プロローグ《海中剣士》
カッ、カンッ! カッカッカッ……!
剣道場に木刀同士でぶつかり合う音が響く。
木刀を持って戦っているのは10代前半くらいの子供と大の大人。
誰も子供が大人に勝てるわけないと思うだろう。
しかし……
バシィッ!
子供は相手の木刀を落とし、首元に木刀を置くように近づけた。
負けたのは大人の方であった。
「勝負ありッ! 勝者、文化派の塰霧叶炊七段!」
勝者は無言のまま一礼し、剣道場を後にする。
更衣室で訓練服を脱ぎ、学校の制服に着替える。細く締まった身体、綺麗な白い肌。しかしその肌はアザだらけだ。
ネクタイを締めて更衣室を出る。
「お疲れ様! 叶炊!」
一人で廊下を歩いていた少年に軽い足取りで近づく、少年と同じく10代前半の少女。
「……叶恵」
その少年は剣道場を出てから初めて口を開いた。
「でも兄さん。いくらなんでもあれはやりすぎだよ?」
どうやら少女、叶恵は少年、叶炊の妹のようだ。
「僕はやれることをやっただけ。なんなら、あの人からふっかけてきたんだし」
叶炊は淡々と答える。
「それでもだよ!」
「叶恵はあの人の心配するんだ?」
叶炊は曇った瞳を叶恵に向ける。
「違うよ〜。私は、喧嘩を買った叶炊が……怪我をしないか心配だっただけ」
叶恵はそんな叶炊に慣れているのか、指で口を塞ぎ、悪戯な笑みを浮かべた。
「……ん」
叶炊は叶恵の手を掴み、指を退ける。
「なんじゃそりゃ。ほら、馬鹿なこと言ってないで……さっさと教室戻りなよ。授業始まる」
「むぅ……つれないなぁ。せっかく兄さんのこと心配してあげたのに……っ」
頬を膨らませて叶炊に抗議する。
「放課後、任務がある。だから今日は遅くなるよ」
「……兄さんの放任主義」
叶恵は叶炊の脇腹をぽかぽかと殴る。
「放任主義じゃない。忙しいだけだ」
叶恵を宥めて自分の教室へと進んでいった。
いつもどおり、
「おい」
もう知ってる内容だらけの、
ためにならない授業を受けて……
「おい、能面野郎」
それが終わったら、任務に駆り出される。
「おい? おーい。聞こえてんのかよ」
実につまらない、妹といる時間を減らす無駄な時間。
「おい! 叶炊っ!」
叶炊はハッとなり、声の主の方へと顔を向ける。
「……なんだ、快斗か」
その声の主の少年は赤羽快斗。
武門派に属する六段剣士である。
「なんだとはなんだ。さっきからずっと呼んでただろうが。俺はお前のそういうところが気に入らないんだ」
「……気に入らないなら打ち込んでくればいい。返り討ちにしてあげる」
叶炊は不敵に笑う。
「テメェ……言ってくれるじゃないか。あぁいいよやってやる! 今日こそテメーに勝ってやる! 泣いても許さねえからな!」
快斗は机にダァンッと足を乗っけて啖呵を切る。
そんな快斗の後頭部に手刀を当てる、落ち着いた雰囲気の少女。
「どうせ負けるからやめた方がいい」
「テメェ……麻衣っ……! 邪魔すんじゃ……」
「放課後、任務あるでしょ。だからここで体力を消耗するのは馬鹿だと思う」
氷野麻衣。守護派に属する六段剣士である。
「……チッ。命拾いしたな能面野郎!」
「命拾いしたのはそっちでは?」
「よし、今度泣かす!」
「叶炊。もう喧嘩売らないで。キリがない」
麻衣に言われて、流石にやめることにする。
今日の任務は怪異関係、要は妖の討伐だ。
確かに彼女の主張が正しい。
「……わかった。放課後、寮の駐車場で集合ね」
《妖というと、常人なら妖怪などを思い浮かべるだろう。
一方で剣士協会内の妖という言葉は、妖怪とは別の存在として扱われている。
妖とは、低い知能で特になんの意味もない被害を出す、害虫のような存在である。
妖には等級があり、五級が最低、特級が最高の位である。先の説明に矛盾するようだが、等級が高くなればなるほど知能は高くなってゆく。それも雀の涙程度なので誤差なのだ。
妖怪は高い知能を持ち、人に畏れられるように振る舞う怪異であり、人に甚大な被害を出す。
その被害は妖の比ではない。
なら妖怪の討伐任務はとても重要なのか?
