お握り屋『握善<にぎりよし>』は、新エリー都の各地で販売を行っている、移動販売式の店舗の名称である。
店を開業してからそれなりの時間が経ち、それなりの知名度を得て、それなりの信奉者が誕生してきた。
……何故一介のおにぎり屋に、信奉者などというものが誕生しているのか?
店主の見た目通り、何か危ないクスリを使用しているのかもしれない。
その証拠と言わんばかりに、本人の言動は時々常軌を逸している。
風の噂によると休んでいる姿が見受けられず、何十連勤もしているだとか。
その謎を解明すべく、新エリー都で活動している配信者・インフルエンサー・探偵・噂好きが、お握り屋『握善<にぎりよし>』へと向かい、多くが信奉者となって帰って来た。
ミイラ取りが何とやらである。
だが勘違いしないで欲しいのは、『信奉者』といっても何か活動を行ったりしているわけではなく、店主の握るおにぎりを少々過剰なくらい好きになってしまっているだけである。
好きなものを聞かれれば『おにぎり』と即答してしまったり。
近くで営業している際は真っ先にその列に並びに行ったり。
休日であっても遠方の営業先までわざわざ店を訪ねたり。
自身が食べたいがあまり、他の人へ食べさせて布教、などといったことがあまり行われていないのは、不幸中の幸いであろう。
断言するがお握り屋『握善<にぎりよし>』は、違法性のあるモノの使用など、『悪いこと』は一切していない。
──それはそれとして疑いを持たれることは最早日常茶飯事であり、事情聴取として治安局駐在所に呼ばれた回数も、先日ついに二桁となったのであった。
そんな彼の本日の営業場所は、『パーティー会場』である。
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「君の噂は聞いているよ。我が社の系列店で働いてみる気は無いかね?」
無いですね。お帰り下さい。
「アナタ最近幅を利かせているみたいねぇ。でも、うちを敵に回すとどうなるか……分かるでしょう?」
分からないです。お帰り下さい。
「ンナンナ! ンナ!」
ンナ。ンーナ、ンナンナ。オニギリ。
「ぜひ! この私を! 弟子に!」
弟子は間に合っています。ええ、本当に。お帰り下さい。
「当家主催のパーティーでおにぎりを握って────」
詳しくお聞きしましょう!
────そういった複雑な事情で、今回私はとあるパーティー会場にて、おにぎりの実演提供をするに至ったわけです。
おにぎりを握らせてくれる。
おにぎり以外のことを極力する必要が無い。
米から具材、交通費等に至るまでの全てが依頼人持ち。
ここまで条件が揃うと、私としても断る理由がありません。
『おにぎりに貴賤無し、食す相手にも貴賤無し』というやつですね。
パーティーともなれば基本的に地位や身分が高い人ばかりですが、おにぎりは誰に対しても平等ですから。
…………それにしても、まさか貴女のような方が居るとは思いませんでした。こういったパーティーにはよく参加されるんですか?
「いや、初めてだ」
そう言ってこちらをジッと見つめてくる、新エリー都の住人のほぼ全員が知っている有名人────『虚狩り』の星見雅さん。
狐のシリオンで、『和』という単語がとても良く似合う女性です。おにぎりを持ってくれればさぞ絵になることでしょう。
おにぎりの実演提供の最中から遠目に見えて、居ることは既に気付いておりましたが、わざわざこちらに来るどころか話し掛けられるとは思ってもいなかったわけでして……。
他の参加者達も、『何を話しているんだ?』『あの男、星見雅とどういう関係なんだ?』『おにぎりおいしい』といった様子で、遠巻きにこちらを観察しているようです。
違います。私はただのおにぎり好きで、一般人です。この人とは初対面なんです。信じて下さい。
「先程の実演、見事な手さばきだった。何か特別な修行を?」
ええと、私はただ出来立てを提供するために握っていただけなのですが……。
洗練されていた、という意味でしょうかね?
具材と共に白米を握って海苔を巻く。おにぎり一個当たり三秒程度の、動作としては単純なものです。
特別な修行というのは心当たりがありませんが……まあこれが私の生業ですので、慣れと経験の賜物だと思います。
「なるほど、普段の日常が修行そのもの……。常在戦場の精神ということか。とても参考になった。感謝する」
どういたしまして、で良いんでしょうか?
……何と言いますか、彼女の視線がまるでこちらを品定めしているようで、とても落ち着きません。
流石の私もそろそろ現実逃避してしまいそうです。……彼女の耳の形、よく見ると縦長の三角おにぎりみたいですね!
「……それともう一つ。柳と蒼角がよく世話になっていると聞いた。そちらも礼を言いたい」
現実逃避しかけていた私は、彼女のその言葉でようやく引き戻されました。
柳さんも蒼角さんも当店の常連客ですし、いろいろありまして休日をご一緒することもあります。
柳さんはともかく蒼角さんはあの性格ですから、ご自身の職場で世間話程度に私の事を話していたのかもしれません。
なるほど、だから私に対して品定めをするかのような視線を向けていたのですね。
テレビや雑誌ではクールなイメージがありましたが、とても部下思いな方のようです。
私に話し掛けてきたのも、これが主目的だったのでしょう。
お礼の言葉と共に深々と頭を下げた星見さんが姿勢を戻した時、何となくですが先程よりも柔らかな雰囲気を纏っているようでした。
お二人には私もいろいろと助けられていますし、お互い様というものです。
こちらこそわざわざありがとうございます、星見さん。
「──ところで、こういった催しを途中で辞するのは問題無いだろうか? 目的を達成した以上、戻って修行の続きをしたいのだが……」
……なるほどなるほど。
この人、クールというよりは結果的にそう見えるだけで、自分の分野や興味の有る事柄以外には、労力を割かないタイプですね。
ちょっと想定してみましょう。
あの星見雅がおにぎり屋の店主と何かを話し、頭を下げたりしていた。
そして店主と話し終わった後、すぐにパーティーを抜け出していった。
まあ傍から見ればこんな感じでしょうね。
──厄介事の匂いしかしません!
主催者にも他の参加者にも、私が問い詰められる未来が容易に見えます!
ここは何としてもパーティー終了まで留まって貰わなければ……!
ええと、ええと。
何か出来ることは……。ううっ、私にはおにぎりしか無い! かくなるうえは、最終手段をっ!
……あの、星見さん? 私の全身全霊・誠心誠意の『本気塩おにぎり』はいかがですか?
一部の方からは『至高の一品』『一種の到達点』『何故か母の味を思い出した』と、評判なんですよ?
「……ぜひ頂こう」
──最終的に、引き留めには成功致しました。
代償としては私自身の極度な消耗です。足が棒のようといった具合に、両腕が棒のようになりました。
体力も精神力も使い果たしてしまいましたので、数日はおにぎりの販売数を減らす必要があるでしょう。
そして星見さんからは、本日三度目となる大層な感謝の言葉を頂けました。それと、今度は店に行くのでまた握って欲しいとのことです。
ま、またのご来店をお待ちしております……。