ハンターにはなりません。理由は怖いから   作:ゴミミゴミ

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第20話 また来てね

 

 母と姉には、ウロコウモリの世話をしている僕の姿を見せるつもりだったのに、なぜか僕の世話をされているところばかり見られている。

 

 昨日は母に食べこぼしを拭かれ、今日は姉に上着の袖を直された。僕がそこへ腕を通したまま絵の続きを描こうとすると、針があるから動くなと言われる。袖口から出ている手は僕のものなのに、今は姉の管理下にあった。

 

「まだ?」

 

「もう少し。ほら、こっちを向いて」

 

 肩を引かれたので椅子ごと向きを変えると、机の端で丸くなっていたウロコウモリが頭を上げた。こちらも何か言いたそうだが、君の爪が引っ掛かったところを直してもらっているんですよ。そこは少し待ってほしい。

 

 昨日より姉との距離が近くなっている。朝には差し出した指の匂いを嗅ぎに来たし、今も姉が糸を切る手元を眺めていた。翼を畳んだ背へ触れようとした時は逃げたから、何をしてもよいほど仲良くなったわけではないらしい。

 

「触らなければ来てくれるんだね」

 

 姉が指を机へ置くと、また鼻先が伸びた。僕が初めて迎えた日は、随分離れたところから眺め合っていた気がするのだが。

 

「僕が隣にいるから安心してるんだと思う」

 

「そうね」

 

 母は畳んでいた服へ目を落としたまま答えた。笑っていたか確かめたかったけれど、その前に姉が袖を軽く引き、終わったと知らせてくれた。

 

 母たちは明日の朝に帰る。

 

 今日は本部の人たちへ挨拶をした後、ほとんど僕の部屋で過ごしていた。母は書庫も見たがったが、中へ入るには許可が要ると聞くと、仕事のお邪魔になるならよしましょうと言った。見せたい本は何冊もあるのに、実際に母がよく見ていたのは僕の袖や、棚へ押し込んだ服のほうだった。

 

 おかげで今、棚が開けやすい。絵ばかり描いていたわけではないと説明するには、少し困った成果である。

 

 自由になった腕で帳面を引き寄せ、僕は描きかけの絵を確かめた。

 

 昨夜、食堂で一緒に夕食を食べた時のものだ。大きな器を前にした姉と、その隣で給仕の人へ何かを話す母。家では二人とも食事の途中で立ち上がることが多かったので、座っているところを父にも見せようと思った。

 

 僕自身は後から隅へ描き足してある。そのせいで少し窮屈になり、何とか入れた肘が姉の皿へ乗りそうだった。

 

「僕、もう少し向こうに座ってたよね」

 

「そうよ。私のパンにそんなに近くなかった」

 

 姉に言われて線を消す。別に狙っていたわけではない。昨夜のパンは自分の分で足りたし、もし足りなくても、姉の皿へ手を伸ばすより給仕の人へ頼むほうがずっと安全だ。

 

 窓辺で外を見ていたニャンターが振り返った。

 

「灯りをつけるか」

 

「お願いします。あと、この辺を描けば終わるので」

 

 姉は絵を覗き込み、僕が手を止めるのを待ってから口を開いた。

 

「夕ご飯までには終わる?」

 

「終わるよ」

 

 返事をしながら椅子の脚を足した。これがないと姉が宙に浮く。明日帰る姉を浮かせたまま父へ届けるわけにはいかなかった。

 

 ニャンターは卓へ灯りを寄せてから、机の端の器を片づけてくれた。空いたところへ姉が肘を置き、僕の手元を覗き込む。

 

「父さん、喜ぶね。これならどんな所で食べてるか分かるもの」

 

「鍋の絵もあるよ」

 

「そっちは、この前の手紙にもあったでしょう」

 

 母の言い方では、鍋はもう十分らしい。僕の暮らしを説明する上では、かなり重要な設備なのだが。

 

 父へ渡す絵には、食堂の一枚を選んだ。ほかの絵は次の手紙に入れればいい。どうせ、それまでにまた描きたいものが増えるのだ。

 

 ただ、まだ話しておきたいことは残っていた。

 

「うちの窓って、まだ昼に光が入る?」

 

「店の? 入るわよ。向かいに急に家が建ったりはしてないから」

 

「石を描いてほしいんだ。帰ったら」

 

 姉が嫌そうに僕を見た。

 

