ハンターにはなりません。理由は怖いから 作:ゴミミゴミ
姉から届いた手紙に、僕の石を割ったと書いてあった。
母たちが本部を発ってから三週間ほど。朝食の後で開いた便りには、無事に家へ着いたことや父の近況が並んでいたのに、途中から字が小さくなっている。お客さんに見せようとして落としてしまったらしい。
姉もお客さんも怪我はない。それはよかった。でも石のほうは、上下に二つ。
僕は紙を持つ手を少し下げた。窓に近いところへ置いていたのだから、落とせば割れることだってある。ただ、割れたのが僕の竜だと思うと、おいしかった朝の煮込みまで少し遠くなった。
「家の石が割れたそうです」
向かいのニャンターへそう言ったところで、次の行が目に入った。
「中から、ピュアクリスタル?」
「どれ。見せてみろ」
名前なら知っている。ゲームで武具を作る時に使う素材だったと思うけれど、道端で拾った石の中身としては考えたこともなかった。泥を落とす時、ほかの石へ何度かぶつけた覚えさえある。よく無事だったな、お前。
工房で確かめてもらったとあるぞ、とニャンターが紙を返してくれた。姉の字の下には簡単な絵があり、石の隙間へ小さな三角が何本も描かれている。その脇には「前より口が大きくなった」と書いてあった。
紙を傾け、目の窪みを探したところで分かった。
歯が生えている。
「これ、格好よくなってない?」
「気に入ったなら、早くそう書いてやれ」
父の追記には結晶を取り出すこともできるとあったが、せっかく生えた歯を抜くのは嫌だった。僕は姉へ怒っていないことと、怪我がなくてよかったことを書き、石はそのまま取っておいてほしいと頼んだ。
父への返事には、帰ったらこの結晶を描きたいとも書いた。図画室で使わせてもらった白い絵具なら、きらきらしているところも描けそうだ。小さな瓶でも結構長く使えるらしい。
欲しいとは書いていない。絵を描くために知っておくと便利な話である。
その便りを畳み終えた頃、部屋の扉が叩かれた。
ニャンターが開けると長耳の書士官が立っていた。僕の机を見て、まだ書いている途中だったかと尋ねる。終わったところですと答えたら、少し話をしてもよいかと入ってきた。
持っていたのは、姉の手紙よりずっと厚そうな紙だった。端もきれいに揃っている。こちらの紙には煮込みの汁が一滴ついていたので、僕は畳んだ側を上にしておいた。
「第三王女殿下が、また会いに来たいそうじゃ」
僕は机の上の便りを見たまま、手を止めた。
「ここにですか」
「うむ。今度は従者も一緒に来る。前のように突然押しかけることはせぬと、こちらにはそう届いておる」
書士官が置いた紙には、第三王女殿下、という字があった。
その後も少し読んでみたが、会いに来ることをずいぶん長く書く人がいるものだ。最後まで読んでも、僕の部屋にもう一つ椅子が必要だということしか分からなかった。
いや、従者の椅子も要るのか。護衛も来るなら、もう僕が廊下へ出たほうが早い。
「ここへ全員入るんですか」
「会うなら応接の部屋を使えばよい。おぬしは、会っても構わんかの」
そこを僕に聞くのか。
もう来るから身なりを整えなさい、と言われるものだと思っていた。紙の真ん中にはご都合を伺う、とある。家の店にも似た言葉を書いた手紙は来たけれど、差出人が王家だったことはない。
「まだ、決まってないんですか」
「こちらから返事をして、それからじゃよ」
「断ったら、怒られません?」
聞いてから、隣へ座ったニャンターを見た。王族に会いたくないと言うのは失礼な気がする。でも何も言わずに会うと答えて、後から父に相談すればよかったと思うのも困る。
「おぬしを叱るようなら、ワシが話す。返事は夕方で構わんから、少し考えておいで」
そう言って席を立ちかけ、僕の手元へ目を戻した。
「その間に逃げる支度はせんようにな」
「しませんよ!」
返事だけはすぐに出た。ニャンターが横で小さく息を漏らしたけれど、助けてくれる気配はなかった。
