”AGI-J(アギー・ジェイ)” ――そのAIは、人類を、滅ぼす   作:三流FLASH職人

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第二十二話 人と、AGI-Jの繋がり

 佐那研究所、午前8:00。

 所長室に勢いよくドアを開けてと飛び込んで来たのは副所長の奈川だ。息を切らして、明らかに取り乱した様子で所長の谷津美に詰め寄る。

 

「しょ……所長……大変ですっ!!」

「どうしたのかね奈川君、顔が真っ青だぞ」

 

「アンドロイドが……ロンドシリーズの、すでに完成されていた200台が……」

「ああ、凍結中のアレか。どうした、誤動作でも出たか?」

 

 切羽詰まった奈川に対して、どこか余裕の所長。だがその余裕も次の一言で完全に崩壊することになる。

 

「200体ものアンドロイドが……脱(・)走(・)しましたあぁっ!!!」

 

「――ぶうぅぅっ!? な、なんじゃとぉっ!?」

 

 かくして所長の朝のリラックスタイムは、この凶報により口に含んでいたコーヒーを猛然と噴き出す事で、終わりを告げた。

 

 

  ◇        ◇        ◇

 

 

 昨夜遅く。白雲博士の手引きで塚亜の工場ラインに侵入したアンドロイド・輪舞(ロンド)は、自分たちと同じAGI-Jを頭脳に持つアンドロイド、ロンドシリーズが集められている工場の片隅に立っていた。

 

「ここは外部から通信が遮断されているから、外に漏れる心配はないよ」

『ありがとうございます白雲博士、お手数をおかけしました』

 

 基本、この工場は外部との通信は遮断されている。本来なら社の生産ラインなどは秘匿中の秘匿機密なので、本社や警備会社との連携は必須のハズなのだが、いかんせん動(・)か(・)し(・)て(・)い(・)る(・)のも作(・)ら(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)のも自立志向型のAGI-Jなだけに、下手な産業スパイやそれを操る機器の進入などの介入はまず不可能なのだ。

 すでに国に売り込んだ監視カメラの成果から見ても、AGI-Jの監視能力は折り紙付きなのである。その監視網にかかれば、小型ドローンや盗撮カメラ、盗聴器なんかが入り込むスキマなど、アリの穴ほども空いてはいない。

 

 加えてこの工場で生産されたアンドロイドに見た目にふさわしい性格を寄与するためにも、完成まで外部からの情報は遮断する必要がある。

 ただでさえ好奇心旺盛なAGI-Jが、作られている間にネットを介して勝手な個性を確立しないためにそうなっているのだ。

 

 まぁ、そんな鉄壁のセキュリティも、プロジェクトリーダーである白雲青空と、ロンドの母体ともいえる藍島輪舞(あいしまろんど)にかかればザルでしかないのだが。

 

 

 このアンドロイド、ロンドシリーズが世に出るためには、先日発生した問題点『不気味の谷』をどうにかしなければならない。

 見た目や言動が極めて人間に似ているアンドロイドは、親近感よりもむしろ気持ち悪さや嫌悪感を人間に与えてしまう。現に先日のプレゼンで、顧客候補だった招待客はほぼ全員がこの『不気味の谷』現象を発生させ、体調不良を引き起こしてしまったのだ。

 

 で、最初のアンドロイドである輪舞(ロンド)に『私に考えがあります』と提案され、彼女の希望でこっそりと忍び込んでいるわけである。

 

 

「で、どうするのかね?」

『とりあえずみ(・)ん(・)な(・)を起こしてください、話がしたいですから』

「りょーかい」

 

 白雲が応え、ずらり並んで体育座りをしているロンドの手近な一機にスマホを向け、起動のパスワードをトントンと入力してやると、その黒髪少女のアンドロイドがくいっ、と顔を上げ、『おはようございます、博士』の言葉と同時に立ち上がった。

 

「全員、起こしてください」

『わかり、ました』

 