 昨日、石の絵を眺めていた時には、あんなに楽しそうだったのに。描く側になると話が違うらしい。

 

「ちゃんとした絵じゃなくていいから。目のところが、どうなってたか見たくて」

 

「じゃあ、帰ってきた時に自分で描けばいいじゃない」

 

「そうなんだけど」

 

 帰るまで覚えていられるかが怪しい。昨日描いた石には角を足しかけたし、次は翼まで生えてしまうかもしれない。僕の頭の中では順調に格好よくなっているが、家の窓辺では石のままなのである。

 

「あそこは窪んでるのよ。ここ」

 

 姉が昨日の頁を開き、指先で場所を示した。

 

「昼に見ると、ここが黒くなるでしょう」

 

 姉に言われたところを丸く直すと、拾った時の顔に少し近づいた。あの時は父も呼んだのに、僕が石の向きを直している間に客が来てしまったのだ。顔が見えるところまで付き合ってくれた姉なら、任せられる。

 

「帰ったら、父さんにも見せてよ」

 

「うん。窓に置いておくから、父さんにも見てもらうね」

 

「うん。僕も帰ったら、ちゃんと見て描き直すから」

 

 昨日の絵を帳面から外し、食堂の絵へ重ねた。余白へ小さな矢印を描き、光を当てる側を示しておく。

 

「ここが目、こっちが口。逆さまだと分からないから」

 

「はいはい。先生」

 

 姉が笑うので、僕もつられて笑ってしまった。今度は父にも分かるだろうか。矢印をもう少し太くしてから、母へ紙を渡した。

 

 母が紙を包む間、僕は机の上を拭いた。新しい筆も洗って立てておいたので、父へはそこも伝えてほしい。

 

 翌朝、隣の部屋はもう、母たちの部屋ではなくなっていた。

 

 扉が開いているのに、見慣れた外套が椅子へ掛かっていない。母は旅の服を着て、僕の部屋に置き忘れたものがないか尋ねてきた。帰る本人より、見送る僕のほうが何か忘れている気がする。

 

 朝食を済ませると、商隊の宿まで二人を送る本部の荷車が裏へ着いた。ここから家へ戻る道は十日ほどかかる。途中で一緒になる商人も護衛のハンターも決まっていると、昨夜ニャンターから聞いていた。

 

 僕は荷物の一つを持って裏庭まで出た。ウロコウモリは部屋の寝床にいる。見送りまで肩に乗せて、荷車を追って飛ばれては困るからだ。普段は僕の邪魔をするばかりなのに、こういう朝には何をしているか気になってしまう。

 

 母が荷物を載せると、姉は僕の持っていた包みを受け取った。

 

「絵はこっちに入ってるからね」

 

「濡らさないでよ」

 

「自分の服より先にしまったわよ」

 

 それなら大丈夫だ。

 

 母がニャンターへ礼を言っている間、僕は荷車の縁に残った紐を結び直そうとして、既にきつく締まっていると気づいた。指を離すと、姉がそこへ腰を下ろした。

 

「次は自分の顔も描いてね」

 

「昨日の絵にもいるでしょ」

 

「小さいんだもの。今度はちゃんと大きく」

 

 鼻の話をされる前に頷いておいた。母も乗り込み、僕の前髪へ手を伸ばそうとしたが、少し遠かったので僕のほうから近づいた。

 

「食べて寝て、困ったことがあったら、この方に相談してね」

 

「分かってる。母さんも、帰ったら手紙ちょうだい」

 

「もちろん」

 

 母の手が離れた。荷車を出す声がして、僕は一歩下がったが、伝え忘れたことをようやく思い出した。

 

「父さんに、筆はちゃんと洗ったって言って!」

 

 姉が吹き出し、母も笑った。もっと立派なことを言うつもりだった気がする。こういう時に限って、口から先に出るのは筆の話なのだ。

 

「また来てね」

 

 今度は荷車の音に少し負けたが、二人とも振り返って手を振ってくれた。僕も腕を上げ、門を曲がって見えなくなるまで振っていた。

 

 戻る時は、ニャンターが僕の歩く速さに合わせてくれた。

 

 途中で昨日の絵へ母の外套を描き忘れたことに気づいたが、もう渡したものは仕方がない。次の手紙には帰る荷車を描こう。そう思って部屋へ戻ると、ウロコウモリが寝床から這い出してきた。

 

「帰っちゃったよ」

 

