三日が経った。
プレイヤーたちは捜査に精を出しているが、有意な手掛かりは見つけられずにいた。変化といえば、レルートがわたしのパーソナルスペースに不法侵入してくる頻度が増えたことくらいだった。
昼下がりのこと、初日と同じようにリッポーに呼び出された。Cグループの面々と例のゲームルーム──小会議室に向かう、その途中だった。
「!?」
レルートが立ち止まり、わたしの囚人服を掴んだ。全員の足が止まる。裾に広がる歪な
「何だ」わたしは尋ねた。
「い、いえ、何でもないわ」
レルートは手を放した。自分でも当惑しているようだった。
小会議室のほうから異様な気配が洩れてきていた。この女はそれを感じ取ってしまったのだろう。
「怖いならセドカンにでもひっついていろ」
そう言ってわたしは歩みを再開した。
果たして、
「──♡」
道化師と奇術師を足して二で割らなかったような、抜き身の男根が服を着ずに歩いているような、一見して危険だとわかる風体の男が、パイプ椅子に座っていた。
プレイヤーたちは皆、体を強張らせているようだった。
到着はわたしたちが最後だった。空いている席──必然的に奇術師の近く──に腰を下ろした。レルートたちも続く。
「──それで、その
「プロハンターのヒソカだ」リッポーは淡々と答えた。「特別捜査員として協力してもらう。少しばかり癖はあるが、観察眼と頭脳は確かだ」
少しばかり……?
レルートが小首をかしげた。ほかのプレイヤーたちの反応も似たり寄ったりだ。総じて歓迎していないようだった。
「推理ゲームには参加するのか?」
わたしが問うと、ヒソカは薄ら笑いを深くした。
リッポーは答える。
「正式には参加しない。あくまでもゲストだ。ただし、推理を語る権利だけは与えている。先を越されたらその時点でゲームオーバーということだ」
「了解」
と、その時、わたしの全身を舐めるように見ていたヒソカの唇が動いた。
──君、おもしろいね♡
声はなくとも理解できた。あまりにも露骨に、獲物を見込んだ捕食者の顔をしている。
とはいえ、現状で講じられる対抗策はない。ならば、考えるだけ時間の無駄だ。
視線を切り、ゲームマスターの言葉を待つ。
と、
「明後日の十五時をもって捜査を打ち切り、その後の推理を最終ラウンドとする」
プレイヤーたちに別種の緊張が走った。刑期十分の一は何としても得たい。皆、そう思っているようだった。
そうして時は流れ、
小会議室。午後三時十三分。
「──さて、早速始めようか」
リッポーが気取らぬ調子で告げた。長テーブルの短辺に着いている。
長辺には十人のプレイヤー──わたし、レルート、セドカン、ベンドット、マジタニ、ギシン、ニック、アキス、メディス、キョーソンが、リッポーの隣にはヒソカが座っている。ガント、ロッソ、シホの看守たちは壁際に等間隔で控え、監視の目を光らせている。
「新たな仮説を考案した者はいるか?」
リッポーは座を見渡して言った。
沈黙、そして沈黙──
「ヒソカは何かないか」
「ないね。ボクにはわからないよ。専門じゃあないからね♧」そこで奇術師はわたしに視線を寄越した。抉りがいのありそうな眼球をしている。「キミなら推理できるんじゃない?」
「皆に推理がないなら語らせてもらおう」
一同に否やはなかった。わたしは口火を切った。
「仮定一、リッポーの問題文に誤りがなかった場合。
結論、解は存在しえない。今までの検証からこの命題は真と結論される──異論は?」
かぶりを振る首が数本。うなずく首はなし。
「仮定二、リッポーの問題文に誤りがあった場合。
しかし調査の結果、そのようなものは発見されなかった。すなわち、この仮定集合は空。ゆえに、仮定棄却。結論、この系は解なし──異論は?」
「『異論は?』じゃねーよ! 異論しかねーよ!」マジタニが口角泡を飛ばした。「だったら密室殺人自体がなかったことになっちまうじゃねーか! おかしいだろーが! 現実にギョーセがくたばってんだからよ!」
「そう、おかしいんだ、この事件は」
肯定は予想外だったのだろう、マジタニは気勢を削がれたようだった。「……何が言いてーんだ?」
「問題文外に疑うべき公理があるのではないか、とわたしは考えた。そしてその公理は、黙示のものだ。なぜなら、事件に関して明示されたものはすべて問題文に組み込まれているからだ」
真剣な面持ちで耳を傾けていたレルートが、口を開いた。
「つまり、常識を疑えってことかしら?」
「そうだ。あまりにも当たり前で意識に上がってこない命題の中に致命的な誤りがある可能性が高い──否、蓋然性があると述べても差し支えない」
その疑うべき常識というのは?
