新エリー都でおにぎりを握る。 作:ワナシ
お握り屋『握善<にぎりよし>』は、新エリー都の各地で販売を行っている、移動販売式の店舗の名称である。
店主の男性──通称『ワカ』は、その知人のほとんどから『おにぎり狂い』と認識されている。なお最初は『変人』の認識だったのだが、本人から直々に『おにぎり狂いの方が良い』という申し出があったため、知人達は認識を改めた次第だ。
そんな彼だが、実はおにぎり以外の料理についても、総じてレベルが高い。
その道の専門家にはもちろん及ばないが、街の飲食店であれば高い評価を受けること間違い無しな腕前である。
肉料理、魚料理、サラダ、スープ、デザート、ドリンク、そば、うどん、パスタ、ラーメン、揚げ物、天ぷら、粉物……。
挙げればキリが無い程に、あらゆる料理に精通している。
────何故か?
無論、おにぎりのためである。
そもそもおにぎりを美味しく作るには、使用する米を選別し適切な時間で炊くための知識、炊けた白米を最適な強度と美しい形状に握るための技術、食す人達の好みや時期毎のトレンドに合わせる経験、これらが必須なのは周知の事実だが、その中身──具材までこだわることは少々軽視されがちである。
わざわざ個別に料理し、あまつさえおにぎり用に小さく整え、白米と併せて最後にようやく握る……。そこまでする人は少ないだろう。
出来た料理をどんぶりご飯にのせて食べる方が、手間が減るし実にスピーディーだ。
だが彼は、『そこまでする』側の人間だった。
多種多様な料理に精通するのは、全てがおにぎり用の具材のためなのである。
もちろん既製品を具材として使うことに全く問題は無い。
彼もそれで握ることは多々あり、出来上がったおにぎりも美味しく頂いている。
そしてその既製品の良い部分を、自身の料理──おにぎりの具材へとフィードバックするのだ。
『よく言いますよね。すべての道はおにぎりに通ず、です』
そのような格言は、無い。
そんな彼の本日の営業場所は、『ルミナスクエア』である。
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主要な施設が並ぶ『ルミナスクエア』。
大型のモールのみならず、多種多様な飲食店や娯楽施設、数々の専門店が揃っていて、私も休日によく訪れる場所の一つです。
何のために?
おにぎりのインスピレーションのために。
今日はその一角にある駐車場の隣での営業でしたが、時刻はもう夕方を過ぎようとしています。
ここで営業した当初は売れ残るおにぎりも多く、家に持ち帰っては悔しさとおにぎりに対する申し訳無さで涙を流したものですが、今となってはそれも昔の話。
今日のように営業時間終了の前に完売することも珍しくありません。
ちなみに本日最後のおにぎりは『梅おにぎり』でした。当店の梅おにぎりはしっとりタイプとカリカリタイプの両方を用意しております。もちろん種とヘタは取り除いておりますので、気兼ねなく頬張れますよ!
……ちょっと待って下さい。
よく考えてみると時間前の完売は、それはそれでよろしくないのでは? 。
本当は買いたかったけど売り切れで買えなかった、という人もたくさん居るはず……!
何ということでしょう!
私は、作った分が売れたことだけで満足してしまっていた!
今もこの『ルミナスクエア』の何処かで、おにぎりが食べたくてお腹を空かせている人が居るかもしれないのに!
私は、自分が不甲斐ない!
もっと、もっと握らなくてはっ……!
お店を片付けている最中でしたが、自身への怒りに身体の震えが収まりません。
「……ワカさん、何してんの?」
そんな私に掛けられる声。
おにぎりに囲まれる状況を想像することで即座に精神を安定させた私は、声の主へと顔を向けました。
──こんばんは、エレンさん。少々取り乱していました。ご覧の通りもう問題はありませんよ。
「いや、少々どころじゃ無かったと思うけど……」
そこに居たサメのシリオン──エレンさんは、学生で、当店の常連客で、私の料理の弟子でもあるリナさんの知人でもあります。
……ふむ、彼女は学生なので平日である今日は学校に居るはずなのですが、これはどういうことでしょう?
「試験期間だから」
私の視線から察したのか、聞くよりも先に答えが返ってきました。
学校の試験期間は通常よりも早く帰れると聞いたことがありますので、そういうことなのでしょう。
ではなぜ試験期間なのにこの『ルミナスクエア』に居るのか、という新たな疑問は発生しますが、試験のストレス解消や単なる息抜きに訪れたのかもしれませんし、これ以上は余計な詮索というものです。
大事なのは。
そう、大事なのは。
彼女の視線が明らかに商品が無くなった空箱に注がれており、その様子がどこからどうみても残念そうにしているということ……!
私が、私がもっと握っておけば!
「何であたしより落ち込んでんの……。それより、さ」
彼女は何処か可笑しそうにフッと笑った後、視線をあちこちに彷徨わせました。
気怠げな印象が強いエレンさんですが、このそわそわとした様子はとても珍しいものです。
「……リナとは、最近どう?」
そうして切り出されたのは、何とも抽象的な質問。
『リナさんはどう?』ではなく『リナさんとどう?』という聞き方なのが、少々気になりますね。
もっと具体的に『リナの料理は最近どのレベルまで成長したの?』と聞いてもらえれば、『20%。それがリナさんの作ったおにぎりが身体に異常なく食べられる確率です』と答えられるのですが……。
……ですがこうして考えてみると、リナさんは立派に成長してくれています。
本人は良かれと思って炊く前から様々な材料を投入し、通常の白米を炊くことさえ出来なかった頃が懐かしく感じられます。炊飯器も何台駄目にしてしまったことか。
初めてまともに出来上がったおにぎりを食べたリナさんの同僚──ライカンさんの表情も、感動ものでした。食材を無駄にするわけにもいかず失敗したものは私が全て食べておりましたので、私の感動もより一層というものです。
『新エリー都市長から表彰されるべきです』との言葉も頂きましたが、流石にそれは過言というものでしょう。
それで、質問の答えとなると……。
まだまだ看板はあげられません、という感じですね。
まだまだどころか、まだまだまだまだまだまだくらいある、というのが本音ですが。
……何だか不満げなご様子ですね。
「……そーいう感じね」
私の回答がお気に召さなかったのか、エレンさんは手をひらひらと振り、「じゃあね」と言って帰ってしまわれました。
こちらを振り返ることも無く、彼女の大きな尻尾だけがゆらゆらと揺れ、ゆっくりと遠ざかっていきます。
うーん、まだまだまだまだ程度に抑えておくべきだったのでしょうか?
……おにぎりと同じで、人の心情を慮るのは難しいものです。
『おにぎりは一日にして成らず』とも言いますし、私ももっと精進しなければいけませんね。