チュン……チュン……チュミミーン
ギェー
叶恵はやかましい鳥の鳴き声に起こされる。
「う……うーん……」
起き上がり、周囲を確認するが、見渡す限り森である。
「ここ……どこ?」
今日は一人で寮に帰る途中……
コンビニへ行ってガトーショコラを二つ買って、それから……
「思い出せない……あ、叶炊……!」
慌てて立ち上がり、スマホをカバンから取り出すが……
「け、圏外……そんなぁ……」
そして、もう一つ大事なことに気づく。
「あ……!?」
よく見たら自分の制服がボロボロだったこと、
ではなく、ガトーショコラ二つが消えていたことである。
「そ、そんなぁ……ど、どうしよう……
叶炊と一緒に食べようと思ったのに……」
くよくよしててもしょうがないので森の中を歩く。
「だ、誰かー……」
返事はない。
「……」
広い森の中、人の気配もない。
なんだか心細くなってきて、自分の愛刀のケースをぎゅっと握りしめる。
「……パミパミ?」
目の前に現れたのは小さな謎の生き物?
「わぁ?!」
「パミ〜!!」
それは驚いて森の奥へと逃げていった。
「なんだったんだろう……」
先程の謎の存在を見た後も小型の見たことのない生き物と遭遇したが、
今のところ危険はなさそうだ。
森の中をしばらく彷徨い、水源を発見した。
「……いや、んー……これは無理でしょ」
汚かった。絶対に飲み水にはしたくない。
すると……
ガサガサっ……
落ち葉を踏み締める音が聞こえる。
こちらに近づいてくる。
「あ、誰かいるの?!」
金髪で赤いリボンを着けている幼女が目の前に現れた。
「あ、あなたも……迷子?」
叶恵は目の前の少女に声をかける。
「ん、違うわよ」
その女の子はなんの動じる様子もなくそう答えた。
「じゃ、じゃあ……ここってすごいところなの?」
とにかく、ここら辺の子なら道中で見てきた魑魅魍魎の類のことも知っているはず。叶恵は情報を得るために質問した。
しかし、返ってきた回答は……
「へー……そーなのかー?」
「う、うん?」
いまいち要領を得ない返答に叶恵は困惑する。
そして、その少女が口を開く。
「あんた、どこから来たの?」
「えっと……街からだよ」
街、と言ってもこの子にわかるのだろうか。
「じゃあ、お名前は?」
「塰霧……叶恵」
「ふーん……じゃあ叶恵って呼ぶね」
なんだか変な子だ。
叶恵はそう思い、その少女に質問する。
「あ、あなたは?」
「私? 私はルーミアよ」
「じゃあ、私もルーミアちゃんって呼ぶ!」
食い気味でそうせがむ。
「そう、叶恵って変な子ね」
いや、君ほどではないよと叶恵はツッコみたくなるが、それは心の中に留めておいた。
ぐぅ〜……
そのなんだかパッとしない空気を打ち消したのは、ルーミアのお腹の音だった。
「お腹すいた……」
「お腹すいたの?」
すると……ルーミアが俯き、また質問してきた。
「ねえ、叶恵」
「え?」
再び、顔を上げたルーミアの目は、赤く光り、無邪気な殺気を帯びていた。
「あなたは……とって食べれる人類?」
「へ?」
次の瞬間、ルーミアの手が叶恵の頭に振り下ろされるが……叶恵は無意識のうちにそれを回避していた。
「あれ……避けられちゃった。楽に殺してあげようと思ったのに」
「へ……え?」
殺されかけた。目の前の、しかも自分より幼い少女に。普通の会話をしていた。場所は普通じゃなかったかもしれないが。
その事実を理解した叶恵は膝から崩れ落ち、恐怖で立ち上がれなくなる。
叶恵の腕には刀のケースが抱きしめられているが、取り出そうにも手が震えて何もできない。
「いつもは人間を襲うの面倒だし、人里で人間殺すのはルール違反だからやらないんだけど……今はお腹すいてるし目の前に外から来たあなたがいるもの。たまには人間を食べたくなるのよね」
「ひ、人を……食べる……?」
近づいてくるルーミア。
危険が迫っているのに何もできない。
武器はあるのに……
「動かないでね。その方が楽だと思うから。じゃあ、いただきまーす♪」
ルーミアは自分の肩を掴んで口を開ける。
抵抗できない。
「ま、まって……やめ……」
(……叶炊……! 助けて……兄さん……)
目をギュッと閉じる。
