ハンターにはなりません。理由は怖いから   作:ゴミミゴミ

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題9話 街へ向かえ

 

 市場へ行けることになった。

 

 朝食には約束どおり、街で買える普通のチーズが出た。幻獣ではなかったが味に不満はない。

 

「幻獣チーズとは、やっぱり味が違うんですか」

 

「俺に聞くな」

 

 ニャンターはそう言って、自分の皿に載っていた魚を食べた。

 

 昨日は珍しさなら教えてくれたのに、肝心の味を話す気はないらしい。食べたことがないのかもしれないが、あの声で黙られると追及しづらかった。

 

 食後に聞かされた市場への外出は、本部内の景色に飽きてきたこの数日で一番うれしい知らせだった。ところが話を聞き終える頃には、普通に正面から出られるわけではないと分かった。

 

 本部の正面には今も人がいる。龍の御子を見たい者、絵を買いたい者、話を聞けば商売になると考えた者、それに誰の使いなのか分からない者まで、守衛に追い払われては場所を変えて戻ってくるらしい。

 

 窓から覗こうとすると父に止められたので姿は見ていない。こちらから見えるなら向こうからも見える、と言われれば反論は難しかった。

 

「じゃあ、どうやって市場へ行くの?」

 

「職員用の通用門を使う」

 

 答えたのは父ではなく、今日から僕の後ろに立つことになったニャンターだった。

 

 朝食を終えた時には部屋へ来ており、扉と窓の留め具を確かめた後で寝台の下まで覗いた。誰もいないと伝えても、自分の目で見るまでは確認したことにならないらしい。

 

「市場までの道は見てきた。正面にいる連中からは見えん。外套を着て、俺の指示に従え」

 

「市場へ行くのに、そこまでしますか」

 

「市場へ行くだけの奴は正面を使う」

 

 もっともだった。

 

 父は今日も家へ戻るための支度に追われている。店をいつまでも空けておくわけにはいかず、王都の使者やギルドとの話が長引いたせいで商談も溜まっていた。僕の外出に同行する余裕はないが、宿舎へ閉じ込めたままにするのもよくないと考えたらしい。

 

「遠くへは行かないこと。買うものが済んだら、まっすぐ戻りなさい」

 

「分かってる」

 

「人前で勝手に絵を描かない。描きたくなったら、先にこの方へ聞きなさい」

 

 父がニャンターを示した。

 

「買い物に行くだけだよ」

 

「知らない人に、頭の中の生物の話をしない」

 

「しません」

 

「知らない人についていかない」

 

「十一歳です」

 

「知っている」

 

 父は十一歳の息子へ言うことを一通り言い終えると、今度はニャンターへ同じ内容を確認した。護衛がついたことで安心したのか心配が増えたのか、僕には分からない。

 

 用意された外套は僕の身体に合っていなかった。頭から被ると裾が足首まで届き、袖から指先が少ししか出ない。色は土埃に近い灰色で、顔を隠すための頭巾までついている。

 

「怪しくないですか」

 

「その辺を歩く旅人の子供に見える」

 

「その辺の子供は、こんな渋い護衛を連れていません」

 

 ニャンターは自分の装備を見下ろした。兜から脚甲まで昨日と同じ完全武装で、背中には剣と円形の投擲具がある。武器には布が巻かれていたが、隠したことで余計に危ないものを背負っているように見えた。

 

「護衛ではない。旅の連れだ」

 

「僕がオトモということですか」

 

「戻るか?」

 

「行きます」

 

 僕は頭巾を被った。

 

 本部の裏側へ向かう通路は、これまで歩いた場所より狭かった。書類を運ぶ者や掃除道具を抱えたアイルーと何度か擦れ違い、階段を二つ下りた先で小さな門へ出る。守衛は僕の顔を確かめず、ニャンターの出した札だけを見て扉を開けた。

 

 外へ出た途端に連れ戻されることも、誰かに囲まれることもなかった。

 

 建物の角を曲がるまでは背中がむずむずしたが、通りを歩く人々は荷物や昼の献立に気を取られている。僕を見ても外套を着た子供としか思わない。そもそも龍の御子という噂だけが先に広まり、顔まで知っている者は本部の中にも多くなかった。

 

「普通に歩いてください」

 

「普通に歩いている」

 

「さっきから屋根ばかり見てます」

 

「お前が見ていない場所を見ている」

 

「何かいるんですか」

 

「今のところはいない」

 