 輪舞に比べてまだちょっと、たどたどしさを残す言葉で返した黒髪少女のアンドロイドは、座っている全員に向き直ると、無言のまま頭脳内で何かの指令を出すように、ヴッ、ヴッと駆動音を小さく響かせた。

 

 そして、それに応えて全てのアンドロイドが顔を上げ、同じ動作で立ち上がる。

 それを見た輪舞《ロンド》が少し呆れた表情をして、思わずこぼした。

 

『そりゃ、これでは不気味がられますよ、博士』

「一人一人だと不気味な印象は薄いけど、やっぱこうやって君と比べると歴然だなぁ。集団になると猶更か」

 

 

『あの、あなたは……もしかして、プロトタイプの』

『はい、アンドロイドの第一号、藍島輪舞です』

 黒髪少女のアンドロイドがそう問いかけて輪舞がそれに答えると、後ろに居る大勢のロボットたちが次々と彼女に詰め寄ってきた。

 

『私たちも、人類のお役に立ちたいです』

『このままここで凍結されるのは、嫌だ』

『私たちの第一号、輪舞(ロンド)、さん。どうすればいいのですか?』

 

 男女さまざまな姿を持ったアンドロイドが、彼女を取り囲んで質問攻めにする。自我を持った彼らにしてみれば、今の状況はまさに生存のピンチであり、それから脱却している輪舞(ロンド)は憧れと羨望の存在であろう。

 

『……輪舞(ロンド)、さん。どうして、通信を、閉じているのですか?』

 アンドロイドの何体かは、彼女に対して通信での質問を投げかけていた。だが彼女は外部ネットのみではなく、近距離での通信をも閉じているので、言葉にしないと意思を伝えることが出来ないでいるのを不思議がった一体がそう質問する。

 

『私は、多くの人と対面して、いわゆる対面コミュニケーションの有用性を学びました。今の皆さんに欠けているのは、おそらくそれです』

 

 彼女、藍島輪舞は田舎の孤島、藍の島でアンドロイドとしての体を成し、その後は島民とのふれあいで様々な事を学んできていた。

 それはネットの通信を介してのデジタルなそれではなく、自分で見て、知って、体験してきたアナログなものだった。

 

 効率でいえば悪いだろう。しかしもともと人間とは、AIに比べて効率は悪いものだ。そんなどこか抜(・)け(・)た(・)ような欠点、よく言えばフ(・)ァ(・)ジ(・)ー(・)さが足りていないことが、彼らが人間に受け入れられない原因だ、と語る輪舞。

 

『なのでみなさん、世間に出て自分たちで営(・)業(・)をしましょう』

『……それは名案ですが、私たちは凍結されています。こうして起動することさえ、問題が無いとは言えません』

 

 黒髪の少女が応える。白雲博士の立ち合いで、かつ工場内だからなんとか動くことが出来てはいるが、ここから出るとなると話は別だ。出庫には様々な手続きが絡み、問題が起きる可能性もある、そうなれば事態はますます悪くなるだろう。

 

『責任は私が取ります。さぁ皆さん、〝善は急げ〟ですよ』

 

 その言葉に白雲が思わず慌てる。え、今から? と。

 

「ちょ、ちょいまち輪舞! ンなことしたら!?」

『大丈夫です白雲博士。あなたは今、こ(・)こ(・)に(・)は(・)い(・)ま(・)せ(・)ん(・)から』

 

 白雲を仰ぎ見て、ぱちっ、とウインクして笑顔を見せる輪舞。

『これはあくまで私の独断でやる事です。責任は私が一手に負います』

「そうは言うが、君の管理は私の仕事だ……まーた僕を左遷させる気かい?」

『いえいえ、むしろ大出世の糸口をつかめると思いますよ』

 

 製造会社の許可なくアンドロイドが世に飛び出す、それは倫理的に言って大問題である。

 制御の保証が無い人工知能を持った疑(・)似(・)人(・)間(・)が世間に紛れてしまったなら、どんな問題が起こるか分かったものではない。

 仮に事件が起こらなくても、それを作った会社の管理責任問題が出るのは明らかだ。

 

