、床へ落ちていた炭筆を木筒へ戻したことが書いてある。
『引き出しの奥にあった石は捨てていい?』
駄目だ。あれは川辺で見つけた、ものすごく怪物の頭に似ている石である。角度を変えるとただの石になるが、それは姉の見方が悪い。
僕は返事に書くことを忘れないよう、手元の紙へまず「石」と書いた。
「何の石だ」
「大事な石です。家に置いてきました」
ニャンターはそれ以上聞かず、小包に結ばれていた紐を解いてくれた。中から出てきたのは、家の店先で使っていた小さな画板だった。
右の角はぶつけて少し欠けているし、表面には紙からはみ出した炭の跡が残っている。本部で借りたものより軽い。膝へ載せると、角がちょうどいつもの場所に当たった。
父の字は、最後に出てきた封筒にあった。
『店は普段どおりに開けている。こちらの心配はしなくていい。足りない物があれば書いて送りなさい。そちらで何をして過ごしているのかも教えてくれ』
父が帰ってからの出来事を指で数えかけ、三本目でやめた。
王女が来たとか、恐暴竜が出たとか、その辺から書き始めたら母が荷物をまとめてしまいそうだ。恐暴竜のことは本部から父へも知らせてあると聞いたけれど、僕の書き方で余計に怖くなったら困る。
それより部屋や食堂を描こう。僕がどこで何をしているかなら、絵のほうがうまく伝えられる。
木筒から一本選んでいると、棚で眠っていたウロコウモリが翼をほどいた。箱を覗く僕らが気になるのか、革の留まり場から机の端へ飛び移る。こちらへ寄ってきた鼻先へ指を出すと、軽く押し返された。
「食べ物じゃないよ」
白い頭は指の下をくぐり、今度は木筒を調べ始めた。転がされる前に棚へ避難させる。せっかく家から送ってもらったのに、初日から竜の玩具にするわけにはいかない。
梁に渡していた革紐は、腕を伸ばせば届く棚の端へ掛け直してある。世話のたびに椅子へ乗るより、このほうがずっと楽だった。
ウロコウモリの世話にも少しずつ慣れてきた。朝に机の下を掃除するのは変わらないが、置き土産の場所が毎日同じだと分かってからは楽になった。
改めて飼育記録を読むと、巣と決めた場所では排泄する所も定まると書いてあった。最初は餌のことばかり確かめていたので、後ろの頁までちゃんと読めていなかったらしい。あの時の僕には、かわいい姿とご飯しか見えていなかった。
灰を敷いた浅い箱を机の奥へ置いてみたら、翌朝からそこを使ってくれるようになった。箱を少し手前へ動かすと外したので、位置については僕に決める権利がない。それでも床を拭くより、箱を引き出すほうがずっといい。
「ここ、自分の巣だと思ってるんですね」
言いながら留まり場の革を直すと、机にいたウロコウモリが僕の袖へ爪を掛けた。腕を伸ばして待ってやると、その途中で止まり、肘へ腹を載せて落ち着いてしまう。
革のほうを直してるんだけどな。仕方がないので片手で結び目を締めた。
部屋の絵には、巣の主も入れることにした。寝台の隣に机があり、棚から革の留まり場が下がっている。洗い物の湯を沸かす小さな炉は壁際に寄せ、窓の内側には逃げ出さないための網が張ってある。
父がいた時と変わった場所へ色をつけたところ、ほとんどウロコウモリのために増えた物だった。僕は同じ部屋に住んでいるのに、飛竜のほうが着々と設備を整えている。
机の下の箱まで描こうとして、いったん筆を止めた。食事の前に開くかもしれない手紙へ、わざわざ中身を描く必要はない。箱の形と置き場所だけにしておく。これで朝の苦労を分かってもらえるかは怪しいが、母なら察してくれるだろう。
昼食の後は食堂の片隅を借りた。
今日は水差しを置く卓の横が空いていたので、そこなら人の通りを邪魔しない。窓から光が入る席と、大きな鍋を抱えて歩く賄いのおばさんを描く。顔を描いてもいいか尋ねると、髪を手で押さえてから「少し若くね」と言われた。
少し、が難しい。勝手に十年くらい若くして失礼になっても困るので、ひとまず頬の線を薄くする。向かいから覗いていたニャンターが鼻を鳴らしたが、助言はもらえなかった。
家へ送ると聞いた賄いの人は、僕の皿へ焼き菓子を一つ足してくれた。