 今のところ、という言葉が気になったものの、聞けば怖い答えが返ってきそうなので前を向いた。

 

 市場は本部から二つ通りを隔てた場所にあった。王都の大市ほど広くはなく、書士や職人が仕事の途中で立ち寄る店が多い。紙、インク、保存食、革紐、薬草を束ねたものが軒先へ並び、奥には肉や魚を扱う露店が集まっていた。

 

 久しぶりに本部の壁が見えない場所まで来た。

 

 最初に入った紙屋で、僕は値段を三度見た。本部でもらっていた紙は、父の店で使う帳簿用より滑らかで厚い。何枚描いても叱られなかったため忘れていたが、同じものを自分で買うと小遣いの大半が消える。

 

「これを十枚ください」

 

「五枚にしろ」

 

「僕のお金です」

 

「帰りに持つのは俺だ」

 

「紙ですよ」

 

「紙のほかにも買うんだろう」

 

 ニャンターは僕の予定を書いた紙を取り出した。炭筆、留め紐、外套の裾を直すための針と糸、父が頼んだ封蝋、本部へ戻る途中でパン。僕より買い物の内容を覚えている。

 

 七枚で折り合いをつけると、店の人は微笑みながら細い炭筆を一本おまけにつけてくれた。ニャンターには何もない。

 

「子供は得ですね」

 

「分かっているなら、せいぜい今のうちに使え」

 

 次の店では逆になった。

 

 魚を並べていた女の人がニャンターを見るなり、小さく切った焼き魚を差し出したのである。ニャンターは要らないと断ったが、味見だからと押しつけられ、最後には渋い顔で受け取った。

 

「子連れは得ですね」

 

「黙れ」

 

「おいしいですか」

 

「塩が強い」

 

 そう言いながら全部食べていた。

 

 道具屋の軒下にはアイルー用の食器や小さな背負い袋が吊られていた。首元へ巻く赤い布には「勇敢な相棒へ」と札がついている。声に出して読む前にニャンターが僕の尻を押し、店の前を通り過ぎた。

 

「まだ何も言ってません」

 

「言う顔をしていた」

 

 昨日から父と同じことを言われている。僕の顔はそこまで分かりやすいのだろうか。

 

 買い物の最後にパン屋へ向かう途中、人だかりができていた。通りの端へ木箱を置いた旅芸人が、その上でモンスターの鳴き真似をしている。甲高い鳥竜種の声から始まり、草食種の低い鳴き声へ移り、最後には火竜らしい咆哮を響かせた。

 

 似ているのかどうか、実物を聞いたことのない僕には分からない。ただ、周囲の子供たちは喜んでいた。

 

「火竜はもう少し腹に響く」

 

 ニャンターの評価は厳しかった。

 

「聞いたことがあるんですか」

 

「仕事で何度もな」

 

 そうだった。目の前にいるのは見た目こそアイルーだが、G級ハンターから推薦を受けた歴戦のニャンターである。火竜の声を知っていても不思議ではない。

 

 旅芸人が今度は種類の違う声を次々と真似し始めた。腰を落とし、腕を翼のように広げ、声に合わせて全身の形まで変えてゆく。声が本物に似ているかは分からなくても、身振りは見ていて面白かった。

 

「あの人を描いてもいいですか」

 

「少しならな。通り道を空けろ」

 

 屋台の脇へ寄って帳面を開き、木箱に片足を載せた姿を描き始めた。旅芸人がまた火竜の声を出すと、下からニャンターの手が伸びてきた。帳面を押さえる寸前で止まり、兜の奥から紙を覗き込む。

 

「おい、その絵は」

 

「あの旅芸人です」

 

 ニャンターは紙へ目を近づけ、伸ばした手を下ろした。

 

「僕だって、モンスターしか描かないわけじゃないです。こういうものだって描くよ」

 

 少しだけ不満が声へ出た。黒い龍を描き、見慣れない骨へ名前をつけて騒ぎになった以上、疑われる理由は分かっている。それでも炭筆を持つたび世界を滅ぼすつもりだと思われては困る。

 

「一瞬、翼に見えた」

 

「人を一人描くだけですよ」

 

「その一人が今、火竜の声を出している」

 

 旅芸人の口から出る音だけを書けば、僕のほうがよほど怪しいものを描いているように見えるかもしれない。ニャンターは続けろと言い、僕の背後へ戻った。

 

