ハンターにはなりません。理由は怖いから 作:ゴミミゴミ
王都から来た人たちは、僕を迎えに来たわけではないらしい。
父は朝から三度そう説明してくれたが、僕はまだ半分ほどしか信じていなかった。迎えではなく聞き取りだと言いながら、そのまま荷車へ乗せることだってできる。昨日の書状には、少年と家族の自由を損なわないよう努める、とわざわざ書いてあった。最初から損なうつもりがなければ、そんな一文を入れる必要もない気がする。
「聞かれたことにだけ答えなさい。分からないものは分からないと言っていい。知っていることと、自分で考えたことを混ぜないように」
「質問が分からなかったら聞き返す。答えたくない時は父さんを見る」
「そうしなさい」
宿舎から面会の部屋へ向かう途中、窓の外に中庭が見えた。昨日より守衛が多く、門へ続く通路には縄まで張られている。人だかりそのものは石壁に隠れていたが、門が開くたび、誰かを呼ぶ声や荷車の軋みが流れ込んだ。
帰る予定だった朝には、あの向こうを通るつもりだった。飛竜の爪にも耐えられない屋根の下で、見知らぬ人たちを後ろへ連ねながら街道へ出るところを想像し、僕は宿舎へ戻した鞄の判断を改めて褒めた。
面会に使われるのは、黒い龍を描いた部屋ではなかった。窓が二つあり、出入口も廊下へ続く扉だけでなく、隣室へ抜ける小さな扉がある。卓の上にも紙は置かれていない。
長耳の竜人族の書士官が選んだ部屋だと聞き、僕は少し安心した。ここでもう一頭描けと言われる心配はなさそうだった。
王都から来たのは三人だった。襟の高い服を着た使者、その後ろで記録板を抱える人、革の胸当ての上から短い外套を羽織った護衛である。王都の服に詳しくない僕でも、三人とも旅に同行した書士隊の人より偉そうに見えた。
使者は僕へ腰を折り、父にも同じように挨拶した。こちらの同意なく王都へ移すことはない。今日の目的は事実の確認であり、絵を描かせる予定もない。答えたくない質問には答えなくてよい。最初に並べられた約束は、父が昨日出した条件とよく似ていた。
それでも護衛が扉の脇へ立つと、約束の半分くらいは武器の陰へ隠れてしまった。
「では、黒い龍について伺いたい」
使者は低く穏やかな声で始めた。
どこで姿を知ったのか。誰かから話を聞いたことはないか。夢に現れたことは。身体の中へ、言葉や景色が流れ込んだ経験はないか。
質問は本部で聞かれたものに似ていたが、夢や声について何度も確かめられた。前世の記憶は夢に近いのかもしれない。けれど、夢の中で教えられたわけではなく、病室で本を読み、画面を見て覚えたものだ。そこまで説明すれば、今度は前世とは何かを説明しなければならなくなる。
「ずっと前から、頭の中にいました」
結局、父に答えたときと同じ言葉を使った。
記録板へ筆が走る。使者は否定も肯定もせず、質問を変えた。
「本部では、あなたを龍の御子と呼ぶ者がいるそうです」
「誰をですか」
「あなたを」
聞き間違いではなかった。
御子という言葉くらいは知っている。偉い人や神様の子供へ使うことが多く、店先で絵を描いていた商家の息子には似合わない。
困ったことに、僕は龍の子供にされたらしい。
「僕は龍の子供ではありません」
「呼び名を認める意思はない、と」
「ありません。父も母も人間です」
「そうだ」
父がすぐに認めてくれた。長耳の書士官だけは、なぜか額へ手を当てている。
もし黒い龍の御子だと思われているなら、いつか親子を会わせようと考える人が出るかもしれない。感動の再会になる可能性はない。黒龍の前に差し出された瞬間、僕の短い第二の人生まで終わる。
「その呼び名を利用する考えもないのですね」
「使い道が分かりません」
使者は僕をしばらく見つめ、記録を取る人へ頷いた。何か納得したらしいが、僕が知りたいのは、誰がそんな呼び名を考えたかである。長耳の書士官は僕と目を合わせなかった。
次に王都での保護について説明された。人の出入りを制限できる住まいがあり、書庫も用意できる。家族の滞在場所や、店への補償も相談するという。
