スパイダーマンの存在しない世界に飛ばされたMCU版ピーター・パーカー ~親愛なる隣人再始動……ただしガールとして~   作:発火雨

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オズコープ社とノーマン

 翌朝になれば、また図書館へ行く。

 

 論文を書いて。

 世界について調べて。

 オズコープに研究設備を使わせてもらえるようにするのが当面の目標だ。

 

 そして、いつか必ず元の世界へ帰る。

 ってなわけで、そんな数日を繰り返し、ようやく最後のページを書き終えた。

 

「……できた」

 

 画面に表示された論文を、最初から読み直す。

 

 誤字なし。

 計算も問題なし。

 研究計画もわりかし現実的。

 

 少なくとも、自分にできる限りのことはやった。

 

「よし……最後に名前を入力して完成だな」

 

 名前の欄にピーター・パーカーと打ち込んで手が止まった。

 

「……いや」

 

 今の僕は、この世界では存在しない人間だ。

 男としてピーター・パーカーを名乗りたいけど、さすがにこの姿でそれは余計な面倒ごとを抱えそうだ。

 

 少し考えてから、別の名前を入力する。

 

「メイシー・ジェーンっと」

 

 とっさに名乗った偽名。

 

「……これで良いかな」

 

 適当に考えた名前だけど、“ピーター・パーカー”を名乗れない今、MJの名前は前の世界との繋がりだ。

 送信ボタンにカーソルを合わせる。

 

 一度だけ深呼吸してクリック。

 

「……送っちゃった」

 

 椅子の背もたれに身体を預ける。

 

 これで、あとは待つしかない。

 採用されるかどうかは分からない。

 僕の正体を怪しまれるかもしれない。

 

 そもそも、こんな所属不明の人間が相手にされない可能性だってある。

 

 それでも。

 

 今の僕にできることは、全部やった。

 

「……あとは、運任せかな」

 

 

 

 

 

 

 オズコープ本社、研究開発部門。

 

 ノーマン・オズボーンの共同研究者であるストローム博士は、研究助成プログラムの応募書類を自分のデスクのパソコンから眺めていた。

 オズコープが独立研究者向けの研究助成プログラムを設けている理由は単純だ。

 

 優秀な人材が、必ずしも大学や大企業の研究室にいるとは限らない。

 所属や肩書きではなく、研究そのものを評価し、将来性のある研究者に資金と設備を提供。

 

 上手くいけばオズコープとの共同研究へ発展させる。

 それは会社への貢献であると同時に、まだ世に知られていない才能を見つけ出すための投資でもあった。

 

「……しかし、よく集まるものだ」

 

 ストロームは苦笑しながら、一枚ずつ書類を確認していく。

 

 自分の専門であるロボット工学や遺伝子工学に関係するものもあれば、材料工学、エネルギー、人工知能、航空工学まで様々だ。

 そして、その中に一つだけ妙に目を引く論文があった。

 

「無人航空機の自律制御システム……」

 

 ストロームはタイトルを読み、首を傾げた。

 航空工学は自分の専門ではなく、ノーマンの得意とするところだ。

 まして、この論文に書かれている制御理論や飛行システムが、実際にどこまで実現可能なのかを判断する自信もない。

 

 それでも、数ページ読み進めるうちに、ロボット工学の専門家として笑みが零れていく。

 

「……これは面白い」

 

 従来のドローンは、あくまで人間が操縦することを前提としている。

 

 だが、この論文の発想は違った。

 操縦者が機体を動かすのではなく、機体そのものに高度な判断能力を持たせる。

 人間は目的を設定し、そこから先の複雑な操作を機体側に委ねる。

 

 ストロームは最後まで読み終える。

 

「実現できるかは分からんが……」

 

 少なくとも、ありきたりな研究ではない。

 何より、この発想はロボット工学にも通じるところがある。

 

 ストロームは論文を印刷すると、席を立った。

 向かった先は、ノーマン・オズボーンの執務室だった。

 

 ここ最近のノーマンは、あまり機嫌が良くない。

 

 原因は軍との契約交渉だ。

 大口クライアントであるスローカム将軍からの評価が芳しくない。

 

 オズコープが開発している飛行グライダーは、性能だけなら申し分なく。

 速度も、機動性も、搭載能力も高い。

 

 しかしクライアントが問題視しているのは、兵器を扱う“人材”だった。

 高速で飛行するグライダーを扱うには、高度な空間認識能力が必要になる。

 さらに、急加速や急旋回に耐えるだけの身体能力も必要だ。

 

 つまり、誰でも乗れる兵器ではなく、訓練を受けた軍人でさえグライダーのポテンシャルを引き出すのは困難だと認識されている。

 

