『鬼の子』マルチバース   作:マイナーチョコ

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第13話:限界突破の稽古場

 

アビ子とGOAが一晩で書き上げた、新たな台本。

それは、役者の肉体的・精神的な限界を極限まで引き出す、まさに『神脚本』と呼ぶにふさわしい代物だった。

不要な説明台詞はすべて削ぎ落とされ、代わりにト書きには圧倒的な運動量と、行間から滲み出るような濃密な感情表現が指定されている。

この狂った要求に応えるため、若手役者たちは文字通り血と汗を流しながら、連日地獄のような稽古に身を投じていた。

 

中でも、ひときわ苛烈な火花を散らしているのが、主役である『神鬼マヤ』を中心とした三つの才能の激突である。

 

```

*

 

```

 

「――違う!!」

 

マヤの怒号が響き、有馬かなの持つ木刀がガァンッ! と強烈に弾き飛ばされた。

かなは床に転がり、息を乱しながらマヤを見上げる。

 

「マヤさん……っ、今のタイミング、完璧に合わせましたよ!?」

「だから駄目なんだ!」

 

マヤは容赦なく木刀の切っ先をかなの鼻先に突きつけた。

 

「お前は俺の顔色を窺って芝居してる。俺の殺陣のスピード、呼吸、間の取り方……それに『合わせて』、綺麗に受け身を取ってるだけだ。有馬かな、お前はいつからそんな行儀のいい『脇役』になった?」

「……っ!」

 

かなの図星を突かれたような顔に、マヤは深くため息をついた。

 

「いいか。お前の演じる『つるぎ』は、闇に落ちかけた俺(ブレイド)を引っ張り上げる唯一の光だ。俺の背中に隠れる影じゃねえ。……俺の芝居に合わせるな。お前が俺を照らして、強引に引っ張り回すくらいの『我』を出せ!」

 

その言葉は、かなの心の奥底にあった呪いを打ち砕くハンマーだった。

子役時代に干され、「周りを引き立てる」ことでしか生き残れなかった処世術。マヤへの憧れが強すぎるあまり、無意識に「彼の邪魔をしないように」とブレーキをかけていた自分。

 

(……そうだ。私は、マヤさんの隣に立つためにここに来たんだ)

 

かなは床に落ちた木刀を拾い上げ、ゆっくりと立ち上がった。

俯いていた顔を上げた瞬間、彼女の纏う空気が一変する。かつて天才子役として日本中を熱狂させた、あの傲慢なまでの絶対的な『主人公』のオーラ。

 

「……言われなくても、やってやりますよ。私の光で、目が潰れても知りませんからね!」

 

かなが不敵に笑い、地を蹴った。

先ほどまでの合わせにいく動きではない。マヤの呼吸すらも上書きし、舞台の空間すべてを自分の色に染め上げるような、圧倒的な求心力を持った芝居。

マヤは襲い来るかなの剣を木刀で受け止めながら、嬉しそうに凶悪な笑みを浮かべた。

 

「上等だ! もっと光れ、有馬かな!!」

 

```

*

 

```

 

有馬かなが『太陽』としての輝きを取り戻した一方で、黒川あかねは深い『闇』の底で静かに研ぎ澄まされていた。

 

「――そこまでだ、鞘姫」

 

悲業の宿敵としてブレイドと対峙するシーン。

マヤが放つ、文字通り肌が粟立つような凄まじい殺気とプレッシャー。並の役者なら、その場に立っていることすら困難なほどの覇気。

だが、あかねは目を閉じたまま、微動だにしない。

 

(筋肉の収縮率、呼吸の深さ、重心の移動、目線の配り方。……マヤさんの放つエネルギーのベクトル、そのすべてを解析する)

 

彼女の脳内で、恐るべき速度のプロファイリングが行われていた。

マヤの圧倒的な『動』の炎に対抗するには、同じ熱量でぶつかっては弾き飛ばされるだけだ。必要なのは、炎を包み込み、凍らせるほどの絶対的な『静』と『冷気』。

 

カッ、と。

あかねが目を開いた瞬間、彼女の瞳の奥に、吸い込まれるような暗黒の星が宿った。

 

「……ブレイド。あなたの刃は、私には届かない」

 

透き通るような、それでいて死の冷気を孕んだ声。

あかねはスッと足を踏み出し、マヤの放った猛烈な一撃を、まるで幻影のように最小限の動きですり抜けた。

マヤの剣筋を、呼吸を、空間の支配領域を完璧に読み切っているからこそできる、狂気的なまでの見切り。そしてそのまま、氷の刃のように冷たい切っ先を、マヤの首筋へピタリと添えた。

 

「……ほう」

 

マヤの動きが止まる。

首筋に当てられた木刀から、あかねの『鞘姫』としての底知れぬ執念と凄みが、ビリビリと伝わってくる。

 

