ハンターにはなりません。理由は怖いから 作:ゴミミゴミ
王女様の金獅子は、昨日よりずいぶん機嫌がよさそうだった。
口の両端が上がり、丸くなった目で隣の少女を見ている。腕は太いのに手の先が小さく、少女を乗せたほうだけ妙に長い。これなら一緒にお菓子を食べられそうだと思ったが、ラージャンへお菓子を勧めるところは想像したくなかった。腕ごと持っていかれそうである。
「どうじゃ」
王女様が帳面の端を押さえたまま僕を見た。
帰る前に昨日の続きを見せ合う約束だったので、朝食を済ませて宿の応接間で待っていた。王女様は護衛と従者を連れて現れると挨拶の後すぐに帳面を開いた。今朝まで描いていたそうで、手首には洗い残した灰色の筋がある。
僕の袖は昨日ニャンターに洗われた。王女様のほうはまだ見つかっていないらしい。
「昨日のより好きです。ここの顔が」
「そうじゃろう。目を丸くしたのじゃ。初めは娘を食べそうな顔になってしまってのう」
僕も人のことは言えない。覚えているラージャンはだいたい怒っているので、描き慣れた顔へ近づけるとそうなってしまう。図鑑へ載せるならともかく、王女様が部屋へ飾る相手には向いていなかった。
帳面の中の金獅子は少女を手の上へ座らせている。足をかける岩の向こうには細い線で城も描いてあった。
「この場面が好きなんですね」
「娘を城へ帰すところじゃ。自分は門を通れぬと知っておるから、ここで降ろしてやるのじゃぞ」
王女様の指が少女の下へ置かれた大きな手をなぞった。ここから歌が始まるのだと少し口ずさんでくれたが、途中で歌詞を忘れたらしく従者を振り返る。その人が小声で続きを教えると、思い出した王女様は僕のほうへ向き直った。
僕はまだその芝居を見ていない。けれど、なぜこの腕だけ長くなったのかは何となく分かった。
「模型も、この顔にするんですか」
「職人に見せるつもりじゃ。もう少し立派に描いてからな」
角の先を眺めていた王女様が僕の帳面へ気づいた。昨日描いていた舞台裏の絵を見たいと言われて開くと、自分が描かれているところをすぐに見つける。
「わらわも、ちゃんと働いておるのう」
「首を動かしてましたから」
「そうじゃ。皆にも見せてやるがよい」
職人と王女様が綱を持ち、その上で翼が開いている。職人たちを描き込むうちに場所が足りなくなり、絵の中の僕は隅へ小さく収まった。実際にはあんなに端へ寄せられていないが、描いた本人の扱いは後からどうにかするしかない。
王女様はしばらく眺めてから自分の帳面を閉じかけた。僕は金獅子の顔が隠れる前に声をかけた。
「その絵、もらってもいいですか」
「これをか?」
「はい。職人に見せた後でも」
王女様はもう一度自分の絵を見た。紙の端をつまんでは離し、少し考えてから、もっと綺麗に描いたものを送ってやろうと言った。
「これがいいんですけど」
僕が答えると、今度はすぐに返事がなかった。
上手な金獅子なら本にも載っている。王女様の描いた顔はそちらとは随分違うけれど、あの怖い獣が少女を帰してくれる話を僕も見てみたくなった。前に話を聞いた時は、どうやってラージャンと少女を同じ舞台へ立たせるのだろうとばかり考えていた。
「……そなたも変わったものを欲しがるのう」
王女様はそう言いながら従者へ帳面を渡した。綴じ目から外された紙を受け取ると、僕が手を伸ばす前に少女の髪を指してくる。
「ここはまだ途中じゃ。後で直してやるから、汚すでないぞ」
僕は頷いて両手で受け取った。思っていたより大きい。持ってきた帳面には挟めないし、今ここで折るのは絶対にまずい気がする。
ニャンターを見ると既に従者と何か話していた。宿の人が薄い板を二枚持ってきてくれたので礼を言って紙をその間へ収める。贈り物をもらっただけなのに、帰りの荷物で一番場所を取るものが増えた。