否、重要どころか、討伐任務すらも存在しない。
一体なぜか。
それは、妖怪という存在は明治時代に移行すると同時に姿を消したからである。
妖怪という強大な存在がなぜ、ある一定の時期を境に日本全土から姿を消したのか……原因は現在も判明していない。
呪霊など、一部の者にしか視認できない存在もいるが、それは我々の管轄ではないため、今日の授業では除外される》
「ふあぁ……」
授業を聞いていた生徒の一人があくびをする。
タン、タン、タン……
叶炊はペンで机の上のノートを小突く。
(……そんな話、前に何度も聞いているんだ。無駄話極まれりだね……)
そんなふうに、つまらない授業を仮初の真面目姿で乗り切り……
放課後。
寮の駐車場にて、何人かの生徒が集められる。
「諸君、よく集まった。任務の内容は聞いているだろうか。塰霧叶炊七段」
整った隊服、青い首巻を着用し、腰に刀を携える叶炊に話を振る。
「東京都23区に出現した巨大な爬虫類型の妖の駆除です」
叶炊は敬礼し、答える。
「よろしい。では、現場には自らの足で来てもらう。解散!」
「「「はっ!」」」
集まった生徒達は敬礼し、各自移動の準備を行う。
叶炊、快斗、麻衣の3人はそれぞれ、自分のバイクに跨り、エンジンを起動する。
ブォォォォォーン……
ブロロロロ……
バイクのアクセルを全開にして現場へ急行。
首巻が風でたなびく。
後続の二人もアクセルを捻り、道を進む。
東京の裏路地……
規制線が張られた場所の奥へと、叶炊達3人は足を踏み入れる。
「……ここから、いつでも接敵する範囲内だ。揚げ足取られんなよ叶炊」
「君には言われたくないな」
「あぁ?!」
「……しっ。二人とも、喧嘩は帰ってからやって」
麻衣の声かけにより、騒いでいた二人は口を閉じ、刀を抜く。
叶炊が構える刀の刀身は海のような深い青色。
対して、快斗が構える刀の刀身は夕暮れの空のような緋色。
ジジジジジッ……ジジジジジッ……
推定3メートルはあるバッタ型の怪異だ。
しかも3体。
「キモっ!」
快斗がうめく。
「おかしいな……爬虫類型って聞いたんだけど」
叶炊は顎に手を当てて考える。
「んなことどうでもいいわ! さっさとぶっ倒すぞ!! 見てるだけでもゾッとする……っ!」
快斗は踏み込み、目の前に躍り出る
「武門派一刀流……ッ!!」
刀を振り上げ、バッタの頭部めがけて振り下ろす。
「鬼殺しッ!!」
が、バッタの外殻が砕けただけで致命傷を与えられたわけではない
「……まだまだァッ! 修行の成果を見せてやるぜ!
飛天御剣流! 【龍鎚閃】ッ!」
今度は飛び上がってそのまま刀をバッタに振り下ろす!
ジジッ……ジジジッ……
バッタが呻き声をあげてのたうち回り、動きを止める。事切れたのか、身体がボロボロと崩れて空気に溶けてゆく。
(いつもの武門派一刀流じゃない。あれは、飛天御剣流……?明治維新を境に途絶えた剣技……最後の使用者は後世に伝えなかったと記述されていたはず……)
叶炊はバッタの攻撃を受け流しながら、快斗の使用した技を分析する。
ガキィィンッ!
