スパイダーマンの存在しない世界に飛ばされたMCU版ピーター・パーカー ~親愛なる隣人再始動……ただしガールとして~ 作:発火雨
ニューヨークの街を歩きながら、僕はずっと考えていた。
まず、状況を整理しよう。
この世界では、スパイダーマンどころかアベンジャーズすら存在していない。
つまり、頼りになるヒーローが誰も居ないってことだ。
おまけに僕も女の子になっちゃったし、スパイダーマンスーツもウェブシューターも無し。
それどころか、本人確認・在留資格・社会保障番号全部無し、無い物尽くしロイヤルストレートフラッシュの完成だ。
「ひとまず、この世界の情報収集と住む場所が第一。その次はスーツとウェブシューターを作らないと……」
スパイダーマンとして活動していた頃なら、最悪の場合はビルの屋上で一晩くらい過ごせた。
壁に張り付いていれば、普通の人にはまず見つからない。
でも今の僕は、ただの身分証明書を持っていない女の子だ。
「女の子が一人で夜のニューヨークをうろついてたら、どう考えても安全じゃないよな……」
しばらく歩いていると、古びた建物の前で足が止まった。
「……図書館?」
ガラス張りの入口で、中を覗くと何人かの学生らしき人たちが机に向かっていた。
この世界について調べるなら、図書館が一番手っ取り早いんじゃないか?
少なくとも、誰かに事情を説明する必要はない。
今の僕にとって、それはかなり重要だった。
恐る恐る中へ入る。
受付の人に軽く会釈して、なるべく普通の学生っぽい顔をしながら奥へ進んだ。
幸い、特に呼び止められることはない。
「よし……」
ここなら本に新聞と情報には困らない。
そして何より今の僕に必要だったのはこれ!
「……インターネット!」
図書館の一角に、何台かのパソコンが並んでいた。
僕は空いている席に座り、電源ボタンを押す。
画面には、見慣れない古いデスクトップが表示された。
「遅っ!」
いや、待って。
この世代のパソコン、もしかして本当にこの速度なの?
僕が普段使っていたコンピューターなら、もっとずっと速い。
スタークさんの作ったシステムだったら、僕が何を考えているか先回りして表示してくるくらいだったのに。
いや、あれは比べる相手が悪いか……それにしても、クリックしてから画面が切り替わるまでに妙な間があって変な感じ。
「……これ、壊れてないよね?」
マウスを動かす。
カーソルが少し遅れてついてくる。
「よくこれでみんなインターネットを使ってるな」
キーボードを叩きながら、まずは簡単なところから調べていった。
当然、僕の知っているスパイダーマンについての記事は出てこない。
次に、アベンジャーズを調べるも、やっぱり何もない。
アイアンマン。
キャプテン・アメリカ。
ソー。
ハルク。
ブラック・ウィドウ。
やっぱりここは僕の知っている世界とは違う。
「よし、次はこの世界のテクノロジーについて調べてみよう」
あんまり悲観的にならないよう、すぐ次の調べものをする。
大学・研究機関・企業。
そこで、ある名前に目が止まった。
「オズコープ?」
検索結果に表示された企業名。
遺伝子工学、ロボット工学、兵器開発、医療、一般技術など、幅広い分野で事業を展開している巨大企業らしい。
「スターク・インダストリーズはないけど……この世界ではオズコープって会社が大きなところなんだ」
企業情報を読み進めてみる。
「……研究助成プログラム?」
思わず画面に顔を近づける。
オズコープが、学生や独立研究者を対象とした研究助成プログラムを募集していた。
研究テーマに一定の自由があり、採択されれば研究設備や資料、専門的な機器を利用できる場合もあるらしい。
「これだ」
僕は椅子から身を乗り出した。
研究設備ってことは、実験器具・コンピューター・化学薬品全部が手に入る!
