ハンターにはなりません。理由は怖いから   作:ゴミミゴミ

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第6話 帰る予定でした

 

 ラギアクルスの骨を見た翌日から、僕は本部の中でたいへん安全かつ充実した日々を過ごした。

 

 もちろん、条件つきなら残ってもいいと言ったのは、父が店へ戻るまでの数日間についてである。本部へ住み込むとも、帰る日を書士隊に決めてもらうとも言っていない。その辺りは最初に紙へ書いた。紙は僕より物忘れをしないし、大人に囲まれても緊張しないので頼りになる。

 

 厚い石壁と屋根は頼もしい。窓の外を翼のある何かが横切っても、心臓が一度跳ねるくらいで済む。草原の真ん中なら、跳ねた心臓を置き去りにして僕自身が逃げ出していたと思う。

 

 一日目は、到着した日に運び込まれた骨を見せてもらった。

 

 頭の形も胸郭の幅もラギアクルスとは違う、若い海竜種の骨である。沿岸へ打ち上げられた時には肉の大半が失われており、まだ分類は決まっていないらしい。長い顎と平たい尾を眺めていると、覚えのある生き物の名が一つ浮かんだ。

 

 ラギアクルスの名が口から落ちた後の静けさを思い出し、今度は口を閉じた。幼い個体は成体と骨の比率が違うし、別の種類が似た形へ育つこともある。何より僕が知っているのは、完成した姿を外側から眺めた絵や映像であって、肉を外した若い骨ではなかった。

 

「何か分かるかね」

 

 髭の人に尋ねられ、僕は骨から目を離した。

 

「似たものは思い浮かびます。でも、同じものかは分かりません」

 

「名は浮かんでいるのかな」

 

「一つだけ。でも、今は言わないほうがいいと思います。間違っていたのに、みんながその名前で覚えたら困るから」

 

 髭の人は少し意外そうな顔をした後、分かった、と答えた。

 

 黙るべきところで黙ったのに、意外そうな顔をされるのは少し不本意である。前日の僕が悪いので、文句は言えなかった。

 

 それで話が終わったので、僕はほっとして帳面を開いた。輪郭を想像で補う代わりに、頭骨の長さと肋骨の曲がり方、欠けた関節の位置を描く。組み上げるための細い金具は肋骨の陰へ巧みに隠されていたが、それも薄い線で書き入れた。金具なら後から見返しても、海竜の身体の一部と間違えずに済む。

 

 隣で見ていた父は、何も言わなかった。肩へ手も置かれなかったので、少なくとも止めるほどではなかったらしい。この日はそれで十分だった。

 

 二日目は、一般書庫の図鑑を借りた。丁寧な標本画の隣に、遠目の目撃談だけを頼りに描かれた怪物が平然と載っており、中には脚の数すら怪しいものもある。

 

 炭筆の尻で余白を指しながら、案内役の人へ尋ねた。

 

「これ、間違っているかもしれません」

 

「どこがだ」

 

「この脚です。翼の端を脚に数えたか、後ろにいた別の個体が重なったように見えます。ただ、僕も本物を見たわけではありませんけど」

 

 案内役の人は図鑑を閉じず、別紙を一枚出してくれた。原本には手を入れず、何を見て疑ったのか、確かな部分と予想を分けて書くなら残してよいという。

 

 僕は紙の上を二つに区切った。左には図鑑から読み取れること、右にはそう考えた理由を書く。前世の本と違って見える、では理由にならないので、関節の向きや影の重なりを絵にしてみたところ、午前中いっぱい使っても答えは出なかった。

 

 別紙の上には、結論の代わりに「再確認」と書いた。紙を一枚使って分かったのは、分からないということだった。少しもったいないが、間違った図鑑を一冊増やすよりは安い。

 

 三日目は、指に絵具のついた女の人から標本画を教わった。題材は乾燥させた薬草と、小さな甲虫の抜け殻である。火も吐かなければ城も滅ぼさず、昔の記録と同じ姿だったとしても扉を閉められる心配は薄い。葉脈や脚の節を追ううち、久しぶりに肩の力が抜けた。

 

「上手に見せることより、次に同じものを探す人が迷わない絵にするのが私たちの仕事よ」

 

 女の人は、乾いた葉を裏返して言った。

 

 裏側にだけ生える短い毛と、虫食いの穴を描き足す。見栄えだけなら穴のない葉のほうがよいけれど、記録の中で勝手に健康にすれば、次に探す人が困る。薬草本人は喜ぶかもしれないが、たぶん絵を見ない。前世の僕は見本へ似せることばかり考えていたので、同じように描くことと、同じものを見つけられるよう描くことが別だという話は新鮮だった。

