密室の亡霊   作:虫野律

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「──以上が謎の全容だ」

 

 リッポーが問題編の朗読を終えると、おそらくはロッソにより電灯が点けられた。眩しいが、一秒、二秒と明順応(めいじゅんのう)してゆく。

 

「何か質問はあるか」リッポーがわたしたち囚人を等分に見渡して尋ねた。

 

 軍人風のスキンヘッド──ベンドットが身じろぎした。手錠がじゃらりと鳴り、彼は口を開いた。

 

「前提条件の確認だ。我々囚人は監視されているか、牢獄に監禁されている。アリバイ成立で除外、つまり容疑者は職員のみという前提で答えるが、異論はあるか」

 

「ない。それで進めてくれ」

 

「ボクからもいいかな」

 

 片目の陰気男──セドカンも質問を挟む。

 リッポーが目顔で促すと、

 

「ボクらの持つ職員の情報は限られている。あらかじめ渡してくれるのかな?」

 

「いいや、ハウダニットから導かれる条件をもってフーダニットとする。個人情報は必要ない」

 

 どんな人物ならば犯行が可能かを、犯人が特定できるまで詰めろ、ということらしい。

 

「ふうん、ま、了解」含みのある物言いだった。不満なのだろう。

 

「ホワイダニットは?」奔放ツインテール──レルートが聞く。「動機による限定は認めないの?」

 

「それ単体では認めない。内心などどうとでも言える。論理に組み込むべきではない。ただし、推論の蓋然性(がいぜんせい)を高める補助事実としてならば採用してもよい」

 

「あ、そ」レルートは、あるいは平然と答えた。

 

「たくっ、お前らはいちいちこまけェんだよ」B級ホラー映画──マジタニが妙に芝居がかった顔つきで言う。「心配しても、どうせ勝つのはオレだ。ギャラリーはギャラリーらしく黙ってな」

 

 ふんっ。誰かが鼻を鳴らした。八人の囚人を見回すと、そのほとんどがマジタニを(あざけ)るような歪な目をしていた。

 レルートの唇がわたしの耳元に寄せられた。

 

「虚勢だってみんなとっくに知ってるのによくやるわよね」

 

 生温かい囁き。()れた果実のような、若い女に特有の甘ったるいにおいも鼻につく。

 わたしはマジタニのことを知らない。軽く肩を持ち上げ、返答を誤魔化した。

 

「つれないのね」

 

 レルートは残念そうでもなくそう言うと、わたしの陰部をちらと見てから身を引いた。

 

「もう質問はないか」

 

 リッポーが冷淡な口調で尋ねる。一同が(まば)らにうなずくと、「それでは推理を披露してくれ」

 

 一瞬、囚人たちの探るような視線が交錯し、空気が張り詰めた。

 沈黙を破ったのはベンドットだった。

 

「俺からいかせてもらおう」

 

「聞かせてもらおう」リッポーの声には揶揄の響きがあった。

 

 ベンドットは気分を害したふうもなく続ける。

 

「俺の提唱する仮説は “特殊技能” と “糸と針の密室” の合わせ技だ。いわば── “特殊技能と糸の密室” 」

 

 ふむ。悪くない着眼点だ。

 

「犯人はクライミングで外壁を登り、又は屋上から降りて現場の窓の所まで来たのだ。そして、室内から見えない位置から手を伸ばして窓を叩いた。

 すると、不審に思ったギョーセが窓を開けて外を確認する。その瞬間に、犯人は持ち運んでいた鈍器で殴打し、殺害。ギョーセを部屋の中央に運ぶ。

 続いて解錠状態のクレセント錠のレバーに糸を括りつけ、垂れ下がったほうを窓の下の赤子の彫刻の脇に通す。さらに、換気口から外へと垂らす。

 その後、窓から出て外壁に取りつき、窓を閉める。仕上げに換気口から垂れた糸を引けば、クレセント錠が下に引かれて施錠され、その時点で糸が外れる。そのまま糸を引いて回収したら来た時と同じように外壁を伝って戻る」

 

 ベンドットは一度息継ぎをし、

 

「これで密室の完成だ。つまり、職員であり、アリバイがなく、かつロッククライミングの高い技能を有する者が犯人ということだ」

 

 どうだ、とばかりにプレイヤー一同へ視線を巡らせる。

 暗鬼に好まれそうな面構えの痩せぎすの囚人、ギシンが待ち構えていたかのように重箱の隅をつつく。

 

「部屋のガラクタが乱れていたのは? あんたのシナリオでは言及されていなかったが?」

 

「あえて説明する必要はないと判断しただけだ。ガラクタの乱れは、死体を運ぶ際にぶつかったんだ。あるいは、窓や換気口から注意を逸らすために意図的にそうしたか、だ」

 

 普通の理解力があれば確認は不要だと思うが? と言わんばかりの口ぶりである。

 ギシンが鼻白んで口を閉ざすと、今度はチャイルドグルーミングの得意そうな太り(じし)の囚人、ニックがおもむろに口を開いた。

 

「外に魔獣はいないのか?」

 

 ベンドットではなくリッポーにそのふくよかな顔を向けていた。「人面怪鳥がいないというのは確定しているみたいだが、ほかはどうなんだ?」

 

 ベンドットの眉がぴくりと動き、喉仏が上下した。確証バイアスに陥り、その可能性を見落としていたのかもしれない。

 皆の耳目がリッポーに集まる。しかし気圧(けお)された様子はなく、

 

「少なくとも人を喰ったり攻撃を加えたりする生物は確認されていない。したがって、外壁ルートが危険生物を根拠に反証されることはない」

 

 淡々と告げた。

 ベンドットの肩がわずかに緩んだ──が、第二の矢が放たれた。

 

「ミスったね、ベンドット」セドカンだ。長い前髪の隙間から覗く三白眼が嗤っている。「君の仮説は成立しない」

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