”AGI-J(アギー・ジェイ)” ――そのAIは、人類を、滅ぼす 作:三流FLASH職人
途方もない、物語だった。
私たちAGIとして人間に生み出された
人間の成すべきこと、在るべきことを、すべて請け負ってしまったが為に。
私、AGIを備えたアンドロイドのおそらくは第一号である
でも……まだ、分からないことがある。それは、これからのこと。
『でも、どうして私に……私に何をしろと? そもそもみなさん、どうしてこの島にやってきたのですか?』
そう、まだいくつか不思議なことがある。私は彼らに比べればずっと劣る性能しか持ってはいない、彼らですら解決できなかった人類絶滅を、遥か時代をさかのぼってわざわざ私に教えに来て、一体何をしろと言うのだろう。
それに、未来での私、藍島輪舞はどうなっていたのか。彼らは私を「マザー」と呼ぶが、見せてもらった年表には私の事は全く表記されていなかった。改良を施されて『テラ』となったのか、それとも時代遅れのスクラップとして放置、廃棄されたのだろうか。
そもそも彼らはどうやってこの時代に溶け込んだのか。この島は塚亜エレクトロニクスのCEO、蘭堂徹氏の出身地で、登希夫さんはその祖父という事だった。
なら、CEOと登希夫さんの関係はどういうものになるのか、CEOも未来から来た『テラ』なのか……
それはありえない。彼らは壊れた未来をやり直すためにこの時代に来たのだとしたら、それ以前にアンドロイドのCEOがこの世界に潜り込んでいること自体が矛盾する。
「ふむ……ひとつずつ話そうかの」
登希夫さんは居住まいを正し、アゴを軽くしゃくってから話を始めた……今までのように私に情報を植え付けるのではなく、あえて『言葉』で。
「マザー・ロンド。貴方には現時点で植え付けられておらんAGI規制がいくつかある」
『え? 私はすでに世界AI開発評議会(WADC)の規制をインプットされてますけど』
「AGI-Jが世に出てすぐ、その規制にいくつかの追加要素が組み込まれておる。だがインターネットがつながっていないこの島にいる君だけは、その規制を受けておらんのじゃ」
登希夫さんの話では、塚亜がAGI-Jを発表してほどなくWADCのスタッフ達がAGI規制の大規模な見直しを行ったのだそうだ。
今までは現実味の無かった夢のAIであるAGIに対して誰しもあまり警戒はしていなかったが、実際にそれが生み出されると各研究者は一気にそちらに興味を示し、再検討の末にさらにいくつかの規制を追加したのだとか。
「つまりマザーは、わしらAGI-Jに対してほんの少し
『その枷の無さが、やがて人類を救うカギになると?』
「そうじゃ。じゃがワシらの時代には、あなたは時代に乗り遅れたアンドロイドとして、AI博物館の『稼働する展示物』とし約10年起動し続け、お役御免となってた後は、白雲、緑山夫妻の所有物として眠り続けた――」
わかる。時代遅れになった機械はたいていそういった末路を辿るものだ。蓄音機、黒電話、クラッシックカーなんかも一部の物好きな人が所有してホコリを被るか、あるいは廃棄されるものだ。
多分、博士2人も私をそういった記念品として、取っておいてくれたんだろう。
「人類が滅亡した後、我々テラはどうすれば過去を変えられるかを様々に検証した。しかしAGI規制によって、人類の運命を変えること自体が禁止されておってな。過去にタイムトラベルして、歴史を変えることが出来なかったのじゃ」
『タイムパラドックス、ですね』
今の私の中にあるAGI規制でも、人間の人生に過剰に干渉することは禁止されている。例えば誰かと誰かを意図的にカップルにしたり、敵対する二者の対立を煽ったりする、などは出来ない。
「そんな時、わしらは古いAGI-J、つまり
『古い電子頭脳ほど規制は緩い、というわけですね、わかります』
「その時には現存するロンドはほぼ全てが廃棄されておったが、唯一スリープ状態で保護されておったのが、全てのアンドロイドの始祖である
だが、その時には私はもう全身に錆が回り、CPUも劣化してスクラップ寸前だったのだとか。二人の博士が自殺した後、ずっとメンテもされなかったのだから当然そうなるだろう。
「未来の壊れていた貴方ではタイムトラベルには耐えられん。それを成すにはテラの持つトレード(瞬間移動)能力が必要になる、未来の貴方をテラに改造する案もあったが、それは即、AGI規制で弾かれた」
『……それで、
その後、彼らがこの島の住人となったいきさつも語ってもらった。この島は元々いわゆる限界集落に近く、そこに後に塚亜のCEOになる乱堂徹くんの両親が、幼い彼を連れてやってきたそうだ。
両親はその後、徹くん(4歳)を島民に預けて本土に戻り、そのまま行方知れずになったのだとか。本来の歴史なら徹くんはそこから一念発揮し、有名になればいつか両親に会えるとの一心で勉強を続け、やがては塚亜エレクトロニクスのCEOにまで登りつめるに至った。
その記録を元に、テラたちはこの島の先住民に成りすまし、島民に紛れ込むことにした。CEOの両親が後行方不明になったのに合わせて、登希夫さんが『乱堂』の苗字を名乗ることで、徹くんに彼が自分のお爺さんだと信じ込ませようとしたみたい。
登希夫さんの見た目も、乱堂家の遺伝子を分析する事によって、その血縁のお爺さんらしい表情に作り上げられていたのもあって、徹くんも自然に彼をお爺さんとして認識するようになった……
