ハンターにはなりません。理由は怖いから 作:ゴミミゴミ
母と姉には、ウロコウモリの世話をしている僕の姿を見せるつもりだったのに、なぜか僕の世話をされているところばかり見られている。
昨日は母に食べこぼしを拭かれ、今日は姉に上着の袖を直された。僕がそこへ腕を通したまま絵の続きを描こうとすると、針があるから動くなと言われる。袖口から出ている手は僕のものなのに、今は姉の管理下にあった。
「まだ?」
「もう少し。ほら、こっちを向いて」
肩を引かれたので椅子ごと向きを変えると、机の端で丸くなっていたウロコウモリが頭を上げた。こちらも何か言いたそうだが、君の爪が引っ掛かったところを直してもらっているんですよ。そこは少し待ってほしい。
昨日より姉との距離が近くなっている。朝には差し出した指の匂いを嗅ぎに来たし、今も姉が糸を切る手元を眺めていた。翼を畳んだ背へ触れようとした時は逃げたから、何をしてもよいほど仲良くなったわけではないらしい。
「触らなければ来てくれるんだね」
姉が指を机へ置くと、また鼻先が伸びた。僕が初めて迎えた日は、随分離れたところから眺め合っていた気がするのだが。
「僕が隣にいるから安心してるんだと思う」
「そうね」
母は畳んでいた服へ目を落としたまま答えた。笑っていたか確かめたかったけれど、その前に姉が袖を軽く引き、終わったと知らせてくれた。
母たちは明日の朝に帰る。
今日は本部の人たちへ挨拶をした後、ほとんど僕の部屋で過ごしていた。母は書庫も見たがったが、中へ入るには許可が要ると聞くと、仕事のお邪魔になるならよしましょうと言った。見せたい本は何冊もあるのに、実際に母がよく見ていたのは僕の袖や、棚へ押し込んだ服のほうだった。
おかげで今、棚が開けやすい。絵ばかり描いていたわけではないと説明するには、少し困った成果である。
自由になった腕で帳面を引き寄せ、僕は描きかけの絵を確かめた。
昨夜、食堂で一緒に夕食を食べた時のものだ。大きな器を前にした姉と、その隣で給仕の人へ何かを話す母。家では二人とも食事の途中で立ち上がることが多かったので、座っているところを父にも見せようと思った。
僕自身は後から隅へ描き足してある。そのせいで少し窮屈になり、何とか入れた肘が姉の皿へ乗りそうだった。
「僕、もう少し向こうに座ってたよね」
「そうよ。私のパンにそんなに近くなかった」
姉に言われて線を消す。別に狙っていたわけではない。昨夜のパンは自分の分で足りたし、もし足りなくても、姉の皿へ手を伸ばすより給仕の人へ頼むほうがずっと安全だ。
窓辺で外を見ていたニャンターが振り返った。
「灯りをつけるか」
「お願いします。あと、この辺を描けば終わるので」
姉は絵を覗き込み、僕が手を止めるのを待ってから口を開いた。
「夕ご飯までには終わる?」
「終わるよ」
返事をしながら椅子の脚を足した。これがないと姉が宙に浮く。明日帰る姉を浮かせたまま父へ届けるわけにはいかなかった。
ニャンターは卓へ灯りを寄せてから、机の端の器を片づけてくれた。空いたところへ姉が肘を置き、僕の手元を覗き込む。
「父さん、喜ぶね。これならどんな所で食べてるか分かるもの」
「鍋の絵もあるよ」
「そっちは、この前の手紙にもあったでしょう」
母の言い方では、鍋はもう十分らしい。僕の暮らしを説明する上では、かなり重要な設備なのだが。
父へ渡す絵には、食堂の一枚を選んだ。ほかの絵は次の手紙に入れればいい。どうせ、それまでにまた描きたいものが増えるのだ。
ただ、まだ話しておきたいことは残っていた。
「うちの窓って、まだ昼に光が入る?」
「店の? 入るわよ。向かいに急に家が建ったりはしてないから」
「石を描いてほしいんだ。帰ったら」
姉が嫌そうに僕を見た。
昨日、石の絵を眺めていた時には、あんなに楽しそうだったのに。描く側になると話が違うらしい。