 やがて旅芸人が胸を膨らませ、腕を大きく打ち合わせた。さっきまで辛口だったニャンターが、今度は小さく頷く。

 

「彩鳥だ。声袋を膨らませて鳴く時の動きだな」

 

「クルペッコですか」

 

 名前を先に言われ、僕は書庫で読んだ本の背表紙を思い出した。

 

「えっと、『鳥竜種分類六』だったかな」

 

「『鳥竜種分類八』だ」

 

「凄い。よく覚えてますね」

 

「俺が駆け出しの頃はな、これから狩りに行く対象の図鑑を、わざわざ自分の金で買わされたんだぞ。それなのに最近は、狩猟者資格課程を終えた者にはギルドから基礎的な図鑑を配ってやがる」

 

「便利になったんですね」

 

「便利になったんだ」

 

 言い方は少しも嬉しそうではなかった。昔に払った図鑑代は、制度が変わっても返ってこないらしい。

 

「ほかの生き物の声を真似するんですよね」

 

「追われると大型種まで呼ぶ。駆け出しが鳴き声につられて近づき、痛い目を見ることもある」

 

「本で見ました。本人より呼ばれて来たほうが怖いんですよね」

 

「彩鳥が逃げるまで相手を押しつけられるからな」

 

「呼ばれる側の身にもなってほしいです」

 

 僕が言ったのはハンターのことである。ゲームでは何度も知らない鳴き声が響き、何か来る前に逃げようとして間に合わなかった。

 

 ニャンターは大型モンスターのことだと思ったらしく、野生の生物に気遣いを求めるなと答えた。

 

「彩鳥について、もう少し伺ってもよいですかな」

 

 声をかけてきたのは旅芸人ではなかった。大きな荷物を背負った商人が人垣の外に立ち、僕の帳面を見ている。

 

ニャンターが僕と商人の間へ入った。

 

「何の用だ」

 

「連れが妙な鳴き声を聞いたと言っていましてね。別々の大型種が同じ谷に集まったのだと思っていたのですが、今の話が気になったもので」

 

 商人は少し離れた街道の名を挙げた。荷を運ぶ仲間が山沿いの道で、鳥竜種の声に続いて火竜らしい咆哮を聞いたという。その翌日には別の大型種の声も響き、護衛のハンターが道を変えたため正体は見ていない。

 

「鳴き声だけでは決められん。足跡は」

 

「荷車を急がせたので、調べてはいないそうです」

 

「焦げた跡や石の破片は見なかったか」

 

「そこまでは」

 

 ニャンターはギルドへ報告しろと言った。商人は頷いたものの、口で説明するより絵があったほうが伝わりやすいと僕へ頼んだ。

 

 クルペッコは本部の書庫で読んだ。前世の記憶だけを頼りにする話でもなく、ニャンターも知っている。これなら描いても扉を閉められないだろう。

 

「本で見た姿なら描けます。でも、その街道にいたのがクルペッコかは分かりません。描いてもいいですか」

 

 僕が尋ねると、ニャンターは商人の顔を見た後、もう一度街道の名を確かめた。

 

「長年生きた個体は厄介なやつを呼ぶ。一枚だけ描け。渡す前に俺が見る」

 

 僕は買ったばかりの紙を一枚使い、横から見た姿を簡単に描いた。大きく膨らむ声袋と翼の先についた火打石が分かるよう線を加え、これも本で読んだだけなので実物とは違うかもしれないと念を押した。

 

 前世で覚えた姿と書庫の図はよく似ていた。それでも今回は、本にあったところまでで炭筆を止めた。格好よく見せるための余計な線は、黒い龍一頭分で懲りている。

 

 ニャンターは絵を確かめ、商人へ渡してよいと頷いた。

 

 相手が代金を出そうとすると、ニャンターが僕より先に断った。

 

「知らない相手から金を受け取るな」

 

「父さんの店では普通です」

 

「お前は今、店番じゃない」

 

「では紙代だけでも」

 

「そういう話じゃない」

 

 紙は七枚から六枚になった。

 

 商人は何度も礼を言い、絵を傷めないよう荷物の間へ挟んで去っていった。僕たちはパンを買い、来た時と同じ通用門から本部へ戻った。

 

「何も起きませんでしたね」

 

「起きないようにするのが護衛だ」

 

 ニャンターはそう答えたが、買った荷物の一番上には魚屋から包んでもらった干し魚が載っていた。

 

