『──本日のグルメフェスの終了時刻となりました──』
『──ご来場の皆様は足元にお気をつけてお帰り下さい──』
『──明日もスタッフ一同が皆様を心よりお待ちしております──』
日が沈み始めた夕暮れ時。
場内のアナウンスが流れ、次第に人々がまばらになっていきます。
『ファンタジィ・リゾート』自体は夜も問題無く営業しておりますが、『グルメフェス』の方はそうもいきません。
今回は三日間に渡る開催のため、次の日に備えて出店者達は掃除と準備を行います。
そしてそれは私も例外では無いのですが……。
「お、差し入れか?」
「おにぎり? いいね、助かるよ」
「ありがとねぇ。ウチのも持ってって?」
「へえ……これが噂の……」
私のお店は掃除も手早く済みますし、明日の準備もどちらかと言えば翌朝の方が都合が良いのです。
……ですので、出店者の皆様に差し入れのおにぎりを配っております。
──ええ、そうですよ。
おにぎり、結構余ってしまったのです。
これには流石の私も驚きと動揺を隠せません。
皆様も何となくそれを察しているのでしょう。おにぎりの方は快く受け取って貰えました。
「ええ……何これ……? 美味すぎ……」
「……俺が今まで食べたおにぎりはおにぎりじゃなかったのか?」
「もう一個頂けるかしら?」
「か、神様……!」
「この出来でも売れ残るのか……」
おにぎりを食べた皆様からは好評を頂きました。それは今日来てくれたお客様も同じです。
そう、食べてくれさえすれば喜んで貰えるのです。
……でも、それが一番難しいところなんですよね。
飲食業に携わる人なら誰でも経験する、大きな壁と悩みどころです。
「まあ確かにリゾート地に来たならそれっぽいものが食べたいよな」
「グルメフェスなんだから珍しいものとかもそうだよね」
「『美味い』と『食いたい』は違うからなぁ……」
「やっぱりこういう場なら特別感は大事よ」
「美味いものなら売れるという考えは捨てた方が良いわ」
そうこうしている間にいつの間にか、出店者の皆様に囲まれてしまいました。
皆様私のおにぎりを片手に、いろいろと意見を言ってくれたり、飲食業あるあるのような世間話をしておられます。
──ああ、すみません。スタッフさん。
いえ、この人だかりはトラブルなどでは無いですよ。
それよりもおにぎりはいかがですか?
「これがおにぎり? 初めて食べるのだわ!」
「マジで言ってんのかよ……」
「アリスってばそういうとこ、ホントお嬢様だよねー」
何だか仲の良さそうな三人組です。
スタッフにしては随分とお若く見えますが、首から下げているスタッフ証は本物のようですので、関係者であることは間違い無いでしょう。
……それにしてもその内のお一人、大柄なシリオンの男性のあなた!
とても良い筋肉です。素晴らしいおにぎりを握れそうですね。興味とかは有りませんか?
────という言葉は胸の内だけに留めておきます。
昔こうやって声を掛けて治安局にお世話になった経験が活きましたね。
無理な強要に過度な勧誘、駄目絶対!
「お、美味しいのだわ! おにぎりはこんなにも美味しいものなのかしら?!」
「……いや、これは流石に美味すぎねぇか?」
「こ、これはちょっと柚葉もビックリかも……!」
ああ……おにぎりで喜んでくれる方を見ると癒されますね……。
もう一ついかがですか?
炊いたお米も残ってますので、新しいのも握れますよ?
──ええ、まあ、はい。売れ残ってしまいまして……。
そうですね、味とおにぎりには自信が有ります。
ですが、それだけで繁盛するとは限らないということなのでしょう。
……いえ、今のところ何も案はありません。
米も具材も用意したものは今日と同じものですし、この時間から明日までに新しい何かを準備するのはとてもとても……。
………………強いて挙げるなら、おにぎりの形状くらいであればどうにか出来るのですが、お客様の興味を惹くものというのが、見当も付きません。
────『シンメトリー』?
これが米の流れを規則的にした状態です。表面の米粒を全て縦にしてみました。
「……シンメトリーなのだわ」
海苔を巻きます。米粒と触れる部分を調整して、おにぎり自体の熱気をコントロールすれば、海苔のグラデーションもこのように。
「シンメトリーなのだわ」
食べてみて下さい。中もちゃんとシンメトリーにしておきましたので。
「シンメトリーなのだわっ!」
ええ……? 食べ口が完全なシンメトリーなのですが、何でしょうかその技術……?
「これも一種の怪談だろ」
「柚葉もそう思う」