狭間の地を訪れた、一人の騎士の物語。
その一部分を切り取った記憶。

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エルデの騎士

落ちた葉が伝えている。

 

偉大なる、エルデンリングは砕けた。

 

霧の彼方、我等の故郷、狭間の地で。

 

エルデンリングに見えよ。

 

そして、エルデの王になるがよい。

 

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

 

 瞬間、鋭い銀閃が眼前に迫る。

 

 

「っ……!」

 

 それは、確実に己に致命傷を与えるであろう斬撃だった。眩い、美しさすら内包した刃。それに一瞬にも満たぬ間、目を奪われる。

 なぜ多くの武人が戦場に魅入られるのか。遥か昔に漠然と考えていた問が、ふと脳裏に浮かぶ。そして、なんとなく、それが微かに理解できそうになった所でハッと意識が現実に戻った。

 

「くっ……」

 

 今にも己を切り裂こうとする鋭い斬撃。それを首を僅かに後方へ下げることで、鼻先と紙一重ギリギリの距離で躱す。鈍い銀色の線が目の前を通り過ぎる瞬間、微かに振動した空気が顔に触れた。

 

 もし、今の攻撃が当たっていたら───

 

 いや、たらればの話しは後だ。このまま動かなければ、せっかくここまで来たというのに、その甲斐もなく“また死ぬ”ことになってしまう。

 無駄死には御免だ。そう己を奮い立たせ、意志の力で無理やり体を動かすと瞬時に一歩後方に跳び下がる。すると、つい先ほどまでいた場所に再び鋭い斬撃が走った。

 

「あっぶな……!」

 

 地面に着地し、冷や汗をかきながら相手の斬撃の振り終わりを確認する。辛うじて一旦はやり過ごせたが、ここが未だ奴の間合いであることに変わりはない。このまま相手に有利がある状態を維持するのは、どう考えても得策ではないだろう。

 一度仕切り直す必要があると考え、相手の挙動を警戒しながら再び素早くバックステップすることで距離を離す。

 

「ふぅ……」

 

 ある程度が離れたと判断し、一息つきながら改めて“相手”をしっかりと視認した。枯れた灰髪を模した兜飾り、銀の鎧と施された戦斧の意匠、どこか赤みを帯びている古びた金装の大盾。その特徴的な意匠の数々を見れば、恐らくこの地にいる者であればほとんどが理解するだろう。

 

 彼が、接ぎ木のゴドリックに仕える騎士である、ということを。

 

 先の攻撃を思い出す。今思い返しても、美しい装飾が施された大剣に恥じぬ、研鑽の成せる技だったように思う。主の所業や、破砕戦争で敗れたことを理由に彼らを侮る者は多い。しかし、それでもやはり彼らは“騎士”なのだ。その称号が、決して生半可な者に与えられる称号でないということを、自分は良く知っている。今一度、心に深く刻み込む。彼らは、決して侮ることのできない難敵である、と。

 

「ぐっ……」

 

 無理に体を動かしたせいだろうか。会敵直後に不覚にも食らってしまった腹部の傷が、ズキズキと痛みを主張してきた。その痛みによって思考が中断され、顔を僅かに歪める。ちらりと傷口に目を向けると、右脇腹の部分に刺し貫かれ歪んだ、穴の開いた胴鎧が見えた。その隙間から覗く血だらけの衣服は鮮血によって滲み、そこから溢れ出た血が鎧から僅かにポタリと垂れる。

 

 何度繰り返そうとも、痛みに慣れることはなかった。

 

 しかしこの痛みがあるからこそ、自分はそれを糧に成長することができたのだ。痛みは、決して無駄ではない。

 だが、それはそれとしてこの傷を放置するのが良くないことであるのは、間違いようのない事実だった。先程の“得体のしれない技”による影響か、腹部の血はなかなか収まらず流出を続けている。このままこの勢いで出血が続いては、いずれ意識を失う可能性もあるだろう。そして目の前の相手が、それを見逃すとも思えない。