 部屋へ戻ると父は最初に僕を見て、次にニャンターを見た。怪我もなく外套の裾も破れていないと分かってから、ようやく荷物へ目を移す。

 

「紙は買えたのか」

 

「七枚買ったよ。一枚は使ったから、残りは六枚」

 

「何を描いた」

 

 父の声がわずかに低くなる。僕が彩鳥だと答えると、今度はニャンターへ視線が向いた。

 

「知られている鳥竜種だ。俺が許可した。商人へ渡した一枚も確認してある」

 

 ニャンターの保証を聞いて父は肩の力を抜いた。僕が普通のモンスターを描いただけで安心されるのは、何かがおかしい気もする。

 

「言いつけを守ったのは分かった。ただし、その絵が何に使われるのかは覚えておきなさい」

 

「街道の報告だよ」

 

「なら、報告の結果もこの方に確かめること。描いて渡したところで終わりにしてはいけない」

 

「分かった」

 

 僕にとっては紙を一枚余分に使っただけの買い物だったが、父にとっては続きのある話らしい。僕は忘れないよう、商人が口にした街道の名を帳面の隅へ書き足した。

 

* * *

 

 少年が滞在する書士隊本部から遠く離れた、全てのハンターが集う最大拠点ドンドルマ。その中心にある大老殿で、この要塞都市とハンターを束ねる大長老たるワシは、一人の狩人を見下ろしていた。

 

 ワシの身体に合わせて造られた天井と柱は人の尺度を外れ、初めて足を踏み入れた狩人は声まで小さくなる。もっとも、ここへ至る頃には大抵の者が相応の修羅場を越えているため、広さに呑まれた顔を長く見せる者は少ない。

 

 この日、殿内に狩人の姿は一人しかなかった。

 

 もとより大老殿は大衆酒場のような喧騒とは縁がない。立ち入れるのはG級狩猟資格を持つ者に限られ、依頼の前後に数人が顔を合わせれば多いほうであり、時には給仕の足音だけが響く日もある。

 

 その中の一人がワシの前で片膝をついていた。

 

 頬の腫れはだいぶ引いている。武器は入口の守護兵へ預け、腰の道具袋も外していた。罰を受けに来る者としては当然の振る舞いだが、それで沙汰を軽くするつもりはない。

 

 卓上には二通の抗議文が置かれていた。

 

 一通は王家から届いたものだ。正式な使者が少年への聞き取りを進めていたところへ割って入り、過去の恩義とG級ハンターとしての立場を使って中断させたことを問題としている。王家はネムリ草の件を知らぬ。書士隊と父親の意向で、報告先が学術院とギルド上層部に絞られたからだ。

 

 もう一通は書士隊を統括する学術院から届いている。こちらには薬を使った経緯と、眠りかけた少年へ質問を重ねた事実が記されていた。ただし、何を尋ね、どのような答えを得たかまでは書かれていない。使われている言葉は抑えられていたが、怒りまで隠せてはいなかった。

 

 どちらも公示される書状ではない。今日の記録も封を施し、少年の名は残さぬと決めてある。

 

「二つとも読んだか」

 

「はい」

 

「異議はあるか」

 

「ありません」

 

 狩人は顔を上げなかった。

 

 ワシは王家からの書状を指先で押さえた。人の手には大きな紙も、ワシが触れれば札ほどに見える。

 

「おぬしを向かわせたのは、名のない密偵を送り込むより筋が通ると考えたからだ。地位も顔も知られたG級ハンターが正面から訪ねる。それをもって、ギルドには隠す意図がないと示すはずであった」

 

「承知しています」

 

「承知した上で、王家の使者を押しのけたか」

 

「あのまま王家へ主導権を渡せば、いずれ王宮へ連れ出されると考えました」

 

 声に迷いはなかった。

 

「ゆえに、おぬしが先に薬を盛ったと申すか」

 

「そうです」

 

 殿内の空気がわずかに動いた。壁際に控えていた大臣と記録役は顔を伏せ、守護兵は身じろぎもしない。

 

「王家がするやもしれぬことを恐れ、自ら同じことをした。それを弁明と呼ぶつもりか」

 

「いいえ」

 

「少年を守るためであったと申せば、その意思を奪ったことが消えると思うたか」

 

「消えません」

 

 ワシは傍らに立てていた龍頭断を取り、その石突で床を強く突いた。大太刀の重みを受けた石床が鳴り、大老殿の高い天井へ重い音が走る。壁際の誰一人として顔を上げなかった。

