スパイダーマンの存在しない世界に飛ばされたMCU版ピーター・パーカー ~親愛なる隣人再始動……ただしガールとして~ 作:発火雨
パニックになった時は状況を整理するのが大切だって、何かの自己啓発本で読んだことがある。
僕の名前はピーター・パーカー。
放射線を浴びた蜘蛛に噛まれて蜘蛛の力を得てから、色々あってニューヨークの街を守ってる。
本当な手の届く範囲の平和を守る“親愛なる隣人”として学校に通いながら、夜な夜なウェブを飛ばして悪い奴を捕まえる、ただそれだけの日常。
でもトニー・スタークさんに見いだされてから、話が大きくなった。
アベンジャーズの手伝いで宇宙まで行ったり、ワシントンスクエアでヴァルチャーと戦ったり。
それでもまだ高校生で、学生とヒーロー活動の両立に毎日追われてた。
しばらくして、修学旅行がヨーロッパ行きに決まり、ミッドタウン高校の仲間たちと一緒に、やっと普通の高校生らしい時間を過ごせるかなって思ってたのは甘かったらしい。
出発前にニック・フューリーが現れて、“地球に新たな脅威が迫っている”ってスーツを渡してきたんだ。
修学旅行中に別次元から来た新たなる脅威、エレメンタルズと戦いミステリオと出会った。
彼を信じて、一緒に戦った。
でも、ミステリオは異世界のヒーローなんかじゃなくて、ただのペテン師だったんだ。
そして、すべてを解決したと思ったら最後、僕の顔が全世界に晒された。
あの映像が流れた瞬間から、僕の人生は完全に崩壊さ。
メイおばさんの家は報道陣に囲まれ、友達も危険に晒された。
MJもネッドも、ただ僕の隣にいただけなのに。
だからこの事態を何とかしてくれそうなスティーブンに……あぁ、ドクター・ストレンジのことね。
とにかく、スティーブンに世界中から、スパイダーマンがピーター・パーカーだという記憶を消してほしいってお願いしたんだ。
そこからは……まぁ、なんていうか、ちょっとした失敗があって上手くいかなかった。
OK、認めよう。
集中してる人に向かって話しかけたらいけないよね。
僕だってウェブシューターで精密な調整してる時、急にMJから電話が来たら手元が狂わせて糸を部屋中にまき散らす自信あるもん。
周りの空間が凄いことになっている最中、足元の空間が突然陥没したんだ。
床が消えて、真っ暗な穴が口を開ける。
あまりに突然のことでスパイダーセンスも働かなくて、体が引っ張られるように吸い込まれていく。
「うわぁっ!」
何もない空間をグルグルと、まるでDNAの二重らせん構造みたいに掻き回された。
上下も左右も分からない。
ただ激しく回転しながら、どこまでも落ちていく感覚だけがあった。
頭が割れそうで、体中が熱くて、冷たくて、わけがわからなかった。
それからどれくらい経ったんだろう。
気がついた時、僕はどこかの路地裏で、大きなゴミ箱に激しく叩きつけられていた。
背中が痛む。
頭もくらくらする。
周りは薄暗くて、ゴミの臭いが鼻をついた。
「……うぅ」
掠れた声が出たけど、自分の声じゃない。
少し高くて、細いんだ。
声がおかしいくらいだったら別に驚きもしないけど、シャツの生地が胸のあたりで妙に張ってるし、明らかに普段はない柔らかな膨らみがあった。
「……は?」
息が詰まった。
慌てて自分の胸に手を当てる。
柔らかくて弾力があって……普段は意識しないように気を付けてたけど、たまに女の人を助ける時胸が手や腕に当たっちゃうことが何度かあって、その時の感触にそっくりなんだ!