 何度も“繰り返した”ことで、自分がどの程度のダメージを受けているのかは、なんとなく理解できるようになってきた。だからこそ、この異質な現象に危機感を覚えた。この傷を負った時のことを思い出す。攻撃を受けはしたものの、胴鎧による防御、そして反射的な身体の動きでの逸らし。これらのおかげで、実際には浅く皮膚を貫いた程度であったはず。しかし、動脈や臓器に届きすらしていないはずのその傷が、何故か異常に血を奪い去っていくのだ。

 足を後ろに下げながら相手の動向を確認し、素早く右手に持っていたロングソードを鞘に仕舞う。そして、あらかじめ手に取りやすいよう腰に装着していた緋色の瓶を手に持った。

 

 『緋雫の聖杯瓶』

 

 かつて恵みの雫を受領したという、黄金の聖杯を模した瓶。その内に注がれた緋色の雫は、あらゆる傷を癒し、持ち主に尋常ならざる回復を与える。これを使えれば、この傷も即座に癒すことができるはず。かなり隙を晒してしまうが、これくらいの距離ならなんとか間に合うはずだ。

 

「───ッ!」

 

 だが、それは完全に悪手だった。普段の“彼ら”の動きに慣れてきていたのもあって、安全に対応できると思っていた距離。しかし目の前のゴドリック騎士は一歩足を踏み出すと、左手に構えていた盾を地面に投げ捨てる。そして右手の刃に水平になるように左手を添え、剣の切っ先を彼自身の左後方に向けると、体を縮めるような姿勢を見せた。初めて見るその見慣れない動作に、しかし己の直感は最大限の警告を発していた。

 

 ────葦の地という国がある。

 

 かつて見習い騎士として、熟練の騎士であった父から教えを受けた際に聞いたことだ。その独特の予備動作を見た瞬間、瞬間的に脳裏で思い浮かべたのはその時の内容。

 その国には“居合”と呼ばれる、素早さに特化した斬撃の構えが存在しているという。そして、その構えから放たれる一閃は、まさに稲妻のように素早く、初見で完全に見切ることは困難である、と。

 

「────」

 

 自分は恐らく致命的な選択ミスをした。しかし、過去は変えられない。それはこの長い旅の中で、嫌というほど痛感してきたことだった。

 だが、未来は。未来だけは、己の行動で、たとえ僅かだったとしても変えることができる。これも、今までの旅で知ることができたことだ。諦めさえしなければ、どんな絶望的な状況でも少しはマシになったりするものだ。まぁ、そうならないことも往々にしてあることなのだが、物は試しというやつだろう。

 切迫した状況でも、脳内では軽口が流れるくらいには己も図太くなったなぁ。頬を僅かに引きつらせながらも、そんなことを考える。

 しかし、それでも覚悟はできた。反射的に、左手に構える盾をしっかりと握る。そして姿勢を中腰に構え重心を下ろし、足を地面にしっかりと固定した。できればロングソードも取り出したい所だが、恐らく間に合わないだろう。取り出して構えるまでに殺される光景を幻視し、僅かに歯噛みする。今、自分に残された武装は、実質的にこの盾だけだった。これで、できるだけのことを、できる限りするしかない。

 

 そして一瞬の静寂。

 

 その直後、騎士の手中で禍々しく赤黒い輝きを帯びた大剣が、悍しく振るわれた。まさしく、一閃。眼で追うことすらできぬ、紅の斬撃。やはり、居合という己の読みは当たっていた。正確には居合とは異なるかもしれないが、それは些末なことだ。

 

 ガキィン、という金属音が鳴り、微かに視界の端で火花が散る。

 

 

 ───今重要なのは、その紅を己が盾で弾いたということだ。

 

 

