ハンターにはなりません。理由は怖いから 作:ゴミミゴミ
骨は襲ってこない。
標本室へ向かう朝、僕はその当たり前の事実を、心の中で何度も確かめていた。
前日は好きに想像してよいと言われた龍を一頭描いただけで扉を閉められ、古い記録と似ているという理由で滞在まで延びた。絵が言葉より多くを伝えることも教わったので、もう頭に浮かんだ怪物を好き勝手に描くわけにはいかないらしい。
その点、骨は安心だった。爪が鋭くても、牙が僕の腕より長くても、硝子箱や台座から飛び出してくることはない。こちらが余計なことを描かなければ、骨のほうから秘密を言い触らす心配もなかった。
生きている竜より、死んでいる骨のほうが安全である。
こう書くと、ずいぶんひどいことを言っているようだが、竜が死んでいて嬉しいわけではない。生き物の姿や暮らしを知るのは好きである。ただし僕と相手の間には、丈夫な壁か十分な距離が欲しい。
理想を言えば、分厚い本を一冊挟みたい。
海竜種の骨を見る許可は出た。標本に触れず、案内役の指示を守るなら描いてもよいと聞き、僕は帳面を開かないまま宿舎の前で待っていた。
案内役は、前日、黒い龍について質問してきた髭の人だった。本部では生物の分類を担当しているらしい。僕の帳面を見たあとでは少し近寄りがたいが、今朝の手には記録帳しかない。
見学の条件を父と確かめ終えたところへ、僕の絵を止めた長耳の竜人族も現れた。
父が僕より半歩前へ出た。あちらも気づいたらしく、僕ではなく父へ向かって頭を下げる。
「本日の見学には、ワシも同行する」
声は前夜より穏やかだったものの、一晩休んだ顔には見えなかった。髭の人によれば、本部の古い記録を預かる書士官らしい。僕が描いた龍のせいで眠れなかったのなら申し訳ないが、続きを描いてよいとは言われていないので、今の僕にできることはない。
標本には触れず、案内役から離れず、描く前には許可を得る。僕は三つの注意をもう一度頭の中で並べ、帳面と炭筆を鞄へしまった。見えるところへ持っていると、父が落ち着かない顔をするからである。
その父は空いた手を差し出してきた。十一歳にもなって手を繋ぐ必要はないと思ったが、昨日の今日で断れる空気でもない。僕は何も言わずに手を取った。
宿舎から標本室までの廊下では、昨日より多くの人とすれ違った。そのうち何人かが、歩調を緩めてこちらを見ている。
一人目は、客用宿舎から出てきた子供が珍しいのだろうと思った。二人目までは気にしなかった。三人目が僕を見るなり紙束を落とし、四人目が道を譲るというより壁へ貼りつくように退いたところで、さすがに顔を確かめたくなった。
「僕、どこかに炭をつけてる?」
父は足を止め、僕の額から頬まで調べた。
「ついていない」
「じゃあ、どうして見られてるの」
「昨日の絵だろう」
答えた父の声が低くなる。先を歩いていた髭の人は振り返らず、長耳の書士官はその場で周囲を見渡した。それだけで、こちらを窺っていた顔が一斉に書類や床へ向く。
「外へ漏らすなとは命じた」
「本部の外には、という意味でしょうか」
父が尋ねても、書士官はすぐに答えなかった。
僕は、変わった絵を描く子供が来たと誰かが話したのだろうと考えた。褒められているなら悪い気はしないが、あれは描きかけである。知らない人へ見せるなら、せめて翼膜を仕上げてからにしてほしかった。
もっとも、今の空気では完成を頼まれることもなさそうだった。
僕たちは階段を下り、石造りの渡り廊下を通った。窓の外では木箱や布に包まれた荷が中庭へ運び込まれ、風向きが変わるたびに薬品と乾いた皮の匂いが流れてくる。
標本室の扉は、宿舎のものよりずっと大きかった。
書士官が金属の札を見せると、扉の横にいた管理役が二本の閂を外した。重い扉が内側へ開き、冷えた空気と、木や薬品の匂いが押し寄せてくる。
僕は父の手を離しかけた。
