妙なリザードマン♀を連れて行商するだけの話   作:4645 (ケモ系大量生産クリーチャー)

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完全見切り発車


妙なリザードマン♀を連れ歩くことになってしまった

 

 

 

 

 

 

 

「…では、頼んだぞ。

大事な愛娘だ。くれぐれもヘンな目に遭わせてくれるな」

 

「ハイ、もちろんです。

絶対、かならず!無事に娘さんを返して見せます」

 

「うむうむ…

ではな、愛娘よ。世界を学んでくるのだぞ…」

 

 

 

 …リザードマンの首長は村の中へ戻って行った。

 

 満足気な背中とは裏腹に、私と彼女が取り残された門の前には気まずい静寂が生まれつつある。

 

 

 

「…」

 

「…」

 

 

 

 首長の娘さんは何を考えているかてんで分からぬ氷のような真顔を浮かべ、気まずい空気すらをも威圧する様子で堂々とその場にぼっ立ちしている。

 

 彼女はリザードマンだけあって非常に大柄であり、2.5メーターはあるように見え、肩幅に至っては私の1.5倍に等しく、更にかなりのいかり肩の持ち主だ。

 

 有り体に言ってしまえば、対応に困る状況である。

 

 娘に「社会見学」させて無事に帰れば村の宝をひとつ渡すと言われてしまっては断れないが、しかし…

 

 私は報酬目当てに軽率に引き受けてしまった自分の節操のなさを恨みつつあった。

 

 

 

「あの、ムスメさん?

お名前とかは…?」

 

「………^*$<]!?:」

 

 

 

 爬虫類、あるいは竜にも似た面立ちのアギトが異界の呪文のような囁きと共に開かれ、肉食を思わせる鋭い牙の峰々が僅かに垣間見える。

 

 残念ながら彼女の言わんとすることは不明であり、人間の言葉を使えない様子であった。

 

 …首長さんは自分が人語を操れるのにも関わらず、娘にはまだ教えるつもりがないらしい。

 

 ちょっとした愚痴が心の中に漏れそうになってしまうが、リザードマン語を学習していない自分も同じ穴の狢であることに気がつく。

 

 しかし、リザ語にはリザードマン特有の舌を使う発音や牙を噛み合わせて打ち鳴らす動作が含まれており、人間は物理的に習得できないのである。

 

 ということは自らのリザ語未習得の不徳については論理武装が済んだということになってしまうが、やはりだからといって首長さんを非難する気にはなれない。

 

 自分が外国語を喋れるからと言ってその子孫も全員ペラペラでなくてはならない理由も特に見当たらないしな。

 

 つまり、私は言語の不通について現状特に何も思うことが無いという結論にたどり着いたので、それ即ち言語の不通について現状特に不愉快になる必要がなかったのである。

 

 

 

「…そっか、ごめんね。聞き取りはできるかな?

できそうだったら、何かしらで返事をしてほしい」

 

「…」

 

 

 

 彼女はその長く筋肉質な尾をそっと右に振った。

 

 つまんだカーテンから手を離すように、ふわりと腰の後ろの定位置に戻るそれは、どうやら肯定を意味する動きらしい。

 

 

 

「もしかして聞き取れるのかな?」

 

 

 

 また尾が右に触れる。

 

 犬のように、というよりは天井から垂れた紐をつついて揺らすような繊細さで。

 

 …先の暗雲は一気に払底されてゆく。まあ聞き取れるのなら確実になんとでもなるからだ。

 

 

 

「よかった、安心した。分かるんだね!

ちなみに、拒否や否定はどういうサインかな?」

 

 

 

 重要なことである。

 

 YESとNOだけは必ず把握しておきたい。

 

 

 

「…」

 

 

 

 大変わかりやすいことに、彼女は尾を左に振ることで「拒否・否定」の意をこちらに示した。

 

「右がYES」「左がNO」

 

 これだけ分かれば十分である。

 

 

 

「ん、わかった。理解出来た。右が是で左が否ね。

あと、お名前が私には構造的に発音出来ないからとりあえずリザ子さんって呼ぼうと思うんだけど、大丈夫かな」

 

「…」

 

 

 

 尾は一瞬左に振れようとしたが、思い直すように右に振れた。

 

 ちょっとイヤだけど、まあ良いや。ということらしい。

 

 …さすがに初っ端のコミュニケーションは適当に出来ないので、もうちょっと細部を凝ってみる。

 

 

 

「君が呼ばれたいように呼ぶ。何がちょっとヤかな

リザ子さんじゃ適当すぎる?」

 

「…」

 

 

 

 …ふり、と。尾は左に振れる。

 