 実は、この仮称”居合“を見るのは初めてだが、紅の攻撃を見るのは三度目となる。まず最初は、理解する前に初見殺しの斬撃を食らい“終わった”。二度目は間合い外からの突きでこの紅を見て、そして腹部に傷を負った。だからこそ、なんとなくの速さは、薄っすらと理解できていたのだ。そして、きっと己の目に追えぬことも、剣で拮抗できぬだろうということも理解していた。それ故に、回復の時に剣ではなく盾を残した。己は、回復の隙こそ見誤ったが、手元に残す武器の選択だけは間違えなかったようだ。ほぼ運任せの受け流しではあったが、斬撃の予測が当たったことは幸運だった。

 

 

 

 ───しかしここで不運だったのは、相手の攻撃が通常のそれとは異なるということだった。

 

 

 

 盾で弾いた瞬間、確かに大剣の斬撃は防ぐことは出来た。しかし、相手の大剣に纏わりついていた赤黒い光までは盾で防ぎきることが出来なかった。まるで血の様なそれらが、己の身体にびちゃりと付着する。その瞬間、先程から痛みを発していた腹部の傷が、より一層酷く蠢き始める。

 

 次の瞬間。視界の隅で、腹部の傷から血が噴き出してきたのが見えた。

 

 たった一瞬での、大量の血の喪失。当然のように体は脱力し、どさり、と両膝を地面につく。

 

 ───あぁ、“今回も”駄目だったか。

 

 今度ばかりは行けると思ったのだが、やはり現実はままならぬものだ。ここはまぁ、受け流しの成功という経験を一つ詰むことができただけ良しとするとしよう。そういえば、そろそろいい加減焦って回復しようとする癖も何とかしなければなぁ。ぼんやりと、頭でそのようなことを考えながら、項垂れて黒く塗り潰されたような視界で地面を眺める。そして次第に視界がゆっくりと色を取り戻すと同時、ガシャリという金属音と共に、銀色に鈍く輝く鉄の足甲が映った。

 

 そして顔を上げる間もなく、再度暗転する視界。

 

 こうして、最早数えることもなくなってしまった“死”が、また一つ積み重ねられることとなったのだった。

 

 

 

 

 

〇

 

 

 

 

 

 ───騎士。

 

 それは、何よりの名誉の称号。そして、いつか私が絶対になると誓った理想の名である。

 

 自分は、ある国のはずれにある小さな村の出身だった。そこを治める、騎士である領主の父と、優しい母に育てられた私は、何不自由ない毎日を送っていた。まぁ、本当に何一つ不自由がなかったわけではないが、それでも恵まれていた方であったろう。

 

 そんな自分には、一つの目標があった。それは、父を超える立派な騎士になることだ。

 

 これは両親から教わったことだが、自分たちは“褪せ人”と呼ばれる戦士の末裔らしい。どうやらこれはあまり良くない呼び名らしいのだが、父はそう言いながらもこの名を誇らしげにいつも語っていた。そして父は、いつか我々にも再び祝福が訪れるはずなのだ、と口癖のように言っていた。そしてそれに恥じぬように、誇りある人間になりなさい、とも。

 父はその言葉通り、誇り高き人だった。迷える人に手を差し伸べ、悪を許さず、しかし過剰に罰したりもしない。自己研鑽を重ね、己に妥協せず、いくつ年を重ねても剣を毎日振るう訓練を欠かさない。愚直で誠実。絵にかいたような聖人とさえ揶揄される、そんな人だった。

 それは、最後の瞬間までそうだったと思う。だからこそ、自分はそんな父に憧れ、そうなれたらと強く思っていた。だからこその、騎士という理想だった。

 

 ある時、故郷の村に襲撃があった。

 

 よくある盗賊団の襲撃などではない、明らかに統率の取れた動き。どこの国かはわからなかったが、明らかに軍事的な襲撃だった。完全な奇襲に、当然自分達は窮地に追い込まれた。自分と父は、僅かな戦力を率いて村人の避難が完了するまで戦い続けたが、流石に多勢に無勢、当然の様に直ぐに窮地に追い込まれた。

 

 そして死んだ。自分も、そしてあの場に留まった騎士や村人も、その全員が。

 

