密室の亡霊   作:虫野律

9 / 9
⑨

「……おかしい」

 

 リッポーがそれに思い及んだのは、推理ゲームの閉幕から五時間ほどが経過してからだった。所長室に一人だ。時計の針は八時半を回っている。

 

「そうだ、これでは矛盾しているじゃないか」

 

 ──なぜやつは期待値が高いと判断できた?

 

 リッポーは書類仕事を放って所長室を飛び出した。あるいは、極上の獲物を前にした餓狼(がろう)のようであったかもしれない──否、そのものであろう。そう認める。

 

 

 

 

 

 

 地下、独居房区画。

 硬質な靴音を響かせて足早に進み、その通路の最奥、鉄扉の前に立った。

 

「そろそろ来るころだと思っていた」

 

 鉄扉に穿(うが)たれた小さな穴、その向こう側でジョンが嗤っている──そんな不愉快な映像が脳裏をかすめた。

 

「どうしてわたしに、ほかの囚人たちの推理力があの程度だと、そして協力者が不利な証言をしないと推測できたのか──それを聞きに来たんだろう?」

 

 やはりお見通しだったらしい。

 

「ジョン、君の計画のボトルネックは、ほかのプレイヤーに先にわたしを犯人だと指摘され、それが正解と判定される可能性、そしてわたしや協力者に君の偽装を見破られる可能性を排除し切れていないことだ」

 

 前者であればまだマシだ。利益がないというだけで不利益もない。しかし、後者は不利益しかない。刑期の増加は誤差としても、念能力の露呈は相当に痛いはずだ。期待値の計算上、無視してよい変数ではない。

 だが、

 

「推理小説の名探偵のように穎悟(えいご)なはずの君が、不確定要素を軽視し、希望的観測に従って実行に移した──わたしにはそう見える。なぜだ? なぜそんな非合理なことをした?」

 

 法廷でも多くを語らなかったジョンの精神構造は、いまだブラックボックスのままだった。ゆえに、おもしろくもあった。

 

 ──ふっ。

 

 鼻先で嗤われたような気がした。

 

「それを教えてわたしに何の得がある?」

 

「……外に出してやってもいい」

 

 あらかじめ用意していた台詞だった。

 

「へぇ」

 

「君の頭脳と念技術は腐らせておくにはあまりにも惜しい。わたしの助手として仕事をする限りにおいて、という条件はつくが、悪い話ではないはずだ」

 

「そうだな……」

 

 間を取るようにそう言うと、殺人作家はとうとうそれを口にした。

 

「人を殺すのに理由がいるのか?」

 

「……は?」

 

 ジョンはくっくっと低く笑った。

 

「だから動機などないと言っているんだ。殺そうと思ったから殺した。それだけだ」

 

「……すべての犯罪がそうだったのか?」

 

 裁判記録では取材のためとされていたが……

 

「そうだ。小説にしたのは、ついでだよ。強いて言えば、有効活用しようとした。今回も同じだ。“密室殺人” という結果が先にあって、減刑はその副次効果にすぎない」

 

 頭が痛い。

 が、やはりおもしろいな、とも思う。超高純度の合理性と非合理性が、二律背反(にりつはいはん)に陥ることなく正しく成立しているのだから。

 と、はたと気づいた。

 

「わたしが取引を持ちかけることまで読んでいたのか?」

 

「一意に特定できていたわけではないさ」

 

 ジョンはおどけるように、あるいはからかうようにそう言った。

 監獄の森閑(しんかん)に余韻が溶けてゆく──。

 

 

 

 

 

 

(了)




以上で完結です。ほぼほぼノリで書いたものですが、楽しんでもらえていたなら幸いです。ありがとうございました!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

緋の眼の色を再現できるようになった研究成果(作者:左手薬指)(原作:HUNTER×HUNTER)

緋の眼を再現ん!!!〜クラピカを添えて〜


総合評価:26/評価:-.--/短編:1話/更新日時:2026年07月22日(水) 10:53 小説情報

俺の〈神スキル〉がインモラルすぎてつらい(作者:虫野律)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

〈神スキル〉▼・オレと会話できる。▼〈神スキル〉なる、史上類を見ないスキルが発現してからというもの、神がステータス画面を使ってインモラルなメッセージを送ってくるようになってしまった。▼その神はアンフェアを蛇蝎視しているようで、俺が有利になるような情報は教えてくれないし、すごい力をくれたりもしない。俺が困っているところを見て、『ギャハハ!』と嗤うだけである。▼…


総合評価:164/評価:7.71/連載:31話/更新日時:2026年09月29日(火) 21:00 小説情報

聖女様の『悪魔の経典 』~元おっさんが遺したクソ料理撲滅レシピ、数百年後に大バズりする~(作者:宙うし)(オリジナル:ファンタジー/コメディ)

気がつけば、元おっさんは金髪碧眼の可憐な美少女――「光の聖女」セシリアに転生していた。▼内面は枯れたおじさんのままだが、プロとして隙のない「聖女スマイル」を振りまき、今日も各地で魔物退治や浄化の仕事を鮮やかに完遂していく。▼……しかし、仕事の後に待っているのは、感謝感激した住民たちが用意する「最高級の伝統郷土料理」。▼緑色のゲロにしか見えない温かい雑草スープ…


総合評価:6074/評価:8.71/連載:15話/更新日時:2026年10月24日(土) 23:14 小説情報

初代B小町にアイ超えスペック持ちTS転生者が入ってから始まる話(作者:るつまと)(原作:推しの子)

もしもアイを超える原石が芸能界に存在したら…。


総合評価:1226/評価:7.16/連載:8話/更新日時:2026年08月11日(火) 13:49 小説情報

とある付与師の帰還録(作者:さくさくの森)(原作:HUNTER×HUNTER)

剣と魔法のファンタジー世界の住人(超上澄み)がハンター世界でなんやかんや頑張りながら、元の世界への帰還を目指す話。▼※67話で本編完結済み。72話でおまけも完結済みです。


総合評価:7000/評価:8.29/完結:72話/更新日時:2026年10月14日(水) 20:23 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>