 

 四日目には、書庫へ向かう通路に木箱が積まれ、いつもの階段を使えなくなった。教えられた迂回路を進んだつもりが一つ早く曲がったらしく、鉄の帯を巻いた扉の前へ出た。

 

 取っ手には触れなかった。扉には「保存処理中、入室禁止」と書かれた札が下がっていたからである。読める字で入るなと書かれた場所へ入れば、迷子ではなく侵入者になる。帰る理由を増やしたいのに、叱られる理由を増やすつもりはなかった。

 

 僕は来た道を戻ろうとしたが、似た階段が二つ並んだ場所で、どちらから来たのか分からなくなった。

 

 そこで動くのをやめた。迷った人は下手に歩き回らず、見つけてもらえる場所にいるべきだと、旅の途中で父から聞いていたからである。

 

 探しに来た父は、鉄の扉から十分ほど離れた踊り場で僕を見つけた。

 

「どうして人を呼ばなかった」

 

「二回呼んだよ。誰も来なかった」

 

「なら、三回目を呼びなさい」

 

 立ち止まった判断は褒められたが、その日の午後から一人で廊下を歩くことは禁止された。十一歳にもなって、と思わなくはない。ただ、迷った先が標本室ではなく鉄の扉だったので、反対する声は少ししか出なかった。

 

 昼は標本と本を眺め、夜は翌日に見たいものを帳面へ書く。病室で設定資料集をめくっていた頃なら、一日だけでも代わってほしいと願っただろう。画面越しでさえ見られなかった骨や鱗を前に、その成り立ちを本気で考える人たちと話せるうえ、生きた大型種を見に行けと誘われることもない。

 

 本部の人たちは、思ったより話が分かる。

 

 残念ながら、楽しい日にも店の都合はついてくる。

 

 五日目の朝、宿舎の卓で帳面を広げていると、父が母からの手紙を畳み、明日には発つと言った。店は姉と二人で回せているから心配はいらない、と書かれていたらしい。しかし父はその言葉を額面どおりには受け取らなかった。

 

「仕入れの判断まで、いつまでも任せてはおけない。元から数日のつもりだったし、先方にもそう伝えてある」

 

「うん。僕も支度するよ」

 

 父は僕の顔を一度見たが、「気が変わらないうちにしなさい」とだけ言った。

 

 まだ見ていない棚は多い。標本室の奥には覆いを掛けられた大きな骨があり、書庫には貸し出してもらえなかった航海記録もあった。指に絵具のついた女の人からは、次には羽毛の描き分けを教えると言われている。名残惜しいものを数えれば、両手の指では足りない。

 

 見ていないものは多いが、僕の家はここではない。母の作る温かい食事を食べたいし、姉が僕の隠した菓子を見つけたかもしれない。本部へ来るまでは知らなかったが、生まれた町へ帰れば、この世界がモンスターハンターであることをしばらく忘れていられる。

 

 帳面と炭筆を鞄へしまい、借りた本を返し、描きかけの薬草は綴じ本へ挟んだ。増えた荷物のほとんどは、書士隊からもらった紙と標本画の板である。黒い龍の絵は返されていない。あれについては、本部の頑丈な奥へ入れたままにしてほしかった。店先へ飾れば、客寄せになるより先に父が店を閉めることになりそうである。

 

 昼前には支度が終わり、残る問題は帰り道になった。

 

「来た時と同じ宿に泊まるの?」

 

「その予定だ。天候が崩れなければな」

 

「街道の情報は、出る前に確かめられる?」

 

「御者と護衛が組合へ聞きに行っている。通行止めも大型種の目撃も、今のところはないそうだ」

 

「護衛は増やせる?」

 

 父は荷紐を締めていた手を止めた。

 

「来る時も二人いた。往来の多い街道を行く商隊なら、珍しくない人数だ」

 

 来る時は二人で十分だと思っていた。今では街道脇の林は小型鳥竜種の群れが潜む場所に見え、川辺の岩は水中から何かが飛び出すための足場に見える。遠い山へ雲がかかっていれば、その中で龍が眠っている可能性まで浮かんだ。

 

 ゲームなら危険な場所へ入る前に画面が切り替わる。現実の街道には、ここから狩猟区域です、と教えてくれる表示など立っていない。

 

「荷車の屋根って、飛竜に掴まれても平気?」

 

「平気なわけがないだろう」

 

 父は正直だった。

 

 聞かなければよかった。

 

「飛竜が出ると決まったわけではない。無理な行程にはしないし、宿へ着く時刻も余裕を持たせる。それでも心配なら、もう一人頼めるか聞いてみよう」

 