「ちゃんとした絵じゃなくていいから。目のところが、どうなってたか見たくて」
「じゃあ、帰ってきた時に自分で描けばいいじゃない」
「そうなんだけど」
帰るまで覚えていられるかが怪しい。昨日描いた石には角を足しかけたし、次は翼まで生えてしまうかもしれない。僕の頭の中では順調に格好よくなっているが、家の窓辺では石のままなのである。
「あそこは窪んでるのよ。ここ」
姉が昨日の頁を開き、指先で場所を示した。
「昼に見ると、ここが黒くなるでしょう」
姉に言われたところを丸く直すと、拾った時の顔に少し近づいた。あの時は父も呼んだのに、僕が石の向きを直している間に客が来てしまったのだ。顔が見えるところまで付き合ってくれた姉なら、任せられる。
「帰ったら、父さんにも見せてよ」
「うん。窓に置いておくから、父さんにも見てもらうね」
「うん。僕も帰ったら、ちゃんと見て描き直すから」
昨日の絵を帳面から外し、食堂の絵へ重ねた。余白へ小さな矢印を描き、光を当てる側を示しておく。
「ここが目、こっちが口。逆さまだと分からないから」
「はいはい。先生」
姉が笑うので、僕もつられて笑ってしまった。今度は父にも分かるだろうか。矢印をもう少し太くしてから、母へ紙を渡した。
母が紙を包む間、僕は机の上を拭いた。新しい筆も洗って立てておいたので、父へはそこも伝えてほしい。
翌朝、隣の部屋はもう、母たちの部屋ではなくなっていた。
扉が開いているのに、見慣れた外套が椅子へ掛かっていない。母は旅の服を着て、僕の部屋に置き忘れたものがないか尋ねてきた。帰る本人より、見送る僕のほうが何か忘れている気がする。
朝食を済ませると、商隊の宿まで二人を送る本部の荷車が裏へ着いた。ここから家へ戻る道は十日ほどかかる。途中で一緒になる商人も護衛のハンターも決まっていると、昨夜ニャンターから聞いていた。
僕は荷物の一つを持って裏庭まで出た。ウロコウモリは部屋の寝床にいる。見送りまで肩に乗せて、荷車を追って飛ばれては困るからだ。普段は僕の邪魔をするばかりなのに、こういう朝には何をしているか気になってしまう。
母が荷物を載せると、姉は僕の持っていた包みを受け取った。
「絵はこっちに入ってるからね」
「濡らさないでよ」
「自分の服より先にしまったわよ」
それなら大丈夫だ。
母がニャンターへ礼を言っている間、僕は荷車の縁に残った紐を結び直そうとして、既にきつく締まっていると気づいた。指を離すと、姉がそこへ腰を下ろした。
「次は自分の顔も描いてね」
「昨日の絵にもいるでしょ」
「小さいんだもの。今度はちゃんと大きく」
鼻の話をされる前に頷いておいた。母も乗り込み、僕の前髪へ手を伸ばそうとしたが、少し遠かったので僕のほうから近づいた。
「食べて寝て、困ったことがあったら、この方に相談してね」
「分かってる。母さんも、帰ったら手紙ちょうだい」
「もちろん」
母の手が離れた。荷車を出す声がして、僕は一歩下がったが、伝え忘れたことをようやく思い出した。
「父さんに、筆はちゃんと洗ったって言って!」
姉が吹き出し、母も笑った。もっと立派なことを言うつもりだった気がする。こういう時に限って、口から先に出るのは筆の話なのだ。
「また来てね」
今度は荷車の音に少し負けたが、二人とも振り返って手を振ってくれた。僕も腕を上げ、門を曲がって見えなくなるまで振っていた。
戻る時は、ニャンターが僕の歩く速さに合わせてくれた。
途中で昨日の絵へ母の外套を描き忘れたことに気づいたが、もう渡したものは仕方がない。次の手紙には帰る荷車を描こう。そう思って部屋へ戻ると、ウロコウモリが寝床から這い出してきた。
「帰っちゃったよ」
腕を出すと袖に爪を掛け、肩まで登ってくる。僕が机へ向かっている間に首の後ろを回り、姉が直してくれたところへ、早速片脚を引っ掛けた。