書庫という言葉には心が動いた。王都の書庫なら、本部にない本もあるだろう。しかし王都へ移るには、まず門を出て、街道を進み、王都まで無事に着かなければならない。到着した後も、王家の人から黒い龍を描いてほしいと言われれば断りにくそうだった。
「ここにいてはいけませんか」
「いけないとは申していません。ただ、現在の本部は、あなたを取り巻く状況に十分対応できていない。より安全な場所を用意する案として――」
使者の言葉を、廊下の向こうから響いた声が遮った。
「正式な書状なら持ってきた! 封まで本物だ! 読むのが遅いのは俺のせいじゃないだろう!」
足音が近づき、扉の外で何人かが止める声を上げた。王都の護衛が剣の柄へ手を置く。長耳の書士官は驚くより先に、うんざりした顔をした。
扉が外から開いた。
最初に入ってきたのは、人より大きな大剣だった。
太い柄が扉の上へぶつかり、持ち主は首を縮めて通り抜ける。日に焼けた大柄な男で、外套の留め具には見慣れない金属の札が下がっていた。防具には細かな傷が重なり、左の籠手には何かの牙が一本、飾りではなく補強材のように留められている。
王都の護衛は一歩前へ出たものの、男が掲げた札と封書を見て剣から手を離した。
「G級許可証と、ギルドの緊急調査状を確認しました。ですが、ここは王立書士隊の本部です」
「だから書状を持ってきた」
「持参すれば、手順を飛ばしてよいという意味ではありません」
長耳の書士官が横から封を確かめ、苦い顔で本物だと認めた。古龍やそれに準じる災害の兆候があった場合、ギルドは王家や各地の領主へ調査への協力を求められる。男はその使者として正式に選ばれ、緊急時には関連する記録や証言を確認する権限まで与えられていた。
入ってくる資格はあったようだ。ただ、返事を待たずに扉を開けるところまで書状が許しているとは思えない。
僕は椅子ごと父の側へ寄った。
「おぬしを呼んだ覚えはないぞ」
長耳の書士官が言うと、男は大きく笑った。
「呼ばれる前に来た。呼ばれてから動いて、間に合わなかったことがあるんでな」
「せめて扉は叩け」
「叩いたぞ。返事を待たなかっただけだ」
二人は知り合いらしい。長耳の書士官は追い出せと命じず、男も遠慮なく空いている椅子を引いた。
王都の使者だけは黙っていた。怒っているのかと思ったが、その顔には驚きも混じっている。
「ご無沙汰しております」
「あんたか。砂原以来だな。脚はもう痛まんか」
「雨の日には。あの折の恩を、無礼を許す理由にした覚えはありませんが」
「俺も許された覚えはない」
記録板を持った人が、二人を見比べる。後で聞いたところでは、王都の使者は昔、砂原へ向かった王家の調査団に加わり、ディアブロスの襲撃で壊れた荷車の下敷きになったらしい。そこへ討伐依頼で駆けつけ、角を折って救出したのが目の前の男だった。
その話を先に知っていれば、僕も少しは安心できたかもしれない。このときの僕に分かったのは、目の前の人がG級まで認められたハンターで、背中の大剣を本当に振れるということくらいだった。
「黒い龍と、それを描き上げた少年の話を王都だけで聞くのは筋が違う。実際に避難路を開け、必要なら狩るのはギルドの人間だ」
「王家が情報を囲うと決まったわけではありません」
「決まってから来たんじゃ遅い」
「今は子供への聞き取りの最中です」
「だったら、子供に分かるように聞け。さっきから廊下で聞いていたが、王都へ来る気があるかを、ずいぶん長く喋っている」
「廊下で聞いていたのですか」
「扉の前で止められてたからな」
悪びれる様子はなかった。
王都の使者は何度か息を整え、僕へ向き直った。今の話を踏まえ、王都へ移る意思があるか、改めて尋ねられた。
G級ハンターも僕を見る。
「ギルドへ行く気もありません」
「頼んでないぞ」
「これから頼まれるかもしれないので」
「用心深いな。安心しろ。十一の子供を野生の竜の前へ担いでいくほど、ギルドも人手に困っちゃいねえ」