 

「王家を疑いながら、ギルドだけは疑われぬと思うたか」

 

「思ってはいません」

 

「おぬしはギルドの名を背負うG級ハンターだ。そのおぬしが信を損なえば、一人の不始末では済まぬ。依頼を託す者は、我らの何を信じればよい」

 

 男は答えなかった。答えられる言葉がないことを分かっている顔だった。

 

 それでも態度にだけはよどみがない。それが余計に腹立たしい。

 

「なぜ、我らが最も疑われる道を選んだ」

 

 狩人はそこで初めて、答えるまでに間を置いた。

 

「王宮へ入ってからでは遅いと判断しました。あの子が本物なら利用される。偽物だと見なされれば、嘘を認めるまで追及されるかもしれない。どちらに転んでも、先に確かめる必要があると考えました」

 

「判断したのは誰だ」

 

「俺です」

 

「許可した者は」

 

「いません」

 

「しかし、その責任は我らのものとなる。おぬし一人の首で贖うつもりか」

 

「そのつもりです」

 

 記録役の筆が紙を擦る音だけが続いた。

 

 目の前の狩人は愚かではない。己の行いが何を損なうか理解した上で、それでも必要だと決めた。何を聞き出したのかは、この場にいる大臣も記録役も知らぬ。長耳の書士官からワシへ届いた別封にも、少年の言葉は残されていなかった。新大陸の調査を急がせることと、その根拠には狩人自身の名を使うことだけが記されている。

 

「正しい答えを得たなら、使った手段も正しくなるか」

 

「なりません」

 

「では、なぜ使った」

 

「知らずに人が死ぬ可能性と、あの子を守る者たちの信用を失う可能性を秤にかけました。俺は人命を優先しました」

 

「その秤に少年の意思は載せたか」

 

「載せませんでした」

 

「処分を受ければ責任を果たしたことになると思うか」

 

「思いません」

 

「では責任とは何だ」

 

 男は少し考えた。

 

「次に同じ状況が来た時、別の選択をすることです」

 

 ワシはしばらく男を見下ろした。

 

 実力ある者の独断は、成果が出た時ほど始末が悪い。ここで罰しなければ、次に同じ手を使う者をギルドは止められなくなる。

 

 一方で除名の二字を口にするには、背後に積み上げられた功績があまりに多い。

 

 この狩人が救った集落がある。帰した調査隊があり、食い止めた古龍もいる。今回の件だけを見て、それまでの働きまで偽りだったとは言えない。だからといって、それまでの功績を今回の行いの免罪符にはできなかった。

 

 加えて半年後には、二十人にも満たぬG級ハンターの三分の一ほどが新大陸へ向かう。未知の土地で長期の調査に耐えられる者から選んだため、残される側の負担は数だけでは量れない。古龍の迎撃も後進の育成も止めるわけにはいかず、使える戦力を怒りに任せて捨てることは責任者として許されなかった。

 

 資格は止める。それでも復帰の道までは閉ざさない。それが今のギルドと、この狩人に対してワシが負える裁定だった。

 

「本日より、おぬしの狩猟資格を停止する。G級を含む全ての公的依頼から外れ、復帰を認めるまで謹慎せよ。少年の父親には改めて書面で詫びよ。本人へ知らせるかは、父親と書士隊の判断に委ねる。学術院と王家へも処分を通知する」

 

「承知しました」

 

「除名ではない。これまでの功績がなくなったわけではないからだ。だが、功績を盾に今回の行いを軽く扱うこともない。再びギルドの名を背負えるか、謹慎の間に示せ」

 

「はい」

 

 狩人は頭を下げた。

 

 沙汰を記録させ、資格証を預かった。大臣が必要な手続きを確認し、記録役は二通の抗議文を抱えて退く。守護兵が狩人を連れ出そうとしたところで、ワシは大臣を呼び止めた。

 

「この者を、奥の酒蔵へ通せ」

 

 大臣の視線がワシと狩人の間を一度だけ往復した。大老殿の奥にある酒蔵は、客へ酒を振る舞うための場所ではない。公の裁定を終えた直後、記録役を伴わずにそこへ通す。その意味を、大臣は問い返さずとも察していた。

 

「承知いたしました」

 