「できれば、とても強い人がいい」

 

「その条件で都合よく空いていればな」

 

 本心では出発の日まで標本室で暮らし、帰る時だけ一瞬で家へ移れれば一番いいのにと思う。しかしこのモドリ玉はハンターがキャンプへ戻る道具であって、自宅まで送ってくれる道具ではないし、ワールド以降の仕様のように翼竜を呼んで運んでもらおうにも、うちの実家にはそんな気の利いた翼竜はいなかった。

 

 夕方、旅に同行した書士隊の人が部屋へ来た。僕は護衛が組合から聞いてきた内容と食い違いがないか確かめ、森と川沿いで最近出た報告も尋ねた。

 

「確認できた範囲では、帰路に大型種の新しい目撃はありません。小型種については、街道の巡回記録までしか分かりません」

 

「上空は?」

 

「定期便の風鳥が今日も着いています」

 

「夜の間に近づいてくる可能性は」

 

「ないとは言えませんが、辺境に比べれば大陸中央付近の飛竜はとても少ないです」

 

 そこまで聞いて、僕は口を閉じた。ないと言えないものを全部数え始めたら、部屋から出られなくなる。

 

「じゃあ、確かめられるのはそこまでですね」

 

「本部へ来るまでは、ここまで怖がっていなかったはずですが」

 

 あの人は少し困った顔で父を見た。

 

「あの時は、歌に出てくる遠い生き物だと思っていたので。骨を見たら、遠くない気がしてきました」

 

「標本室で勇気まで抜かれたのですか」

 

「最初から入ってなかったんです」

 

 あの人は妙に納得した顔をした。

 

 翌朝、まだ日が昇りきらないうちに服を着替え、寝具を整え、二つの鞄を扉の脇へ運んだ。怖くない道のりではない。本部まで無事に来られたのだから、来た時と同じように情報を確かめ、同じ道を戻れば家へ着くはずだった。

 

 中庭では荷車が待っている。昨日、父からそう聞いていた。

 

 ところが、迎えに来たのは御者ではなかった。

 

 旅に同行した書士隊の人の足音が、扉の前で止まっては離れる。三度目で父が扉を開けると、その後ろに長耳の竜人族の書士官が立っていた。

 

「朝早くから済まぬ。出発について、話がある」

 

 よくない話である。

 

 出発を祝う人は、あんな顔で扉の前を往復しない。

 

「中で伺いましょう」

 

 父は二人を部屋へ入れたものの、椅子を勧めるより先に用件を求めた。長耳の書士官は細く巻かれた紙を取り出し、卓へ置く。封の印章は僕には見覚えがなかったが、父は一目で分かったらしく、眉間へ深い皺を刻んだ。

 

「王都から正式な照会が届いた。おぬしらの滞在を、しばし延ばしてほしいとの要請も添えられておる」

 

「拒めますか」

 

「要請という形にはなっておる」

 

 形には、という部分で答えはだいたい分かった。

 

 父が許したので、僕も横から紙を読んだ。字は分かるのに、遠回しな言葉ばかりで帰ってよい日が見つからない。王立古生物書士隊が保護する少年の由来と知識を確認したい。移動に伴う危険を避けるため、王都から人が着くまで現状を保ってほしい。父の商いに不利益が出ないよう配慮する。

 

 最後の一文があるせいで、すでに不利益が出ると知らせているように見えた。

 

「何が外へ伝わったのです」

 

 父が尋ねると、長耳の書士官は長い耳をわずかに伏せた。

 

「おぬしの名も、家の場所も出しておらぬ。だが、古い記録にある黒い龍を描いた子供が本部へ来たこと、海竜種の骨を見て名を呼んだことは、別々の経路から広まったらしい。王都の役人、古龍の記録を扱う者、各地の依頼を束ねる組合から、それぞれ使いが向かっておる」

 

「それぞれ?」

 

「今のところは」

 

 今後は増える言い方だった。

 

「門の外にも人が集まり始めています」

 

 旅に同行した書士隊の人が続けた。

 

「見物に来た者、話を聞きたい者、手紙を渡したい者が大半でしょう。ですが、身元を確かめられない者もいます。用意した荷車の周りにも人がいたため、出発を止めました」

 

 窓は中庭に面しており、門前までは見えない。石壁一枚の向こうで大勢が待っていると知った途端、帰り道が急に細くなった。

 

「今出たら、その人たちもついてきますか」

 

「何台かは距離を置いて追う可能性がある」

 

 長耳の書士官が答えた。

 

「家まで?」

 

「止めきれるとは言えぬ」

 