という視線に答える。
「 “非科学的アプローチの否定” を白紙に戻す。すなわち、魔法や超能力といったオカルトを実在するものとして推理する」
呆然、唖然、愕然──そういった感情が交ざり合い、場を満たした。
ただし、狩人二人は除く。愉悦や好奇心、性的昂揚、殺意が見て取れた。
ふむ。
奇術師のほうは海綿体の硬化と殺意の昂りが比例関係にあるようだ。思いのほかオーソドックスな身体構造を
と、ベンドットが異議を唱えた。
「流石にそれは飛躍しているだろう。現実問題、オカルトの実在を訴える仮説が証明されたことはない。それが何よりの反証だ」
マジタニ、キョーソン、ギシンがうなずく。
だが、読み違えている。
「たしかに、オカルト実在説の証明すなわちオカルト不在説の完全否定は通常は不可能だ。
だが今回は、“閉鎖空間での密室殺人” という極めて限定的な前提条件が与えられたクローズド・ゲーム。消去法による立証は十分に可能。そして、その作業はお前たちがすべて終えてくれた」
ベンドットが眦を裂いた。「貴様……」
マジタニが不貞腐れたように、その醜い顔をいやがうえにも醜く歪めた。「オレらはまんまとデバッグをやらされてたってことかよ! どっちが食わせ者だ! 糞がっ! 舐めやがって!」
「小説家らしい発想です」キョーソンが言う。アルカイック・スマイルを張り付けたまま。「自分の能力への信用とメタ認知への不信が矛盾なく成立している」
「仮にオカルト仮説が正しかったとして」と議論を押し進めたのはセドカンだった。「それがハウダニットだったらトリックの内容を絞れないよ?」
「そうね」とメディス。「オカルトなんて持ち出されたら何でもありになってしまうわ。それだと、“ハウダニットから導かれる条件をもってフーダニットとする” ことなんか絶対にできないわ」
この有機物たちも読み違えている。
「オカルトの具体的な内容を特定する必要はない。“今回のような死体及び現場を作成できる特殊能力” とだけ定義すればそれで足りる。必要なのは、誰ならばそのオカルト能力を行使可能かという観点だけだ」
「──いいわ」レルートが空気を切り替えるように声を高くして言った。「あなたの屁理屈に乗せられてあげる。でも、くだらない叙述トリックだったらただじゃおかないからね?」
わたしは “条件を満たす者” を一瞥し、
「結論から言おう。犯人はリッポーだ」
指摘された当人は、三日月にも似た笑みを深めた。反論はない。
「論拠一、プロハンターの異常性。
ロッソが、“順序がちぐはぐなのはどういうことだろう? という常識的な疑問は、プロハンターには通用しない” と認識していることからもわかるように、彼らの行動原理はわたしたち一般人のそれと
そしてそれは、実際のパフォーマンスにも当て嵌まる。身体能力や成果が明らかに常軌を逸している。オカルトの関与が強く疑われる事案だ。
論拠二、ハンター試験の異常性。
試験のあの過酷さは明らかに一般人を想定していない。
仮に一般人を想定しているとすると、全員を落とすための試験と解釈せざるを得なくなる。受験料や観光ビジネスで多少は儲かるとしても採算が取れない。ゆえに、不整合。ゆえに、仮説棄却。
したがって、その否定、すなわちオカルト能力者又はその素養のある人物を想定しているという命題が真。論拠一とも整合」
「まぁ言わんとしてることはわかるがよ」ギシンが疑い深そうに口を挟む。「だったら何で、ハンター協会はそのオカルト能力とやらを公表しない? そっちのほうが効率的に才能ルーレットの試行回数を稼げるだろ?」