 軍にとっては、それが大きな問題だっだ。

 大規模運用するなら、優秀な人員を大量に育成しなければならない。

 ノーマンとストローム博士はその問題を解決するため、身体能力増強薬の研究をメインで進めているが、こちらも完成には至っていない。

 マウスを使った実験で、身体能力を強化すること成功したが、凶暴性が増してしまい、未だにその欠陥を克服できていなかった。

 

 会社の利益だけを追求する役員たちからは突き上げを喰らい、スローカム将軍からはライバル企業であるクエスト社のスペーススーツに予算を回すと圧力を掛けられている。

 そんなノーマンの気分転換になればと思ったのだ。

 

 ストロームは執務室のドアをノックした。

 

「ノーマン、少し良いかな?」

 

「……どうぞ」

 

 返事には疲労が滲んでいた。

 机の上には軍から届いた書類が広げられている。

 

「まだスローカム将軍に頭を悩ませているのか」

 

 ノーマンは苦笑しながら、おどけたような表情を浮かべ、まいったと両手を上げる。

 

「なら、少し変わったものを持ってきたから、気分展開してみないか?」

 

 そう言って、印刷した論文を机の上に置く。

 

「研究助成プログラムへの応募論文だ。私の専門ではないから、これがどの程度実現可能なのかは判断できない」

 

「では、なぜ私に?」

 

 ストロームは肩をすくめる。

 

「少なくとも、クライアントや役員連中の無茶な注文の対応を考えるより、科学への好奇心をくすぐった方が科学者として気分転換になる」

 

 ノーマンは怪訝そうに論文を見る。

 

「無人航空機……」

 

「あぁ、暇な時にでも読んでくれ」

 

 ストロームはそれだけ言うと、執務室を出ていった。

 部屋に一人残ったノーマンは、せっかくだからと論文のタイトルに目を通す。

 軍との交渉資料へ目を向け、それから、もう一度論文を見る。

 

「まぁ、経営者として頭を使いすぎていたところだ。少しパズルでも解いて頭を解きほぐすか」

 

 軽い気持ちで、ページを開いた。

 

 数分後。

 ノーマンは無言になっていた。

 ページをめくる、また一枚、さらに一枚。

 

「……なるほど」

 

 手が伸び、デスクのペンを取れば、論文の一節に線を引いた。

 余白に小さく書き込む。

 

「……この制御系なら複数機で共有できるのでは?」

 

 次のページ。

 今度は数式の一つを囲む。

 

「ふむ、通信遅延への対策は? 待て……これは、そうか、つまり……」

 

 ノーマンはいつの間にか椅子から少し身を乗り出し、論文の余白に自分の考えを書き始める。

 

 人間が直接操縦する必要がない。

 ならば操縦者に求められていた高度な空間認識能力そのものを、機体側へ移せるのではないか。

 

「……そういうことか」

 

 ノーマンの目が輝き、グライダーの設計思想を頭の中で組み替える。

 パイロットが機体を操るということに拘りすぎていたが、それを前提にする必要はない。

 

 目的地を指定、障害物を認識、最適な飛行経路を算出し危険を回避する。

 必要なら複数の機体が連携する。

 

 ノーマンは新しいページをめくるたび、ペンを走らせた。

 論文の余白が次々と黒く染まっていく。

 

「いや……それなら、複数のグライダー運用を前提にすれば一機あたりの武装を……」

 

 新しい紙を一枚取り出し、思いついた数式を書く。

 

「このアルゴリズムと、センサーを組み合わせれば……」

 

 今度は自分が書いたグライダーの設計図を引き寄せ、バラバラの思考を整理していく。

 翼の形状、推進機構、姿勢制御、操縦系統。

 その一つ一つを見ながら、論文のアイデアを書き加えていく。

 

 気づけば、軍から届いた資料は完全に机の端へ追いやられていた。

 ノーマンの頭の中では、先ほどまで悩みの種だった問題が、別の形へ変わっている。

 

「人間がグライダーを扱えないなら、人間が扱えるようにする身体強化することばかり考えていた」

 

 それが、これまでの発想だった。

 だが、この論文は違う。

 

「人間が扱う必要そのものをなくす」

 

 ノーマンはそこで手を止めた。

 ゆっくりと論文の表紙を見る。

 

「……面白い」

 

 思わず笑みが漏れる。

 ストローム博士の言った通りだった。

 これは、確かに面白い。

 

 ノーマンはしばらく、論文の表紙を眺め、改めて応募書類に目を通した。

 

「メイシー・ジェーン……」

 

 そこに書かれているのは、名前だけだった。

 