でもこれは仕方がない。角のところを折りたくないし、長い腕を途中で曲げたら少女が落ちそうだ。
「次は、そなたから送るのじゃぞ」
「何を描けばいいですか」
「その舞台裏の絵がよい。わらわがもっとよく見えるようにしておけ」
似たような注文には覚えがあった。母も店の絵を描く時には軒先へ干してある洗濯物を減らしてほしいと言う。王女様の場合は自分を増やすらしい。
「同じくらいの紙に描いたら、こっちより大きく出来ると思います」
「では、それでよい」
決まったところでニャンターが荷物を持ち上げた。出発の支度が整ったらしい。王女様は扉まで一緒に来たが、その先では従者に呼び止められた。今日は朝から教わることがあるという。
「また来るがよい。今度は金獅子の芝居も見せてやる」
「ありがとうございます。絵は帰ってから描きますね」
そう答えてお辞儀をすると、王女様は満足そうに頷いた。僕が板を抱え直すのを見て、端をぶつけるなと一言付け足す。
車へ乗った時にはもう窓の向こうへ手を振ることしか出来なかったが、王女様は従者に何か言われながらも見送ってくれていた。
三泊した宿の寝台はとても広かった。朝食もおいしかったし、昨日は龍の翼まで動かした。それでも街の門を出て背中を座席へ預けると、少しほっとした。
襟を触ったところでニャンターが笑った。
「もう緩めていいぞ」
一番上を外すと息の通りがよくなった。芝居を観る服と、帰り道に眠る服は分けたほうがよいと思う。
「眠るなら、そいつをこっちへ寄こせ」
「まだ眠くないよ」
板は渡した。車が大きく揺れた時に角をぶつけかけたので、僕が持っているより安心だった。
次に目を開けた時には、車は本部のある街へ入る列に並んでいた。ニャンターは何も言わずに板を返してくれたが、僕の頭の後ろには出発した時にはなかった畳んだ布が置かれている。
門をくぐった後は通りの店が見覚えのあるものに変わり、本部の裏手で車が止まった。荷物を抱えて降りると、旅に連れてきてくれた書士隊の人が待っていた。
「おかえり。よい旅だったようだね」
「分かりますか」
「行く時より荷物が大事そうだ」
僕は胸に抱えていた板を少し下げた。
帰ってきた挨拶を済ませる間も僕は板を抱えていたので、書士隊の人が荷物を預かろうと手を伸ばした時には、つい一歩下がってしまった。
「絵をもらったんです。王女様から」
「それなら自分で持っておいで。書士官にも、顔を見せてから部屋へ戻ってね」
長耳の書士官は宿舎の応接間にいた。僕が挨拶をすると、旅はどうじゃったと椅子を勧めてくれる。
「鋼龍の仕掛け、僕も動かさせてもらいました!」
さっそく帳面を開くと、書士官はお茶を脇へ寄せてくれた。大きな翼も何人かで綱を引けば動くのだと話すうちに、僕の手まで紙の上で綱を引き始める。
絵の中で職人たちに交じる僕を探して、書士官は帳面へ顔を近づけた。隅を指で示すと、そこにおったかと笑った。
話したいことはまだあったが、ニャンターが荷物を抱え直したところで切り上げた。続きは明日でも聞けるからと書士官に送られ、ようやく自分の部屋へ戻る。預かってもらっていたウロコウモリは既に寝床へ返されていた。
荷物を置く音で顔を出したので手を伸ばすと、少し首を傾けてから袖へ移ってきた。そのまま腕を登って肩へ落ち着き、僕の耳の近くで小さく鳴く。
「ただいま。ちゃんと留守番してた?」
返事の代わりに髪を引かれた。留守番の報告には聞こえない。ニャンターが餌の皿を覗き、その後で窓の外を見た。
「そろそろ食う時刻だな」
おかえりより先にごはんだったらしい。肩から下ろすと僕の手についてくるので、先に食べさせることにした。