 腕を出すと袖に爪を掛け、肩まで登ってくる。僕が机へ向かっている間に首の後ろを回り、姉が直してくれたところへ、早速片脚を引っ掛けた。

 

「そこ、昨日直したばっかり!」

 

 そっと脚を外して椅子へ座ると、ニャンターが紙を一枚寄せてくれた。僕は肩の布を引き上げてから炭筆を持った。

 

 次の手紙に書くことが、もう一つ増えてしまった。

 

* * *

 

 少年の家へ行ってほしいと頼まれた時、私は糸の仕入れに出る支度をしていた。

 

 頼んできたのは、本部へ物資を納める帳場の男だった。同じ信仰を持つ者として以前から付き合いはあったが、商いの相談以外で奥へ通されることは、そう多くない。

 

「母親と姉が本部へ来ている。明日の朝には帰るそうだ」

 

 男はそう言って、私へ一枚の紙を差し出した。

 

 龍の御子と呼ばれる少年の噂は聞いていた。誰も教えていない龍の姿を描いたというが、私がその絵を見たわけではない。仕入れ先で商人が語る怪物の大きさは、酒が一杯増えるたびに変わる。龍を敬う気持ちと、旅先の噂をそのまま信じることは、これまで分けてきたつもりだった。

 

「背に翼の徴があるという報せも来ている。本部の者が見たそうだ。この話は外へ出すな」

 

 それは初耳だった。男は机越しに身を寄せ、声を落として続けた。

 

「家の場所を確かめてほしい。何を求めるにしても、まずあの子の暮らしてきたところを知っておきたい」

 

「ご家族には?」

 

「知らせていない」

 

 私は紙を受け取りかけた手を止めた。

 

「迎えに行くという話なら、私は引き受けませんよ。子供を連れ出す仕事などしたことがない」

 

「面会も求めなくていい。どのような家か、確かめて戻ってくれればよいのだ」

 

 しばらく考えた後、私は紙を取った。少年の家は商いをしているという。取引のできる店なら、旅の途中に立ち寄ること自体は難しくない。

 

 帰り際、男が声を落とした。

 

「本部へ来ている家族に、龍の意志について語っていたらしい」

 

「少年が、ですか」

 

「前後の話までは分からぬ。何のことか、家族なら知っているかもしれない」

 

 その言葉は、翌朝ふたりの姿を確かめた時も耳に残っていた。

 

 本部の荷車が着いた商隊の宿では、馴染みらしい商人が母親を迎え、戻る先を確認していた。私の仕入れ先と同じ道を通る隊だったので、途中まで同行し、ふたりが降りた街でもう一泊することにした。

 

 母娘には、私はたまたま道の重なった行商人に見えていたはずだ。行き先を知るためについてきたとは言えず、商隊の焚火で隣になっても声を掛ける気にはなれなかった。

 

 十日ほどの旅の後、ふたりは大通りから少し入った店へ戻った。迎えた男が荷物を受け取り、娘が何かを話しながら父親の袖を引く。そのまま奥へ入っていく姿を見届け、私は宿を取った。

 

 店を訪ねたのは翌日の昼前だった。

 

 目当ては、道中で使い切りかけていた丈夫な糸である。店主へ用途を話すと品を出してくれたので、私の扱う布にも使えそうだと分かった。仕入れ値の話をしているうちに、予定より長く店にいることになった。

 

「こちらでしたら、もう少し太いものもあります。見本を持ってきますので」

 

 店主が奥へ入った後、私は窓辺へ目を向けた。

 

 こぶしより少し大きい石が置かれていた。灰色の表面に窪みや出っ張りがあり、売り物の鉱石にしては見栄えがしない。その下から紙の端がのぞいている。

 

 娘が戻ってきて、窓へ差す光に合わせるように石を少し回した。

 

「そちらも売り物ですか」

 

「いいえ。弟のものなんです」

 

 持ち上げた紙には同じ石が描かれていた。簡単な線なのに、表面の歪みや欠けたところがよく分かる。手元に実物を置いて写したのかと尋ねると、弟は今ここにいないのだと教えられた。

 

 本部から戻ったばかりの娘が、弟の絵を手にしている。

 

 私は帳場で聞いた言葉を思い出し、店の奥へ一度目をやった。店主はまだ戻ってこない。

 

「その弟さんが、りゅうのいしを大事にされていると、旅先で耳にしたのですが」

 