その答えは早く、笑い声にも馬鹿にする響きがなかった。
「行きたいと言っても連れていかん。お前を守りながら狩れるほど、俺は器用じゃない」
G級にまで上がった人が器用でないなら、誰なら器用なのだろう。けれど、連れていかないという部分は信じてよさそうだった。
王都へ行く気も、ギルドへ行く気もない。僕がそう答えると、使者は理由を尋ねた。
「どちらにも行きません。ここにいたいです」
「王家の保護を必要としない、と理解してもよろしいですか」
「門の外が安全になるまでは、出たくありません」
使者は返事を止めた。記録板へ向かう筆だけが動く。
「おう。それで話は終わりだな」
G級ハンターが膝を叩いた。
「終わってはいません」
「本人が決めたんだから、終わりだろ」
僕は、この部屋で一番大きな武器を持つ人が、一番話の分かる人かもしれないと思い始めた。
正式な聞き取りは昼前に終わった。王都の使者は不満を残していたが、無理に連れ出すことはせず、今後の扱いを王立書士隊と協議すると告げた。G級ハンターは、協議が長引けばまた来ると宣言し、使者から来なくてよいと言われていた。
僕が父と宿舎へ戻ろうとしたところで、あの人が呼び止めた。
「坊主。少し、二人で話せないか」
父は即座に断った。
「さっきの聞き取りで、息子は十分話しました」
「質問攻めにする気はない。俺の話もする。扉は開けたままでいいし、あんたは外にいてくれ。嫌だと言ったら、そこで終わりだ」
父は僕へ尋ねた。断ってもよいと言われたものの、僕は少し迷った末に頷いた。
僕だって、ハンターには興味があった。
前世では画面の中で何度も見た。重い武器を担ぎ、自分より何倍も大きな怪物へ走っていく人たちである。どうすればそんな真似ができるのか、僕には見当もつかなかった。
目の前の人は、扉へ大剣をぶつけ、偉い人に怒られ、僕を狩り場へ連れていかないと言った。
それなら少しくらい、話を聞いてみたかった。
部屋へ戻ると、G級ハンターは大剣を壁際へ寝かせ、自分の椅子もそちらへ動かした。僕が武器から遠い椅子を選んだことに気づいていたらしい。
「先に俺の話をする」
「聞きたいことがあるんじゃないんですか」
「俺ばかり聞くのは不公平だろ。俺が一つ話したら、お前も話せることを一つ話す。話したくないことは飛ばしていい。それでどうだ」
王都の使者とは、ずいぶんやり方が違った。
最初に聞かされたのは、あの人がまだG級ではなく、初めて大型種の依頼を受けた日のことだった。
依頼書に書かれた大きさを読み、自分なら簡単に勝てると思った。ところが森で実物の咆哮を聞いた途端、脚が動かなくなり、仲間に襟を掴まれて引きずられた。野営地まで戻った後で吐き、その日は食事も取れなかったという。
「怖かったんですか」
「怖かったと言ってるだろ」
「それでも、ハンターをやめなかったんですね」
「怖くなくなったわけじゃない。怖いまま帰る方法を覚えたんだ」
画面の中のハンターは、倒れても拠点へ運ばれ、また武器を持って立ち上がる。操作していた頃は、それを勇敢さだと思っていた。けれど、目の前の人は怖かったことも、逃げたことも恥じず、無事に帰った話として笑っている。
「次はお前だ。どうもハンターや書士隊にはなりたくないらしいな」
「死ぬかもしれないからです」
「正しい」
即答された。
「笑わないんですか」
「依頼書の端には死亡者の数まで書いてある。そこで笑う奴は長生きしない」
次に、砂原で王都の使者を助けたときの話をしてくれた。格好よく角を折ったのは最後だけで、その前には音爆弾を投げる位置を間違え、砂の中から現れたディアブロスに荷車ごと跳ね飛ばされたらしい。
僕は、吟遊詩人の歌に出てくるハンターは失敗しない、と話した。
「失敗したところを歌うと長くなるからな。宴が終わる」
あの人は声を立てて笑った。
何度か話を交換した後、ハンターは少し声を落とした。
「お前は、ハンターが嫌いか」
