妙なリザードマン♀を連れて行商するだけの話 作:4645 (ケモ系大量生産クリーチャー)
…まあ、何はともあれ。
私とリザちゃんと喋る馬さんのパーティは、無事に目的であったリザちゃんの社会科見学を何となく完了させ、無事に我が国は端っこのド田舎に帰還を済ませたところである。
いつの間にか落ち葉の裏側を支配してしまった霜柱をざくざくと踏み占めつつ、数ヶ月ぶりの懐かしき深緑のモサモサをわけ行ってゆけば、もうそこには首長さん率いるリザードマンの小集落が目の前に在るというわけだ。
「…ふう」
零細商人かつ兵士殺しの大犯罪者ノウリは、白い吐息を夕暮れ直前の灰色の空に向かって広げる。
含まれた体温はすぐさま冬空に持ち去られてしまい、呆気なく散った。
薄く雪がかった森の中は痛いほどの静寂に包まれ、聴こえる音といえば馬さんが暇つぶしに凍えかけの下草を毟る音ぐらいのもの。
旅の終わりは予感の段階でも切ない。
「ふしゅっ」
…なんとも言えない表情のまま顔を高々と空に向けていたリザちゃんは、その行動を区切るかのように鼻を鳴らすと、2、3度ほどぺろりと空間を舐めとる。
その様子を馬耳で見たらしき喋る馬さんもつられて顔を上げ、2人して人間には発見できない何かしらの事実に気がついたようにも見える。
「もしかして、焚き木の匂いでもした?」
「…」
…ふり、と。
私の推測は当たっていたようで、彼女の尾は右へかすかに揺れる。
「…冬の匂いと、雪の芳香と、木板の甘い香り。そして、それらを燻す炎の香りがしますの」
「そっか」
…あと、残り数十分も歩いてしまえば、この3人で旅してきた数ヶ月間は終わる。
私の少し前にぼうっと立ち尽くすリザちゃんの背嚢には、初めての夜の後に買ってあげたばかりの真新しい防寒具が丸めて括り付けられている。
さらに、そのほぼ裸体に等しい肢体には要所々々で甘やかしついでにばかすかあげてしまったアクセサリーの数々がゴージャスかつエキゾチックに煌き、筋肉の動きに合わせてがらがらと揺れた。
「やっと帰ってきたね、リザちゃん」
「…」
目の前をゆく大人の女性の背中にぽつりと声をかけると、彼女は少し立ち止まって尾を思案げに揺らしたが、しかし何か答えを残すことはなく、ゆらりと振り返ってまた歩き出す。
…ざくりと氷が踏まれ、足跡だけが私に向かって流れてきた。
やっとというほど嬉しくもないし、かと言って嬉しくない訳でもないが、物事の終わりを自覚するのもまた別腹に嫌。
そういう雰囲気である。
「…ノウリさんは、この先いかがいたしますの?」
空気が悪いわけではないが、なんとも言えぬ重たい雰囲気。
…そう、それこそ疲れのたまった最終日のような気分的夕暮れを唾棄したくなったのか、喋る馬さんはいきなり私に併走すると、その耳へぽしょぽしょと語りかける。
「わたしかあ…
隣国行けなくなっちゃったしなあ
首長さんのご褒美が何なのかにもよるけど、そろそろ海の向こうへ旅行でもしてみようかなあ…」
「っ…そう、ですの…」
…わたしはあまり深く考えずに発言したが、彼女達には結構大事だったようで、馬さんは絶句。リザちゃんはくるりと振り返って私の腰辺りをじっと見つめている。
実は、大人になってからずっと想っていた事ではある。
しかし、大人というのは得てして財布や人間関係に背骨を掴まれているもので、そう簡単には実行できないことだ。
可能性は低いが、船が沈めば死ぬし、当然年単位で帰って来れない挑戦なのだから。
まあ、貯蓄を全部使って2等の部屋を借り、船内で適当に金持ち向け船内レストランのパッシングでもやればいいので、実はそんなに大変でもないのだが。
それに、行商用の高額商品(ほぼアクセサリー)の預け先がなくて動けなかった点についても、リザちゃんのお陰で在庫が払底したので、おあつらえ向きのタイミングである。
「…貴女、意外と野心家ですわよね」
「そんな心配することでもないよぉ」
「…」
しかし、彼女達が絶句するということは、世間的にはそれなりにリスキーな行動として見られることに間違いはない。
実際、リザちゃんの目の輝きがいつにも増して少ないような気がする。
…正直いつも見てもハイライトはないが。
「…そっか、そうですの……」