ウェブシューターを作るなら設備が必要になるし、スーツだって普通の服を改造するだけじゃ限界がある。
それに、僕の体を一度調べるためにも、科学的な設備があった方が良い。
「それに、上手くいけば身分も会社で保証してくれるかも!」
問題は、応募資格だ。
学生に大学院生、研究機関所属者。
それぞれに条件が書かれている。
僕は流行る気持ちを抑えながら一つずつ読み進めていく。
「所属大学……推薦者……研究機関の証明……」
次々と条件を確認する。
「やっぱり無理か……」
そもそも僕はこの世界の学校に通っていない。
研究機関に所属しているわけでもない。
推薦状なんて頼める人もいない。
「……ん?」
その時、募集要項の下の方に書かれた項目が目に入った。
独立研究者向けの応募枠。
正式な大学や研究機関への所属を必須としない。
「……」
目を何度も擦ってもう一度読む。
間違いない。
「あるじゃん」
口元が自然に緩んだ。
「僕みたいなのでも応募できるじゃん!」
もちろん、簡単じゃない。
オズコープが有用性を認めた論文を書く必要があり、その難易度も相当高いみたいだ。
「……論文なら書ける」
科学の知識ならある。
スタークさんのラボで見てきた技術。
自分自身の能力について調べてきた経験。
僕には、普通の高校生とは少し違う知識がある。
僕はキーボードに手を置いて、夢中で文章を書き始めた。
「どうせ書くならオズコープにとって興味が湧いて、スパイダーマンと結びつかない方が良いよね」
社長のノーマン・オズボーンさんが発表している論文をチェックして、そこからオズコープ社に受け入れられそうなアイデアを考えていく。
研究テーマを決め、仮説を立てる。
必要な実験を考え、数式を組み立て。
既存研究との比較、問題点、改善案。
気がつけば、外はすっかり暗くなっていた。
「……こんなに時間経ってたの?」
画面を見ると長い文章が並んでいる。
まだまだ粗削りだけど、結構面白いんじゃないかな?
勢いで書いたけど、もう何日か使っていけば、結構良い感じになる予感。
あっ、この場合の予感はスパイダーセンスとかじゃなくて、僕の科学的経験則によるものね。
どこまで僕の世界の技術を持ち込んで良いのか悩んだけど、とりあえずスマホとか通信機系。
あとはラジコンで遊んでた子供たちを見て、いくつかドローンについて。
正直ドローンに良い思い出が無いけど、技術を嫌ってもしょうがないし、きちんと正しいことに使えば世の中に役に立つことはわかってる。
もしかしたら、スタークさんが僕にE.D.I.T.H.を託したのだって、あのドローンたちを正しく運用して欲しかったのかもしれない
「はぁ……しばらくはその日暮らしかな」
昼間は図書館で論文作成。
夜は近所に誰も使ってない古びたアパートの空き部屋を見つけたから、窓からこっそり侵入してそこに住まわせてもらってる。
窓は半ば割れ、カーテンも風に揺れっぱなし、埃っぽいけど、寝れそうなソファーもあった。
そして奥に小さなバスルームがある。
蛇口をひねると、意外にも水が出た。
「よかった! これで体を拭けるぞ!」
薄汚れたタオルを手に取り、ゴワゴワした感触に顔をしかめちゃったけど、フワフワのタオルが恋しくなるんだから仕方がない。
体を拭き始めようとして、手が少し止まる。
「……緊張するな。自分の体なのに」
一応弁明させてもらうと、まだMJとそういう関係になってないし。
まさか初めてしっかりと確認する女の人の体が、自分の体になるなんて、蜘蛛人間になるのと同じくらいショックだよ
あっ、蜘蛛だけど部屋のその辺に巣があったから、たぶん同室。
「汚れを落とさないと風邪引く。これは衛生管理、純粋な衛生管理だ」
腕からサッサと拭き始める。
「ほら、ちゃんと綺麗にしないと。僕の体なんだから責任持って管理する義務がある。そう、義務だ」
肩から背中へ。手が届きにくいせいでタオルを引っ張ると、どうしても胸のあたりに布が当たる。
ご期待に沿えなくも申し訳ないかもだけど、目はしっかり瞑ってるからね。
「早く元の体に戻りたい。このままじゃ、毎朝鏡を見るたびに心臓がバクバクしちゃうよ」
タオルを肩にかけて部屋に戻り、埃っぽいソファにどかりと腰を下ろす。
湿った髪が首筋に張り付く感触が妙に気になって、何度も指で払う。
今の僕、すっごくセクシーな気もするけど、なるべく意識しないようにしよう。
「……髪も長いし、乾くの遅いし。これ、明日までにちゃんと乾かないと風邪引きそうだな」
部屋の中を見回す。割れた窓から入る夜風が、薄汚れたカーテンをゆらゆらと揺らしている。