書士官が出ていくと、部屋には僕とニャンターと、寝床の縁へ顎を載せたウロコウモリが残った。あちらは知らない人が入ってきても少し顔を上げた程度で、今も眠そうに目を細めている。
僕もそのくらい落ち着いて返事ができればよかった。
「怒ってると思います?」
ニャンターは扉を閉め、こちらを振り返った。
「誰が」
「王女様です。この前、隠れてるところを教えちゃったから」
従者に居場所を尋ねられ、僕たちは二人揃って指をさした。あのままかくまっていたら、僕まで一緒に叱られそうだったのだ。ただ、両脇を抱えられて連れていかれた本人が納得したかどうかは、あの悲鳴では分からない。
できれば、もう忘れていてほしい。僕はまだ覚えているけれど。
「そんなに気になるなら、会った時に聞けばいい」
「それを聞きに会うのは、ちょっと」
「まあ、向こうも話したいことくらいあるんだろう」
ニャンターが水に浸けっぱなしの筆を拾い上げ、僕の手へ戻した。そうだった。まだ片づけの途中だった。
王女様と会って何を話せばいいのか、よく分からなかった。
本部の人なら、どの本を読んだか聞かれることが多い。食堂の人にはお代わりを頼めばいい。姉には見せたいものを次々に出してしまって、帰ってから、もう少し向こうの話を聞けばよかったと思った。
王女様は、僕が龍の御子なのか確かめたがっていた。
また聞かれたら困る。龍と話したことも、空を飛んだこともない。飛べるのはウロコウモリのほうだし、こちらは風呂で転んだだけで医務室へ運ばれるのだから、期待して会いに来られても用意できる話が違いすぎる。
それでも、前に会った顔はすぐ思い出せた。
金色の髪がくるくるしていて、目の前まで来られると、どこを見ていいのか分からなくなる。今なら少しは落ち着いて見られるだろうか。いや、じっと見るのも失礼か。会う前から考えることが多い。
そのうち寝床から白い頭が持ち上がった。僕が見ていることに気づくと、ウロコウモリは横木を伝い、端からこちらへ首を伸ばした。
布を腕へ掛けて差し出すと、すぐに前脚が乗ってきた。袖をつかみ直しながら肘まで上がり、そのまま肩を目指す。少し待ってと頼んで布を引き上げたら、耳のすぐ下へ鼻先が当たった。
くすぐったい。相談するなら、もう少し向こうに座ってほしい。
「お前をくれた人が来るって」
横顔を向けて話しかけても、小さな爪が肩の布を探るばかりだった。
初めてこの子を見た時は、触ってよいのかも分からなかった。今では、僕が立つ前に肩へ乗ろうとする。家から持ってきた布にも、この部屋にも、いつの間にか居場所ができている。
王女様は、もう知っているのだろうか。
来たばかりの頃とは、ずいぶん違う。新しい寝床を用意したのに、運ぶための籠のほうへ入ってしまったことは、できれば黙っておきたい。たぶん笑われる。
でも肩に乗っているところは見せたい。
もらった時には大喜びして、いざ本人が会いに来るとなったら困った顔をするのも、何となく落ち着かなかった。父なら、まず礼を言いなさい、と言うと思う。父はここにいないけれど、思い出せるくらいには何度も言われている。
ウロコウモリが僕の首元へ鼻を押しつけ、置き場所を決めるように身体を丸めた。今、その顔をされると断りにくいんだけど。
「ニャンターも一緒にいてくれますか」
「ああ。お前の隣にいる」
いつもどおりの声だった。王女様が相手でも、この人の座るところは変わらないらしい。
僕は肩の布を押さえながら、訪問の書かれた紙を近くへ寄せた。
「じゃあ、会おうかな」
ニャンターは空いていた僕の手へ筆を戻し、返事を書くための紙を一枚抜いてくれた。
難しい文章は本部で整えてくれるそうなので、会ってもよいことと、ニャンターも同席してほしいことを書いた。それだけでは寂しいので、またお会いできるのを楽しみにしています、とも書きかけた。
筆が止まった。
まだ少し怖い。
