新エリー都でおにぎりを握る。   作:キノント

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『アレクサンドリナ・セバスチャン』

 

 

「────痛みなどを感じましたら、どうぞお申し下さいませ」

 

 

 アパートの一室。

 敷いた二つの座布団が重なり合いそうなほど近い距離で、向かい合って座るワカとリナ。

 

 差し出されたワカの右手を、リナは大切なモノを扱うがごとく、その両手で包んだ。

 手首周りを指の腹が擦り這い、甲の骨の間が優しくなぞられ、指の関節が一つ一つ挟み解されていく。

 

 

「本来は先に手を温めてから行うものなのですが、ワカさまは問題無さそうですわね。何か手作業でもされていたのでしょうか?」

 

 

 リナの細く嫋やかな指が、ワカの指の爪先から抜け、また手首の方へと舞い戻る。

 質問の返答は決まり切っていたもので、『そうですわね。この方はいつもそうでしたわ』と、腑に落ちたリナは淡く微笑んだ。

 

 指が手の甲に浅く沈み込み、円を描くようにして全体を巡っていく。

 一度目とは違って彼女の指はワカの指を軽く摘まみ、鈴を鳴らすかのように左右へと揺らした。

 

 小指から順に、丁寧に五回。

 ほんの少しだけ汗ばみ始めたのは、果たしてどちらの指なのか? 

 

 

「すみません、ワカさま。少々気になってしまいまして……」

 

 

 ワカの右手をくるりと半回転させたリナは、その手のひらをジッと見詰めた。

 それは『あれだけのおにぎりを作れる手のひらとは、一体どのようなものなのでしょうか?』という湧き出た疑問を、抑えられなかったためである。

 だが彼女の眼に映ったのは、何の変哲も無い手のひらであった。

 

 その事実にリナは、少しだけホッとした。

 自身の目標が、特別な何かに関係無く、技術と経験と熱意によって到達出来る目標であることが分かったからだ。

 

 

「──くすぐったい? ……ふふっ」

 

 

 ワカの言葉を受け止めつつも、リナの手は止まらない。

 

 押しては離れ、押しては離れ。

 彼女の指は手のひらの膨らんだ部分──指の根本周辺を、重点的に、丹念に、揉み込んでいく。

 皺に沿って何度も辿った後、彼女の指の腹はワカのそれと重ね合わせられた。

 

 そして最後に、リナの両手がワカの右手を再び包み込む。

 

 

「……いかがでしょうか?」

 

 

 リナの両手という籠から、ワカの右手がするりと引き抜かれる。

 触れていた手が離れた瞬間、リナは何故か名残惜しい気持ちになったが、その気持ちを心の隅に追いやって、ワカへと感想を尋ねた。

 

 右手を何度か動かしたワカは、明らかに動かしやすくなったその状態に驚き、嬉しそうに彼女へと感謝を述べる。

 その感謝を受けたリナも、同じように嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「お力になれたようで、わたしも安心いたしました」

 

 

 そう言って、リナの視線は反対側────ワカの左手へと向けられる。

 そしてワカが何か言うよりも先に彼女の手が伸ばされ、彼の左手は彼女の手中へと収まった。

 右手の時よりもほんの僅かに、しっとりとした感触と感情が、そこに確かに存在した。

 

 リナが、ニッコリと微笑む。

 

 

「──左手も、このリナにお任せ下さいませ」

 

 

 

 

 

 ────────

 ────────

 

 

 

 

 

 一体何が起こってしまったのでしょう? 

 

 ハンドマッサージの後、リナさんは満足そうにして帰っていってしまわれました。

 

 そして私は、行っていた作業を中断したまま、布団に横になっております。

 先程起きた出来事を整理するためです。

 

 リナさんを部屋に招き入れるまでは特に問題が無かったように思います。

 強いて言えばいつものスーツ姿ではなくジャージ姿をリナさんに見せてしまったことが、少々恥ずかしかったくらいです。

 

 玄関からリビングまでの短い道のりの間も、リナさんは興味深そうに周りを眺めておりました。

 私のアパートは玄関のすぐそばにキッチンが有りますし、おにぎり用のいろいろな器具や食材などをあちこちに置いてありますので、きっとそれらが気になったのでしょう。

 

 そしてリビングに入って、来客用の座布団を出して、インターフォンで伝えた通りおにぎりを出して……。

 

 最初は世間話だったはずです。

 お互いの近況────私の場合は郊外で起こった出来事を。

 リナさんは仕事の関係上で守秘義務が有りますので、同僚の方との日常を。

 

 そこから今日が休日だったことを話して、リナさんから休日はどう過ごしているのかを聞かれて、『休日』の言葉通り休んでいましたと返して……。

 

 ああ、そうでした。

 

 体を休めるのならばマッサージなども効果的です、と言われて。

 何も持たずに尋ねてしまったお詫びに、とマッサージを提案されて。

 断ろうとしたところでよくお使いになる手だけでも、と粘られてしまって。

 

 拒否の姿勢を取る度に曇っていくリナさんの表情。

 それに耐え切れず了承したところ、先程の状況になったのでしたね。

 

 おにぎり以外のことだと途端に判断能力が下がってしまう。私の悪いところです。

 おにぎりのことであればもっと理路整然とした態度を取れるのですが……。

 

 ──ともあれ。

 

 帰る時のリナさんはとても満足した表情でした。

 メイドという職業柄、誰かに喜んでもらえることがきっと嬉しかったのでしょう。

 

 今回はお互いに良き時間を過ごせた、ということにしておきましょうか。

 

 ……ええ、良き時間です。

 大変素晴らしい収穫でした。

 

 

 この、疲労が消えて動かしやすくなった両手! 

 

 

 これならばもっと美味しいおにぎりを握れること間違いありません。

 ハンドマッサージがこんなにも効果的だとは思いませんでした。

 

 ……手は二本有るわけですし、片方の手でもう片方の手をセルフマッサージする方法なども、調べれば存在するのではないでしょうか? 

 

 あるいはこの道のプロなどに聞いてみるのも一つの手ですね。

 リナさんもいろいろと知ってはいそうですが、彼女の時間を奪うわけにはいきません。

 

 次の休日はルミナスクエアの、デュイさんの整体スタジオを訪ねてみることと致しましょう! 

 

 

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