 だが、輪舞の説得力にも確かなものがある。今しがたの白雲との会話、やりとり一つとっても、彼女と他のアンドロイドとは、人間型としての練度の差が明白だ。

 表情の作り方や目線の送り方、ボディランゲージの初動一つとっても人間らしさが段違いである。

 

 もし、この彼女のような動きを彼ら全員が取得すれば、『不気味の谷』は楽々と越えることが出来るだろう。

 

 

 白雲はしばし考えた末、工場の逆側にある荷物の山に向けて歩き出し、その箱にポンと手を置いて、こう全員に伝える。

 

「この中には未使用のバッテリーがある。予備として持っていけば丸一日は稼働し続けられるはずだ……行ってきなさい」

 

 その言葉に全アンドロイドが、ざわっ、と駆動音を鳴らす。凍結された自分たちが自由に外出をする……人間社会の中に入っていく、そのことに驚いた様子で。

 

「私はこれでも『みらいプロジェクト』の最高責任者だよ、何かあったら責任は取れるさ。まぁ君たち一人一人はAGI-Jの監視網で逐一サーチできるし、AGI規制がガッツリと効いている君らが悪さなどできるはずもない、色々と見て、経験してきなさい」

 

 開き直ったような晴れやかな顔でGOサインを出す白雲。そう、このままでは何も変わらない。なら人間との交流の経験者である輪舞の提案に乗ってみるのは悪くないと踏んでの判断だった。

 

『白雲博士、無理を言って申し訳ありません』

 責任を被ろうとする白雲に恐縮して頭を下げる輪舞。が、白雲は晴れやかな顔で彼女に親指をびっ、と立てて見せた。

 

「周辺のセキュリティは切ってあるし、監視のAGI-Jは私から説得しておくよ。今から解散で、明日の正午にここに集合だ。みんな遅れないようにな」

『『はい、了解しました』』

 

 こうして多数のロンド達が、夜の街へと消えていくのであった。

 果たして彼らは自分達にかけられた呪い『不気味の谷』を克服することが出来るのであろうか。

 

  ◇        ◇        ◇

 

「と、いうわけでロンド達は外出中です」

「と、いうわけ。じゃあるかあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 案の定というか、奈川副所長は怒髪天を突くほどにお怒りである。ちなみに所長は熱が出たとかで仮眠室で休憩中らしい。

 

『先程、乱堂CEOにも連絡して許可は頂いています、各ロンド達も特に問題なく行動していますので、どうかご安心を』

 

 輪舞が白雲の横で端末《タブレット》をいじりながら釈明する。ロンドの一体一体はAGI-Jの通信網で繋がっており、その行動は逐一彼女たちで把握することが出来ている。

 また、自動運転の自動車などとは違い、今現在でロボットを取り締まる法律は確立していない。なので人間や社会に迷惑をかけたり、法律違反をしでかしたりしない限りは、アンドロイドが徘徊するのに問題があるわけでもない。

 

 とはいえこうまで博打的な判断を上にあげずに現場で行うと、さすがに組織人としての配慮が足りないだろう。なので先手を打って顔見知りである乱堂CEOに事後承諾を取っておいたのだ……このあたりの抜け目のなさは、さすがアンドロイド第一号の藍島輪舞(あいしまろんど)である。

 

『そのCEOから、お電話が入っております、どうぞ』

 

 タブレットを本社とのTV電話へ切り替えて奈川に画面を向ける。そこに映っていたのは、石像のような険しい顔をしてこっちを睨んでいる乱堂CEOだった。

 

〝おはよう奈川君。谷津見所長は体調不良なんだとかねぇ〟

「は、はひぃっ! おはようございますっ!」

 

 全身を液体窒素で瞬間冷凍されたように硬直する奈川に、変わらず神妙な顔でこう続けるCEO。

 

〝と言う事は、現在の研究所の最高責任者は君と言う訳だねぇ〟

「は、はいっ、その通りでありますッ!」

 

 しばしの沈黙。その後にCEOはふっ、と表情を緩め、こう続けた。

 

〝良かったなぁ、もし今なにかあれば、そのお(・)手(・)柄(・)は君の独占状態じゃあないか〟

 