 娘は不思議そうに私を見た。

 

「ドラゴンストーンのことですか?」

 

 初めて聞く名だった。

 

「そう呼ぶのですか」

 

「弟が自分でつけたんです。大げさでしょう」

 

 娘は笑った。

 

 龍の意志について尋ねたつもりが、どうして石の説明になるのか。聞き返そうとする間に、娘は窓辺へ手を伸ばしていた。

 

「普通の石ですよ。ほら、こちらから見ると少し顔みたいに――」

 

 娘の手の中で石が傾いた。

 

 形に沿って持ち直そうとした指が丸い縁を滑り、差し出しかけた腕の下へ落ちる。私が手を伸ばすより早く、硬い音が足元から響いた。

 

「あっ」

 

 石は床で二つに割れた。

 

 下側は床へ残り、上側だけが横へずれた。その端が下側の縁に引っ掛かって斜めに止まり、二つの間から、それまで隠れていた内側が覗いた。

 

 そこに、光があった。

 

 石の中は空洞になっていた。荒れた外側とは違い、その内壁には幾つもの結晶が育っている。窓から差し込む光を受けた先端が白く輝き、奥の大きな結晶を通して、向こう側にある小さな粒まで透けて見えた。

 

 私は床へ片膝をついた。

 

 絵を見せられた時には分からなかった頭の形が、今ははっきり見える。上下に割れた石は顎を開き、並ぶ結晶は光を含んだ牙のようだった。

 

 龍が口を開いていた。

 

「どうしよう。これ、くっつくかな」

 

 娘の声がすぐ隣でした。私が返事をしないうちに、奥から店主が出てくる。

 

「何を落とした」

 

「石。あの子の……」

 

 娘は欠片を拾おうとして、伸ばした手を止めた。

 

「お客様に見せようとして、滑っちゃって」

 

「怪我は?」

 

「ないけど、石が」

 

「先に手を見せなさい」

 

 店主が娘の指を確かめている間も、私は立ち上がれなかった。

 

 布を扱う前には、工房で使う道具を仕入れたこともある。硬い素材を加工するための品を見てきたので、ライトクリスタルなら知っている。しかし、石の奥にあるものは、その記憶にあるどれよりも澄んでいた。

 

「ピュアクリスタルでは……」

 

 声に出すと、店主が私を見た。

 

「これがですか」

 

「確かめてもらわなければ分かりませんが。鉱石を扱う工房は、近くにありますか」

 

 店主は床の結晶を見てから、娘へ布を持ってくるよう告げた。私はようやく身を起こし、道を空けた。

 

 ふたつの欠片が布へ載せられても、外側の形はほとんど失われていなかった。割れた縁を合わせれば、元の石に戻るだろう。だが、その顎を閉じて光を隠してしまうことに、私はひどくためらいを覚えた。

 

 娘はそれを知らず、上側をそっと持ち上げた。

 

「ここが合うから、直せるかもしれない」

 

「今はそのままにしておこう。細かい欠片も捨てないで」

 

 店主に言われ、娘は手を離した。値の張る鉱石かもしれないと聞いた後も、目は外側の割れ目へ向いている。

 

「あの子、帰ったらまた描くって言ってたのに」

 

 私は店主へ尋ねた。

 

「中に何があるか、ご存じではなかったのですか」

 

 店主は首を振った。

 

「息子が拾ってきたものです。私は売り物として調べたこともありません」

 

「では、弟さんは」

 

「格好いいでしょうって、いつも。そればっかりです」

 

 娘は困ったように笑ったが、すぐ石へ視線を戻した。

 

 店主が窓の絵を折り畳みかけたので、私は思わず止めた。もう一度だけ見せてほしいと頼むと、石の隣へ置いてくれた。

 

 石の下に隠れていたところには目と口が示され、光を当てる側には小さな矢印があった。結晶は描かれていない。それなのに、図の口と開いた顎を見比べるうち、私は少年から見方を教わっているような気がしてきた。

 

「お客様。息子についてのお話は、どちらで?」

 

 店主の声で顔を上げた。先ほど糸を勧めていた時より、私をよく見ている。

 

「北の方に荷を納めている知り合いからです。そこで絵を描く少年の話を聞きました」

 

「そうでしたか」

 

 店主は絵を畳み、石と一緒に奥へ寄せた。

 

「本人はここにおりませんので、お尋ねになりたいことがあっても、私どもではお答えできないことが多いと思います」

 