 所属大学なし。

 研究機関なし。

 過去実績なし。

 推薦者もなし。

 

 あるのは、この論文と、返信用に記載されたフリーメールのアドレスだけ。

 

「……妙だな」

 

 ノーマンは椅子の背もたれに身体を預け、この論文を書いた人物を紐解こうとしていく。

 

 論文だけを見れば、かなりの才能がある。

 少なくとも、学生が思いつきで書いた研究レポートには見えない。

 問題設定が明確で、既存技術への理解もある。

 

 既存の技術を改良するだけではなく、そもそもの前提を疑っている。

 それができる研究者は意外に少ない。

 優秀な人間ほど、既存の理論や常識を深く学ぶ。

 だからこそ、その常識そのものを疑うことが難しくなる。

 

 だが、このメイシー・ジェーンという人物は違う。

 まるで最初から、既存の考え方や常識を知らなかったように発想している。

 

「これだけの人間が……」

 

 ノーマンは応募書類を指先で軽く叩いた。

 

「今まで、どこにいた?」

 

 これだけの才能があるなら、普通はどこかの大学や研究機関から声がかかっていてもおかしくない。

 

 いや。

 

 本人が望めば、もっと早く世に出ていたはずだ。

 それなのに、所属はおろか、まともな連絡先すらない。

 

 ノーマンは考え込む。

 何か理由があるのかもしれないし、優秀な科学者の中には極端に人付き合いが苦手な者も多い。

 または、何らかの事情で表舞台に出られなかったのか。

 

「あるいは……何かを隠している?」

 

 一瞬だけ、経営者としての警戒心が顔を出す。

 だが、ノーマンはすぐに首を振った。

 

 少なくとも、ここに書かれている研究内容は本物だ。

 ならば、本人に聞けば良い。

 

 ノーマンは机の電話へ手を伸ばした。

 

「お呼びですか、社長」

 

 秘書が入ってくる。

 

「この応募者に連絡を取ってくれ」

 

 ノーマンは応募書類を差し出した。

 

「メイシー・ジェーンですね、面接の日程を調整いたします」

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 ノーマンが遮った。

 

「私が会う」

 

「……社長ご自身で、ですか?」

 

「ああ」

 

 秘書が少し驚いた顔をする。

 研究助成プログラムの応募者一人のために、オズコープの社長が直接面接するなど、通常では考えられない。

 

「一次面接は研究開発部門に任せることもできますが……」

 

「必要ない」

 

 ノーマンは即答した。

 

「この論文を読んだ限り、この人物がどの程度の科学者なのか判断できるのは、私自身だ」

 

「では、本人へ連絡を」

 

「待て」

 

 ノーマンが再び呼び止める。

 

「なるべく早くしてくれ」

 

「承知しました」

 

「それから」

 

 ノーマンは少し考える。

 

「研究施設の見学もできるように手配しておいてくれ」

 

「採用前ですが?」

 

「構わない」

 

 ノーマンは論文へ視線を落とした。

 

「もし本当にこの研究を実現できるなら、本人が何を必要としているのかを私も見てみたい」

 

 秘書が退室し、静かになった執務室。

 

 机の上には、先ほどまで頭を悩ませていた軍の資料。

 その隣には、余白という余白に自分の書き込みを入れた論文。

 ノーマンは軍の資料を手に取るとしばらく眺め、今度は論文を手に取り、もう一度、最初のページを開く。

 

「これは楽しみだ」

 

 思わず笑みがこぼれた。

 自分の前に、まだ見たことのない才能が現れた。

 

 それだけで、胸が躍る。

 

 もちろん、論文通りの技術を本当に作れるのか。

 本人にどれだけの知識があるのか。

 そもそも、なぜこれほどの才能が今まで世に出てこなかったのか。

 

 確かめなければならないことはいくらでもある。

 

 だが、それは後で良い。

 まずは会って話をし、本人の口からなぜこの発想を浮かべたのか聞いてみたい。

 

「メイシー・ジェーン……MJか。君は一体、どんな人間なんだ?」

 

 ノーマンはそう思いながら、論文の余白に書き込まれた自分の文字を眺める。

 気がつけば、また新しい仮説が浮かんでいた。

 

「……次に会った時は、この部分について聞いてみるか」

 

 そう呟いたノーマンの顔は、経営者ではなく久しぶりに一人の科学者へ戻っていた。

 

 

 

 

 

 

『次のニュースです。コロンビア大学で遺伝子研究チームの研究データが何者かによってすべて処分されていることがわかりました。研究用に飼育されていた多数の蜘蛛も行方不明となり、警察は捜査を進めています』




次回投稿は9/24の22時23分となりますのでよろしくお願いします。
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