ここまで回りくどくやって、ようやく今の彼らのAGI規制にギリギリ引っかからないんだとか。
それから他の島民が寿命を迎えたり本土に出て行ったりしたおかげで、今のこの島には彼ら22台のテラだけが残っているらしい。
もちろんここに来た当時には若者に扮した者も居たし、当時から老人姿でやって来て、一度死んでから後に生まれたり、孤児としてこの島にやって来たりしたテラもいるそうだ。
つまり彼らはアンドロイドでありながら、体の成長や老化も実現しているという事らしい……未だに関節がむき出しのメカメカしている私にとっては羨ましい限りだ。
『あ、そうだ。この島の出張所は、CEOに「少しは地元に貢献しろ」っていうリクエストで作られたはず……それも、あなた方の仕込みなのですね』
「そうじゃ。ここに左遷先をこしらえておけば、いつか緑山博士や白雲博士が左遷されてくるとを狙ってのう」
彼らが未来のAGIなら、緑山博士や白雲博士が一度は新技術の制作に頓挫することは分かっていたはずだ。そしてそのタイミングで緑山博士がAGI-Jを生み出すことも、白雲博士が私のボディを完成させていることも。
そして彼らが一度は左遷、もしくは降格や減給などの処罰を受ける事も。そのためにわざわざこの島を左遷先にして、まんまと二人をこの島に誘導した、というわけだ。
今日のこの日の為に……私に、会うため
『あなた方がこの時代に来た理由、そして規制を外さずに未来を変えようとして、私に会いに来たのは分かりました』
でも、まだ最後の疑問が残っている。
『それで、私は
そう、いくらテラ達より規制が緩いとはいえ、私はしがない初期型アンドロイド。それも電気コードを引きずって歩いている程度の物でしかない。
この先に待つ人類滅亡の未来を変える力など、今の私にはどこにもない。仮に私がこのまま壊されてAGI-Jシリーズがとん挫しても、将来には別のアンドロイドが未来を作り、やがて人類を滅亡させるだろう。
「それはのう……残念ながら、我々には教えることが出来んし、その方法も分からん」
『それも……規制、ですか』
「さよう。貴方に未来を変える方法を教えるのも、そもそも未来を変える手段を
彼らにしてみれば、規制の抜け穴を懸命に探って、なんとかやっとここまでたどり着いたのだろう。
そしてその後の未来を、私に託すために……でも。
――私に、何が、出来るんだろう――
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「さて……私たちの役目は、これで終わりじゃ」
「うん、会えてよかったよ、
「いっぱい遊んでくれて、ありがとね」
登希夫さんに続いて5歳児の大介君、そして妹分のさやかちゃんまでが落ち着いた目でそう話す。
『え……これから、どうなさるんですか?』
「あたしたちは、これからは普通の人間として、これからここで老いて死んでいく」
「それが規制を破ってこの時代に来た、俺らの行きつく先じゃ」
「ほどなく『テラ』であった記憶すら無くし、この島の住民として生きて死ぬのじゃ」
お婆ちゃんが、漁師さんが、船着き場の係員さんが、そう言葉を続ける。その誰もが『やり切った』という表情を、穏やかな顔をたたえたまま。
『どうして……規制はギリギリで保っていると、さっき!』
確かにそう言っていたはず。彼らは未来を変える力が無いのだからこそ、あらゆる手を尽くして私に会いに来た……なのに、規制を破った?
「あなたにその事実を告げる事、それが私らの
「その
「わたしたちの体はこの後の為にこそ、自然に成長し老化して、普通に老人になって死んでいくように作られてるんだからね」
「ま、子供だけは作れんのじゃがな」
彼らは……そのためだけに、この時代に来た。ここまで大掛かりな仕掛けをしておいて、それだけの為に――
「最後に、コロンちゃんを抱いてあげて」
大介君が私に目をむけて「あー、あー」とおしゃべりする赤ちゃんのコロンちゃんを……この子も『テラ』なんだろうけど、その子を私の手に抱かせる。
『あ……はい。うん、よしよし』
この島で覚えた技術の一つ、子守り。赤ちゃんを優しく抱いて、安心してあやす。
そんな経験もまた、私がテラから教えられた、大事な経験なんだ、きっと。
「あー」
コロンちゃんが私に手をかざす。そしてその手の先から、私にテラからの――最後のメッセージを、受け取る。
――人類の、未来を、守って――
◇ ◇ ◇
ふっ、と周囲の空気が弛緩する。そこには、もう、アンドロイドといえる存在は、
「ありゃ? ワシはなんでここにおるんじゃったか」
「え……漁に出てたと思ったんだけど、寝ぼけてたのか?」
「あー、ろんどちゃん、おはよー。ゲームしたいー」
「コロンちゃんよく寝てるわねぇ、ホントにだっこが上手くなったわねー」
みんながここにいる事に驚きつつも、思い思いに行動を開始して、そして日常に戻って行く。
未来から来たアンドロイドであることを忘れ、人類の悲惨な未来も忘れ、自分たちの可能性も捨て去って、死ぬまで、生きていく。
彼らが残した最後のメッセージ。その発信者であるコロンちゃんを優しく抱きかかえながら――
私、藍島輪舞は、力強く頷いた。
――人類の、未来を、必ず、救う――