嫌いではない。怖いし、近づきたくもないし、怪物のいる場所へ自分から出かける気持ちは今でも理解できないが、画面の中で見るハンターは好きだった。僕には歩けなかった雪山や砂漠を走り、見たこともない景色の中で、生き物の痕跡を探していた。
「嫌いじゃありません。町を守る人たちだと思っています。ただ、僕にはできません」
「全員が武器を持ったら、武器を直す奴も、飯を作る奴も、怪物を調べる奴もいなくなる。向いてることをやればいい」
あの人が言うと、本当にそれでよいように聞こえた。
G級ハンターは腰の道具袋から、細長い瓶を取り出した。中身は濃い緑色で、振ると少し粘りがある。
「回復薬は飲んだことがあるか」
「ありません」
「商家の息子なのにか」
「店にはありました。でも、その色を飲もうとは思えなくて」
「まあ、飲み物の色じゃないな」
父は瓶の工房印と封蝋を確かめた。あの人が栓を抜いて先に一口飲んだ後も、僕は父を見る。
「味を見るだけなら、飲んでもいい?」
「一口だけだ」
許可をもらい、僕は恐る恐る瓶へ口をつけた。
青い葉を何枚もまとめて噛んだような香りが鼻へ抜け、苦味の後から、舌の奥へ妙な甘さが残った。まずいと切り捨てるには飲みやすい。しかし、もう一杯ほしいかと聞かれれば、遠慮したい。
「どうだ」
「身体に良さそうな味です」
「それは大体、まずいものへ使う言葉だ。だが、こいつを混ぜるなら話は別だ」
回復薬へハチミツを調合すれば、効き目の強い回復薬グレートになり、薬草の尖った味も丸くなるらしい。
その組み合わせなら、画面の中で何度も作った。目の前で小さな壺を取り出されると、前世から覚えていた言葉が勝手に口をついた。
「ハチミツください」
一拍置いて、G級ハンターが腹を抱えて笑った。
「ようやく十一歳らしいことを言ったな」
別に甘いものをねだったつもりはない。説明すると余計に分かりにくくなりそうなので、黙っていた。
あの人は回復薬を小さな杯へ分け、蜜を一匙落とした。父はその手元を見届けると、味を比べるためのもう一口だけを許した。
そこへ王都の従者が父を呼びに来た。先ほどの聞き取りについて、今のうちに確かめてほしい書面があるらしい。父は断ろうとしたが、扉は開いたままで長耳の書士官も残っている。すぐ戻ると言い、隣室へ移った。
その書士官も王都の護衛に呼び止められ、廊下の少し先で別の封書を確かめ始めた。姿は見えるが、部屋の小声までは届かない。
二口目は、確かに飲みやすかった。薬草の青臭さは残るものの、苦味の角が取れ、喉を通った後には柔らかな甘さが残る。これなら、怪我をしたときにも飲めそうである。怪我をする予定はない。
身体が内側から温かくなり、椅子の背へ力を預けた。
G級ハンターは、海の向こうにある土地の話を始めた。僕はもう一つ何かを話す番だったが、何を選ぶか考えているうち、瞼が重くなる。
「眠いのか」
「少し……」
返事をした自分の声が、遠くで聞こえた。
薬が効いたのだろうか。怪我もしていないのに飲んだから、身体が休むほうへ力を使い始めたのかもしれない。
目を閉じる直前、あの人が瓶を机へ置く音がした。
その後も遠くで声がしていた。何かを聞かれるたび、僕も答えていた気がする。けれど自分で考えて喋ったのか、もう夢の中だったのかは分からなかった。
* * *
坊主の呼吸がゆっくりになったのを確かめ、椅子を近づけた。
回復薬へ入れたハチミツには、ネムリ草の粉をほんの少し混ぜてある。子供の身体でも深く眠り込まない量に抑え、効きすぎた場合に備えた薬も持ってきた。脈は落ち着き、顔色にも変化はない。
量を抑え、解毒の備えまでしてきた。それで許されるわけではない。坊主が自分から杯を受け取るよう仕向けたのは俺だ。分かった上で、手を止めなかった。
夢見と呼ばれる者には、これまで三人会った。
呼び名から予言者と思われがちだが、実際は古龍の感覚や衝動を、眠りの中で拾ってしまう者たちだ。一人は空から山々を見下ろす夢とともに金属を擦る音を聞き続け、その地方にはほどなく鋼の古龍が現れた。別の一人は遠く離れた龍の呼び声を自分の口で繰り返し、何かに引かれるように山へ向かおうとした。
