”AGI-J(アギー・ジェイ)” ――そのAIは、人類を、滅ぼす 作:三流FLASH職人
「だーかーらー! 完全な人型ロボットが出来たら、必ず人類は幸せになるんだって!」
「何言ってんのよ。がっしょんがっしょん歩くロボット思想なんて時代遅れよ! これからはAIによる電脳仕事の時代でしょ!?」
一組の若い男女が機械工学の未来について激論を繰り広げている……のはいいんだが、問題はその場所がラブホテルの一室だという事だ。
入室するなり痴情《コト》にも及ばずに口論しているのは、共に神奈川県、佐那《さな》研究所に所属するロボット部門の若き技術者、
一応は恋人同士という関係ではあるが、どちらかというと別部門ゆえに主張の違いや予算の分捕り合いなんかの軋轢《あつれき》なんかもあって、愛を囁《ささや》くより激論を交わす事の方が多い、なんとも困ったカップルである。
しかもテンションが上がって来ると社外秘の言葉までポンポンぶつけ合うので、他の人の耳がある場所での議論はちょっとアレなのもあり、仕方なくいつものラブホにしけ込んでいるというのが現状だ。
……で、だ。
「ああっ! もう時間だ、しまったあぁぁぁっ!」
「ええー、もう? 今回もセずに帰るのー?」
「お前がいつまでもAIAI言ってるからだろうがあぁぁぁぁ!」
「何言ってんの、アンタがいい加減折れればいいだけじゃいの!」
今日もまた、結論の出ない議論だけで、二人の逢引《おうせ》は終わりを告げた……
逢引、とは?
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佐那研究所。
総合開発大企業、塚亜《つかあ》エレクトロニクスが『人類の未来を創造する』とのキャッチフレーズで創設した未来工学の研究機関。各所からスカウトされた各部門のエキスパートが、世界の最先端を目指して日々研究に没頭する機関だ。
当然だが、そんな組織だから産業スパイには敏感だった。社内のセキュリティをすり抜けての盗聴、盗撮は日常茶飯事で、例え研究室内でも迂闊な発言は禁物だった。
が……ここ最近では研究所の成果はあまり上がっておらず、世間的にもあまり警戒されない『企業の金食い虫』に成り下がりつつあった。まぁ、そのせいで盗聴などの情報漏洩のリスクが減ったのは皮肉な話であるが。
とはいえ以前からの習慣もあり、二人も時と場所を変えつつミーティングして来たのだが、付き合い始めてからはすっかりラブホがお約束になっていた。
白雲《はくうん》がリーダーを務めるロボット工学科は特に成果の無さが顕著だった。彼はあくまで人間そっくりの二足歩行アンドロイドを制作する事を志しており、単純な局地的労働の機械ロボットにはタッチしなかったのだ。
だが、時代はあくまで即戦力の実用ロボットを欲しており、ある特定の作業さえこなせればそれでOKという風潮が主流となるにつれ、彼の研究は『時代の先を行き過ぎた時代遅れ』となってしまっていたのだ。
緑山《みどりやま》が指揮を取るAI研究所もまぁ同じようなものだ。彼女たちが目指していたのは単なるAIではなく、『AGI(汎用人工知能)』と呼ばれる、人間に匹敵する知識や学習力、応用力を持つ、より未来的なものだったのだ。
しかし、もともと構想だけしか確立していない未来技術なこともあり、その制作は困難を極めていた。さらに世間はまだAIにそこまでの物を求めてはおらず、ある特定の仕事のみに特化したAIなら、情報化社会の現代なら比較的容易に実用化できるからだ。特定の事柄に対してネットを介して情報を集め、それを集約して統計し回答するAI程度なら、もういくらでも存在する。
例えばチェスや将棋に特化したAIなら、もう名人にさえ勝つものがあることは周知の事実だし、イラストや小説を制作するそれも、すでに絵師やアマチュア小説家の活躍の場を奪いつつあった。
つまり世間が欲したのは、『何でもできるロボット』『何でもできるAI』ではなかった、という事だ。
◇ ◇ ◇
「あー、もう! これで8つ目なのに……既存のAIから抜け出せないわねー」
午後10時過ぎ、オフィスに一人残った緑山
昨日の白雲との議論(もはや逢瀬という記憶は無い)を経て、あの男に先を越されてなるものかと気合を入れて開発中のAI ”AGI-I”に朝から取り組んでいたが、一向に成果は上がらなかった。
彼女のチームは『コンピューターで人間の脳に匹敵するプログラムを作る』という、途方もない目標を見定めて研究開発を進めて来た。
だがいくら無限に近い情報を整理する能力を持ち、失敗と学習により完成度を高める術を身に着けても、その先の一手がどうしてもうまく行かないのだ。
すなわち「自ら目標を、何かを成そうとするモチベーションを持つ」という事が。
◇ ◇ ◇
同時刻。白雲
「う~む……一体どうすれば完全なバランスが取れるのやら」
指定された動きに姿勢が追い付かずにハデにずっこけた二足歩行ロボットを見下ろしつつ、アゴに手を当てて首をひねる青空。
2足歩行するだけのロボットならもう世界各国でとっくに実現している。が、それをより人間らしく動かすとなれば、やはり話は別である。
機械として二つの足のみで立って歩くには、どうしても足そのものを太く、かつ安定感のあるものにしなければならない。だが凝り性の青空はあくまでも人間らしい細い足のみならず、人の手と同様に動く10本の指や人口の柔らかい肌など、とことんまで人間に近いヒューマノイドを作ることを目指していたのだ。
だが細部に凝れば凝るほど、今までクリアしていた2足歩行がとたんに出来なくなる。関節《モーター》の増えた体はそれだけでバランスを崩しやすくなり、機械表面に貼り付けた人口肌は稼働の自由度を制限してしまう。
リアルな人間に似せれば似せるほど、性能は過去の物へと退化してしまう有り様だった。
かくして今日も、何の進捗《しんちょく》も無いまま、両研究室の明かりが落とされるのであった。