 リザ子は別にいいらしい。

 

 

 

「あ、さん付けはいらない…?」

 

 

 

 ふりり、と。右に少し大きく振れる尾。

 

 どうやらさん付けはいらないようである。

 

 

 

「…そう、言い忘れていたが、今日から娘はもう大人の歳だ。子供扱いはしなくていい。なにか教えることがあれば貴女なりにビシバシしごいてやってくれ」

 

 

 

 いつの間にか門の近くに戻ってきていた首長が助け舟を寄越す。

 

 やっぱり心配で見送ることにしたらしい。

 

 

 

「首長」

 

 

 

 説明が欲しそうな顔を作り、その肩書きを口に含んでみる。

 

 首長さんはすこしうっかりしたような表情で補足を始めた。

 

 

 

「ああ、娘はすこし寡黙な子でね。できれば汲み取ってやってほしい。でもね、むっつりしているから勘違いされがちなんだが、すごく賢くて愛嬌のある村一番のよい子なんだ」

 

 

 

 首長は背伸びをして愛おしそうに娘の頭を撫でる。

 

 気が付けば背も抜かされてしまった。そういう感傷に浸っているのだろう。

 

 リザ子ちゃんは猫のように目を細め、その老いた鱗の手を真顔のまま受け入れていた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「ほら、リザ子ちゃんバイバイは?…ばいば〜い…!」

 

「…!」

 

 

 黒き鱗の彼女は意外とノリが良く、やはり無言ながらも涙顔の首長に向けてぶんぶんと手を振った。

 

 私は彼女が普通に成人している一般女性であるということを少し忘れていたが、このノリからして結構波長が合う感じがするのでなんか大丈夫そうである。

 

 何はともあれ、別れを済ませた私とリザ子こと首長の娘は行動を開始しなければならない。

 

 というのも、私の職業は行商人であり、この暗く厳しい世の中を上手く渡り歩いて品物を仕入れて売るのが生業なのである。

 

 

 

「えと、じゃあ、とりあえず次の村に向かうから、リザ子ちゃんしっかりついてきてね」

 

 

 

 まだ距離感を計りかねているので、すこし丁寧目に声をかけると、私のちょっと後ろを軍人のような硬い歩き方でとことこ着いてくるリザ子ちゃん。

 

 鍛錬による擦れ傷によって風合いを帯びた鱗が黒檀のように光り、歩調に合わせて妖しくうねる女性的な尾の動きも相まって近寄り難いオーラを感じさせる。

 

 …それに加えて無言なのでやっぱり少しこわいが、表情は仏頂面の子供のような雰囲気なので、やっぱり少しあどけない感じが残っているような気もする。

 

 背丈超でっかくてシゴデキ美人感すごいのに、なんだかギャップがあって可愛いような、でも普通に怖いような。

 

 

 

「…リザ子ちゃんお肉食べる?

ほら、お腹すいてない?」

 

「…」

 

 

 

 ふり…と、尾は右に揺れた。

 

 小さくちぎっておててに乗せてあげると、そのままモグっと一口に消してしまう。

 

 私まだアラサーなのに。絡み方が親戚のおばさんみたいだな。

 

 私の頭からさらに頭ふたつ分上で喉を鳴らした彼女は、リザードマンらしく先割れの細い舌を食後のトカゲ風にしゅるりと出し入れし、ちょっと満足気な雰囲気を出しているように見える。

 

 

 

「エッ、ジャーキー丸呑みしちゃったの…!?」

 

「…」

 

 

 

 私の驚く声になぜか少し得意げなリザ子ちゃん。

 

 見た目はぜんぜん普通に氷のような美人タイプなのに割と野生児なようである。

 

 …ちなみにだが、私が初っ端からあだ名で呼んでいる通り、リザードマン種族には名前が無い。

 

 名前の代わりにあるものは属性や居住地を含んだ詩のような短文なので、いちいち読み上げるようなものでもないのだ。

 

 なので、彼らは身分や生まれた家事に細かく細分化された舌と歯の発音によってお互いを呼び分けている。

 

 その発音ができない人間族は当然リザードマンに声をかけることができなくなるので、今回私が命名したリザ子ちゃんのようなあだ名を使って声をかけるのが正常な状態なのだ。

 

 

 

「とりあえず日暮れ前には隣村に着きたいから、がんばろうね」

 

「…÷」=」

 

 

 

 舌を走らせて何かしらの反応を示すリザ子ちゃんは、たぶん「うん」と言ったのだろう。

 

 …妙な異文化交流は始まったばかりだが、私にはなんとなくその意味がわかった気がした。

 

 

 

 

 

 









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