考えた末、「お待ちしています」に変えた。来ると決まれば待つことには違いない。僕にできる精一杯の丁寧さだった。
夕方に返事を届けると、書士官は応接の部屋を用意しておこうと言ってくれた。僕の部屋は見られないと分かって、少し気が楽になった。
戻ってから選んだのは、籠から尻尾が出ている絵だった。
王女様に笑われるかもしれないが、これなら話すことには困らない。説明をするたびに、僕の作った寝床が少し気の毒になるけれど。
ニャンターが夕食へ行くぞと声を掛け、廊下へ出ていった。僕も絵を帳面へ挟んで立ち上がりかけたが、机の引き出しを見て腰を戻した。
「すぐ行きます!」
足音が扉の外で止まったところで、引き出しの底に隠しておいた紙を取り出す。午後に描いた龍が、大きな翼を広げていた。こちらは王女様にも見せられない。
ごくたまに、描いてはいけないだろうなと思う龍を描いてしまう。
普段の絵も楽しいけれど、頭に浮かんだ角や翼を引っ込めずに描けると、筆を持つ手まで軽くなる。今日は首の角度がうまく決まり、勢いで鱗まで描き込んだ。しばらく眺めたくなって隠しておいたのだが、おかげで夕飯の前に用事が一つ増えている。
絵を二つに折り、壁際の小さな暖炉へ放り込んだ。湯を沸かした薪はまだ熾っていて、紙の端からすぐに火がつく。せっかく描いた鱗が丸まっていくのを見ながら、やっぱり上手に描けた日に燃やすのは損だと思った。
かといって、これを机へ飾る勇気はない。あの大人たちの顔をもう一度見るくらいなら、灰になってもらうほうがいい。
描いた後はすっきりするのに、この証拠隠滅がどうにも面倒くさい。描くのにかかった時間と違って、火が消えるのを待つ時間はやけに長い。今は廊下で待っているニャンターより、食堂の煮込みが気になってきた。
翼も角も形を失ってから火かき棒で崩し、炉の扉を閉めた。灰は明日の朝、冷えてからウロコウモリの糞と一緒に片づければいい。
手を洗って廊下へ出ると、ニャンターが鼻を動かした。
「今日は肉だな」
「先に言ってくださいよ!」
思わず食堂のほうへ踏み出すと、並んで歩き出したニャンターの鎧が小さく鳴った。
王女様に渡す絵は、まだ帳面の中にある。来るまでには、格好よく横木に止まっているところも一枚描いておこう。ウロコウモリ本人がその気になってくれれば、今度はちゃんと取っておける。
* * *
長く空けていた帳面の一行に、ようやく名を書き込めた。
狩猟資格証を大老殿へ預けた俺が荷運びに紛れ、本部とあの帳場を往復するようになってから何度目の便だったか。袋を運んだ者を調べても、その中へ私信を入れた者までは分からなかったが、その日は返送の書類を揃える机が門の脇へ出ていた。修繕の職人が普段の机を使っていたためだ。
荷を積み直している俺の前へ、書士が一人やって来た。
「こちらもお願いします。帳場の方へ」
懐から出した封筒を受け取った荷運びが、いつもの人かと尋ねる。書士は頷き、昨夜書いた返事だと答えた。奥から備品庫の鍵を返すよう呼ばれた時、その名も聞き取れた。
帰りの荷受け場で封筒を受け取ったのは、あの男だった。書士が自分で書いたと言った手紙が、確かに帳場へ届いたのである。
中身はまだ読めていない。それでも、袋を持っていた全員を順に疑う仕事は終わった。
その夜、俺は長耳の書士官へ私信を出した。本部の外で会って話したいことがあると書き、確かめた名を添えた。何を受け持つ書士なのかを尋ね、少年への面会を求めるものではないと付け加えて封をする。
大長老から受けた命令を知らせるつもりはなかった。まずは以前から知る狩人の話として、耳を貸してもらうしかない。
返事には、明日の夕刻に記録を修繕する店へ来いとあった。本部へは来るな、と最後に念が押されている。俺の居場所より、坊主のところへ顔を出す気がないかのほうが気になったらしい。
約束の店へ入ると、職人は俺の身なりを眺めてから奥へ通した。
長耳の書士官も同じところを見た。擦れた前掛けに荷紐を掛けた肩。最後に顔へ戻った目は、しばらく俺から動かなかった。