「はぁ……とりあえず体は綺麗になった。これで最低限の人間らしい状態には戻れた、はず」
そう自分に言い聞かせた瞬間、お腹がくうっと鳴った。
「……ご飯どうしようかな」
冷静に考えると、そこが一番の問題だった。
お金を使うのが怖いなら、当然食料も買えない。
かといって、何日も何も食べずに過ごせるほど、僕の身体は便利にできていない。
むしろスパイダーセンスだの超人的な身体能力だの、普段からかなりエネルギーを使っているせいか、いつもよりお腹が空くくらいだ。
「……ヒーローって、意外と燃費悪いんだな」
自分で言っていて悲しくなった。
とりあえず初日は、財布の中に入っていた現金を使ってみた。
でも紙幣を使うのは通しのシリアル番号が怖いから、硬貨だけにして緊張しながら小さな食料品店でパンと飲み物を買う。
「……通った」
硬貨を受け取った店員は、特に怪しむ様子もない。
「よかった……」
その場で小さく胸を撫で下ろす。
少なくとも、この世界のドルは僕の財布に入っていたものでも使えるらしい。
「これ、いつまで持つかな……」
財布を開いて残りを確認する。
……あまり多くない。
これだけで生活しようと思ったら、数日も持たないだろう。
だから、できるだけお金を使わない方法を考える。
朝はパン。
本当はサンドウィッチが食べたいけど……デルマーさんが作ってくれるいつもの5番で、強めに押し込んだ奴。
昼は図書館で水を飲みながら、なるべく空腹を我慢する。
夜に安い食べ物を少しだけ買う。
「……健康的とは言えないな」
でも、今の僕にはそれくらいしかできなかった。
図書館には本がある。
無料で使えるパソコンも、新聞だって読み放題。
何気に冷暖房完備って言うのはありがたいね。
だから僕は、毎日のように図書館へ通った。
朝になると空き部屋を出る。
顔を洗う場所を探して、服装を整える。
鏡を見るたびに、未だに一瞬だけ違和感を覚える。
「……慣れないなぁ」
長い髪を手でまとめる。
邪魔だけど勝手に切ったらもっと変なことになりそうで怖いし、ひとまずゴムで纏めて誤魔化す。
「こういうところだけ妙に生活感あるな……」
それから図書館へ向かう。
いつもの席を確保して、古いパソコンを起動する。
電源を入れてから使えるようになるまで、相変わらず時間がかかる。
「……スタークさんが見たら卒倒しそう」
そんなことを思いながら、論文の続きを書く。
もちろん、僕の知っている未来の技術をそのまま書くわけじゃない。
だから、調べた範囲2002年の技術水準でも実現可能そうな形に落とし込んでいく。
「ここはもっと小型化できる……」
キーボードを叩く。
「いや、この部品じゃコストが高すぎるな」
修正。
「……この通信方式ならいけるかも」
また修正。
気づけば何時間も経っている。
図書館の時計を見る。
「……もう夕方?」
慌ててパソコンのデータを保存する。
USBメモリってこの時代だと容量が小さい割に高く感じるけど、論文を持ち歩くだけだから一番安価な奴だ。
そして人通りが少なくなった頃に、あの古びた空き部屋へ戻る。
夜道を歩いてるとたまに変な男の人に目を付けられるから、そんな時はあちこちをパルクールして追跡をかわす。
ウェブシューターが無くても、このくらいなら軽い軽い。
「……ただいま」
鍵なんてない。
窓も完全には閉まらない。
家具もほとんどない。
でも、壁と屋根がある。
そして、古びたソファーが一つ。
誰もいない部屋に向かって呟く。
返事はない。
当然だ。
でも、不思議とそれだけで少し落ち着いた。
ソファーに座って、買ってきたパンを食べる。
それから、その日の研究内容を頭の中で整理する。
横になるけど、スプリングが軋む。
「……痛い」
でも、文句は言えない。
家賃も払わず無料で使わせてもらってるんだから。
目を閉じる。
静かな夜。
ニューヨークの遠くの喧騒だけが聞こえる。
ふと、元の世界のことを思い出す。
メイおばさん。
MJ。
ネッド。
ハッピー。
「……スタークさん」
あの人がいたら、こんな状況をどうするだろう。
きっと、数時間もしないうちに僕の居場所を突き止めて、適当なことを言いながら高級ホテルでも用意してくれる。
「……でも、いないんだよな」
あんなに僕のことを世界中が知ってることが苦痛だったのに、今じゃまったくの逆で違う苦しみを味わってる。
「いや、諦めないぞ。何とかして元の世界に戻るんだ」
さっそく初感想頂きました!
今回もなるべく感想に返信していく予定ですので、気兼ねなく話しかけてくださいな。
次回投稿は9/23の22時23分となりますのでよろしくお願いします。