 守護兵には大老殿の外で待つよう命じ、大臣自身が狩人を奥へ案内した。ワシも龍頭断を手に、その後へ続く。幾つかの扉を抜けた先にある酒蔵は、ワシの私室よりも狭く、石壁に沿って大樽と瓶が並んでいる。中央には大きさの違う椅子が二脚と、小さな卓だけが置かれていた。

 

「長旅で疲れたであろう。まずは飲め」

 

 大臣が手配した給仕が卓へ酒器を用意すると、大臣はその者も連れて退出した。あれは、この先が極秘命令であると気づいている。だからこそ余計な確認をせず、自分も残ろうとはしなかった。

 

 ワシは狩人の杯へ酒を注ぎ、自分の分も満たした。

 

 狩人は杯を取り、一口だけ含んだ。

 

「これでG級ハンターであるおぬしへの沙汰は終わりだ。ここから先は記録に残さぬ。あの少年は、眠りながら何を語った」

 

 狩人はしばらく杯の中を見た後、巨大な古龍の目覚めと、龍たちが死地を求めて海を渡ることを話した。さらに、収束の地で待つものや、半年後に海を渡る第五期団、彼らを導く青い星についても、途切れた少年の言葉を五匹の竜の物語へ重ね、自分がどう受け取ったのかまで酒を挟みながら一つずつ語った。

 

 ワシは口を挟まずに聞いた。長耳の書士官から届いた別封には、新大陸の調査を急がせることと、その根拠には狩人自身の名を使うことしか記されていない。少年の口から出た言葉をギルドで知る者は、これで狩人とワシだけになった。

 

 聞き終えてから、ワシも杯を空けた。

 

「今から話すのは、ギルドナイトであるおぬしへの命令となる」

 

 狩人の目から、先ほどまでの殊勝さが消えた。

 

 狩猟資格は表の仕事に要る。ギルドの法を外れた狩人を追い、禁じられた取引を探り、時には名を残せぬまま危険を除く者には別の規律がある。こやつがG級へ至る前から担ってきた、もう一つの役目だった。

 

「謹慎先は、あの少年が滞在する街とする」

 

「接触しろと」

 

「接触は禁ずる。表の護衛には別の者がついた。おぬしは街へ潜り、少年の噂を追って集まる者を調べよ」

 

 龍の御子という呼び名は、もはや書士隊本部の壁だけでは止められない。王家、諸侯、商会、信仰を持つ者、そのどれもが善意だけで動くとは限らなかった。少年を抱え込もうとする者が現れれば見つけ、連れ去る企てがあれば未然に止める。書士隊や商会の内側から情報を流す者も探らせる。

 

「自分のしたことで、少年を守る者たちの信用を失った以上、今度は知られぬ場所から守れ。礼も名誉も得られぬ仕事だ」

 

 狩人は短く頷いた。

 

 ワシは懐から細長い許可証を取り出した。封蝋には大長老の印と、ギルドの内でも限られた者しか知らぬ印が並んでいる。

 

 狩人は受け取る前に許可証へ目を通し、初めて顔色を変えた。

 

「ミラージュショテルの持ち出し許可ですか」

 

「そうだ」

 

「狩猟資格を止めた者に持たせる武器ではありません」

 

「狩りへ使えとは申しておらぬ」

 

 霞龍の特質を残す不可視の刀は、所持するにもギルドの許しを要する。抜かれれば何が起きるかは、本人もよく知っていた。

 

「そこまでの相手が動くとお考えで」

 

「動かぬことを願っておる」

 

「ならば、なぜこれを」

 

ワシは許可証を卓上へ置いた。

 

「ムォッホン。ギルドナイトの力は鞘の中の刃。抜かれぬことに意味がある」

 

 狩人はしばらく許可証を見つめた後、両手で受け取った。

 

「謹んで、拝命いたします」

 

 少年の名は新大陸に関する記録へ残さず、調査を急がせる根拠には、この狩人の名だけを使う。少年が眠りながら語った内容も、ギルドの記録には一字たりとも残さぬ。それを知る者をこれ以上増やすつもりもなかった。

 

 それでも、黒い龍を描いた子供が本部にいるという噂までは止められなかった。少年へ近づこうとする者に、新大陸の件を知る必要はない。むしろ結びつけさせぬまま、噂を追って集まる者だけを探るべきだった。

 

「もう一杯飲んでゆけ。謹慎は明日からだ」

 

 狩人は空になった杯を差し出した。

 

 ワシが受け取った報告には、まだ市場で描かれた彩鳥のことは載っていなかった。

 

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