セドカンの言葉に、囚人たちがめいめいに反応した。その内訳は、驚き二、嘲笑二、無反応一、観察三といったところか。平均的なミステリー読者より多少はやるようだった。
「どこに穴がある?」
ベンドットが静かに、しかし威圧的に尋ねた。セドカンを半ば
ふふ、と嗤ってセドカンは、「君はあまり読書をしないみたいだね。見た目どおりだ」
ベンドットは一度
おーこわ。セドカンはわざとらしくおどけてみせると、
「本格ミステリに多少の造詣があればわかることさ。反証は換気口だ。所長の話だと、換気口には “埃がまつわりつき、特に水平部分には
ベンドットの唇が、「あっ」という形を成した。
「気づいたみたいだね。君の言うトリックを使ったら埃の雪原に跡が残るはずなんだ。なのに、現実はそうなっていない──そうだろう? 所長」
リッポーは
「だったらこれはガバだ。君の推理は間違ってる」
押し黙ったベンドットにリッポーが問う。
「再反論はあるか」
「……ない」
「よろしい、ではベンドットは二回休みだ」
ベンドットはセドカンを一瞥し、「……不整合の指摘はいいのだろう?」
「ああ、それは問題ない」
随分と性格の悪いゲームね、わかってはいたけれど。レルートが呟いたのが聞こえた。「ねぇ?」と同意を求めてくる。
「推理作家ほどじゃない」
あはっ、と女は笑った。「あなた、そういうユーモアも口にするのね」うふふ。
その含み笑いを尻目に、ベンドットがセドカンに皮肉る。
「本格ミステリに
「もちろん」セドカンはどこ吹く風で意気揚々と言った。「ボクの仮説は “機械トリック” だ。名付けるなら……そうだな、“愛欲の爆弾” って感じかな」
「愛欲の爆弾だァ……?」マジタニが、元々醜く歪んでいる顔を更に歪めた。「爆殺したってのか?」
セドカンは薄い頬をにやりとさせた。「そうとも言えるし、そうでないとも言える」
「はァ?」マジタニは
座に失笑が洩れた。レルートも笑っている。「説得力があるわね」
しかし、弛緩した空気の中にあってベンドットだけは、仮説の内容に察しがついたのだろうか、険しい表情のままだった──ということは、彼に知識的アドバンテージがあるトリックの可能性が高い。
セドカンは人を小馬鹿にするようなしたり顔で続けた。
「爆殺といっても人体を直接破壊したわけじゃあない。それは死体の状態からも明らかだ。そこでボクはこう考えた。
“爆弾は副所長を転倒させるために使った”
具体的には、まず “センサー式起爆機構” と “タイマー式起爆機構”、一方向への “指向性圧力波機構” 、通常の “無指向性爆発機構” 、これらの “二段階起爆機構” を備えた小型爆弾を作成し、一見してそれとわからないようにパッケージングしておく」
「いやいやいや」マジタニが推理の腰を折る。「『作成する』じゃねーよ! 何、勢いで押し切ろうとしてんだ。そうはいかねーよ。んな都合のいいもんがそうそうあるか──」
よ、という声に重ねるように、
「いや、原理としては不可能ではない」
ベンドットが言った。「特殊部隊が使うドアブリーチング用の指向性爆弾の技術の応用で実現可能だ。それで使用されている特殊な緩衝材を入手でき、かつ繊細な威力調整ができる人物ならば、という現実的な問題はあるがな」
「実例がある」セドカンは言う。「ボク自身が同じものを作ったことがあるんだ」
連続爆弾魔の言葉に、マジタニは完全に押し黙った。
「説明を続けるよ。
犯人はギョーセの留守中に、現場にあった “高級ラブドールじみた裸体人形” を直立させ、その頭部に爆弾をセットしておく。
すると当然、それを見つけたギョーセは不審に思う。近づいて確認しようとしたはずだ。
おそらく彼が覗き込んだ段階で “センサー式起爆機構” により “指向性圧力波機構” が作動する。ギョーセに向かってのみ爆風が発生するんだ。