「いっ……だ……ぃ……!!」
そして、肩に激痛が走ると同時に、左肩から体温が失われる。
「美味しい〜……外来人って大体美味しくないんだけど……今回当たりね」
当たり前のように人を食べて美味しいと口にした。叶恵の脳裏には一つの結論が生まれる。
「あ、あなた……もしかして、妖……?」
「妖……? んー……そっちではそう呼んでるの? まあいいわ、そんなものよ。あ〜」
質問に答えたら、すぐに口を開ける。
また食べる気だ。
「黙って……見てると、思ってるの!?」
叶恵はルーミアに抱きつき、地面に叩きつけ、押さえる。
ルーミアの体は地面に押さえつけられたまま軽く揺れる。
「あれ……倒されちゃった」
肩からは未だにドクドクと血が流れている。
叶恵は今のうちに刀を取り出そうと片手をケースに伸ばすが、その判断は間違っていたことに次の瞬間思い知らされる。
「あんた、人間でしょ? どうしてそんなに力あるの?」
片手だけの拘束をルーミアはすぐに振り解く。
「あ……」
「ただの人間じゃない?」
肩がズキズキと痛む。
噛まれた部分から、じんわりと制服に血が滲んでいる。
「すこし……鍛えてただけ……」
とりあえず、刀を手に持つことはできた。
自分が扱う一振りの刀。それをルーミアに向かって構える。
対するルーミアは頬を膨らませて呟く。
「むぅ……面倒くさいなぁ……」
ルーミアの姿がふっと消える。
次の瞬間、背後に寒気を感じた。
「っ!」
体が勝手に動く。
だが、見えたから避ける。それだけ。
ルーミアの動きが読める。
次にどこへ動くか、なんとなく分かる。
「え?」
ルーミアが認識した頃にはすでに、叶恵は数歩先に立っていた。
「また避けた……」
自分の足は依然震えている。
怖いのに、体だけが勝手に正解を出している。
「へぇ……面白い能力ね。あなたを食べたら強くなれるかな……?」
ルーミアの声が少しだけ変わる。
さっきまでの遊びじみた殺気じゃない。
ほんの少しだけ、本気に近い殺気。
「楽しくなってきたから本気で食べるね?」
薄暗かった森がさらに暗くなる。
木の葉から漏れる光も消えた。
まるで夜の帳が下りてきたように。
(……暗い……っ?!)
見えない。感じるのは肩から流れる血の生暖かい感触と、冷たくなっていく感覚だけ。
ルーミアの気配が、四方に分裂したように感じる。
「どこ……どこに……!」
叶恵は刀を振い、ルーミアを探す。
ルーミアの囁き声が耳元で聞こえた。
「ここだよ」
「……二式……っ。うぅっ!?」
ガッ……
技を使い迎撃を試みるも失敗。
暗い森の中の地面に倒れ伏す。
息が詰まり、呻き声を上げる。
「ほら、人間なんてこんなものなのよ」
刀が両手から滑り落ちる。
「うぅっ……」
(見えない……暗い……怖い……っ……!)
その時、脳裏に浮かぶ顔があった。
叶炊。
あの感情表現が最低限で、少し抜けてるところがあって。それでも頼りになる兄。
「……っ」
叶恵は覚悟を決め、ぎゅっと拳を握る。
「……まだ」
「ん? なんて?」
「まだ……終わってない……!」
ルーミアの腕を掴む。
「おぉ……?」
視界は暗いが、恐怖の形だけは見えている。
「見えないなら……当たらなければいいだけでしょ……!」
「……狼に捕まえられた野うさぎみたいに抵抗しない方が楽なのに」
すぐにルーミアに押さえつけられてしまう。
「ふーん……髪、綺麗だね。さっき噛んでみたけど、美味しかったし。じゃあもう終わろう? 楽しかったわ。叶恵」
(死ぬんだ……私……)
もう大量に出血している。
意識が混濁してきた。
霊符【夢想封印】
意識がなくなる間際……
複数の光球がルーミアを弾き飛ばす光景を見た。
「わはー……」
ルーミアを吹き飛ばしたであろう巫女装束の少女が叶恵の元へと歩いてくる。
「まったく……雑魚が何やってるのよ」
「あ……誰……」
「……立てる……わけないか。悪いけどうちの神社に連れてくわね」
自分と同じくらいの小さな背中に背負われ、
叶恵の意識は暗い闇に沈んでいった。
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