「そこ、昨日直したばっかり!」
そっと脚を外して椅子へ座ると、ニャンターが紙を一枚寄せてくれた。僕は肩の布を引き上げてから炭筆を持った。
次の手紙に書くことが、もう一つ増えてしまった。
* * *
少年の家へ行ってほしいと頼まれた時、私は糸の仕入れに出る支度をしていた。
頼んできたのは、本部へ物資を納める帳場の男だった。同じ信仰を持つ者として以前から付き合いはあったが、商いの相談以外で奥へ通されることは、そう多くない。
「母親と姉が本部へ来ている。明日の朝には帰るそうだ」
男はそう言って、私へ一枚の紙を差し出した。
龍の御子と呼ばれる少年の噂は聞いていた。誰も教えていない龍の姿を描いたというが、私がその絵を見たわけではない。仕入れ先で商人が語る怪物の大きさは、酒が一杯増えるたびに変わる。龍を敬う気持ちと、旅先の噂をそのまま信じることは、これまで分けてきたつもりだった。
「背に翼の徴があるという報せも来ている。本部の者が見たそうだ。この話は外へ出すな」
それは初耳だった。男は机越しに身を寄せ、声を落として続けた。
「家の場所を確かめてほしい。何を求めるにしても、まずあの子の暮らしてきたところを知っておきたい」
「ご家族には?」
「知らせていない」
私は紙を受け取りかけた手を止めた。
「迎えに行くという話なら、私は引き受けませんよ。子供を連れ出す仕事などしたことがない」
「面会も求めなくていい。どのような家か、確かめて戻ってくれればよいのだ」
しばらく考えた後、私は紙を取った。少年の家は商いをしているという。取引のできる店なら、旅の途中に立ち寄ること自体は難しくない。
帰り際、男が声を落とした。
「本部へ来ている家族に、龍の意志について語っていたらしい」
「少年が、ですか」
「前後の話までは分からぬ。何のことか、家族なら知っているかもしれない」
その言葉は、翌朝ふたりの姿を確かめた時も耳に残っていた。
本部の荷車が着いた商隊の宿では、馴染みらしい商人が母親を迎え、戻る先を確認していた。私の仕入れ先と同じ道を通る隊だったので、途中まで同行し、ふたりが降りた街でもう一泊することにした。
母娘には、私はたまたま道の重なった行商人に見えていたはずだ。行き先を知るためについてきたとは言えず、商隊の焚火で隣になっても声を掛ける気にはなれなかった。
十日ほどの旅の後、ふたりは大通りから少し入った店へ戻った。迎えた男が荷物を受け取り、娘が何かを話しながら父親の袖を引く。そのまま奥へ入っていく姿を見届け、私は宿を取った。
店を訪ねたのは翌日の昼前だった。
目当ては、道中で使い切りかけていた丈夫な糸である。店主へ用途を話すと品を出してくれたので、私の扱う布にも使えそうだと分かった。仕入れ値の話をしているうちに、予定より長く店にいることになった。
「こちらでしたら、もう少し太いものもあります。見本を持ってきますので」
店主が奥へ入った後、私は窓辺へ目を向けた。
こぶしより少し大きい石が置かれていた。灰色の表面に窪みや出っ張りがあり、売り物の鉱石にしては見栄えがしない。その下から紙の端がのぞいている。
娘が戻ってきて、窓へ差す光に合わせるように石を少し回した。
「そちらも売り物ですか」
「いいえ。弟のものなんです」
持ち上げた紙には同じ石が描かれていた。簡単な線なのに、表面の歪みや欠けたところがよく分かる。手元に実物を置いて写したのかと尋ねると、弟は今ここにいないのだと教えられた。
本部から戻ったばかりの娘が、弟の絵を手にしている。
私は帳場で聞いた言葉を思い出し、店の奥へ一度目をやった。店主はまだ戻ってこない。
「その弟さんが、りゅうのいしを大事にされていると、旅先で耳にしたのですが」
娘は不思議そうに私を見た。
「ドラゴンストーンのことですか?」
初めて聞く名だった。
