新エリー都でおにぎりを握る。   作:キノント

4 / 14
わかめ

 

 お握り屋『握善<にぎりよし>』は、新エリー都の各地で販売を行っている、移動販売式の店舗の名称である。

 

 その店舗の男性店主──ワカは、自他ともに認められる『おにぎり狂い』であるが、一体どのようにして『おにぎり』に狂うこととなってしまったのか。

 

 そこには聞くも涙、語るも涙の一大スペクタクル巨編が────。

 

 ────全くもって存在しない。

 

 世界各地を呑み込んだ異常空間『ホロウ』によって引き起こされた、『ホロウ災害』による孤児という経歴は存在するが、その程度の経歴はさして珍しくも無い。

 当時幼かった本人はもう顔も憶えていないが、その両親にも特別な何かは無く、その血筋にも特筆すべき点は無い。

 

 だというのに、『おにぎり狂い』はこの新エリー都に爆誕した。

 

 超自然的特異点<スーパーナチュラルシンギュラリティおにぎり>である。

 

 ……しかし人類は、その熱意が『おにぎり』だけに向けられていることに安堵するべきなのかもしれない。

 

 悪事のみならず科学や軍事などに向けられていたのならば、人類は『ホロウ』とはまた別の脅威に立ち向かう事態へと陥っていた可能性が十分にあるのだから。

 

 そしてその可能性に比べれば、彼が引き起こしてしまったいくつかの事態は、些事といっても差し支えないだろう。

 

 彼の握るおにぎりが美味過ぎるあまり、血走った目と荒い鼻息で店を訪れる客が一定数存在していること。

 ──なお現在進行形で増加傾向にある。

 

 彼の握るおにぎりの完成度が高過ぎるあまり、食した料理人が自身の店を畳んだり、筆を置くかのごとく包丁を置いてしまったりしていること。

 ──なお大半は『一から料理の修行をし直す』といって奮起している。

 

 当人達の嗜好とおにぎりの味がベストマッチしてしまった、という不測の事態の結果であるとはいえども、上記はほんの一例に過ぎず、これから先もこういった事態は引き起こされていくに違いない。

 

 

 ……優秀なストッパー役が現れてくれることを、切に願う。

 

 

 そんな彼の本日の営業場所は、『リバーブ・アリーナ』である。

 

 

 

 ────────

 ────────

 

 

 

 地下地区に作られたトンネル網とは思えないほどの活気に満ちた場所、『リバーブ・アリーナ』。

 

 小から中程度の規模の様々なイベントが日々行われており、まだ世に知られていない傑物が、この場所から生まれて巣立っていくことが多々あります。

 

 ──つまり、ここはイベント会場のようなものという訳です。

 そしてイベント会場に必要不可欠なもの……そう飲食物(おにぎり)ですね。

 

 前回の反省を踏まえいつもより多めにおにぎりを作っておいたのですが、どうやら正解だったようです。わずか数個を残して午前の営業を終えることが出来ました。

 

 ……つまりより多くの人々におにぎりを食べてもらえたということです。

 これが嬉しみの極みというやつですね! 

 

 

「相変わらず最高のおにぎりね! ……ところで、チャーハンで握ってみるのも良いんじゃないかしら?」

 

 

 そして休憩のために会場隅っこのベンチに腰を下ろしていた私の隣に現れた、サングラスでは隠し切れない華やかさを纏った黒髪の美女。新エリー都の歌姫ことアストラさん。

 

 オフの日によく来るようで、ここで会うのも初めてではありません。

 

 おにぎりのいくつかは、彼女の胃に消えてしまいました。

 そして残りのおにぎりも彼女の手によって後ほど、少し離れたところでこちらを見守っている金髪の女性マネージャ──―イヴリンさんに届けられることでしょう。

 

 誰かがおにぎりを食べてくれるのならば、私の昼ご飯なんて二の次三の次です。

 私の空腹については、エアおにぎりで一時誤魔化すことに致しましょう。うん、美味しい美味しい! 

 

 ちなみにですが、アストラさんの軽食用としてイヴリンさんがおにぎりを買いに来てくれて、『シェフを呼んでちょうだい』といった具合で直接お会いしたことが、彼女達と知り合ったきっかけです。

 

 おにぎりの味に大層喜んでいたアストラさんは、お礼代わりに曲のリクエストを受け付けてくれたのですが、私は小さい頃から大好きである、お弁当箱におにぎりを詰める歌をお願いしました。

 

 彼女と、その隣に居たイヴリンさんの、きょとんとした表情が忘れられません。

 

 おにぎりが出てくる名曲ですよ? 

 私も時々口ずさみますし、ついついおにぎりばかり詰めてしまいます。

 

 まあそれはともかく、チャーハンのおにぎりですか。

 チャーハンはチャーハンとして完成している以上、手を加える必要は無いと思われますが……。

 

 ──はっ! 

 

 

「……?」

 

 

 突如固まってしまった私に、アストラさんが疑問の表情を浮かべておりますが、それどころではありません。

 

 彼女が手に持っているおにぎり──『わかめおにぎり』。

 これはわかめを混ぜ込んだご飯を握ったというとてもシンプルなものですが──。

 

 ──『わかめご飯』として成立しているものに、私は手を加えてしまっているではありませんか! 

 

 何たる矛盾! 私に『チャーハンおにぎり』を否定する資格など無い! 

 

 よって、『チャーハンおにぎり』は一考に値するとします。

 ……というよりも、これを否定することは『わかめおにぎり』や『五目おにぎり』なども否定することになってしまい、そんなことをした日には私が自己崩壊しかねないので、認めるしかないでしょう。

 

 これもまた……おにぎりの新たな可能性、ですか。

 

 ……気付かせてくれてありがとうございます、アストラさん。

 

 

「よく分からないけれど……どういたしまして?」

 

 

 今回のお礼として『チャーハンおにぎり』が出来た際にはいの一番にお伝えすることを約束すると、アストラさんは満面の笑みを浮かべて「楽しみに待っているわ!」と言ってくれました。

 

 それからいくつかの世間話をした後、彼女は楽しそうな雰囲気を纏ったまま人混みへと消えていきます。去り際にイヴリンさんも、こちらに軽い会釈をしてくれました。

 

 そして私の脳内は、午後営業の準備と『チャーハンおにぎり』に占められていきます。

 

 

 最高の『チャーハンおにぎり』を作るのに必要なのものは? 

 

 答えは簡単。『最高のチャーハン』です。

 

 

 ……まずは『チャーハン』を極めなければいけませんね

 最低でも二週間は掛かってしまいそうです。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。