「ちゃんと食べてるって書いておいてね。お母さんが心配するから」
「はい。お代わりしたことも書きます」
僕の絵の中で頬の線がもう一本減った。今のは賄賂ではない。紙の汚れを直したのである。
次にニャンターを描こうとすると、本人は椅子へ座り直した。いつもなら食べ終えた皿をすぐ戻すのに、こちらの筆が進むのを少し待ってくれる。兜の陰で目元は見えにくいが、今日も声はやたら渋かった。
「そのままでお願いします」
「武器も入るか」
「入りますよ。椅子の横に置いてあるので」
ニャンターは剣の柄を少し手前へ向けた。なるほど、そういうことなら分かる。絵に残るなら、僕だって格好よく描いてほしい。
そこで剣の留め具を丁寧に描き、甲冑の継ぎ目へも影を入れた。肩を張った姿は十分に強そうである。ただ、卓が少し高いため肘がうまく載らず、足も床へ届いていない。椅子の脚を短くすると今度は卓から頭しか出なくなるので、このまま描くしかなかった。
横には食後の皿も描き添えた。頭から尾までつながった魚の骨が、綺麗に残っている。
「ほう。よく見てるな」
ニャンターは途中の絵を覗き込むと、皿から突き出ていた尾を奥へ回した。僕はもう描いてしまった線を指でこすり、尾の向きだけ直す。本人が気にしているのは、そこらしかった。
描いているうちに賄いの人が戻ってきて、絵とニャンターを交互に見た。
「あら、いいじゃない。いつもあなたが食べ終わるのを待ってくれてるものね」
「遅いんだ、こいつは」
「今日はパンを一つ増やしたんです」
言い訳しながら皿を見ると、さっきもらった焼き菓子が残っていた。ニャンターは水差しをこちらへ寄せると、続きを描いていろと言って賄いの人へ空の皿を渡した。
食堂を出る頃には、鎧を着た護衛の絵ができあがった。家でこれを見れば、僕が一人でうろうろしていないことも分かるだろう。低い声だけは紙へ描けないのが惜しかった。
午後の勉強を終えると、部屋へ戻って画板を膝へ載せた。廊下側の控えにはニャンターがいるが、休んでいる間まで机の横へ立つわけではない。窓の留め具を確かめ、用があれば呼べと言って扉を閉めていった。
家へ送る絵を封筒の下へ重ね、筆先を削り直す。
画板の隅には昔つけた傷が残っていた。何を描いていた時だったかは思い出せないが、竜の絵だった気がする。この板を使っていた頃は、描きたいものを描いてから母に見せればよかった。
今も机や椅子は描ける。目の前で寝ているウロコウモリだって、毎日描いている。けれど長い首を描きかけて別の形へ直したり、翼を広げようとして筆を置いたりすることが増えた。
気をつけなければいけないのは分かる。絵のせいで大人が集まり、父が帰れなくなったことも忘れてはいない。
先に聞けとは言われているけれど、聞けばきっと駄目だと言われる。
前の人生では外へ行けず、遊びたいゲームも上手にできなかったはずだが、紙の上で何をするかまで止められたことはなかった。龍の翼が窓の外まではみ出すような絵でも、看護師さんは寝具を汚さないでねと言うくらいだった。
今は歩けるし走れる。食堂のお代わりだってできるのに、いざ紙へ向かうと隣の顔を確かめたくなる。
僕は手元に残っていた薄い紙を一枚、画板へ留めた。
描き終わったら燃やそう。
誰かに見せるつもりはないし、綴じ本へ挟んで持ち歩くこともしない。家へ送る絵とは離れた所へ画板を置き直した。
最初に四本の脚で踏ん張る形を取り、肩から大きく翼を広げた。頭を低く下げた姿にすると、大きな角が紙の端へ迫ってしまう。
角を途中で切るなんて嫌なので、胴を少し奥へ引っ込める。翼の位置も合わせて直したら、今度は手前の脚が妙に短くなった。これでは踏ん張る前に転んでしまいそうだ。紙が小さいせいにしたいが、描き始めたのは僕である。
最初のうちは廊下の足音が気になったものの、前脚を描き直す頃にはそれどころではなくなった。資料集で眺めた角の重なりを思い出し、手前の一本へ影を入れる。もう少し頭をこちらへ向ければ奥の角も見えるが、そのぶん肩から生えた翼が隠れてしまう。