「……美しき狂気だな。俺の殺気に一歩も引かず、むしろ喰い破ってくるとはな」

「言ったはずです、マヤさん。私はあなたのすべてを取り込み、必ずその喉元に届いてみせると」

 

妖艶に微笑むあかねの顔に、マヤは心底楽しそうに喉の奥で笑った。

彼女もまた、間違いなくマヤという壁に爪を立てる『怪物』に仕上がっていた。

 

```

*

 

```

 

そして。

かなとあかねが壁を越え、周囲の役者たちも次々と己の限界を突破していく中。

星野アクアだけが、濃密な焦燥感の中にいた。

 

「甘い! 太刀筋が理屈っぽすぎるぞ、アクア!!」

 

ガァァァンッ!!

激しい打撃音が響き、アクアは大きく後ろへ吹き飛ばされた。

靴の裏を滑らせてなんとか体勢を立て直すものの、息は絶え絶えで、握る木刀は小刻みに震えている。

 

(くそっ……! 動きの先を読んでも、身体能力の差で強引に押し潰される……!)

 

アクアの強みは、前世からの記憶に裏打ちされたクレバーな思考と、相手の動きを利用する立ち回りだ。

だが、マヤを前にしてその『計算』は全く通用しない。小手先の技術など、圧倒的な質量の前では木の葉のように吹き飛ばされてしまう。

 

「お前の『刀鬼』は、頭で考えすぎだ。綺麗に立ち回ろうとするな。失敗を恐れて計算してるうちは、俺の剣には一生届かねえぞ!」

 

マヤは木刀を肩に担ぎ、アクアを鋭い眼光で射抜いた。

 

「いいかアクア。刀鬼は、泥水啜ってでもブレイドの首を獲ろうとする執念のバケモノだ。お前の中に、すべてを投げ打ってでも俺(ブレイド)を斬りたいっていう『剥き出しの感情』はあるのか?」

「……っ!」

 

感情。

アクアは唇を強く噛んだ。

これまでの彼は、どこかで「自分はゴローだ」という大人としての理性が邪魔をして、子供のように泥臭い感情を曝け出すことを避けてきた。

 

(俺は……どうしてこの舞台に立っている? どうして、親父を斬りたい?)

 

脳裏に浮かぶのは、幼い頃からずっと見上げてきた、広くて、分厚くて、絶対に敵わない強者の背中。

アイを最高の笑顔で守り、自分たち家族に揺るぎない安心を与え続けてくれた男。

誰よりも尊敬し、憧れ、そして――誰よりも『超えたい』と焦がれ続けてきた、絶対的な目標。

 

(……そうだ。前世がどうとか、クレバーな芝居がどうとか、そんなものはどうでもいい!)

 

アクアの胸の奥底で、ドクン、と熱い血が脈打った。

 

(俺はただ、役者として……息子として、このバケモノみたいな父親に『俺を見ろ』と言いたいだけだ!!)

 

「……あああああぁぁぁッッ!!」

 

アクアの口から、獣のような雄叫びが上がった。

理性を捨て、計算を捨てた。ただ純粋な、親父を超えたいという熱情だけが、彼を突き動かした。

目を見開いたアクアの瞳の奥に、かつてないほどに深く、巨大な『深紅の星』が強烈な光を放って顕現する。

 

「来いッ! アクアァァ!!」

 

マヤが歓喜の咆哮を上げ、全霊の力で木刀を振り下ろす。

アクアはそれを避けない。逃げない。真っ向から自分の木刀を振り上げ、激突させた。

 

ドガァァァァァァンッッ!!!!

 

まるで爆発でも起きたかのような凄まじい衝撃音が稽古場に響き渡る。

二人の木刀が交差した瞬間、ミシミシと木が軋む音が鳴り、火花が見えたと錯覚するほどの気迫が周囲を薙ぎ払った。

 

「ぐっ、うおおおおおっ!!」

「はははっ! いいぞ、それでこそ俺の息子だ!!」

 

アクアは腕の筋肉が千切れそうになるのを意志の力でねじ伏せ、マヤの膂力に一歩も引かずに押し返した。

そこにあるのは、トラウマや復讐といった陰鬱な感情ではない。ただひたすらに熱く、純粋な『役者としての闘争本能』の解放だった。

 

「(……すげえ)」

 

遠巻きに見ていた鳴嶋メルトが、圧倒されて息を呑む。

有馬かなと黒川あかねも、信じられないほどの熱量を放つアクアから目を離せずにいた。

 

太陽の輝きを取り戻した、有馬かな。

狂気の冷気を纏った、黒川あかね。

そして、感情の枷を外して覚醒した、星野アクア。

 

三者三様の限界突破。

神鬼マヤという世界最強のレイドボスを前に、若き怪物たちは今、己の殻を完全に打ち破り、未知の領域へと足を踏み入れたのだった。

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