「え、ええっ、ちょっちょっと…」
何やらとても残念そうな馬さんは急に歩みを早め、すこしションボリなリザちゃんの横に付いてしまう。
「…ち、違うよ。ほんとには行くかはまだ考えてるって。言ってみただけなんだケド!」
◇◇◇
…変になりかけた空気をなんとか誤魔化し、特に山も谷もなく普通に歩き続けてリザードマンの村へ到着した一行。
喋る馬さんによるユーモラスかつ機知に富んだハイクラス挨拶でまずは首長さんのド肝を抜き、さらには当たり前のように床の間へ上がり込んで当然のように床掘り式の炉にあたり出すことで床板をも抜く寸前というところで、私はリザちゃんの親御さんとの至極真っ当かつ常識的な結果報告に肝を冷やしているところである。
「なに、うっかり3人ほど殺しをさせて」
「…ハイ」
「妙な手術のやり方を教えて」
「ハイ」
「人相書きを出されそうになり」
「ハイ…」
「妙な男に結構強く腹を蹴られた…?」
「ハイ………」
…リザードマンには珍しく流暢な共通語を操る首長さんは目をまん丸に見開いて私の渋顔を見つめ、そして私の後ろで暇そうにぺたりと床に座って装身具をいじくっている愛娘のつまらなさそうな顔へ視線を向けた。
そんな首長さんは表情の動かし方も含めて共通語をマスターしているのでかなりすごい人なのだが、そんなすごい人にそんなすごい顔を意識的にさせるような状況を作ってしまったことに、私は自分に対する不出来感を覚える。
「それは、ほんとうか…?愛しい娘よ…」
「=×$€+」
リザちゃんはこともなげに肯定っぼいリザ語の返事を返すと、私のつやつやの黒髪をぽふりと撫でた。
…だまって真横にどでんと腰掛けていた喋る馬さんは、それを見た瞬間更なる教育の必要性に気がついたのか、ものすごい母の顔を浮かべる。
痛恨の極みというべきその表情は、咄嗟の誤魔化し方を教えたかったのかシリアスな場面ではシリアスにするべきと言いたいのか、どちらの可能性をもありありと読み取れる有様だ。
なお、その時点で私の渋顔はもはや塩漬け果実級の度合いに達し、報酬無しかつ村出禁の可能性さえも脳裏をよぎる。
「ぐるるぅむ…なんだかよく分からないが…まあ色々あったのだろうな………それにしても娘がこんなに懐くとは…」
…しかし、そんなヤバい冒険譚は意外にサラッと流されてしまう。
あれ…いいの…?
私は片目を開けて膝の上の握りこぶしを見つめた。
「エ"ッ首長さま…?その、ご息女をだいぶ危険な目に合わせてしまった自覚がわたくしどもにはありましてよ…?」
…その場には居なかったのに自分もやらかし組に括った上で、私の言いたかったことを代弁してくれる喋る馬さんの背中は、どこか後光が差して見える気がした。
なお、その間もリザちゃんは真顔で無言のぺたん座りのままぬろーんとしている。
感動の再会とか助け舟にはあまり興味がなかったらしい。
太ももの間に置かれた対の手はこれまた床にぺたりと置かれ、ほんとに暇そうだ。
「ウウム…3人はちょっと多いが、べつに荒事に慣れてくれる分にはどうということもないね」
「ここにいても、結婚して村娘をやるぐらいのものだ。聡明な愛娘にはいずれ世界へ漕ぎ出して欲しい。だから…かまわない」
「さ、さようでございましたか…」
…リザちゃんパパは寂しそうな顔でしみじみと娘の頭を撫でながら、私と喋る馬さんに向けて事情を説明する。
かなり進歩的な教育指針のご家庭なようだ。
私は僥倖すぎるギリセーフ判定にあまりない胸を撫で下ろした。
「にしても、上等な飾り物やら道具やら、ずいぶん甘やかしてもらったようで…」
「いえいえ、とんでもないです。娘さんすごくいい子…あ、いい方でしたよ!」
「…」
…リザちゃん本人もリザちゃんがいい方であった事実にその尾で同意し、場にはひと笑いが起きる。
ちょっと恥ずかしそうで不服な様子のリザちゃんをよそに、はっきり大人の残り3名はアイスブレイクをきっかけに一気に会話に花を咲かせ、太陽が地平線に沈み、そして夜が来て、光が弾けた。
◇◇◇
ご相伴にあずかった後の翌朝、朝餉を頂いてからしばらくして。
世界最悪の保護者代表であろう不肖の私の身には首長さんのこれからの展望を聞く機会が訪れていた。