 僕は扉の脇に置いた鞄を見た。あれを荷車へ積めば、知らない人たちへ帰り道を教えることになる。母と姉がいる店まで案内しておいて、自分だけ家へ帰れたと喜ぶのは違う気がした。

 

「父さんも、今日は出ないほうがいいと思う?」

 

「ああ」

 

 返事を聞いてから、僕は鞄を寝台の横へ戻した。

 

「じゃあ、今日は帰らない」

 

「ああ。私もそのつもりだ」

 

 父の声は落ち着いていたが、荷紐を解く指には力が入っていた。

 

 朝からの支度は、鞄を数歩戻しただけで終わった。荷紐だけが無駄に固く結ばれている。

 

「明日なら帰れる?」

 

「王都から来る者との話が済むまでは難しい」

 

「それが終わったら?」

 

 長耳の書士官は、僕ではなく父を見た。

 

 その視線で、一度話せば終わるわけではないと分かった。鞄から着替えを一組だけ出し、残りは紐を解かずに寝台の下へ押し込む。全部を棚へ戻したら、ここへ住むと認めるようで嫌だった。

 

「僕、いつ帰れるの?」

 

 今度は父へ尋ねたが、父もすぐには答えなかった。

 

* * *

 

 息子が鞄を寝台へ戻すのを見ながら、私は王都からの書状をもう一度読んだ。

 

 文面は丁寧だった。書士隊の判断を尊重し、息子と家族の自由を損なわぬよう努め、旅費や滞在費についても相談に応じるとある。だが、商いの書状では、丁寧な言葉ほど注意を要する。書かれていない要求が軽いとは限らない。

 

 息子を王都へ差し出せとは書かれていない。ただ、来訪者が話を聞くまで動かさず、誰にも先を越させず、王立の組織が責任を持って囲っておけとは読めた。

 

 息子は門前の人数より先に、家までついてくるのかと尋ねた。私の考えを確かめてから、ようやく鞄を戻した。十一歳の子供へそんな判断をさせた状況には腹が立った。

 

 卓の端には、今朝までに届いた照会の控えが積まれている。王都の役所、古龍の記録を扱う部署、各地の依頼を束ねる組合。封の形も紙の質も違うが、尋ねていることは似通っていた。少年は何を知っているのか。次に何を描くのか。誰が先に話を聞けるのか。

 

 いずれの書状も人命や国の安全を掲げている。それ自体は嘘ではないだろう。古龍にまつわる兆候を見逃せば、集落や街が地図から消えることもある。その切迫が本物であるほど、書状の中で息子は一人の子供ではなく、早く調べるべき情報の入れ物になっていた。

 

 最初に動いたのは、古龍に関する報告を扱う部署だった。黒い龍の絵と古記録を照合した結果が限られた経路で送られ、そこへ海竜種の一件が加わった。二度の一致を偶然と見る者がいる一方、知識が証明されたと受け取った者もいる。後者の誰かが王都へ風鳥便を出したらしい。

 

 書士隊の内側で囁かれた呼び名は、もっと粗末な道から漏れた。

 

 龍の御子。

 

 古い龍の姿を知る子供が来た、という話は、本部の門を越える頃には滅びた王国の災いを予見した子供が保護された、へ変わった。近隣の宿では、王立書士隊が迎えの使節を送ったことになっている。実際の始まりは、仕入れに来た書士が店先の絵を見つけたことだった。

 

「門前の者たちを追い払うことはできないのですか」

 

 私が尋ねると、書士官は首を横へ振った。

 

「道を塞ぐ者は退かせられる。されど、街道を行く者まで捕らえる理由はない。今日ここを出れば、何台かは距離を置いて追うであろう。少年の故郷を知りたい者にとって、これ以上よい案内はない」

 

「息子を帰せば、家が知られる」

 

「その恐れがある。済まぬ」

 

 書士官は長い耳を伏せた。

 

 噂を漏らした者、それを確かめず面白がった者、子供の暮らしより自分の関心を優先して向かってくる者。どれにも腹が立つ。息子へ、もう少し目立たないものを描けなかったのかと言いたくなる瞬間はあっても、描けと頼んだのは大人たちだった。

 

 怒りに任せて荷車を出せば、困るのは本部ではない。追われる道中で怯える息子と、何も知らないまま店先を囲まれる妻と娘である。

 

「今日は発ちません」

 

 私が告げると、旅に同行した書士は息を吐いた。

 

「王都の要請に従うからではありません。家へ余計な者を連れて帰らないためです」

 

「承知しておる」

 

「今後について、条件があります」

 