しかし、駄目だと言われるものほど、以前より魅力的に見えてしまうのは何故なのだろうか。以前はいつでも描けるだろうと思っていたのに、その当たり前が取り払われるとは思いもしていなかった。どうせ処分するのなら思いっきり描いてやろう。
頭の輪郭を薄く拭って角度を戻し、首から背へ鱗を並べた。逆立った先端を紙の白で残すと、そこへ光が当たっているように見える。黒いところばかり増やしていたら、このぎざぎざまで潰してしまうところだった。
翼の下は指で影をぼかし、鱗の縁には炭筆の細い先を使う。迷った所を見直しながら鼻をこすってしまい、指を見てから気づいた。顔を洗うのは後だ。今はこっちの前脚を直したい。
ウロコウモリが棚の上で身じろぎした時、僕はようやく紙から顔を上げた。背筋を伸ばすと、ずっと同じ所へ当たっていた画板の角が膝から離れる。
できた。やはり自由に思い切り描く絵は気持ちがいい。
紙を腕の長さだけ遠ざけ、もう一度近づける。設定資料で見た絵と比べれば粗いところはあるけれど、翼の広がりはかなりうまくいった。角も全部収まったし、これなら転びそうには見えない。
すぐに燃やすのが惜しくなり、机へ立て掛けようとしてやめた。そちらには家へ送る封筒がある。
画板へ載せたまま、もう少し眺めた。翼の下へ指を置いて影の具合を確かめ、最後に尾の先へ二本だけ線を足す。それから紙を外して炉の前へしゃがんだ。
夕方の湯を沸かすために入れた薪は、まだ赤く熾っていた。紙の端へ火が移ると翼膜が丸まり、黒い輪郭が縮れていく。残った角を見ながら、次はもう少し大きな紙にしようかと思った。
でも、大きく描いたらもっと惜しくなる。それは困る。
紙が灰になるまで待って炉の扉を閉めた。手を洗い、黒くなった鼻を濡れ布で拭くと、鏡の中の僕はいつもの顔へ戻った。
夕食には温かい肉の煮込みが出た。家から届いた焼き菓子をまだ食べていなかったおかげで、パンを浸すところまできちんと楽しめる。ニャンターが明日の勉強の予定を話している間、僕は皿に残った汁を最後の一切れで拭っていた。
「明日は骨の図も見るんですよね」
「起きられたらな」
「起きますって」
朝はウロコウモリが翼を広げる音で目が覚める。あれは餌をねだり始めると諦めないので、僕より寝坊に厳しい。
翌朝、いつもの箱を片づける時に、炉へ残った冷たい灰も一緒に掻き出した。薄い紙は形を残しておらず、箱の古い灰や糞とまとめて小さな塵取りへ入った。水皿を洗い、床へ落ちた鱗を拾えば世話は終わりである。
手を洗って戻ると、ウロコウモリが寝台の柱からこちらを見ていた。近くへ腕を差し出すと、少し首を傾げてから乗ってくる。そのまま肩へ上がらせ、机へ向かった。
昨日の続きに書くことは、まだ幾つもあった。
紙へ「ご飯はちゃんと食べています」と書き、その隣に昨日の煮込みを描き添える。母にはこれが一番分かりやすい。姉には石を捨てないでほしいことを書き、見間違えられないよう上から見た形と横から見た形を添えた。
父へは画板のお礼を書いた。机の図には父にもらった鍵を小さく描き、寝台の上へ届いたばかりの着替えを置く。そこまで描くと部屋が散らかって見えたので、実際に畳み直してから絵も直した。
手紙にはウロコウモリを飼い始めたことも書いた。世話の仕方は教えてもらっているし、本部から許可も出ている。肩へ乗った姿を入れるため、最後の頁の端には僕の横顔まで描くことになった。
返事を重ねると半分以上が絵だった。ニャンターに目を通してもらい、封筒へ収めようとすると横から手が伸びてきた。紙の向きが変わり、折り目に重なりかけていた兜がその横へ収まる。
文字だけなら一枚で足りた気もするけれど、僕が何をしているかはこれで伝わると思う。鏡を見ながら描いた自分の顔だけは、ちょっと格好よくなりすぎたかもしれない。家族宛てだし、このくらいは許してほしい。
* * *
弟からの返事が届いたのは、荷物を送り出して三週間ほど経った朝だった。
私は店の帳場で布地の代金を数えていた。相手は近所の仕立屋で、いつもなら世間話をしながら硬貨を重ねる人なのに、入口へ荷運びの男が顔を出した途端に手を止めた。
「あの子からかね」