「うぁっ……!?」
反射的に手を離した。心臓が激しく鳴っている。
次に、髪。
肩よりずっと長い髪が、顔にまとわりついていた。
指で触ると、暗いブラウンの柔らかい髪。
「……なに、これ……」
パニックが胸の奥から一気に溢れ出してきた。
どうしてこうなったのか、何が起きたのか頭が真っ白になる。
誰かが僕の頭にウィッグを被せて、服の中にクッションを入れたドッキリ撮影をしてくれてたら一番簡単だったんだけど、できるならもっと僕が幸せになるドッキリにしてほしい。
ふと視線の端に映る、ゴミ捨て場の隅に傾いたまま立てかけてある姿見。
表面には埃と小さな傷があるけれど、それでも映るには十分だった。
足がすくむのを我慢して、その前に立つ。
映っていたのは、知らない女の子だった。
こんなこと言うのもなんだけどかなり美人で、どことなく、メイおばさんの面影があった。
あっ、念のため言っておくけど、メイおばさんになったわけでも、僕が女装してるわけでもないよ。
例えるなら、僕がもし女の子に生まれてメイおばさんと一緒に生活してて、もしかして娘だって勘違いされる感じかな。
服装は僕が着てたチェックのネルシャツにグレーのTシャツ、くすんだ色のジーンズ。
でも、胸のラインがシャツを押し上げ、腰のくびれがジーンズに沿っている。
「はぁい、こんにちは…アハハ」
鏡の中に映る女の子は、同じ口の動きで呟いた。
指で頰を触ると、鏡の中の子も同じ動きをする。
現実が、ゆっくりと、残酷に、胸の奥に沈んでいった。
「嘘でしょ……僕もしかして女の子になってる!?」
たしかに、これだったらスパイダーマンだと気づかれなくなるかもしれないけど、強引過ぎるよ!
「……正体は隠したかったけど、女の子になりたいだなんて、思ってないよ!」
慌てて自分に言い聞かせるように呟いた。
可愛らしい声で返ってくるのが余計に腹立たしい。パニックが収まらない。
とりあえず、誰かに連絡しなきゃ。
スマホを震える手で取り出して、画面を点ける。
「嘘でしょ? 圏外?」
アンテナのマークが消えて、Wi-Fiも繋がらない。
何度も画面を上下にスワイプしても、結果は同じだった。
「なんで……ここ、ニューヨークでしょ?」
路地裏の壁に背を預けたまま、スマホを握りしめる。
MJにも、ネッドにも繋がらない、ハッピーにもだ。
焦ってると、ゴミ捨て場に散らばっていた新聞紙が、突風でひらりと舞い上がって、僕の顔にぺたりと張り付いた。
「うぐっ……」
慌てて引き離して、仕方なく広げてみるとデイリー・ビューグルと書かれていた。
「ネット配信ニュースを手掛ける会社だったのに、いつの間に新聞なんて発行してたの!?」
でも、記事の内容がおかしい。
一面から最終面まで、端から端まで目を通してもスパイダーマンの文字が、ひとつもない。
ジェイ・ジョナ・ジェイムソンが関わってるなら、とにかくスパイダーマンを叩く記事を扱ってそうなものだけど。
「……へ?」
それどころか、アベンジャーズの名前も出てこない。
アイアンマンも、キャプテン・アメリカも。
ヴィランの犯罪記事すら、ひとつも見当たらない。
普通の交通事故や、政治家の発言、スポーツの結果ばかりが並んでいる。
世界が、ヒーローのことを完全に忘れているみたいだった。
いや、忘れているんじゃない。
最初から、存在しなかったみたいに。
「なに、これ……」
新聞紙を握る手が、小刻みに震えた。
長い髪が頰に触れる感触も、胸の重みも、すべてが現実を突きつけてきて、喉の奥が熱くなる。
そのとき、ふと新聞の上部に印刷された日付に目が止まった。
「2002年……ちょっと待ってよ、もう何が何だか」
指で日付の部分を擦ってみる。
インクが少しにじむだけで、数字は変わらない。
「……20年近く、時間が遡ってる?」
鏡に映る知らない女の子の顔。
新聞にヒーローの文字がひとつもない世界。
そして、20年近く前の日付。
どうやら僕は、世界からスパイダーマンの記憶を消すことに失敗し、スパイダーマンの存在が消された世界へ飛ばされたらしい。
「おまけに男として大事なものまで消されちゃって、一体どうすれば良いんだよ!」
ウェブシューターもスーツもない。
携帯も誰にも繋がらないし、それどころか下手したら知り合いが一人も居ない恐らく違う世界のニューヨークに独りぼっち。
「落ち着け、僕の名前はピーター・パーカー。君の正体はスパイダーマンで、これまでだって地球規模の不思議なことに巻き込まれてきたじゃないか!」
とりあえず自分に言い聞かせないと、自分が誰なのかさえあやふやになりそうだ。
良し、美人だけどひとまず鏡を見るのを辞めよう。
なるべく胸も触らないようにして、髪の毛も邪魔だけどなるべく視界に入れないように。
「こんなことになったんだ、すぐにスティーブンが僕を探して、元の次元、元の姿に戻ってめでたしめでたし……になるよね?」
もしも、スティーブンが僕を見つけられてなかったら?