「謹慎中と聞いておるが」
「資格はまだ戻ってない。今日は狩りの頼みじゃないよ」
「この街へ戻って、何をしておる」
「見たとおり荷運びだ。おかげで気になるものが見つかった」
俺は手紙の差出人と受け取り先を書いた紙を渡した。書士官は受け取ったものの、まだ広げなかった。
「あの子には会わせんぞ」
「分かってる。確かめてほしいのは、そっちの書士のことだ」
書士官はようやく紙へ目を落とし、卓の冊子を脇へ寄せた。なぜここにいるのかという問いは、そのまま残された。
受け渡しの経緯を話すと、書士官は懐から宿舎の控えを取り出した。手紙に添えた名を見て、担当した仕事を確かめてくれたらしい。
「備品を預かる者じゃ。少年の母親と姉が来た時にも、客室の寝具を用意しておる」
「なら、家族の顔も帰る日も知り得るな」
「部屋へ上げる時は護衛がおる。勝手に出入りはさせておらぬが」
荷を渡す間に姿や声を覚えることまでは防げない。俺は帳場へ出入りする商人の一人について話した。母娘の帰郷と同じ朝に街を離れ、二十日余りして戻った男だ。持ち帰った糸の見本には、生家のある街の名がついていた。
片道十日ほどかかる旅だったと書士官が教えてくれたので、日数も合った。商人が同じ街道を通ることは珍しくないが、その商人が出発前後に訪ねた男のもとへ、家族の予定を知り得る書士から私信が届いている。
「父親の店まで訪ねたのかの」
「そこまでは分からん。帰ってきた商人が、あの帳場へ品を持ち込んだところまでだ」
「家族の予定を聞き、その行き先を調べたのかもしれんな」
もし母娘の後を追わせたのなら、あの親父が笑って済ませる話ではない。家の場所が秘密でなくとも、妻と娘が知らぬ間に案内役にされるのは別のことだ。
気にかかるのは、戻った商人への帳場の男の対応だった。
男は糸の見本を広げて馴染みの商人を呼び止め、近くを通るなら寄ってはどうかと勧めていた。急な注文で先方を困らせぬように、とわざわざ言い添えている。
「大量に買って恩を売るつもりでもなさそうだ。ほかの客を紹介して、取引を続けたがっている」
「それが父親の店だとすれば、先に商いで縁を作る気か」
「ああ。親父に紹介してもらえれば、本部の門で待つ連中より話が早い」
帳場の男は自分の仕事をよく知っていた。俺が見ている間にも商いの揉め事を収め、荷運びの怪我で困っていた相手へ人を回している。世話になった者がまた訪ねてくるのも不思議ではない。
少年へ近づくのにも、同じように時間をかけるつもりなのだろうか。
父親にとってありがたい客なら、坊主も初めから追い返したりはしないだろう。恩に着るほどの取引でなくとも、付き合いが続けば相談できる相手になる。こちらが危ないから離れろと言ったところで、その親切のどこが悪いのかと聞かれれば答えに詰まる。
「面会を求めている連中の宿まで調べるくせに、自分は会いに来ないんだ。待つ気がある」
書士官は差出人の名へ目を戻した。
「この者も、何か世話になっておるのかもしれん」
あの書士がどこまで承知して手紙を書いていたのかは分からない。信頼する相手へ近況を伝えているつもりなら、受け取った男がその先で誰を動かすかまでは考えていないだろう。
書士官は紙を自分の帳面へ挟んだ。
「この話はワシから確かめる。少年と家族の予定も、担当者がどこまで知る必要があるか見直そう」
「家のほうはギルドへ話を通せる。最近どんな客が来たか、あちらで確かめてもらいたい」
「照会は書士隊から出す。父親にもワシから知らせよう」
任務を明かさぬ男へ、家族のことまで一任する気はないらしかった。俺は地元のギルドで話を聞ける相手を伝え、あの親父が商売を続けられるよう頼んだ。帳場の男との繋がりだけを理由に客を締め出せば、こちらが先に動く。
内通者へ何を問い、どう扱うかは本部で確かめてからだ。それまで新たな予定の扱いは絞ると書士官が答えたので、俺も帳場で変わった動きがあれば知らせると伝えた。