父は離さなかった。
室内は、標本室という言葉から想像していたより広かった。天井は二階分ほども高く、梁から大小の骨格が吊られている。壁際の棚には頭骨や角、爪、鱗が並び、中央の作業台では白い外套を着た人たちが小さな骨片へ番号札をつけていた。
鳥竜種らしき細い脚、飛竜の翼を支える長い骨、人の背丈より大きな牙獣の頭骨。奥には硝子の筒が並び、液体の中へ何かの臓器らしきものが沈んでいる。
見たいものが多すぎて、目が足りなかった。
「走らない。触らない。勝手に離れない」
父が先に言った。
「分かってる。描く前にも聞くよ」
先回りしてひとつ足すと、父はようやく僕の手を離した。
「到着した日に見た骨は、どこですか」
僕が尋ねると、髭の人がさらに奥の扉を示した。
「運び込まれた骨は、まだ洗浄と確認の途中だ。いきなり作業中のものを見るより、先に比較用の標本を見てもらう」
「同じ種類なんですか」
「その可能性が高いと考えている。ただし、まだ確定はしていない」
書士隊の人たちが何を比べ、どこから同じ種類だと判断するのかを見られるなら、完成した標本だけを見るより面白い。僕は自然に歩く速度を上げ、父に外套の襟を掴まれて元へ戻された。
標本室の奥は、巨大な骨格を組み上げたまま保管する場所になっていた。
最初の区画には、翼竜の骨格が翼を半ば広げて立っている。翼の端は、僕が両腕を広げた幅よりはるかに長い。頭骨にはいくつもの突起があり、顎には大小の牙が並んでいた。
僕は少し眺めたものの、帳面には手を伸ばさなかった。見覚えがない以上、今ここで名前を当てようとするほうが危ない。
次は太い四肢と大きな牙を持つ獣の骨で、その奥には翼の代わりに発達した前脚を備えたものがいた。どれも前世の設定資料に載っていた何かと似ている気はしたが、骨だけで判別できるほど覚えてはいない。
知らないものは、知らない。
似ているだけならいくらでも説明がつく。大きな身体を支えるには太い骨が要り、飛ぶなら翼が発達し、肉を食べるなら牙は鋭くなる。別の世界でも、同じ環境なら似た姿の生物が現れることはあるのかもしれない。
それまでなら、僕もその説明で納得していた。
突き当たりの区画で、長耳の書士官が足を止めた。
「これが、到着した日に見た骨と比較しておる海竜種じゃ」
僕は、その骨格を見上げた。
頭から尾の先まで、標本室の一区画をほとんど占めている。胴は低く長く、四本の脚が身体の横へ張り出し、首から続く太い背骨は細かな関節を連ねたまま、さらに長い尾へつながっていた。大きな頭骨の口元には鋭い歯が並び、後方へ伸びる角の芯まで残っている。
脊椎の上には、背電殻が並んでいた位置を示すような粗い痕が残っていた。そこを厚い組織と青い外殻が覆い、赤い背電殻へ電気が蓄えられるたび、海の底を淡く照らしていたはずである。
骨には色も光もない。
肉も鱗も眼もなく、実物を見た経験さえなかった。それでも、長い胴と横へ張り出した脚、頭骨の角、背電殻の土台が一つにつながった瞬間、記憶の中にあった姿が骨の上へ重なった。
書士官が僕の様子に気づき、説明しようと口を開く。
「恐れる必要はない。これは海に棲む大型の海竜種で、生きていたのは――」
「ラギアクルス……」
名前が口から溢れ落ちた。
僕は両手で口を押さえたが、炭の線と同じで、外へ出たものは戻せない。
標本室の音が遠くなった。実際には骨札を置く音も筆が紙を擦る音も続いていたはずなのに、僕の耳には自分の鼓動ばかりが響いている。
長耳の書士官が僕を見ていた。髭の人も、父も、少し離れた作業台の人たちまでこちらを向いている。
火竜に牙竜種、海竜種、獣人族、王立古生物書士隊、黒い龍。そして、ラギアクルス。
一つずつなら偶然で済ませられたし、知らない世界を前世の記憶へ重ねているだけだとも考えられた。けれど、骨格と分類と名前まで同じものが、一頭分きれいに揃って目の前へ立っている。ここまで都合のよい偶然は、もう偶然の仕事ではない。