封筒に書士隊の印があるのが見えたらしい。私が頷くと、仕立屋は残りの硬貨をまとめて卓へ置き、早く読んでやりなさいと言った。気遣いは嬉しいが、数え終わる前に帰られるほうが困る。
釣り銭を渡して見送り、封筒を持って奥へ行くと、母はまだ朝の片づけをしていた。濡れた手を拭きながらこちらへ来る。父も倉庫から戻ってきたが、読めとは言わず私の前へ腰を下ろした。
「開けるね」
封を割ると、四つに畳まれた紙が何枚も出てきた。最初の紙には弟の字で、荷物が届いたことと礼が書いてある。その下に大きな石の絵があった。
よほど捨てられたくなかったのだろう。横へ小さく「向きを変えて見て」とまで書き添えてある。私は引き出しの整理を頼まれた時に一緒にどけただけで、まだ捨てていない。
「相変わらずね」
母がそう言って、自分の分の文へ指を滑らせた。私も次の紙を開いたが、そこから先は文章より絵が多かった。
私は弟より五つ年上だ。昔は店番の合間に字を教えたし、客への挨拶も一緒に練習した。字はすぐに覚えたくせに、絵に夢中になると呼んでも返事をしなくなる。今度の手紙も、その頃からよく知っている弟のものだった。
ただ、描かれている部屋は知らない。
父から広い宿舎だとは聞いていたが、寝台の足元にこれだけ床が余っているとは思わなかった。窓辺に机があり、棚には何冊もの本が収まっている。私なら棚の一段を服へ使いたいところだが、弟は本と紙で埋めるつもりらしい。
私は顔を近づけ、寝台の上の服を確かめた。袖口の縫い目に覚えがある。送る前に私が直した上着だった。たったそれだけのことで、遠くにある部屋が少し分かるような気がした。
父は窓の位置を見てから、机の端へ視線を移した。そこに小さな鍵が描いてある。
「持っているんだな」
指先で一度その辺りを撫で、紙を母へ回す。何の鍵か尋ねる前に母が食堂の絵を見つけたので、私はいったん口を閉じた。
「これ、夕飯だそうよ」
肉の入った深皿とパンが描かれ、その脇にお代わりをした回数まで書いてある。母は皿からはみ出す具を眺め、普段うちで使っている器の大きさを両手で示した。
「あちらのお皿も、このくらい?」
「もう少し大きい」
「だったら、よく食べてるわね」
母は頬に掛かった髪を耳へ寄せ、食堂の絵をもう一度見た。そこには鍋を抱える女の人も描かれている。弟が人の顔を描く時はもっと細かな線まで入れるのに、頬だけが妙につるりとしていた。
父は何か言いかけて、笑った。
「親切にしてもらっているようだ」
母はその絵を手元へ残し、次の紙を私へ寄越した。鎧を着たアイルーが大きな椅子へ腰を掛けている。食べ終えた魚の皿が目の前にあり、きちんと揃えた足の下には床まで空間があった。
「可愛い」
口から出してから、父に聞こえたかと顔を上げた。父は聞こえていないふりもせず、絵の上のほうを指で押さえた。
「この方が、護衛を頼んだニャンターだ」
「あ、この人? もっと怖そうな人だと思ってた」
父が帰ってきた時、護衛には腕の立つ者を頼んできたと聞いた。アイルーだとも聞いていたのに、勝手に傷だらけの顔と鋭い目を想像していたらしい。
紙の中のニャンターは剣を傍らへ置き、胸を張っている。それでも私は、食卓で弟が向かいに座っている姿を先に思い浮かべてしまった。魚を食べ終えるまで待ってもらいながら、余計なことを話していそうな気がする。
「仲良くなれたみたいね。退屈しなくて済みそう」
父は笑みを残したまま、絵を受け取った。
「食事の時も、そばにいてくれるんだな」
父は剣の留め具や兜の陰を順に見ていた。母が皿の骨まで丁寧だと言うと、紙の角を持ち直してこちらへ向けてくれる。私ももう一度横から覗き込んだ。
腕の立つ護衛だという話を忘れたわけではない。けれど弟を怖がらせず、こんな食事に付き合ってくれる人ならよかったと思った。絵を描いている間も急かさずそばにいてくれる人は、弟には少なかった。
友達が全くいなかったわけではないが、遊びに誘われても絵が途中だからと店へ残ることが多かった。無理に連れ出すとついてくるのに、今度は道端の石を拾い始める。私は何度か置いて帰るふりをしたが、振り向いたら本当に見えていなくて、慌てて戻ったこともある。