食事が始まるとこちらを見なくなったので、僕も机の上へもらった金獅子の絵を置いた。図鑑から写したものは何枚もあるが、これはどの頁を開いても出てこない顔をしている。しばらく眺めてから汚れないところへ移し、父へ出す手紙の続きを広げた。
木の龍の翼を動かしたことは昨日書いた。続きを書こうとして、王女様が描いた絵をもらったとだけ伝えたら父がどんな顔をするだろうと思う。たぶん手紙を持ったまま店の奥へ母を呼びに行く。そんなに立派なものではなくて、と書くのも王女様に悪い。
迷った末に、金獅子と女の子の絵だと添えた。金獅子そのものをもらってきたわけではないことは伝わってほしい。
「晩飯の前に書き上がりそうか」
「あと少し」
隣へ置いた絵をもう一度見てから、僕は書き忘れていたことを余白へ足した。
無事に本部へ戻ったよ。
それから少し離して、また芝居を観に行きたいとも書いた。
* * *
王都からの報告が我の手元へ届いたのは、書かれた日から三日を経た午後だった。
使いは旅装を解く前に通され、我が封を開く間も扉の近くで待っていた。大祭司への急ぎの便りを預かってきたのだから、役目を果たすまで腰を下ろせぬのだろう。側に控える祭司に椅子と温かい飲み物を用意させ、我は初めの一行へ目を落とした。
少年に会った、とある。
頭巾から長い耳を出し、紙を窓の明かりへ寄せた。日を重ねるほどに見えにくくなる細字も、この一行に限っては二度読む必要がなかった。
「王都の劇場か。もう本部へ戻ったのだろうか」
「お帰りになる予定だとは伺いました。ただ、私はその前に発ちましたので」
使いは少年との対面にも立ち会っていない。労いの言葉をかけて報告へ戻り、我はほどなく筆を執った男の迷いを知った。
商いを通じて機会を得られたなら、まず少年の人となりを見てほしい。本人も家族も望むようであれば、我らのもとへ迎えたい。出立する男へ我が伝えたのは、そのような話だった。
ところが男は少年と挨拶を交わしながら、一言も招かずに立ち去っていた。護衛に阻まれたのでも、王家から禁じられたのでもない。
『御子を迎えることと、龍の意志を我らの側へ招くことを同じにしてはならない。私は今日その誤りを示されたと受け止めている』
続く行には、迎えの支度を進めず次の知らせを待ってほしいとあった。
我が渡した紙を読み終えた祭司は、初めの頁へ目を戻した。
「お断りになったのでしょうか」
「誘う前に、答えを得たと思ったらしい」
男は自分の解釈と、劇場で実際に交わされた言葉を分けて記していた。もう一枚を広げると商いの用向きに続いて、龍の仕掛けを囲む者たちの様子が書かれている。
閉じようとしている翼を、こちらから引けばどうなるか。
そう尋ねた少年は継ぎ目を傷めると教わり、向こう側で綱を持つ者まで倒れると聞いてそちらを見たという。その後は職人の合図を待って動かしている。木で造られた鋼龍を扱うに当たり、職人がする注意としては珍しくもあるまい。
だが我は、これを書いた男を長く知っている。
龍の形をした染みのある布を信徒が持ち込んだ時にも、あれは裏を返して織り目を調べていた。皆が祝福の徴だと喜ぶ中で、染料が抜けたのかもしれないと申し出たために気まずい沈黙が降りた。それでも我は彼へ報告を任せてきた。こちらの望むものが見つからなかった時にも、そのまま書いて寄越す者だからである。
その男が今は、まだ尋ねてもいない問いへの答えを聞いたと言う。
我は長く祭司を務めてきたが、龍の声を聞いたことはない。
遠い土地の伝承を集め、焼け残った記録から失われた字を拾い、教えを求める者の前へ立ってきた。幼かった信徒が親となり、その子を連れてくる。やがて子だけが訪ねるようになる。それを幾度も見送るうちに、我は問われるばかりの者になっていた。
人より長く生きる竜人族の大祭司なら、彼らの知らぬものを知っているはずだと見られる。知るものは増えた。答えられぬ問いも、それに劣らぬほど増えた。