「そう呼ぶのですか」
「弟が自分でつけたんです。大げさでしょう」
娘は笑った。
龍の意志について尋ねたつもりが、どうして石の説明になるのか。聞き返そうとする間に、娘は窓辺へ手を伸ばしていた。
「普通の石ですよ。ほら、こちらから見ると少し顔みたいに――」
娘の手の中で石が傾いた。
形に沿って持ち直そうとした指が丸い縁を滑り、差し出しかけた腕の下へ落ちる。私が手を伸ばすより早く、硬い音が足元から響いた。
「あっ」
石は床で二つに割れた。
下側は床へ残り、上側だけが横へずれた。その端が下側の縁に引っ掛かって斜めに止まり、二つの間から、それまで隠れていた内側が覗いた。
そこに、光があった。
石の中は空洞になっていた。荒れた外側とは違い、その内壁には幾つもの結晶が育っている。窓から差し込む光を受けた先端が白く輝き、奥の大きな結晶を通して、向こう側にある小さな粒まで透けて見えた。
私は床へ片膝をついた。
絵を見せられた時には分からなかった頭の形が、今ははっきり見える。上下に割れた石は顎を開き、並ぶ結晶は光を含んだ牙のようだった。
龍が口を開いていた。
「どうしよう。これ、くっつくかな」
娘の声がすぐ隣でした。私が返事をしないうちに、奥から店主が出てくる。
「何を落とした」
「石。あの子の……」
娘は欠片を拾おうとして、伸ばした手を止めた。
「お客様に見せようとして、滑っちゃって」
「怪我は?」
「ないけど、石が」
「先に手を見せなさい」
店主が娘の指を確かめている間も、私は立ち上がれなかった。
布を扱う前には、工房で使う道具を仕入れたこともある。硬い素材を加工するための品を見てきたので、ライトクリスタルなら知っている。しかし、石の奥にあるものは、その記憶にあるどれよりも澄んでいた。
「ピュアクリスタルでは……」
声に出すと、店主が私を見た。
「これがですか」
「確かめてもらわなければ分かりませんが。鉱石を扱う工房は、近くにありますか」
店主は床の結晶を見てから、娘へ布を持ってくるよう告げた。私はようやく身を起こし、道を空けた。
ふたつの欠片が布へ載せられても、外側の形はほとんど失われていなかった。割れた縁を合わせれば、元の石に戻るだろう。だが、その顎を閉じて光を隠してしまうことに、私はひどくためらいを覚えた。
娘はそれを知らず、上側をそっと持ち上げた。
「ここが合うから、直せるかもしれない」
「今はそのままにしておこう。細かい欠片も捨てないで」
店主に言われ、娘は手を離した。値の張る鉱石かもしれないと聞いた後も、目は外側の割れ目へ向いている。
「あの子、帰ったらまた描くって言ってたのに」
私は店主へ尋ねた。
「中に何があるか、ご存じではなかったのですか」
店主は首を振った。
「息子が拾ってきたものです。私は売り物として調べたこともありません」
「では、弟さんは」
「格好いいでしょうって、いつも。そればっかりです」
娘は困ったように笑ったが、すぐ石へ視線を戻した。
店主が窓の絵を折り畳みかけたので、私は思わず止めた。もう一度だけ見せてほしいと頼むと、石の隣へ置いてくれた。
石の下に隠れていたところには目と口が示され、光を当てる側には小さな矢印があった。結晶は描かれていない。それなのに、図の口と開いた顎を見比べるうち、私は少年から見方を教わっているような気がしてきた。
「お客様。息子についてのお話は、どちらで?」
店主の声で顔を上げた。先ほど糸を勧めていた時より、私をよく見ている。
「北の方に荷を納めている知り合いからです。そこで絵を描く少年の話を聞きました」
「そうでしたか」
店主は絵を畳み、石と一緒に奥へ寄せた。
「本人はここにおりませんので、お尋ねになりたいことがあっても、私どもではお答えできないことが多いと思います」
私は頷いた。これ以上尋ねれば、少年の絵より私の用件を説明することになる。