今は誰かが一緒に歩いてくれる。あの石の絵を見る限り、興味を持つ物はあまり変わっていないようだけれど。
最後の紙を広げると、弟の横顔があった。
少し顎が細く、鼻筋もいつもより通っている。これが本人かどうかは帰ってきてから確かめることにして、私は肩に留まっている生き物を見た。
「飛竜?」
母の手が止まった。
添えられた文にはウロコウモリとある。本で名前は見たことがあるが、私はこんなに近くで眺めたことがない。弟の耳へ鼻先が届くくらい小さく、肩をつかんだ脚の先から爪が覗いていた。
「飼ってるって」
父は私から文を受け取り、上から読み始めた。飼育の許可を得たこと、世話の方法を教わったこと、自分で掃除していること。そこまで読んだ辺りで、先ほどの部屋の絵へ手を伸ばす。
棚から下がった革にも、似たような白い塊がある。眠る時はここへ留まるのだろう。弟にとっては当たり前になっているものを、私たちは紙の上で一つずつ知っていった。
「怪我はしてないのかしら」
「爪を引っ掛けられることはあるようだ。肩へ掛ける厚手の布が欲しいと書いてある」
父が示した小さな図には長さも添えられていた。弟の字で「古い布でいいです」とある。私は倉庫へ置いてある端切れの束を思い出した。
母はまだ眉を寄せていたが、飛竜へ何を食べさせているのか書いていないことに気づくと、返事で聞きましょうと言った。いきなり取り上げる話にならなかったので、私も肩へ掛ける布なら縫えると伝えた。
父は本部の書士官へ別に一筆書くつもりらしく、封筒を自分の手元へ寄せた。私たちには紙でしか見えない部屋に、直接話のできる相手がいる。そのことが、今日はいつもより頼もしかった。
店の表で戸が開いたので、私は手紙を重ねて立ち上がった。弟の絵を飾り棚の横へ置きかけ、引き出しへ収め直す。お客が見たがれば断りにくいし、これはうちへ届いた手紙だった。
昼過ぎまでは布地の包みを運び、母と帳簿を確かめて過ごした。父が出かけていた分の用事は少しずつ片づいている。弟がいなくなった店先には商品の籠を一つ増やしたが、そこへ腰を掛けてしまうお客がいるので、結局あまり物を詰められなかった。
夕方、客足が途切れたところで弟の机から石を持ってきた。
捨てられると思っているなら、先に返事を書いてやったほうがいい。紙の図と同じ角度へ置き直し、片目をつぶって眺める。なるほど、出っ張った所を鼻先と思えば、獣が口を開けているようにも見える。
「何してるの」
母に声を掛けられ、私は石を卓へ戻した。
「何でもない。これ、ここへ置いといていい?」
「お金と一緒に包まないでちょうだい」
母は針箱と厚手の端切れを持ってきた。弟も自分で縫えるようにならないと、と言いながら布の端を折り、こっちは二重にしておきましょうと私へ見せる。
私は弟の描いた寸法に合わせて布へ印をつけた。使い道は飛竜の爪を受けることらしいが、針を通す手つきは店でいつもしている仕事と変わらない。
母は焼き菓子の包みも作り始めた。前に送った分を食べ切ったとはまだ書いていなかったはずだが、今から送れば着くまでに減るそうだ。次の手紙にもきっと、甘いものばかり食べないようにと書くのだろう。
縫い終えてから、私は返事用の紙を出した。
石は捨てていない。机もそのままにしてある。こちらは元気にしているし、窓の隙間から入り込んでいた風も父が直してくれた。そんなことを並べ、食堂の人へお礼を言っておくよう書き足す。
母に呼ばれ、紙を置いて食器を取りに立つと、いつもの癖で椀を四つ重ねてしまった。上の一つを棚へ戻し、残りを持っていく。父は私の手元を見たが何も言わず、卓上の布や糸を片づけてくれた。
食後、灯りを寄せて手紙の続きを書いた。元気にしているようで安心したと書いてから、少し考え、最後に一行付け足す。
『今度はそっちの人に顔を描いてもらってよ』
さっきの横顔は、やっぱり鼻が高すぎる。
弟の描いた顔をもう一度確かめると、私は返事を畳み、縫い終えた布の上へ置いた。窓際の石も絵と同じ向きへ直してから、店の灯りを落とした。