あの子の前へ座れば、我も尋ねてよいのだろうか。
迎えの支度を許した時から、その願いを捨てられずにいた。背に翼の徴が現れたという便りを読み返したのも、本物かどうかを見極めるためばかりではなかった。
「第三王女も、その場におられたのですね」
祭司の声に顔を上げると、彼は二枚目の紙を指していた。
「王族の前で話せぬことを、遠回しに告げられたのではありませんか。お一人でお越しいただければ、我らも十分にお聞き出来ましょう」
その読み方なら予定を変えずに済む。卓の脇に置かれた冊子には、少年を迎える日の順序が記されていた。礼拝所へ通し、古い龍の絵を見てもらい、我らの問いに答えてもらう。同席を許す者の数まで決まっている。
我は閉じた冊子へ手を載せた。あの子を座らせる椅子の高さが合うかと尋ねた覚えはある。その椅子へ座りたいかとは、誰も尋ねていない。
「王家も、我らも、あの子にこちらを向いてほしいのだな」
祭司は答えずに我を見た。我は報告へ目を戻した。龍の翼が閉じようとする時に綱を引く。その先を、少年は職人に語らせている。
我らが何を望んでいるかを、あの子は男の顔から見抜いたのではないか。迎える側の熱心さを一つずつ退ける代わりに、そこで生じることを見せたのではないか。
我は彼を確かめるために人を遣わしたつもりだった。
試されているのがこちらであれば、まだ何も答えてはいない。
「迎えの支度は止めよ」
祭司の指が紙の端を押さえた。使いも杯を膝へ戻している。我は冊子を机の引き出しへ収め、二枚の報告だけを手元へ残した。
「男には、今は招かずともよいと伝える。次に会う折も我らの用向きを先に語る必要はない。あの子が話すことを聞いてもらいたい」
「ですが、待つ間に王家とのお付き合いが深まれば」
祭司はそこで言いよどみ、我の顔を窺った。我は紙を揃えようとして、既に端が揃っていることに気づいた。
王族が少年と綱を持っている一方で、我らはまだ姿さえ知らぬ。それを惜しむ気持ちは我にもあった。だからこそ次の言葉は、自分の口で言わねばならなかった。
「『祈る者の数によって、龍の歩む方角は変わらぬ』。我が教えた句を覚えているな」
「はい」
「待つことを求められた時に待てぬなら、何を信じて祈ってきたのだろうな」
祭司は報告へ目を落とした。そこには待てと命じた少年の言葉など一つもない。我もそれを承知していたが、声にせねば届かぬ教えしかないとは思っていなかった。
我を教えた竜人族の祭司は、眠る龍へ村人たちが呼びかけ続ける神話を好んだ。最後に龍は目覚めて空へ昇る。祈りが届いたのだと答えた若い我へ、師は眠りを終えたのかもしれぬと返した。
それでは何を信じればよいのかと腹を立てた日を、今でも覚えている。祈りに応えぬ龍を信じることなど、当時の我には出来なかった。
祭司は紙を揃え、我へ返した。
「迎えを見送る旨を、支度に携わる者へ知らせます」
「我の判断として伝えよ。この問答を写して配ることは許さぬ」
男が所見を別に書いた意を、ここで失わせてはならない。我が受け取ったものをそのまま他の者にも悟れと命じれば、今度は我の答えを探すばかりになる。
使いには休む部屋を与え、明日までに返書を渡すと約束した。二人が退出した後も、我はしばらく筆を取れずにいた。いつかこの席へ迎えた時、初めに何を尋ねようかと考えてしまう。今命じたことを思い出すには、閉じた引き出しへ目をやればよかった。
夕べの祈りを終えて部屋へ戻る頃には、窓の外が暗くなっていた。
返書には男の判断を認めることと、こちらの支度を止めたことを記した。今後も商いを続け、会う機会があれば少年の望むことを聞いてほしい。そのように結んで読み直すと、末尾に自分で書いた一行が余った。
次に会える見込みは、いつ頃になるだろうか。
