お握り屋『握善<にぎりよし>』は、新エリー都の各地で販売を行っている、移動販売式の店舗の名称である。
その店主──ワカの一日は、大抵が同じ具合で進んでいく。
基本的に販売は朝・昼・夕方の三つであり、朝は通勤や通学をする層を、昼は休憩に入った会社員などを、夕方は帰宅する者達や付近に遊びに来る者達を、ターゲットとしている。
空いている時間はおにぎり関連の作業ばかりで、米を炊く、具材を調理する、握る、米を炊く、具材を調理する、握る、米を炊く、具材を調理する、握る…………と、この繰り返ししかない。
営業が終わって自宅に帰ってからの内容も毎日ほとんど同じで、使用した器具などの掃除、その日の営業の帳簿付け、連絡アプリ『ノックノック』の返信、企業などからの依頼メール確認、新しいおにぎりのためのアイディア探しなど、おにぎりや仕事に関連した事柄しか基本的にしないのだ。
しかしそのルーティーンのような日々が、変わる時が二つある。
一つは休日。
そしてもう一つは──『おにぎり遠征』の時である。
一月の中で数日ほど、新エリー都の郊外へと出向く。彼はこれを『おにぎり遠征』と呼んでいた。
ビルが立ち並び発展した都会である新エリー都の中心部と、荒野と砂漠が広がり未開発地域も多い郊外。
あまり交わらなさそうな両者であるが、『エネルギー』という一点で、実は深い関わりがある。
新エリー都の主なエネルギー源は『エーテル』と呼ばれる『ホロウ』産の物質であるが、まだまだ解明されていない未知の部分も多く、工業を始めとした様々な場所では、『石油資源』が使われているというのが現状だ。
そして郊外には、多くの油田地帯がある。
これによって両者の間に、需要と供給が発生したのだ。
なお仲良く手を取り合っているかと聞かれればそうではなく、新エリー都側の企業間対立もあれば、郊外側のチーム間抗争もある。
陰謀渦巻く場所であり、新エリー都に比べれば遥かに治安も悪い危険地帯なのだが────。
────『おにぎり狂い』には関係無いっ!
何故なら『おにぎり』を握るだけだからっ!
そんな彼の本日の営業場所は、『ブレイズウッド』である。
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新エリー都の郊外に存在する町の一つ──『ブレイズウッド』。
そこで数ヶ月ほど前に再建されたというダイナー……『チートピア』が、今回の私の仕事場所です。
窓が無いタイプのダイナーなので風が吹くと少々砂が飛んでは来ますが、初めてこちらにお邪魔した頃の、屋根も椅子もテーブルも無い場所での販売に比べれば、天と地の差でしょう。
ところで『チートピア』の『チー』は、『チーズ』の『チー』でもあるそうで、『郷に入っては郷のおにぎりに従え』とも言いますし、私もそれに倣って『おかかチーズ』などを作るつもりです。
『ブレイズウッド』の町長兼『チートピア』の店長でもあるカーサさんに挨拶も済ませましたし、早速準備に取り掛かるとしましょうか。
キッチンも多少は使わせて貰えますが『チートピア』自体は通常営業ですので、なるべく邪魔にはなりたくありません。
いつも通り乗って来た移動販売用車両の方を、使うことにしましょう。
「──俺に何か手伝えることはあるか、ワカ?」
荷台に詰め込んでいた食材や器具を引っ張り出していた私に、掛けられる声。
その声の主はここで何度かお世話にもなっている、赤いマフラーが良く似合う男性──ライトさんでした。
この『ブレイズウッド』を主な拠点として活動している走り屋集団兼運送会社、『カリュドーンの子』。
ライトさんはこの『カリュドーンの子』のメンバーで、主に用心棒的存在だと聞いています。
確かにライトさんの体付きは身体能力が非常に高い人のソレです。
……良いおにぎりを握れそうですね。貴方もおにぎり屋になりませんか?
というのはさておき、手伝うというのは……おそらく彼のところのボス──シーザーさんの指示でしょうかね?
「ああ、うちの大将に言われてな」
やはりそうですか。となると……。
「伝言も預かってる。『取り置きしておいてくれ』、だそうだ」
そうですよね。
私のおにぎりを気に入ってくれているようで、何よりです。
ライトさんという貴重な労働力を提供してくれたわけですし、いつもより多めに取り置きを作っておくことにしましょう。
礼には礼を以って返す。なので、ライトさんにはおにぎりを以って返す、ということですね。
……しかしそれはそれでどうしましょうか?
以前にも『カリュドーンの子』の皆様にお店のお手伝いをして頂いたことはありますが、それはこの『チートピア』が出来る前でしたので、護衛や運搬作業などが主なものでした。
そして今回はちゃんとしたお店が有りますので、逆に頼める作業も限られてしまいます。
料理は駄目。護衛も必要無い。
そうなると運搬作業ですが、今は助かるとして営業時間になった時には、ライトさんが暇になってしまいます。
…………ライトさん、ウェイターってお願い出来ますか?
服装はそのままで、エプロンさえ付けてもらえれば大丈夫ですので……。
「任せておけ。エプロンの色は選べるか?」
この人、それなりにノリが良いので非常に助かります。
『カリュドーンの子』の主力メンバーは、ボンプのモックスさんを除けばライトさん以外全員が女性ですので、そういった環境で過ごしていることが、この対応力に繋がっているのかもしれません。
…………つまり私もそういった環境に身を置けば対応力が上がる?
対応力が上がれば初見のお客様にも良い印象が残せるようになるかもしれませんし、一考の余地があるとしておきましょう。
ちなみにライトさんが選んだのは、白でした。
白米の白。良いセンスです。
仮に黒を選んでいれば、海苔の黒となります。
そちらでも、良いセンスです。