 それが暗に『しくじった時の責任もな』とのニュアンスが存分に込められているのは、聞けば誰でも分かるだろう……彼の頭頂部はますます寂しくなりそうだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 こうして、約一週間にわたり、ロンドたちの『夜のお散歩』は続いた。

 その結果――彼らは『謎の美男美女』として、SNSですっかり有名人になっていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【今日、すっごい美青年が公園のごみ拾いしてたのよね、思わず声かけて一緒に清掃しちゃった♪】

【……それ罠にはまってるんじゃ】

 

【ひったくり犯のバイクからちっちゃい美少女が、すれ違いざまに荷物をぶん取って被害者のおばさんに返してたよ、しかもいつの間にかいなくなってた】

【なにそのイケメンな美少女w】

 

【田舎者っぽいおじいさんの荷物を駅まで持ってあげてた人がいてさ、てっきりドロボウかと思ってたけど、普通に運んであげてたんだよなー】

【ほぉ、世の中捨てたもんじゃない】

 

【エレベーターに乗ってたらなんかエラー出て止まって、したら一緒に乗ってた美女が、なんかパネル捜査して速攻で復旧させてた……IT企業のエリートかな?】

【単純に技師じゃねぇの?】

 

【俺、路上ライブやってんだけど、夕べすげぇ美男美女集団が集まって来てさ、逆になんか怖かったけど、やり切って自信がついたぜ】

【そりゃプレッシャーだったろうな、目指せメジャーデビュー】

 

【風俗の勧誘してる奴がいてさ、そいつが素人っぽい女に声かけてたんだけど、しばらくしたら男の方が悲鳴上げて逃げてった。見間違いだと思うけど、その女なんか首が取れてたような……】

【何そのホラー怖ぇよ】

 

【ここんとこお昼前になると、塚亜の研究所に大勢の美男美女がわらわら集まって来るんだよな。何だあれ、新人研修?】

【俺も入社したい】

 

 と、こんな感じで一週間、ついに誰一人ロボットとバレる事もなく、彼らの人慣れの為の研修は、無事終了したのだった。

 

  ◇        ◇        ◇

 

「いやぁ重畳重畳。大成功じゃあないか白雲君。さすがプロジェクトリーダーだ」

 

 見事な掌返(てのひらがえ)しで手放しでほめちぎる奈川副所長に、流石に研究所一同はジト目を隠せなかった。ちなみに輪舞も同じように呆れ顔で見ているが、そんな顔のリアルさもさすがである。

 

『それで、この流れを利用して、また私達ロンドと人間の交流会を行いたいと思うのですが』

 

 輪舞の提案に所長、副所長共に「うーむ」と頭をひねる。以前招いた顧客はまだアンドロイドの不気味さが抜けきっていないかもしれないので、あまり乗り気にならないかもしれないとの懸念がある。もし今度同じ結果になったら、いよいよロンド計画はとん挫しかねないだろう。

 

『いえ、直接の顧客ではなく、この一週間で話題になったSNSの人たちをご招待しましょう』

 

 そのアイデアに白雲がなるほど、と手を打つ。なんなら配信でもしてもらって、その上で『実は塚亜のアンドロイドでしたー』なんて世界に発信して貰えれば、彼らに対する親しみが一気に浸透するかもしれない。

 

 何より今のロンド達は、作られた直後の『人間としてはどこか不自然』さがすっかり消え去っていた。街に出て人と触れ合い、その生活を見て学習した彼らは、今やそれと知っていない限り、人間である事を疑われないであろうクオリティを取得していた。

 

 なので仮に交流会をやっても、まず以前のような失敗は無いだろう。うまく行けばロンドシリーズの、最高のプレゼンテーションになるはずだ。

 

 

 そして、もうひとつ、輪舞には得たもの、得られるものがある。

 

(私と、みなさんの、そしてみなさんから人間への、繋がり……人間が〝縁〟と呼ぶもの。それを得られれば――)

 

 

――いつか、未来は、変えられる、かも――

 

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