劇団ララライの地下にある、看板女優専用の個室楽屋。
古びた建物の埃っぽさと、姫川愛理が纏う高価なパルファムの甘ったるい香りが混ざり合い、逃げ場のない閉塞感を生み出していた。
鏡台の前に座る愛理の背後に、まだあどけなさを残す少年――カミキヒカルが立っていた。
愛理はゆっくりと振り返り、細く白い指で、カミキの整った頬をそっと撫でた。
「ヒカル君。今日のワークショップでのあなたの演技……本当に素晴らしかったわ」
愛理の瞳は、熱に浮かされたように潤んでいた。大人の女性特有の艶やかな声が、薄暗い部屋に甘く響く。
「あなたには、他の子にはない特別な才能がある。その影のある目……人を惹きつけて離さない魅力。この『ララライ』の未来には、あなたみたいな存在が必要なのよ」
「愛理、さん……」
カミキは最初、警戒するように身を固くしていた。しかし、目の前にいる美しく権力を持った大女優からの「強烈な承認」は、孤独だった少年の自尊心を劇薬のように満たしていった。
(……俺は、特別なんだ)
カミキの胸の奥で、どす黒い優越感が静かに膨張していく。
この大人たちは、俺の才能に平伏している。俺が微笑み、少し影を見せるだけで、こんなにも簡単に心を明け渡してくる。俺は選ばれた人間で、この劇団にふさわしい特別な存在なのだ、と。
カミキは、自分が愛理の手綱を握り、彼女を支配しているのだという万能感に酔いしれていた。
だが。
カミキの頬を撫でる愛理の視線は、ほんのわずかだけ、カミキの輪郭を通り越して「別の何か」を見つめていた。
(……ええ。あなたは特別よ。とても綺麗で、才能があるわ)
愛理はカミキに向かって甘く微笑みながらも、その脳裏には全く別の少年の姿が鮮明に浮かび上がっていた。
画面の中で重力を無視して飛び回り、圧倒的な身体能力で世界を熱狂させている、あの赤い髪の少年。
自分が十歳の頃から目をつけ、何度もオファーを出しながら、未だに手に入らない『流星忍者』――神鬼マヤ。
(本当は、あの子が欲しい……。あの子の圧倒的な才能が、私の劇団に必要なのに)
愛理の心の中にあるのは、手に入らない特異点への強烈な渇望だった。
しかし、本物の星はまだ、遥か海の向こうにいる。
だからこそ彼女は、手近にいて、才能の片鱗を見せる美しいこの少年で、その渇きを癒やそうとしていたのだ。
「ヒカル君。あなたは、私にとって特別な子よ……」
愛理はそう囁きながら、カミキの細い身体を優しく抱き寄せた。
カミキは愛理の肩に顎を乗せ、薄暗い鏡に映る自分自身の姿を見つめながら、冷たく歪んだ笑みを浮かべる。自分がこの女を、この劇団を支配していくのだという、完全な確信と共に。
愛理はカミキの背中に腕を回し、目を閉じる。その瞼の裏で、いつか必ず手に入れてみせると誓う『本物の星』の姿を思い描きながら。
自分が代用品として消費されていることなど微塵も疑わない少年と、幻影を重ねながら手近な熱を貪る大人の女。
歪んだ密室の中で、二人の思惑は交わることなく、残酷なすれ違いのままに深みへと沈んでいった。