糸の代金を払い、翌日また寄ると伝えた。工房の者へ石を見せるなら、何と分かったか教えてほしいと頼んだのだ。店主はその件だけならと応じ、少年への取次ぎの話は出なかった。
出発を一日延ばすと宿へ伝えた。帰る支度はできていたが、石の正体を知らぬまま街を離れる気にはなれなかった。夕食の席でも、娘に石を持ち上げさせた後ろめたさと、割れた顎の輝きが交互に浮かんだ。
翌朝店へ行くと、近所の工房から来た職人が石を見ていた。
内側に結晶が育つ晶洞だという。空洞を包む外側が落ちた拍子に割れたのであり、中の結晶まで砕けたわけではない。職人が布の上の欠片を回し、角度を変えながら眺める。
「よく育ってる。こっちはピュアクリスタルだな」
大きな結晶を指して、職人はそう言った。掘り出してみるまで分からぬ石から、これほど澄んだものが出ることは滅多にないという。
娘は父親の後ろから覗き込み、しばらく黙っていた。
「そんな石だったの?」
父親にも答えはなかった。
職人は取り出す仕事も請けられると言ったが、店主はその場では頼まなかった。息子の持ち物なので、先に本人へ知らせたいという。
「手紙、私が書くね」
娘がそう申し出ると、店主は頷いた。
「怪我をしなかったことも書いておきなさい。石は欠片まで取っておくから」
娘は布の上へ顔を近づけ、開いた顎を見比べた。
「前より口が大きくなったって書いたら、怒るかな」
その声には本気の心配があった。
私も、少年が何と答えるのかを考えていた。ただし、元に戻す方法を探している娘と同じ気持ちではなかった。
店を出る前に、石のことをよそで話さないでほしいと頼まれた。高価なものが見つかったと知られれば、商いの邪魔にもなる。それに、息子の知らぬところで話が広がるのは困ると店主は言った。
私は身内への報告が残っていることを告げるべきだった。
だが、仕入れの仲間へ吹聴はしませんと答えた。店主はその言葉を聞いて頭を下げ、帰り際には糸の見本を持たせてくれた。
商いの続きがある。次にこの街を通る時も、客として訪ねることができる。
私は見本を荷へしまった後、宿で自分の帳面を開いた。少年の絵を写す許可は求めていない。記憶を頼りに、割れる前の輪郭と、開いた後の姿を描いた。結晶の光を表す線は、どう足しても足りなかった。
帳場の街へ戻ったのは、母親と姉が本部を発ってから三週間ほど経った頃だった。
男は私の顔を見て旅の無事を喜んだが、石の絵を広げると黙った。家の場所、無事に戻った家族、店での会話。順に報告していた私も、石が割れたところでは言葉を選ぶのに時間がかかった。
「ドラゴンストーン。少年はそう名づけていたそうです」
「家族も、その名で呼んでいたのか」
「姉が。普通の石だと思っていたようですが、中から結晶が出ました。工房の者も確かめています」
男は私の描いた下手な絵へ、顔を近づけた。
「少年は、それを知っていたのだろうか」
私は店主と娘から聞いた言葉を思い返した。拾ってきた時も、家を離れた後も、少年はその石を気に掛けていた。誰かが価値を教えたためではない。
「ご家族は、ご存じありませんでした」
男が顔を上げた。
「少年が何を見て選んだのかまでは、私にも分かりません。ただ、あの光は、外からは少しも見えなかったのです」
私は絵の上側を指し、顎が開いた形を示した。旅へ出る前には、声だけで伝わった噂を警戒していた。今は自分が見たものを、相手にも見せられないことがもどかしかった。
男は書士から届いた便りを取り出した。「龍の意志」と記された行の横へ、私の告げた名を書き添える。
ドラゴンストーン。
少年は龍の意志について、家族へ何を伝えようとしていたのか。その問いに、私はただの石だったと答えることができなかった。
少年が見ていたものを、私たちは石が割れるまで見られなかったのだ。