病室で画面越しに眺め、上手く遊べない代わりに設定資料を何度も読んだ世界が、分厚い本の反対側からこちらを覗き込んでいた。
ここ、モンハンですやん。
頭に浮かんだ言葉は場違いに軽かったが、今の僕にはそれ以上の言い方が見つからなかった。
しかも、前日、専門家たちの前で得意になって描いた黒い龍はミラボレアスである。前世の僕がゲームの中でさえ辿り着けず、資料集や動画でしか知らなかった禁忌の黒龍を、よりにもよって最初の一枚に選んでしまった。
草食種か、小さな鳥竜種でよかった。見た大人が扉を閉めずに済む相手なら、ほかにいくらでもいたはずだ。それなのに僕は、せっかく上等な紙を使うのだからと一番強そうな龍を選び、翼を広げ、角を伸ばし、棲み処に古城まで選んでしまった。
あの時の僕に会えるなら、炭筆を取り上げてから両肩を揺さぶりたい。上手く描けそうな日に限って、題材選びまで上手くいくとは限らないのである。
絵を描いたことで本物が目を覚ましたりはしないだろう、と考えてから、その想像はすぐ追い払った。そんなわけはないはずだが、この世界では否定した直後に地面が揺れても不思議ではない気がする。
大型の竜がいること自体は、前から知っていた。それでも中央都市から遠い土地の話であり、吟遊詩人の歌と、加工された鱗の向こう側にいる名前のない危険だった。
今は違う。空には火竜が飛び、砂の下には巨大な何かが潜み、海にはこの骨の持ち主がいる。山が動けば山ではないかもしれず、天候がおかしければ、もっと悪い龍まで疑わなければならない。僕の生まれた都市が安全なのも、今まで何も来なかったという意味でしかないのかもしれなかった。
「どうして、その名を知っておる」
書士官の声で、僕は骨格から目を離した。
何と答えればよいのかは分からない。けれど、適当な嘘を重ねれば余計に問いを増やすことは、前日までに分かっていた。
「今は、話したくありません」
書士官の長い耳が、わずかに動いた。
「なぜじゃ」
「何を話していいのか、まだ分からないからです」
名前を隠せば終わるわけではなく、絵も説明も、聞いた相手を動かしてしまう。ラギアクルスの名ひとつで標本室中の手が止まったのだから、これ以上を今すぐ決めるのは無理だった。
父が僕と書士官の間へ入り、強く握ったままだった僕の手を、自分の外套の袖からほどいた。いつの間にか、また父へしがみついていたらしい。
「息子は怯えています。今は、それ以上お尋ねにならないでください」
書士官は僕の顔を見たあと、骨格へ視線を移した。
「骨を見せるべきではなかったか」
「骨は平気です」
怖いのは、骨が襲ってくることではない。その骨が何であるか分かってしまい、これから生きたものへ会わされるかもしれないことだった。
「僕は生きているものを見に行きません。調査にも行きません」
「誰も、調査に行くとは申しておらぬ」
「今のうちに断っておきます。絵は描きますけど、前線には絶対に出ません。怖いので」
画面の中なら失敗しても拠点へ運ばれたが、ここで倒れた人が荷車で三度まで帰ってくる保証はない。珍しい知識を持つ者が、現地で確かめてほしいと頼まれる話にも覚えがあった。物語なら役目を引き受ける場面でも、現実の僕は断る側でいたい。
死を経験するのは、一度で十分だった。
「約束が違うと言うなら、今日帰ります」
父が続けた。僕より低く、強い声だった。
書士官は僕と父を順に見てから、ラギアクルスの骨格を見上げた。
「約束は変わらぬ。生きた大型種へ近づけることも、調査地へ同行させることもない。ハンターにするなど、なおさらじゃ」
「本当に?」
「ワシの職にかけて」
前日と同じ誓いを聞き、父が一度だけ頷いた。僕は完全には安心できなかったものの、少なくとも今日、この骨格が動き出すことはなさそうだった。
