「おかしい。これでは完全な密室ではないか」
複合型アミューズメント刑務所、トリックタワーの所長にしてブラックリストハンターのリッポーが、
密室を作成した方法が、その痕跡が存在しないのだ。
このトリックタワーには自分以外の念能力者はいない。刑事手続の際には複数のプロハンターが子細に検査して念能力者か否かを判定しているし、収監の際にはシングルハンターであるリッポー自らが改めて確認している。したがって、念能力は使用されていない。
また、ここ最近は怨念といった類いのオーラも感知していない。外部の者の干渉も同様。やはり念とは無関係の犯行だろう。
かといって、自殺も考えにくい。根拠は三つある。
一つ、被害者に自殺の動機がないこと。
一つ、執務机に拳銃及び弾丸があること。
不審な痕跡は
一つ、現場のガラクタの位置が変わっていること及びその一部が破損していること。
被害者にはガラクタ収集癖があった。病的に大切にし、その配置にも執着していた。誰かが位置を変えれば必ず元に戻す。ならば、現在の配置が乱れている以上、それは被害者が元に戻せなくなった時点すなわち死亡時以降に他者により為されたと見るべきだ。現場が密室だったことに鑑みると、その人物が犯人である可能性が高い。
しかし、だからこそ不可解だった。
通常の密室殺人でもなく、念犯罪でもなく、まして他殺に見える自殺というわけでもない。
これではまるで亡霊が殺したかのようではないか。
「密室の亡霊……」
再び口を衝いたその呟きに、思わず失笑が洩れた。
念の介在がありえない以上、怨念や幽霊などといったものもありえず、この密室は純然たるトリックによるものと結論される。
であれば、やりようはある。
新たな
◆
空調と秒針、呼吸の音がわたしの鼓膜を震わせていた。
トリックタワーの地下にある独居房だった。収監からずっとこの穴蔵で暮らしている。わたしは特別待遇のようだった。
時計に目をやれば、午後の三時を回ったところ。
と、少し離れた所に人の気配がした。近づいてくる。数は二。若手看守のロッソとベテランのガントだろう。足音の癖でわかる。
果たして、分厚い
「出ろ、ジョン。所長がお呼びだ」
ガントのむさくるしい髭面が現れた。
後ろには、いかにも
「所長がわたしに何の用だ?」
「いいから来い」しかしガントはにべもない。
「ゲームっすよ、ゲーム」しかしロッソがネタをばらす。ヘラヘラとした顔つきはそのままに、いささか浮き足立っているようにも見えた。「退屈してるっしょ? いい暇潰しになるっすよ」
「ゲーム?」困惑の声で答えつつ立ち上がった。「いったいどんな風の吹き回しだ?」
ガントは不愉快げにわたしの顔を一瞥し、「所長はお前の推理力を必要としている」
「賞品もあるっすよ!」すかさず、ロッソが茶化すように付け加えた。
「へぇ」わたしは口角が緩むのを自覚した。「たしかに、いい暇潰しになりそうだ」
通路に出ると、わずかな清涼感を感じた。温度が低いのだろう。息を吸うと鼻腔が冷える。
硬い靴音を鳴らし、トリックタワーの上層階──ゲーム会場へと向かう。
そこは殺風景な部屋だった。
打ちっぱなしの壁に窓はない。
広さは四十平米ほど。ハイスクールの教室をひと回り小さくしたら、だいたいこれくらいだろう。
四隅の一角にはスクリーンが垂れている。映像を見せられるのかもしれない。
中央には簡素な長机があり、九人の囚人が着いていた。その短辺には、紫色の髪を逆立たせた小男、リッポーが座っている。人を玩具にする者特有の冷徹な眼球がわたしを見ていた。
「空いている席に座ってくれ」
リッポーが言った。にやけ面ながら感情の底を窺わせない事務的な口調だった。
否やはない。
見るからに安手なパイプ椅子に腰を落ち着ける。軋み音がした。
と、隣の席の若い女──やたらと空間を占有する奔放なラビット・ツインテールの──が声を掛けてきた。
「あなた、まさか “殺人作家” の──」
その先は、しかしリッポーが遮った。
「さて、早速本題に入ろう。君たちには密室殺人の謎を解いてもらいたい」
「我々のリターンは?」
尋ねたのは、スキンヘッドに大きな傷のある大柄な男だった。無駄のない挙動の端々から職業軍人めいた武骨な空気が漂っている。
リッポーは一同を、どこか揶揄するような視線で見回すと、
「犯人を一意に特定できた者の刑期を十分の一に減ずる」
ざわ、と座が波打った。「マジかよ」「またシャバの空気が吸えるってのか?!」などと異口同音に色めく。
ふと視線を感じた。右側に顔を向けると、奔放ツインテールの女が、じっとわたしを見ていた。観察している。そう見える。
「何だ?」
「喜ばないのね」
「いいや、そうでもない」
彼女からリッポーに視線を移す。
スキンヘッドが質問を投げた。
「つまり、推理を競うゲームをしろ、ということか」
「そうだ」
「勝敗の判定は?」
「論理的推論に
もったいをつけたようなまどろっこしい言い方だ。
ただ、この発言は重要だろう。裏を返せば、
「要するに、自分以外の囚人をロジックで騙しとおせばいいってことか」
長い前髪で片目を隠した陰気な男が言った。落ち着いた口調ながら自分の知性を誇示するような高慢な響きがあった。
「否定はしない」リッポーは、やはり婉曲的な物言い。役人のようだ。
「なるほど」とスキンヘッド。「推理ゲームであると同時に推理否定ゲームでもある、と──なかなかおもしろい趣向だ」
「推理は思いついたらすぐ披露していいんだろ?」
今度は、ハズレの闇医者に美容整形手術をされたような、あるいはB級ホラー映画の怪物役のような醜い容貌の男が口を挟んだ。
「ああ、その認識で構わない」
「ふっ、なら楽勝だな。オレ様の頭脳なら──」
「ただし」と少し声を強めてリッポーは、「推理の間違いを指摘され、反駁できなかった場合は二回休みだ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるで垂れ流された適当な推理を聞いてやるほどわたしは聖人ではないのでね」
B級ホラー映画は、ちっ、と舌を打った。不愉快そうだ。「わーってるっての」
のべつ幕なしに乱れ打つつもりだったのかもしれない。
「推理に失敗したが、ほかに推理する者がいない場合は?」再びスキンヘッド。
「その場合は連続で推理を披露してよい。ただし、次の推理も失敗した場合は例外なく四回休みだ」
「了解──」しかしかなり重いな、とぼやくように呟いた。
「ほかにはないか」
リッポーは面々を見やるが、質問はない。
「よろしい」と小さくうなずき、「これから現場の写真を交えながら発見時の流れを確認してもらう──が、その前に名前を交換してくれ。会話が円滑にできないと効率が悪い」
自己紹介と言うにはあまりにも散文的なそれが終わると、照明が落とされた。プロジェクターからの光がスクリーンに映像を映し出す。
ゲームスタート。