「 “動機は論理を反証しない” 。ゆえに、反証却下」
「論拠三、オカルト能力犯罪のシミュレーション。
一般の警察組織がプロハンター級の犯罪者に対処するのは困難を極めるだろう。現実的ではない。したがって、オカルト能力犯罪は、建前はどうあれ、事実上ハンター協会の管轄と見るべきだ。
そして、その制度上の原則は当然、収監施設にも適用される。厳密な検査により選別され、別々の刑務所に収容されるんだ」
何人かの表情がわずかに動いた。思い当たる節があるのだろう。
「以上を踏まえて、ここトリックタワーの属性を帰納的に考える。
“オカルト能力者とおぼしき者など見かけたことがないこと” ──これは当然、一般人用施設であることと整合する。
“職員にリッポー以外のプロハンターがいないこと” ──仮にオカルト能力者を収容しているとしたら、シングルハンターとはいえ、一人では少なすぎる。よって、同上。
結論、トリックタワーは一般人用の刑務所である」
「一つよろしいかな?」アキスが質問を寄越す。「殺人作家殿は、“トリックタワーでオカルト能力を行使可能なのは所長殿のみである。よって、彼が犯人である” とおっしゃりたいのでございましょう?」
わたしが首肯すると、
「でしたら誤謬と申し上げざるを得ませんな。何となれば、その前提のみをもって、そのような結論は必ずしも導出されないからでございます」
「たしかにそうだな」ギシンが追従する。「オカルト能力なんてもんがあるなら、トリックタワーの外から遠隔で殺すこともできるかもしれねぇじゃねぇか」
「その可能性はない」
なぜ? という視線が集まる。
「単純な背理法だ。
“オカルト能力者による犯行かつリッポー以外が犯人”
この仮定に立つと矛盾が生じるんだ。
非犯人のリッポーからすれば、仮に外部のオカルト能力者の関与を窺わせる証拠があったならば、あるいはその関与の可能性を除外できなかったならば、一般人など使わないで初めからプロハンターだけで事に当たっていたはずだ。裏を返せば、外部犯の可能性がなかったからこそリッポーはこの推理ゲームを開催したということだ。よって、仮定棄却。リッポーの一意性は崩れない」
詭弁だ。この論証ではせいぜい蓋然性を示すにとどまる。しかし、プレイヤーは権威バイアスと情報の非対称性により、リッポーは過信と確証バイアスそしてオカルト能力の秘匿方針により、ヒソカはルール──推理披露権
皆、口を閉ざし、難しい顔をしている──ヒソカだけは含みのある笑みを向けてきているが。
ややあって、ニックが口を開いた。
「いいんじゃないか。少なくとも俺には反証できない」
ちっ。ギシンが小さく舌を鳴らした。
「自分で殺しておきながら推理ゲームを俺らにやらせるってのは意味不明だが、これも動機だから駄目なんだろ?」
問いを向けられたリッポーは、顎を引いた。
「さて、ゲームマスター」わたしは最後の賭けに挑む。「判定は?」
プレイヤーたちが固唾を呑む中、
「──くっくっくっ」
リッポーは喉を鳴らして笑った。
「よくもまぁ悪知恵が回るものだね。流石は “殺人作家” 、 “史上最凶の知能犯” と評されるだけのことはある」
「世辞はいい。判定を述べろ」
褒めてないわよ。レルートが呟いた。
「ああ、判定?」リッポーはわざとらしく言うと、「推理不成立だね」事もなげに告げた。
「……なぜだ?」
「なぜって──」