 自分の死因は、今でもよく覚えている。父の背後から迫る敵に気が付いた自分は、盾を構えその両者の間に割って入った。しかし、そこを横から現れた別の兵士にあっさりと切り伏せられたのだ。そして、ばったりと地面に倒れ伏したところで、父の悲壮な呼び声と、その後に続く苦悶の声を聴いた。己の視界は、血だらけになった地面だけを映していた。しかし、その声を聴いたことで、あの素晴らしかった父までも散ることになってしまったのだと、理解した。脳内は、悔しさで一杯だった。騎士にもなれず、父も守れず、母親の安否すら確認できないまま、こうやって惨めに死ぬのかと。

 けれど、村に残った選択に後悔はなかった。村を襲った敵にも、大きな恨みはない。この村を襲ったことは憎いが、彼らは明らかに女子供やその僅かな護衛達を見逃し、真正面から相対してくれたから。だから自分が悔しかったのは、許せなかったのは、ただ己の未熟さだけだった。

 

 そうやってしばらくすると、意識はゆっくりと暗闇に墜ちていった。

 

 本来なら、そこで終わるはずだったのだ。

 

 

 

 ───暗闇に、光が浮かんでいた。

 

 

 

 それは、まるで蝋燭に灯る道標の灯のようにも、篝火の暖かな火のようにも、こちらを優しく見守る人のようにも見えた。

 それに誘われる様に、自分はそのゆらゆら揺れる灯に向かって歩き始めた。ただただ、一心不乱に、それでいて覚束ない足取りで。

 

 そして、ついにその“黄金”に触れた。

 

 その瞬間、視界が急激に移り変わり、見慣れた顔が眼前にあることに気が付いた。それは、自分の母の顔だった。そして、母は泣きはらした顔で自分を抱きしめると、ただ何も言わず、より強く力を強めた。自分は、何が何だかわからなかったが、母親を抱きしめ返した。次第に状況を理解し、まだ自分が生きているという強い安堵に、涙した。

 その後に父の死を知らされた。分かってはいたことだったが、何故己だけが生き残ってしまったのかと悔み、再度涙を流した。

 

 しばらくして落ち着くと、己の見た黄金の光について母に話した。予感があったのだ、あれはかつて父が語っていた祝福なのではないかという。

 自分の話を聞き終わると、母はどこか誇らしげな、それでいて悲しげな顔で自分に告げた。自分は祝福によって“死なず”の定めにあり、“ある場所”へ向かう為に旅に出なくてはならないのだと。

 やがて、父の後任の男性がやってきた。母親の弟である彼は、かつて父に命を救われたことのある騎士だった。彼に事情を説明すると、彼は父、彼にしてみれば義理の兄の死に涙し、そしてややあってから自分の旅を認めてくれた。本来、死人として報告されていた身であるため、自分が村を抜けることはさほど難しいことではなかった。

 

 そうして迎えた旅立ちの日。父の墓前に立ち、自分は一つの誓いを立てた。

 

 かつては、恥ずかしさ故に胸に秘めていた思いを、今更ながらに父に告げる。

 後ろでそれを聞いていた母は、私に微笑みだけを向けた。決してまだ癒えていないであろう心の傷を、それでも私には見せないように。私が、自分の道への一歩を、この場所で踏みとどまらないように。

 そんな母の気持ちを無駄にしてはならないと思った。だから私も、ただ一言だけを伝え、できる限りの笑みを見せた。あの時の己は、うまく笑えていただろうか。

 

 

 こうして、自分は長い旅に出た。

 何処にあるかも知れぬ“狭間の地”を目指して。

 

 

 あれから膨大な月日が流れた。常人には決して耐えられない歳月を、自分は生き続けた。かつて故郷で別れた母も、あの村の仲間達も、最早誰一人として生きてはいないだろう。あるいは、村そのものが無くなっていたとしてもおかしくはない。

 

 けれど。父の墓前で涙を浮かべながら誓いを立てたあの日を。母一人を故郷に残し、微かな涙と微笑みに見送られたあの日を。

 

