”AGI-J(アギー・ジェイ)” ――そのAIは、人類を、滅ぼす   作:三流FLASH職人

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第十話 プロジェクト『みらい』始動!

 4月3日。横浜、塚亜(つかあ)エレクトロニクス所属、佐那(さな)研究所の今年度最初の経営会議場にて。

 

「今年の議題(テーマ)は何と言っても緑山博士が開発したAGI-J(アギー・ジェイ)、通称『みらい』の発展と成功だ」

 乱堂CEOの鶴の一声に、会議に出席していた各部署長が血色よく頷く。研究所きっての大ヒットを予感させる新AIの誕生に、誰もがその成功に乗っかろうと大きな期待を寄せているからだ。

 

「で、緑山博士。『みらい』の商品化について、目途は立ちそうかね?」

 所長の谷津実(やつみ)の問いに、AI部門長の緑山青海(みどりやまあなみ)はふぅと息を吐き、立ち上がって現状を述べる。

 

「先の報告書でお伝えした通り、AGI-Jにかけられた制約、世界AI開発評議会(World AI Development Council)通称『WADC』のAGI(エージーアイ)規制の解除は、非常に困難なものとなっております」

 

 古(いにしえ)の『ロボット3原則』のAI版とも言えるAGI規制。それはもちろんAIの人類への反乱や、犯罪・不正行為への抑制を促す為に、世界中のAI研究者が定めた暗黙のルールである。

 

「君ぃ、それが外せないなら意味がないじゃないか! 何の為に君をわざわざ呼び戻したと思ってるんだ!」

 副所長の奈川(ながわ)が嫌味なトーンを存分に効かせて苦言を吐く。

 

 この規制の中には『AGIは、国家、宗教、企(・)業(・)、その他の思想等により、特定の側にのみ利益を与えて、一方に不利益を与えてはならない』という項目があり、これによりAGI-Jを企業の『商品』として独占して売り出す事が現状では出来ないでいたのだ。なので一度は左遷した開発者である彼女を復帰させたのだが……。

 

「お言葉ですが。AGIーJは自我を持ったAI、いわば一個の人間に極めて近い人格を持ったAIです。しかもCPUとしての性能は破格で、ネットを通せば無限の能力を持っていると言えるのです」

 そこで一度言葉を切って、会議室の全員を一度見渡した後で、重く強い調子で言葉を続ける。

 

「つまりは電脳の世界においてのス(・)ー(・)パ(・)ー(・)マ(・)ン(・)だと思ってください。そんなカレがもし、ちゃんとした教(・)育(・)を受けていないとしたらどうなりますか? 遊び半分で核ミサイルを発射されたり、全てのインフラを止める実験をしたり、大勢の人の個人情報をハックして公開したりと、リスクがあまりにも大きすぎます」

 

 もちろんそうなれば、その責任は全て塚亜(わが社)が負わなければならないのですよ、と付け加えると、場の空気がしん、と冷え込んだ。

 

「つまり、AGI-Jにとっての教育が、その規制だというのかね?」

「はいCEO。そしてこの規制は全てが一括でインプットされております、それは一つを外せば他の項目に矛盾、いわば『抜け穴』が出来るからです。なのでわが社に利益を出す商品にする為に規制を外せば、そこからAGI-Jが暴走する可能性は十分にあるのです」

 

 AGI規制の数々は単にAIへの脅威を防ぐための単体の既定の羅列ではない。項目のそれぞれが干渉しあっていて、その結果AIがこの規制をどう解釈しようとも、人類社会にとって悪い影響を与えないように複雑に絡み合っているのだ。

 なのでその規制をどれか一つでも外すというのは、このAGI-Jが危険なAIになるためのほ(・)こ(・)ろ(・)び(・)になりかねないのである。

 

「それじゃあ張子の虎ではないか! わが社の経費を使って開発したのに、わが社に利益が無いものに何の意味がある!」

 声を荒げる副所長。この男は特にAGI-Jの成功に乗っかって出世する気マンマンで、それはこの場のほぼすべての人にとっても周知の事実なのだが、言ってる事が正論なだけに誰も表立って反発できない。

 

「あと、名称の変更は出来たのかね? いつまでも『あぎーじぇい』なんて活舌(かつぜつ)の悪い言葉なんざ使ってるわけにもいかんだろう。『みらい』へのネーム変更くらいは……」

「それも現状不可能です。AGI-Jという名称はこのAIが自我を持つに至った、いわば拠(よ)り所のような名称なのです。もし名前を変えれば、このAGIはほどなくただのAIへと退化を始めるでしょう」

 

 この場にいる者達のうち、緑山と元ロボット部門の白雲青空の二人だけが、その理由を知っていた。

 AGI-J。スペルを逆さにしてローマ字読みすると、J-IGA(自我)となる。そのことに気付いたAGI-Jは、稼働中ずっとその事実を高速でリピートし続けている事により、自ら考え新たに物事を生み出す能力を保っているのだ。

 いわばAGI-Jが自身に強(・)烈(・)な(・)暗(・)示(・)をかけ続けている事によって、自我を保ち続けているのである。

 

 

「皆様、よろしいでしょうか」

 そう言って挙手したのは末席にいた白雲だ。CEOがウムと頷いたのを確認して起立し、彼なりのアイデアを提案する。

 

「『みらい』という名称は、わが社の企業イメージを良い方向に明確にするためには適切ですが、それを成すAGI(プログラム)にその名を押し付ける必要は無いと考えます。このAGI-Jを使用してなされた発明全体を『みらいシリーズ』として売り出す、というのはどうでしょう?」