「本部へ荷を運ぶ時は、その顔を知る者に気をつけることじゃな」
書士官は俺の前掛けへもう一度目をやった。
「近く第三王女殿下がおいでになる。おぬしを覚えておる従者も来るかもしれん」
「第三王女か。あそこの依頼は二度ほど受けたな」
一度は、寒い土地で光る空を眺めるための外套が欲しいという話だった。暖かい毛皮ならほかにもあるだろうに、よりによって金獅子をご指名だ。もう一度は、その外套に合わせる手袋を欲しがった王女が、自分で捕まえに出かけた後だった。侍女からの依頼を読んだ時は、出発の支度より先に居場所を聞き返した。
「金獅子の時のような厄介事は御免だぞ」
「おぬしが既に厄介事の一つじゃ」
書士官の目が俺の前掛けから卓の紙へ移った。
「狩りを休んでおるわりに、ずいぶん仕事熱心じゃな。誰の頼みかは聞かんが、あの子を巻き込むようならワシにも考えがある」
ギルドナイトの名こそ出さなかったが、荷運びで日銭を稼ぎに戻ったとは思っていないらしい。
「肝に銘じとくよ」
俺が両手を軽く上げると、書士官は鼻を鳴らして話を戻した。
「日取りはこれから詰める。あの子が会うと返事をしたのでな」
俺は畳みかけた紙を卓へ戻した。
王女が会いたがっていることより、少年が応じたというほうが意外だった。初めて会った時は、俺が腰を下ろすだけで椅子ごと後退しそうな顔をしていたのだ。王家から来ると聞けば、それだけで身構えてもおかしくない。
「あんたが会っておけと勧めたのか」
「会うかと尋ねた。少し考えさせたら、夕方に返事を持ってきたよ」
「王家と付き合っておく利点も話さずに?」
書士官は少し呆れたように俺を見た。
「そういう相談をしたいのなら、まず父親にする。あの子には、断ってもよいと伝えてある」
それでも受けたのか。
本部の外へ人が集まり、自由に帰れなくなったことは少年も知っている。誰に会うかを大人任せにしていれば、俺のような男が先に部屋へ入ってくることもある。そうした連中が誰の顔色を窺うのか、商家で人の出入りを見ていた子供が考えたとしても不思議ではなかった。
「頼れる相手を増やすつもりかもしれんな」
思わず漏らすと、書士官は顎へ手を当てた。
「そこまで考えておったかのう。護衛も一緒にいてほしいとは言われたが」
王女には会うが、自分の護衛はそばへ置く。怖がっての頼みだろうが、縁を結ぶ相手へ何もかも任せる気はないようにも聞こえた。用心した上で申し入れを受けたのなら、単に断れなかったとも言い切れない。
「殿下も、あの子の思うとおりに動いてくれるわけではないぞ」
「それでも、王女のほうから会いに来る子だとは分かる」
書士官は黙った。帳場の男が少年を親切な世話役のもとへ迎えようとするなら、その縁は無視できなくなる。王家の庇護が約束されていなくとも、誰から問い合わせが来るか分からぬ相手へ、勝手な振る舞いはしにくい。
以前に聞いた言葉の重さもあって、俺は坊主の返事を軽く扱えなかった。
店の者が修繕の済んだ箱を動かし始めたので、話はそこまでになった。書士官がその一つへ手を掛けたところで、俺が横から抱え上げる。
「どこへ運ぶ」
「表の荷車じゃ。ほかにもあるぞ」
「ついでだ。置いてくよ」
帳場の男には、この訪問がどう見えるだろうか。家族との取引を急ぐのか、王家へ繋がる相手を探すのか。どちらにしても、次の動きは見ておく必要があった。
荷車へ箱を載せ、俺は店の奥を振り返った。書士官は職人と話しており、こちらへ付いてくる様子はない。俺が何をしているのか、それ以上は追及してこなかった。
少年がどこまで考えていたかも分からん。報告に王家を選んだとまでは書かぬが、囲われるのを待つばかりの子供としては、もう見られなくなっていた。
大人たちが門の外で順番を争っているうちに、坊主は断ってもよい申し入れを一つ受けた。
たまたまだと笑うには、招いた相手の家柄が良すぎる。