それにこんな姿じゃ僕がスパイダーマンなことも、ピーター・パーカーなことも、わからないかも。
いくら考えても僕が何をすれば良いのかわからず、とりあえず路地裏を抜けた。
薄暗い路地から出て、大通りに出た瞬間、遠くから走ってくる車のエンジン音が聞こえた。
同時に、目の前の横断歩道で、小さな男の子が靴紐を結び直しているのが見える。
「危ない!」
体が勝手に動いた。
長い髪が視界を遮るのも、胸の重みでバランスが少し違うのも、全部無視して飛び出す。
地面を蹴る感覚は、男の頃とほとんど変わらない。
男の子の体を抱きかかえるようにして、車が衝突する寸前に横へ転がる。
僕の腕の中で目を丸くしているけど、怪我はないみたいだ。
「大丈夫? 怪我はない?」
自分に何が起こったか理解した男の子は、恐怖が蘇ったのか、泣きそうになりながら答えてくれる。
「うん……ありがとう……」
小さな声で答えた男の子の後ろから、母親らしき女性が慌てて走ってきた。
「マイルズ! 大丈夫!? あなた、助けてくれたのね……本当にありがとう!」
男の子を抱きしめたあと、僕の方を見て深く頭を下げる。
「すみません、お名前を伺ってもいいですか? 後でお礼をしたいので」
「いえ、お礼なんていりませんよ」
「でしたら、せめてお名前だけでも!」
名前。
いつもだったらピーター・パーカーって名乗れば良いんだけど、この姿で男の名前を名乗るわけにもいかないよね。
かといって、適当な名前を思いつかない。
焦った視線が、通りの向こう側に大きく掲げられた看板に止まった。
「MACY’S」
ニューヨークの百貨店、メイシーズ。
そして、頭の中に浮かんだのは、恋人の顔。
「……メイシー・ジェーン、です」
咄嗟に口から出た名前だった。
母親は“メイシーさん”と繰り返して、もう一度お礼を言った。
男の子も小さく手を振ってくれる。
二人が去っていく後ろ姿を見送って、僕は小さく息を吐いた。
姿形は変わってしまった。
声も、体も、全部違う。
でも、危ないところを見かけたら、放っておけない。
どんな姿になっても、僕はまだ“親愛なる隣人”なんだ。
少なくとも、それだけは変わっていないらしい。
「とりあえず、もう一度誰も知らない場所で同じような活動を始めようかな。その方がスティーブンも僕のこと見つけやすくなるだろうし」
始めましての方は初めまして、別作品で知って頂ける方はお久しぶりです。
この度私の大好きな作品を書いている主催者様が企画した【親愛なる隣人杯】に参加させて頂きました。
久しぶりのハーメルン連載形式での投稿となりますが、皆様お手柔らかにお願い致します。
これまでと変わらず、楽しく完結まで投稿するのが目標です!
※過去作と同じく、ログイン不要の感想欄解放となりますので、お気軽にご利用ください。
本当は企画期間が当初9/21〜9/27だったので、一週間連続更新するはずが、いつの間にか10/5まで伸びてて、どうしようか困惑中。
ひとまず次回投稿は9/22の22時23分となりますのでお楽しみに。
覚え方は2が二つで4、二次(24)創作。
MJがアルファベット順でM=13番目、J=10番目、足して23の強引な語呂合わせにしてみました。