 己は決して、忘れない。

 

 

 

 

 

〇

 

 

 

 

 

「はぁぁ……」

 

 今となっては、走馬灯にも慣れたものだ。これまでの記憶が一瞬にして通り過ぎていったわけであるが、結局こうなってしまったか、と深いため息を吐きだす。視界の端に映る偉大なる黄金樹も、心なしか呆れているように見えるのは、己の思い違いであろうか。いや、きっとそうに違いない。でなければ、もう自分には次はないだろう。

 

「これでは父さんに合わせる顔がないなぁ、まったく……」

 

 まぁいくら死んだとてこうやってまた現世に連れ戻されるのだから、父との再会は随分と先の話になるのだろう。だが、これはそういう問題ではない。一人前の騎士になる前に、自分はいったいあとどれ程の死を重ねなければならないのだろうか。

 

 あの村での誓いの日から、実際どれだけの月日が経ったのかは分からない。それでも、狭間の地を目指して世界を放浪した己は、何年もの歳月を経てようやく念願の地にたどり着いたのだ。

 しかし、到着した己を、地に膝をつき天上を仰ぎ見て歓喜にむせび泣いていた己を待ち受けていたのは、決して歓待などではなかった。そこで待ち受けていたのは、見知らぬ女性の亡骸と、奇怪な姿の二本の剣と巨大な盾を持った異形であった。

 それからやむを得ず戦闘になったが、当然、未熟極まる己が太刀打ちなどできよう筈もなかった。既に疲労困憊だった自分は、碌な抵抗もできず即座にみじん切りにされ、狭間の地での素敵な初死を経験することになったわけである。これも今となっては懐かしい記憶である。決していい思い出などでは、断じて、断じてないが。

 

 

 

 

「⋯⋯大丈夫? 今回は、何時にも増して落ち込んでいるように見えるけれど」

 

 

 

 

 横から、こちらを慮る様な声が聞こえた。ふと顔を上げ声の方を向くと、そこには深緑のフードを被った女性の姿があった。最近では見慣れてきたその人物に気が付き、少し苦笑いしながら目を逸らす。 

 

「……ははは。まぁ、いつものことだからね。うん、大丈夫だよ」

 

 嘘である。正直な話、最近は結構頑張れていた。実際、死ぬ間隔も伸びていた。ここまで短い期間に、しかも同じ相手に複数回も敗北したという事実は結構心に響いている。さらに言えば、一度死んだ際のルーンを回収出来ないまま死んでしまったことで、貴重な力を手に入れる前に失ってしまったことも大きな要因となっている。これはもう、ほんとうによくない。

 

「あまり大丈夫には見えないけれど……えっと、その……力になれなくてごめんなさい。こういうとき、どうすれば良いか分からなくて⋯⋯」

 

「エッ……!? い、いやいや! メリナさんにはもう十分すぎる程助けられてるよ! 本当に大丈夫大丈夫、心配御無用! ははは!!」

 

 項垂れ続ける己を見て、何か思うことがあったのだろう。何故か申し訳なさそうにする彼女の姿に、焦りながら返答する。

 

 ───メリナ。

 

 それが彼女の名前だった。狭間の地で行く当てもなく彷徨っていた己の前に、突如現れた女性。そして、自分とある取り引きを行った相手でもある。

 

 本来、褪せ人には指の巫女と呼ばれる存在が共にあるらしい。二本指という存在に仕え、褪せ人を助け、導く存在。けれど、自分にはその巫女がいなかった。彼女は、その代わりができるらしかった。ルーンの力を自分に与える代わりに、彼女を黄金樹の麓まで連れて行く。それが彼女との取り引き、約束であった。

 

 彼女は、強い意志を持った人だ。それこそ長い間一人で目的の為に旅を続けられるくらい。しかし、対人関係を持つことが少しばかり苦手なのか、それとも他に理由があるのか、妙な所で卑屈というか、こちらに対して罪悪感を持っているかのような言動をすることがあるのだ。