「フゥーッ……全く、文化派の書物庫から本が数冊消えていたのは君の仕業だったか」
ザァァァァ……
波の音のような呼吸音があたりに響く。
「海原流刀殺法……一式」
ジジジッ、ジジジッ!
バッタは叶炊に向かって突進する。
それと同時に……
ギィンッ!
青い軌跡がバッタの首を通り過ぎる。
「……【海鳴閃】」
ドシャァッ……
バッタの亡骸がボロボロと崩れていく。
「麻衣、そっちは?」
「……こいつだけ異様にしぶとい。変異個体かも」
麻衣はバッタの攻撃をいなしながらカウンターを喰らわせるが、攻撃が通りにくい。
「しゃあねぇ、おい叶炊。手ェ貸してやるぞ」
快斗は刀を肩に背負い、麻衣の方へと歩いていく。
「……っ!? ……二人とも下がって!」
「なっ……」
突如、麻衣と戦闘を繰り広げていたバッタの身体が宙へと浮く。
ジジッ?! ジジジジジッッッッ!!!
「……なるほどね。バッタは餌ってわけか」
ギィィアァァァァ‼︎
バッタの頭を噛み砕いた新手の爬虫類型、トカゲは咆哮を上げる。
「まったく……大仕事になりそうだ。叶恵の部活が終わる前に帰りたかったのに」
刀をくるくると回しながらトカゲの方へと視線を向ける。
「んな呑気でいられるお前が羨ましいぜ……クソったれが……一級相当だ……! 一番乗りが俺らで本当に幸いだったっ……! ぐっ……ウゥ……」
剣を振るった両腕の筋肉が痙攣し、激痛が走る。
「快斗、無理しすぎ。ここは私と叶炊でやる」
「ちくしょう……ッ!」
快斗は近くの室外機の影に身を隠す。
シュルルル……!
トカゲは尻尾を振り回す。
ドカァッ
麻衣はトカゲの一撃を受け、大きく弾き飛ばされる。
「……っ!」
しかし、倒れない。
数歩後退したところで足を止め、刀を構え直す。
守護式第四刀術
受けた衝撃を利用して間合いを取り、崩れた姿勢を最小限の動作で修正する。
派手さはない。
だが、守護派が長い実戦経験の中で磨き上げてきた、極めて実用的な技術だ。
麻衣はこの型を極めている達人。
防御の中にカウンターを挟みながら相手の力を着々と削る。
そして……!
トカゲの姿勢が崩れた!
「叶炊!!」
叶炊は麻衣の背後から、刀を手首で回転させながら入れ替わる。
ザァァァァ……!!
「六式……《b》【千斬万海峡】《b/》!!!」
ヒュルヒュルヒュルヒュル……!!
縦に回転する斬撃により、トカゲの四肢を切断。
倒れ込んだトカゲの首元に刀を突きつける。
「終わりだ」
一方……
部活が終わった叶恵は……
「はぁ……兄さん、今日はどれくらいかかるのかなぁ……」
愛用している刀二振りを収めたケースを振り回しながら帰路についている。
「……あ、コンビニでチョコのスイーツ買ってこ! 兄さん喜ぶかなぁ〜」
叶恵は近くのコンビニに入って、二つガトーショコラを買う。
「ふふん♪ 買っちゃった〜」
軽い足取りでまた帰りの道を歩く。
そして、ある場所を見つけて足を止める。
「……あ、神社だ」
それは、誰もいない廃れた神社であった。
叶恵はその神社の鳥居をくぐる。
「こんなところに神社なんてあったっけ……」
叶恵は手入れが行き届いていないお賽銭箱に五円玉を入れる。
「ご縁がありますように……なんてね。早く帰ろっと……」
神社の鳥居をくぐろうとしたその時……
異変は起こった。
突如、踏みしめていたはずの地面の感覚が消え、叶恵は落下する感覚を覚えた。
「え……」
それは、限りなく深い深海へと落ちるような感覚だった。
叫び声があたりに響く前に、地面に開いた謎の空間は閉じた。
表現とはとても難しいものです…