見学はそこで終わるかと思ったが、書士官は少し考えてから僕へ尋ねた。
「到着した日に運び込まれた骨を、それでも見るか」
僕は迷った。見れば、また何か分かるかもしれない。けれど、今度は分かったことをその場で話す必要がないと先に決めておけばよい。
「見ます。ただし、何か分かっても、すぐには答えません。それでいいなら」
「構わぬ」
「今日はもう十分じゃ。運び込まれた骨は、明日、作業室で見せよう」
父は天井を見上げ、髭の人は髭を撫でた。
安全と好奇心を秤にかければ、今回はまだ好奇心の皿が少し重かった。
何しろ、骨は襲ってこない。
* * *
少年が海竜の名を口にしたとき、ワシは聞き違いを疑った。
比較用に選んだ骨格は、本部でも保存状態のよいものだった。十数年前、遠い海辺で死んだ個体が発見され、沿岸の書士と狩人が長い時間をかけて運び出したという。末端の欠損には複製を用いておるが、頭骨、脊椎、胸郭、四肢の主要部は一個体から得られ、複数の記録をもとに生前の姿勢まで復元されている。
分類も名称も、とうに確定していた。
ラギアクルス。
海辺に暮らす者や海竜種を扱う者には知られた名で、秘されているわけではない。だが海から遠い中央都市では、単に海竜と呼ばれることが多く、吟遊詩人の歌にも正式な名はほとんど残らぬ。少年の家に沿岸地方の生物誌がないことは確認済みで、家族にも使用人にも海辺で暮らした者はおらず、旅の途中に立ち寄った宿場も内陸ばかりだった。
ワシは骨格の特徴と、水中での暮らしに適した身体の作りから説明するつもりであった。名を告げるのは、その後でよいと考えていた。
少年は、説明の一言目さえ待たなかった。
「ラギアクルス……」
初めて聞いた言葉を試す声ではなく、忘れていた名を目の前の姿によって思い出した声だった。視線は頭骨から背骨を辿り、背の器官が付いていた箇所で止まっている。標本札にも壁の記録画にも目を向けず、骨の形だけで答えへ至っていた。
前夜、少年は黒い龍の名を問われても口にしなかった。今の返事から考えれば、あの名も知ったうえで明かさなかったのであろう。それが今日は、問われるより先に海竜の名を呼んだ。
知識をその場で作っているのではない。すでに持つ知識を選別しようとしているが、今日は驚きが先に立ったらしい。そう考えれば前夜と今日の違いには筋が通るものの、十一歳の子供が選別しなければならぬほどの知識を、どこで得たのかという疑問は深くなるばかりだった。
「今は、話したくありません」
嘘を作らず、黙ることを選んだ少年の返事は、聞き手にとって都合のよいものではない。だが、その選び方まで大人が教え込んだとは考えにくかった。少年は昨日の聞き取りを経て、自分の言葉に値がついたことを学んだのであろう。
そして、名を呼んだ本人が誰よりも怯えていた。
生きたものへ会わず、調査にも行かず、ハンターにもならない。少年は我々が求めておらぬことまで先回りして拒み、前線へは出ないと言い切った。
まるで、この先に待つ道を知り、その入口で足を踏ん張っているようだった。
ワシは前夜、自ら漏らした言葉を思い出していた。
龍の御子。
あれは判断でも正式な呼称でもない。焼け残った記録と少年の絵を見比べるうち、古い伝承の言葉が口をついただけである。呼び名を先に作れば、後から集まる事実までその形へ押し込めると、自ら皆を戒めもした。
にもかかわらず、海竜の名を聞いた途端、ワシ自身の中でその呼び名はいっそう重くなっていた。
父親は即座に少年の前へ立った。標本室にいたほかの書士たちも、手を止めたまま少年を見ている。その目に悪意はないが、何を知っているのか、どの調査に役立てられるのかという考えが浮かんだ者は、ワシ一人ではなかったはずじゃ。
未知を明らかにし、危険から人を守るのが書士隊の務めである。されど、正しい目的が用いる手段まで正しくしてくれるわけではない。