 色々と理由は分からないが、当然、現状彼女に悪いところなどあるはずがない。それどころか、自分に使命と力を与えてくれた感謝すべき存在だ。どうして彼女がこのような言動をするのかは不明だが、もちろんそれをただ見逃すわけにもいかない。

 

 

 彼女の悩みを払拭し、無事に目的地まで送り届けることこそが、この騎士見習いである自分、オスカーの役目であるのだから。

 

 

「このオスカー! 見習いとて騎士として、騎士として!! 絶対に貴方を、あの偉大なる黄金樹の元へと連れて行くという約束を反故にはしませんとも! 安心してください! ははは!!」

 

「……え、ええ。そうね⋯⋯それは、うん、心強いわ⋯⋯」

 

 どうにも彼女の微妙な反応が気になるが、きっと己の騎士魂に感動してくれたが故に違いない。そう前向きにとらえると、自分はスッと立ち上がる。

 

「もう行くの? 本当に大丈夫?」

 

「はい、まだ身体が感覚を覚えている内に、あの猛者と戦う必要がありますから」

 

 あまり長く休むと、せっかく掴んだ様々な感覚が抜けてしまう。それが己にとっては懸念点だった。まだまだ未熟な己は、このような死を前提とした学びを活かすことでしか、強敵には挑めない。だが、それでもやらねばならない。それこそが使命への、かのエルデンリングへの道なのだから。

 

「それに、待たせてる人もいるからね」

 

「⋯⋯待たせてる人?」

 

「あぁ、ケネスさんという人と、ある場所で出会ったんだ。彼の為にも、割符を探すためにも急がないと」

 

 ケネス・ハイト。リムグレイブの正統、領主の嫡男を名乗る男。彼とは、霧の森の近くにある遺跡の残骸の上、そこで亜人の群れに襲われているところを偶然助けたことで出会った。

 

『褪せ人よ、お主に頼みがある。ここより南、霧の森の先にある、我が砦を取り戻してほしい』

 

 助けるやいなや、矢継ぎ早に話したかと思えば、急にこんなことを言い出した男を当時は本気でその場に放置して帰ろうかと考えたものだった。挙句の果てには『何をもたもたしているのだ』などと言われ、怒りでその場で即座に切られなかっただけ有難いと思って欲しい。

 まぁ、報酬という言葉に釣られ、そのような約束を交わしてしまった己も悪いのだが。それに、困っているのは本当のようだし、そのような人物を放っておくのも騎士道に反する気がしたのだ。

 

「ケネス・ハイト⋯⋯あのハイト砦の主と偶然出会っていたのね。確かに、助けたらデクタスの割符について教えてくれるかもしれない⋯⋯」

 

「でしょ? だからまぁ、またちょっと頑張ってきます」

 

「分かった。私が言うのもどうかと思うけど、無理はしないで」

 

「ははは、やっぱりメリナさんは優しいですね。⋯⋯それじゃ、行ってきます」

 

「⋯⋯えぇ、本当に気をつけて」

 

 祝福を背に、再び歩き出す。背後では、彼女がきっと不安気にこちらを見ていることだろう。”死なず“の褪せ人に対して、ここまで心配してくれる聖人も、そうはいない。やはり彼女は優しい、信頼に足る人物だと再確認する。

 それでも、いやだからこそ、今度こそ負ける訳にはいかない。いかに未熟とて、騎士として交わした約束は必ず果たす。

 メリナさんもきっと、彼女の目的が本当に果たせるか不安なはずだ。彼女には与えてもらってばかりだ。彼女のために、自分もやれることをやらなければ。

 

 

 ───そう決意し、自分は再びハイト砦に向けて足を進めるのであった。

 

 




見て頂きありがとうございました。

本作は、初見時にハイト砦でゴドリック騎士に惨敗した記憶を元に作った作品です。
あと、作中ではパリィしていますが、ゲームでは血の斬撃はパリィ不可だったと思います。

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