予期していなかったギョーセは勢い良くひっくり返り、床に頭部を打ちつけた。で、死亡したってわけ。周囲のガラクタが乱れていたのは、その転倒の際に体がぶつかったからだ。
その一方で、人形のほうも衝撃で転倒する。頭部の爆弾も床に落ちかけたその瞬間、“無指向性爆発機構” が “タイマー式起爆機構” により作動し、空宙で第二の爆発が起こる。爆弾はバラバラになり、ガラクタの中に紛れる。宙で爆発させたのは、床のガラクタを放射状に吹き飛ばさないためだ。
仕上げに、死体発見後、初動の現場検証が終わり、人目がなくなった隙を見計らって爆弾の残骸を回収する。これで完璧」
セドカンは、「以上、論証終了」と締めくくり、「質問はあるかい?」と神にも仏にも見えない顔ぶれに問いかけた。
「一つ、よろしいかな?」
今まで沈黙を貫いていた、
「もちろん」セドカンが朗らかに応じると、
「貴殿が爆発物に詳しいというのはよくわかったが、副所長室への侵入はどのように為したとお考えか? 鍵穴に “不審な痕跡” がない以上、ピッキングではない。ならば、そこを説明しないのは論点先取めいてはおらぬかな?」
「ああ、それは運だよ」セドカンは事もなげに言った。
「運?」
呆気に取られたのはアキスだけではなかった。マジタニなどは「推理を放棄してんじゃねーか」などとなじっているが、これには大半の囚人がうなずいている。
しかし、真意を汲み取ろうとする者もいた。
「……副所長を狙う動機はなかったと言いたいの?」
レルートだ。
果たして、
「そう」セドカンは首肯した。「いい感じの爆弾ができたから誰かで試そうと思ってたら、いい感じに鍵の掛かってない部屋があった。だから仕掛けた。そしたら帰ってきたギョーセが自分で鍵を掛け、いい感じに密室殺人が出来上がってしまった」
んな無茶苦茶な……。
誰かがそう呟くのが聞こえた。が、正論はセドカンにある。
「
『それ単体では認めない。内心などどうとでも言える。論理に組み込むべきではない。ただし、推論の蓋然性を高める補助事実としてならば採用してもよい』
こう言ってたよね。これは裏を返せば、“どんな動機だろうと論理を反証しない” ということだ」
リッポーは愉快そうに目を細めるばかりで
「ま、どうしてもそれっぽいラベルが欲しいっていうんなら、“プロバビリティーの密室” とでも呼べばいいさ」
長テーブルに沈黙が降りた。
「──で、ほかに何かある?」
「……いや、あなたの仮説はありえないわ」おもむろに口を切ったのは、高踏的な澄まし顔が板についている四十路の女囚、メディスだ。「あなたこそ、リッポーの朗読劇をよく思い出しなさい。彼は “額の打痕以外に不審な痕はない” と結論づけたのよ?」
この時点ですべてのプレイヤーが察したようだった。
「あなたの仮説どおり至近距離で圧力波を受けたら普通は熱傷になるわ。もし仮に火傷させない絶妙な威力に調整できたとしても、正面での予期せぬ爆発により転倒する場合、通常、前には倒れない。けれど、死体の
見つめ合うごく短い間があって、
「……はぁ」セドカンは降参というように手のひらを見せた。「やっぱりこの程度のシナリオじゃ騙せないか。ボクの負けだ。二回休ませてもらうよ」
「ふんっ」メディスは鼻先で笑い、「猿の浅知恵ね」とあしらう。
セドカンは肩を竦めた。
ふっと沈黙が重なった。囚人たちが顔を見合わせる。皆、推理しかねているのだろう。
レルートと目があった。
あなたはいかないの? と聞いているようにも、あなたはその程度なの? と挑発しているようにも取れるのは、彼女の纏う奔放なオーラのせいだろうか。
どちらからともなく視線を切った。
「誰もいかないなら、わたしがいくわ」
レルートの言葉の奥に、躊躇いのニュアンスをわたしは嗅ぎ取った。確信がないのかもしれない。
「わたしの提唱する仮説は── “公理反転の心理的密室” よ」