ゆえにワシは、生きた大型種へ近づけることも調査地へ同行させることもないと約束した。父親との取り決めを守るためであり、同時に我々自身の前へ引く線でもあった。
少年は見学をやめなかった。到着した日に運び込まれた骨を見るかと尋ねると、何か分かってもすぐには答えないという条件を、自分から示したのである。
父親は口を挟まず、少年が自ら出した答えを遮らなかった。
ワシは条件を認め、翌日に備えて作業室を空けるよう管理役へ命じた。ただし、海竜の名を呼んだ声はすでに何人もの耳へ届いている。前夜の呟きさえ留められなかったものを、今さら命令だけで消すことはできぬ。
黒い龍を描き、失われた龍の姿を知る子。そこへ、内陸で育ちながら骨格だけで海竜の名を言い当てたという話が加わった。龍の御子は、姿ばかりか龍の真名まで知る。その形へ変わった噂が本部を巡り始めるまで、半日もかからなかった。
始まりがワシの一言である以上、他人の口の軽さばかり責めることはできない。
午後、限られた者だけを集め、滞在中の扱いを話し合った。
分類書士の一人は、少年の反応を確かめるため、本部近郊でも確認される小型の鳥竜種を見せてはどうかと提案した。現地へ連れ出さずとも、近隣の飼育施設なら危険を抑えて観察できるという。
「認めぬ」
「骨格だけで名を判別したのであれば、生体を前にした反応にも記録する価値があります」
「価値があることと、許されることは同じではない。本人は生きたものへ近づかぬと明言し、父親もそれを望んでおる。ワシも近づけぬと約束した」
「危険の少ない小型種であってもですか」
「何を恐れるべきかを確かめるために呼んだ子じゃ。その子が恐れるものを、我々の尺度だけで安全と決めるな」
分類書士は口を閉じた。ワシとて少年の知識を確かめたくないわけではないから、相手の提案だけを無分別と切り捨てる気にもなれなかった。あの場にいた者が別であれば、ワシが同じ案を出していたかもしれぬ。
結局、仕事も役目も与えないまま、客人としての滞在を数日延ばすことにした。選ばれた資料を閲覧し、標本室へ入る際には父親か担当の書士を伴う。質問は事前に内容を示し、本人と父親の同意を得たものに限る。
それを明文化するため、少年用の特例閲覧札を一枚発行した。何かを命じるための札ではなく、無秩序に人が集まり、好き勝手に質問するのを止めるための札である。事情を知らぬ者には、保護ではなく任命の証に見えるであろう。それでも、少年へ近づける者を制限するには必要だった。
夕方、ワシは滞在と閲覧の条件を記した書類を持ち、自ら宿舎を訪れた。
少年は父親と向かい合い、別の紙へ何かを書いていた。新しい怪物の絵ではない。今後、本部に残るうえでの条件らしい。
一、生きた大型生物を見に行かない。
二、前線へ行かない。
三、ハンターになるよう勧めない。
四、危険だと思ったら帰る。
五、標本と本は、見せられる範囲で見せてもらう。
四つ目までを読んだ父親は、五つ目で長く息を吐いた。ワシも危うく笑いそうになったが、書いた本人は真剣だった。
「この条件なら、あと何日か残ってもいいです」
少年は、本部へ滞在させてもらう側ではなく、危険な依頼を受けるかどうか吟味する側の顔で言った。
「三つ目は、今初めてお前が言い出したことだ」
父親が指摘すると、少年は紙から目を逸らした。
「念のため」
ワシは笑わず、五つの条件を最初から読み直した。この世界が少年にとって何なのか、我々はまだ知らない。なぜ龍の姿と名を知り、知っている本人が誰よりそれを恐れるのかも分からぬ。
ただ、龍の御子という呼び名が、この子の望みから遠く離れていることだけは分かった。
少年が求めているのは、龍のもとへ赴く役目でも、その力を得る機会でもない。
安全な部屋で、骨と本を見せてもらうことだった。