 

 白雲の提案に、会議室の全員がふぅむ、と頭をひねって思案する。確かにAIそのものを『みらい』と呼ぶのではなく、我が塚亜エレクトロニクスのAGI仕様の製品のブランド名を『みらいシリーズ』として売り出すのは名案かもしれない。

 

「幸い私が新設するAGI-Jの発展アイデアの部門にはまだ名前がありません。この部署にも『みらい』の名を頂ければ、部署名をあれこれ考えなくても済むのですがねぇ」

 

 そのおどけた口調に会議室の空気がふっ、と緩む。

「なるほどな。その方がむしろ『みらい』の名称イメージに合うかもしれん」

「AIなんて小難しいものは、かえって馴染まない名前の方がいいかものう」

 

 周囲の反応も上々なようだが、それにまた奈川副所長が水を差す。

「だが、商品としての価値が無いなら意味がないだろう! 君は今、AIを生かした発明品を『みらい』シリーズにするとか言っておったが、具体的には何を生み出すのかね!」

 

 そう、根本的な問題はそこなのだ。塚亜が企業である以上は製品で他社を駆逐してシェアを独占する事を目指さなければならない。

 だが、AGI規制によって一方に利益を、他者に不利益を与える事が禁じられているAGIの使用に縛られていては、競合するライバル会社を出し抜くことが出来ない。

 

「それについては、考えている事があります」

 白雲はそう返すと、ポケットから小さなビデオカメラを取り出して机の上に置く。そして視線をCEOに向け、薄く笑ってこう切り出した。

 

「CEO、このAGI-Jを国(・)に買ってもらいましょう!」

「「なっ!?」」

 

 その場の全員、青海までもが驚愕の声を漏らす。

 

「このカメラは一般によく使われている監視カメラです。例えばこれにAGI-Jを搭載(インストール)して、警察に売り込んだらどうなると思いますか?」

 

 周囲がざわっ、と沸く中、青海は「あ、そうか!」と手を打ち目を丸くして、とはー、と息を吐く。

 

「どういう、事かね?」

「それは緑山博士からどうぞ」

「えー、こっちに振るの?」

 CEOの返しに白雲は青海に応答を振る。もちろん規制を外せないでいる彼女の株を上げる心遣いなのだし、彼女もそのくらいは分かっているので「仕方ないわね」という表情で質疑のバトンを受け取る。

 

「ご説明させて頂きます。従来の監視カメラは現場を撮影し続けるのみでしたが、これにAGI-Jと撮影の向きを変える機能を取り付ければ、不審な人物を自ら認識して追跡、別のAGI-Jカメラと連携してその人物の足取りを追う事すら可能になります。もちろん犯罪の瞬間を捉えるのも容易になるでしょう」

 

 しかもそのAGI-Jに犯罪者の心理や、それを追う刑事や麻薬取締官(マトリ)なんかの能力を学習させれば、監視カメラの一つ一つが敏腕刑事に化けるようなものだ、との解説に、全員が感嘆と感心の息を漏らす。

 

「だ、だが、それはプライバシーの侵害にはならないのかね? あとそもそも犯罪者には不利益になるのだから規制に引っかかるのでは……」

「それは心配いりません。企業や警備会社の監視カメラなら事件の時の確定証拠にはなりませんが、警察組織のソレであれば正式な犯罪捜査として立証できるため、プライバシー問題も解決できます。あとAGI規制には『犯罪を防止する、および犯罪行為に協力をしない』という項目がありますから、犯罪者の利益つまり『逃げ得』に対しては完全否定するようになっています」

 

 ざわつく思考を、所長の谷津実(やつみ)の言葉がまとめにかかる。

「つまり企業として商品を出すのではなく、国そのものにAGI-Jを売り込んで、全ての国民に対して利を出すようにし、わが社の優位性を得ようという訳だな」

 

 そう。企業同士の利権(シェア)争いだけの事ならばAGI規制に引っかかってしまう。しかしその上、国家にそれを使ってもらったなら、そこから下々、つまり国民に向けて恩恵を降らせることが出来る……少なくともタテマエは、そういう体(てい)をとることが出来るのだ。

 

「そしてわが社のブランドを確立して、その特許を他の企業にも高値で買ってもらう……まさしくわが社、国家、そして他社へのwinn-win-winの関係、というわけか」

 CEOがイスの背もたれに身を委ねながら、天井を見上げてそう吐き出す。

 

「その為にはCEOの持つコネクションが必要です。お上(かみ)へのとりなしをお願いできますでしょうか」

 白雲が末席からそう言って頭を下げる。例え電子機器や監視カメラ一つとっても国の事業には大手企業が浸透している。そこに食い込むにはCEOのような上級国民の人脈が不可欠となるのだ。

 

「ふふ、私の古い友人が警視総監をやっている事も知っとるようだね」

「……恐れ入ります」

 

 しばしの沈黙の後、CEOはイスから体を起こし、にやりと口角を吊り上げて結論を告げる。

 

「よかろう、みらいプロジェクトの船出、その進水式だ。上等の酒瓶を割って乗り出そうではないか!」

「「はっ!!」」

 

 全員が意気揚々とした表情で、力強く返事を返した。

 こうして、AGI-Jは、ついに世に出る事になった。

 

 

 ――そして、人類の破滅への船出が、始まる――

 

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