どの場合も、つながる相手は一体であり、古龍が遠ざかれば夢も薄れた。残る一人は干渉を長く受けすぎて、自分の意思と流れ込んでくる衝動の区別を失った。
黒い龍を描き、組み上げられた海竜を一目で呼んだ子供が、同じ類いなのか。それとも、本部の誰かが情報を漏らし、本人も気づかぬまま覚えたのか。起きている坊主へ同じ質問を重ねても、答えは増えない。
「海の向こうに、新大陸と呼ばれる土地がある」
瞼は閉じたままだが、指先がわずかに動いた。
「そこへ古龍が渡る現象を、古龍渡りと呼んでいる。およそ十年に一度だったものが、近頃は妙に騒がしい」
「……古龍、渡り」
繰り返した声に、驚きはなかった。
「半年ほど後には、火山を背負うほど巨大な古龍を追って、第五期の調査団が新大陸へ向かう。腕利きを集めている最中だ」
「……ゾラ」
「何だ」
「ゾラ・マグダラオス……」
俺が渡された報告に、その名はなかった。巨大な古龍が動く兆候そのもの、ギルドの外へはほとんど出ておらず、王都の使者でさえ名までは知らないはずだ。
「ゾラ・マグダラオスは、なぜ海を渡る」
坊主の唇が動くまで、しばらくかかった。
「死ぬ……場所を、探してる」
「新大陸でか」
「地脈が……集まるところ。死んだ龍の……力が、流れて……」
眠り言で片づけるには、答えが具体的すぎた。
調査団の一部では、古龍渡りを寿命と結びつける説が出ている。証拠はない。新大陸で古龍の亡骸が相次いで見つかったわけでもなく、渡った個体を最後まで追えた者もいなかった。
「ほかの古龍も、同じなのか」
「呼ばれてる……地脈の、力に……」
「何かが呼んでいるのか」
「まだ……目覚めてない。待ってる……力を、集めて……」
「そいつは龍か」
「白い……光って……生まれる前……」
そこで言葉が途切れた。
名前を聞いても答えない。知らないのか、眠りが深くなったのかは分からない。問いを変えた。
「ゾラ・マグダラオスは、新大陸で死ぬのか」
「地脈で死んだら……力が多すぎて……全部、燃える」
「止める者はいるか」
「海へ……帰す。青い星が、導くから」
「青い星とは何だ」
「五期団の……ハンター……みんなを、導く……」
坊主の顎が落ち、呼吸がさらに深くなった。
背もたれから身体がずれないよう支え、そこで質問をやめた。
新大陸古龍調査団の旗印は、五匹の竜の話を基にしている。島へ姿を変えた五匹の竜と、その理由を尋ねて海を渡った青年の物語だ。一匹は青い星となり、青年の道を示した。坊主が口にしたのは、その伝承と同じ言葉だった。
俺が知る夢見は、一体の古龍から流れ込む景色や声に苦しめられていた。遠い土地でこれから起きる出来事を、原因から結末まで語った者はいない。坊主は龍の声を聞いたとも、夢を見たとも言わず、複数の古龍と人の動きを、昔から知っていることのように口にした。
「悪かったな」
返事はない。
「教えてくれて助かった」
外套を外し、坊主の肩へ掛けた。大人用の布は椅子の脚まで届いた。
予言を背負わせるには小さすぎる。だが、ゾラ・マグダラオスが地脈の収束する場所で死ねば新大陸が焼けるという話を、聞かなかったことにもできない。半年の遅れで何人死ぬか分からなかった。
詳細をそのままギルドへ渡せば、今度は質問を抱えた連中が列を作る。眠り草を使う程度で済まない者も混じるだろう。
瓶と小壺を袋へ戻し、開けたままの扉から廊下へ出た。
長耳の書士官は廊下の端で封書を確かめていた。俺が部屋を出ると、顔を上げてこちらへ来た。父親はまだ王都の使者と隣室で話している。
「眠ったのか」
「眠らせた」
長い耳がぴたりと止まった。
「何をした」
「後でいくらでも怒れ。先に聞け」
声を落とし、坊主から聞き出したことを、言葉を足さずに伝えた。
書士官は途中で口を挟まず、最後まで聞いた。
「おぬしが、言わせたのか」
「俺の知る情報を先に話した。答えを教えたわけじゃない。地脈のことも、目覚めを待つ何かも、俺は知らん」