我はそこを線で消した。清書した紙を乾かしていると祭司が戻り、迎えの日のために集めた品をどうするか尋ねてきた。食べ物は皆で分けるよう伝えたが、部屋の寝具は片づけさせなかった。
「使いは休めているか」
「はい。明朝、返書を受け取って発つとのことです」
「次の便りはいつ頃であろうか」
祭司が顔を上げたので我は乾かしている紙へ目を戻した。余計な一行を消した跡は、その下の紙へ隠してある。
「まだ、何とも」
「そうであったな」
我は返書へ封をするよう頼んだ。祭司は受け取る前に、もう片方の手に持っていた冊子を開いた。迎えの支度に金を出した者たちへ変更を知らせるための控えだった。
「一人、戻りを待ってお伝えする者がおります。北方の信徒をまとめる祭司です。今朝、巡回へ出たと」
我は伸ばしていた手を止めた。
各地の信徒を訪ねる旅に、いちいち我の許しは要らぬ。だが北の祭司は数日前、王家に会うことが出来る御子なら我らの祈りもお聞き届けになるはずだと訴えに来ていた。まず商人からの報告を待つよう伝え、同じ食卓について話したばかりだった。
「どちらへ出た」
「いつもの北方へ、と聞いております」
「留守を預かる者に行き先を確かめてくれ」
祭司は我の顔を見てから冊子を閉じ、出ていった。
手元に残った返書を置き、我は先日の食卓を思い返した。あの者は我が食事を終えるまで待ち、下げられた皿の跡へ両手を置いて頭を垂れた。
翼の徴まで現れたのに、何をお疑いになるのですか。
責める響きはなく、悲しんでいた。疑っているのではないと説明すると顔を上げ、ならば私にもお迎えの務めを下さいと願った。その熱意を我は喜び、迎えることになれば頼むと答えたのだった。
戻ってきた祭司は一通の書き置きを差し出した。北の祭司が留守を預かる者に託し、三日後に我へ渡すよう命じたものだという。
「北への巡回ではありませんでした。王都に近い街の信徒を頼ると。ご自身の金で人手も手配したようです」
「何のために」
祭司は言葉を選ぼうとしたが、我が手を差し出すと紙を渡した。
出立に先立って旅に慣れた者へ道中の手配を頼んだとある。少年の世話に不慣れな我らだけでは心許ないとも記されていた。付き添いに向いた者を選んでおいてほしいとの用向きの後に、我へ伝える言葉が続いている。
『御子が我らを御存じないのであれば、お迎えに上がる者が要ります。お越しになれば、きっとお分かりになるはずです』
今朝の出発なら今日の中止は知らぬだろうが、先日の「報告を待て」は聞いている。迎えることになれば頼むと答えた我へ、深く頭を下げた姿も覚えていた。
「お戻しになりますか」
「すぐに使いを出せ。迎えは認めぬ。少年へ近づく前に引き返すよう伝えよ」
祭司が頷いた。我は新しい紙を二枚取り出した。
「王都の商人にも知らせる。こちらは別便で急がせるぞ」
祭司は使いの手配に向かおうとしたが、扉を開ける前に呼び止めた。
「北の祭司へは、我の命令だと伝えよ。龍の御心を理由にするな」
北の祭司への書状には、少年を望まぬ場所へ連れてくることを禁じ、直ちに引き返すよう記した。我の命が龍の意志に反すると信じれば、あの者は頭を垂れたまま聞かぬだろう。従うかは分からぬが、許していないことは曖昧に出来なかった。
王都の商人へは事情を知らせ、少年の護衛へ注意を伝えるよう求めた。何人が動いているのか、どこへ泊まるのかもまだ分からぬ。報告を届けた使いを呼び、商人が次に荷を受け取る場所を確かめねばならなかった。
先ほど書き上げた返書には、急がずともよいとある。我はそれを伏せ、二通の書状を封じるために脇へよけた。
北の祭司の書き置きには、末尾まで不安もためらいも見えなかった。
『戻りましたら、お叱りは受けます。御子のお部屋を暖めてお待ち下さい』