 私は頷いた。これ以上尋ねれば、少年の絵より私の用件を説明することになる。

 

 糸の代金を払い、翌日また寄ると伝えた。工房の者へ石を見せるなら、何と分かったか教えてほしいと頼んだのだ。店主はその件だけならと応じ、少年への取次ぎの話は出なかった。

 

 出発を一日延ばすと宿へ伝えた。帰る支度はできていたが、石の正体を知らぬまま街を離れる気にはなれなかった。夕食の席でも、娘に石を持ち上げさせた後ろめたさと、割れた顎の輝きが交互に浮かんだ。

 

 翌朝店へ行くと、近所の工房から来た職人が石を見ていた。

 

 内側に結晶が育つ晶洞だという。空洞を包む外側が落ちた拍子に割れたのであり、中の結晶まで砕けたわけではない。職人が布の上の欠片を回し、角度を変えながら眺める。

 

「よく育ってる。こっちはピュアクリスタルだな」

 

 大きな結晶を指して、職人はそう言った。掘り出してみるまで分からぬ石から、これほど澄んだものが出ることは滅多にないという。

 

 娘は父親の後ろから覗き込み、しばらく黙っていた。

 

「そんな石だったの?」

 

 父親にも答えはなかった。

 

 職人は取り出す仕事も請けられると言ったが、店主はその場では頼まなかった。息子の持ち物なので、先に本人へ知らせたいという。

 

「手紙、私が書くね」

 

 娘がそう申し出ると、店主は頷いた。

 

「怪我をしなかったことも書いておきなさい。石は欠片まで取っておくから」

 

 娘は布の上へ顔を近づけ、開いた顎を見比べた。

 

「前より口が大きくなったって書いたら、怒るかな」

 

 その声には本気の心配があった。

 

 私も、少年が何と答えるのかを考えていた。ただし、元に戻す方法を探している娘と同じ気持ちではなかった。

 

 店を出る前に、石のことをよそで話さないでほしいと頼まれた。高価なものが見つかったと知られれば、商いの邪魔にもなる。それに、息子の知らぬところで話が広がるのは困ると店主は言った。

 

 私は身内への報告が残っていることを告げるべきだった。

 

 だが、仕入れの仲間へ吹聴はしませんと答えた。店主はその言葉を聞いて頭を下げ、帰り際には糸の見本を持たせてくれた。

 

 商いの続きがある。次にこの街を通る時も、客として訪ねることができる。

 

 私は見本を荷へしまった後、宿で自分の帳面を開いた。少年の絵を写す許可は求めていない。記憶を頼りに、割れる前の輪郭と、開いた後の姿を描いた。結晶の光を表す線は、どう足しても足りなかった。

 

 帳場の街へ戻ったのは、母親と姉が本部を発ってから三週間ほど経った頃だった。

 

 男は私の顔を見て旅の無事を喜んだが、石の絵を広げると黙った。家の場所、無事に戻った家族、店での会話。順に報告していた私も、石が割れたところでは言葉を選ぶのに時間がかかった。

 

「ドラゴンストーン。少年はそう名づけていたそうです」

 

「家族も、その名で呼んでいたのか」

 

「姉が。普通の石だと思っていたようですが、中から結晶が出ました。工房の者も確かめています」

 

 男は私の描いた下手な絵へ、顔を近づけた。

 

「少年は、それを知っていたのだろうか」

 

 私は店主と娘から聞いた言葉を思い返した。拾ってきた時も、家を離れた後も、少年はその石を気に掛けていた。誰かが価値を教えたためではない。

 

「ご家族は、ご存じありませんでした」

 

 男が顔を上げた。

 

「少年が何を見て選んだのかまでは、私にも分かりません。ただ、あの光は、外からは少しも見えなかったのです」

 

 私は絵の上側を指し、顎が開いた形を示した。旅へ出る前には、声だけで伝わった噂を警戒していた。今は自分が見たものを、相手にも見せられないことがもどかしかった。

 

 男は書士から届いた便りを取り出した。「龍の意志」と記された行の横へ、私の告げた名を書き添える。

 

 ドラゴンストーン。

 

 少年は龍の意志について、家族へ何を伝えようとしていたのか。その問いに、私はただの石だったと答えることができなかった。

 

 少年が見ていたものを、私たちは石が割れるまで見られなかったのだ。

 

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