 卓へ新しい紙を置いた。昨夜まで息子が、見たい標本を書き連ねていたものと同じ紙である。今度は希望ではなく、守られなければ別の帰り方を探すための条件を書く。

 

「息子を研究材料として扱わないこと。聞き取りは協力の依頼とし、本人が嫌がる絵を描かせないこと。王都、組合、ほかの部署から誰が来ようと、一人では会わせないこと。居場所と日々の予定は、必要な者以外へ知らせないこと」

 

 書士官は私が書くそばから読み、最後まで待って頷いた。

 

「いずれも受けよう。面会にはおぬし、または本部が定めた責任者を同席させる。質問も先に内容を確かめる」

 

「私は、いつまでもここにいられません」

 

 妻と娘なら日々の売買も、決まった相手との受け渡しも任せられる。だが季節が変われば仕入れ先を選び、信用を預ける相手と値を決めねばならない。商家の主が帰る日も定めず店を空ければ、息子とは別の噂まで立つ。

 

「王都の者との話が一度済めば帰れる、とは約束できぬのでしょう」

 

「できぬ。ワシが約束しても、次の書状が来れば同じことになる」

 

 不都合な答えを誤魔化さない点では、この書士官は信用できた。

 

「ならば、私が家へ戻った後、息子の側に立つ護衛を置いてください。本部から任務を与えられた見張りではなく、私たちと契約し、こちらの判断を優先できる者です。王都の役人であろうと、あなた方であろうと、息子へ無理を通そうとした時に止められる者を求めます」

 

 旅に同行した書士が顔を上げた。

 

「書士隊の護衛では難しいかもしれません。彼らは本部の命令系統にいます」

 

「ですから、その外にいる者を探していただきたい」

 

「腕が立ち、本部へ入れる身元があり、少年の護衛を引き受け、しかも我々へ遠慮せぬ者か」

 

 長耳の書士官は低く唸り、卓を指で二度叩いた。無理の多い注文だとは分かっている。だが、息子を守る者が、息子を留め置く側の都合だけで動いては意味がない。

 

 やがて書士官は指を止め、旅に同行した書士へ目を向けた。

 

「組合へ照会を出せ。ハンターに限らず、単独で護衛を請ける者も含めて探すのじゃ。護衛歴と規律違反の記録も寄越すよう伝えよ」

 

「規律違反も、ですか」

 

「我々の命令へ従わぬ者を探せと言われたのであろう。従わなかった理由まで見ねば選べぬ」

 

 私は紙の最後へ、護衛の選定には父親の同意を要する、と加えた。

 

 その日のうちに家へ手紙を書いた。帰宅が延び、私も当面は本部に残ること。店の帳面を誰へ任せるか。妙な噂を聞いても、息子のことを客へ話さないこと。妻なら娘の前で取り乱しはしないだろうが、返事には私を叱る文が何行か並ぶはずだった。

 

 宿舎へ戻ると、息子の鞄は寝台の下に押し込まれていた。着替えが一組と帳面だけ出され、ほかは紐さえ解かれていない。

 

「いつまでいるか分からないなら、服を棚へ入れなさい」

 

「明後日は帰れるかもしれない」

 

「その時は、また詰めればいい」

 

 息子は返事をせず、鞄の結び目を指で押した。紐を解かないまま標本室の話をするのだから、胸の内は見当がつく。どちらか片方に決めさせることでもないと思い、私はそれ以上言わなかった。

 

「今日は部屋にいるか」

 

「ここにいると、門の音ばかり数えそうだから……案内の人と標本室へ行ってもいい?」

 

「門へ近づかないこと。案内役から離れないこと。夕食までには戻ること」

 

「分かった」

 

 息子は帳面を抱え、廊下の角で待っていた書士と出ていった。今日は鉄の扉まで迷うこともないだろう。

 

 夕刻、門前の噂を確かめた書士が戻ってきた。

 

 王都の呼び出しを受けた龍の御子が、本部へ留まることを自ら選んだ。

 

 朝にはなかった筋書きである。家へ人を連れて帰らないために荷を戻した子供が、人々の口を渡るうちに、王都の求めを退けて本部へ残った賢い子供へ変わっていた。

 

 訂正しようとすれば、息子が何者で、なぜ門を出なかったかまで明かさねばならない。黙っていれば、空いたところへ他人が立派な理由を足していく。

 

 窓の外では、門の方角へ向かう守衛が二人一組で何度も中庭を横切っていた。息子が標本室から戻るより早く、護衛の候補を探す書状が本部を出ていく。

 

 家へ帰る支度をした朝、私たちは帰れなくなった後の支度を始めていた。

 

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