「予言だと言うのか」
「分からん。夢見には会ったことがある。だが、あの坊主が抱えてるものは、そんな連中より厄介だ」
書士官は開いた扉から中を見た。俺の外套に埋もれ、坊主は眠っている。
「おそらく本物だ。だから慎重に扱え。大勢で囲むな。無理に喋らせるな。あれを情報の詰まった袋だと思う奴がいたら、俺が止める」
「最初に無理に喋らせた者が言うことか」
「だから言ってる。俺と同じ真似をさせるな」
書士官は深く息を吐き、額を押さえた。黒い龍の絵を止めたときより、疲れた顔をしていた。
「記録は」
「全部は残すな。新大陸の調査を急がせる。第五期団の準備を早め、ゾラ・マグダラオスを地脈の奥へ入れるな。それで十分だ」
「根拠を求められるぞ」
「俺の名を使え。外れたら俺が笑われる。坊主の名は出すな」
書士官はしばらく黙った後、頷いた。
あとは父親へ話さなければならない。子供へ薬を使い、意識がぼやけたところで答えを聞き出した。何を並べても親の怒りが軽くなるはずはない。殴られるなら受けるし、二度と坊主へ近づくなと言われれば従う。
父親は間もなく廊下へ戻り、椅子で眠る息子と、俺の外套を見た。
「息子に何をしました」
声は低く、砂原で聞いたディアブロスの唸りより冷たかった。
「ハチミツに、少量のネムリ草を混ぜた。聞きたいことがあった」
言い終わる前に、頬へ拳が入った。
避けなかった。商人の拳はハンターのものほど重くなかったが、真っ直ぐで、よく効いた。
父親がもう一歩踏み込んだところで、長耳の書士官が間へ入った。切れた口の端を親指で拭い、俺は頭を下げた。
「悪かった。言い訳はしない」
「息子は、あなたを信じたから飲んだ。私も、書士官殿が外にいるならと話を認めました。その信用を使ったのですね」
「そうだ」
「必要だったという言葉で済ませるつもりですか」
「済ませる気はない」
「二度と息子へ薬を使わないと誓えますか」
「誓う。ほかの奴にも使わせない」
「では、ご自分のしたことをギルドへ報告してください。私が許すまで、息子には近づかないでいただきたい」
「分かった」
父親はそれ以上答えず、部屋へ入って息子の呼吸と顔色を確かめた。抱き上げようとするのを手伝おうとしたが、鋭い目で止められる。
俺は廊下に残り、長耳の書士官から紙と筆を借りた。ネムリ草を使った経緯は一つも伏せず、自分の名でギルドへの報告書に記した。坊主の言葉は残さず、新大陸への警告も俺の名で出す。第五期団の選抜と物資の手配を、半年後の出航に間に合わせるためだ。
「護衛を探しているそうだな。一人、心当たりがある。推薦状は送るが、俺の名だけで決めるな。経歴を洗え」
「今のおぬしから推薦を受け取る身にもなれ」
「だから調べろと言っている」
眠った坊主は、自分が何を語ったか覚えていないだろう。初めて飲んだ回復薬の妙な味と、ハチミツを入れれば少しましになったことくらいしか残らない。坊主の知らないところで、新大陸へ向かう調査団の人員と物資の手配が予定より早く動き始める。
腫れ始めた頬へ手を当てた。
王家の使者を押しのけるより、怒った父親へ謝るほうが難しい。
頬は痛んだが、避けなくてよかった。
* * *
目を覚ますと、僕は宿舎の寝台にいた。
椅子に座っていたはずなのに、どうして寝台へ移ったのか分からない。父へ尋ねても、回復薬が身体に合わなかったのだろう、としか答えてくれず、なぜか少し機嫌が悪かった。頬の赤くなった人が、廊下のずっと先で父へ頭を下げていた気もするが、まだ眠かったので、たぶん見間違いだと思う。
夢を見ていたような気がする。前世で遊んだゲームの拠点を歩き、食事場で山盛りの料理を眺めたところまでは覚えているが、その後で狩りへ出たかどうかは思い出せない。眠る前にはG級ハンターと何か話していたはずなのに、いつから夢になったのかも曖昧だった。
なんだか、久しぶりにモンハンワールドの夢を見たらしい。夢の中でも僕は拠点から出なかったので、なかなか良い夢だったと思う。