なんでも、リザちゃんは流石にしばらく村で休ませるものの、頃合いを見てまた旅に出すつもりらしい。
…今度は相当の長期間に渡って。
こんなに賢くて強い子を村に置いておくのは勿体ないから、どんどん外に出してビッグになってもらい、いずれはどこかで良い夫でも引っ掛けて…と、夢が広がりまくっている様子である。
それに、久しぶりに同じ屋根の下で寝てみれば、前までぜんぜんやりたがらなかった共通語を今になってやっぱり勉強したいと、急にかなりの熱量をもって言い出したのだとか。
「娘は前までとてもつまらなさそうに生きていた。しかし昨夜はノウリさんとの旅の話ばかりで、それはもうウロコを輝かせていてね…!」
鼻息荒く娘の良い変化を熱弁する首長さんの鱗は、こちらもよく輝いているように見えた。
…興奮すると微妙に鱗が逆立つことから光の反射の雰囲気が変わり、全身の鱗がなんとなくきらきらして見えることからの慣用句だというが、それはともかくとして。
ちょうど私が海外旅行を目論んでいる話をすると、それはもうすごい食い付きようで、ぜひ連れてってくれ!となり、今はなんだかそういう雰囲気だ。
リザちゃんパパ的には旅をしまくって欲しいものの、とはいえこの子はどう見てもひょろひょろであんまり強いタイプじゃない。
その点ノウリさんと一緒に物を売るのなら傭兵やるより超安全でだいぶマシなので、しばらく後に言葉の学習がいい感じになったらぜひまた…という感じの展望がはっきりした後。
身支度をしに自宅へ消えてゆく首長さんの背中を見つめながら、私は急に今が終わるということを自覚してしまい、リザちゃんの姿を目線で探し始める。
「…」
少し先の川辺で鍋に湯を沸かし、朝のお茶を作ろうとしているリザちゃんの大きな背中を見やりながら、
私は彼女のどこら辺がひょろひょろであんまり強くなさそうなのかを考えようとしたが、目の前の首長さんのムキムキ具合を見るに、どうやらそれは事実であるらしい。
まさかのリザちゃんうすほそ族の新事実である。
…まあしかし、そんなうすほそちゃんとも今日でしばらくお別れである。
本人の勉強のやる気にもよるが、それまで色々準備しなくちゃな…
私は肩の荷を下ろすようにため息をつき、そして伸びをする。
「…喋る馬さんは、これからどうするの」
「…わたくしは暇ですので、その旅行の日とやらまではつきまといますわ」
「そっか、今までありがと。これからも色々と…ね」
「ほんと馬殺しな方ですわ……」
いつの間にか横にいた馬さんは、呆れたようなセリフを残しつつ、ふんという雰囲気でその場を離れる。
また、文字通り花を摘みにでも行ったのだろう。
やっぱりいい馬だ。あの人は。
…ちなみに、当初の目的の「村の宝」とやらは、実の所そんなに特別なことはなく、めちゃくちゃわかりやすいシンプルな宝物であった。
というのも、その正体は首長さんが自治体の顔役の立場を存分に活かして大昔に買った宝石付きの高級な腕輪である。
別に由来がある訳でもなく、本当にただ買ったけど高すぎて使いにくいから物入れにしまい込んでたやつだという。
人間だと首輪って感じのサイズ感だけどそれゆえに値段が高く、質素ながらパールと白銀のあしらわれたかなり良いやつで、
「ちなみにおいくらですか
…ッ!?」
と、絶句するレベルには良いやつである。
なんと今回の数ヶ月の旅の全ての儲けよりも高い。
あまりあけっぴろげに言うと首長さんに失礼だし、成金の自慢みたいなので控えめに表現すると、庭先に小さな小屋を建てれるぐらいの値段だ。
…流石に長年首長をやってるだけのことはある。
「ね、リザちゃん…」
私はそんな首長さんの腕輪をそっと自身の首に飾ると、リザちゃんの背中に声をかけながらとことこと歩み寄った。
…もう、しばらく会わないだろうから。
最後に一声かけておいたほうがいいだろう。
「社会科見学、楽しかった?」
いつもどおり無言かつ真顔のままの彼女は、こちらに振り向くこともなくその場に茶器を置くと、その流麗かつ美しい黒檀の尾を箒でも扱うかのような自然さで、しかし分かりやすく右へ振ることにより、私に向けた今の自分の意志によるはっきりとした答弁を指し示してみせた。
………ただ、楽しかったと。
これで完結です。後々何か思いついたらおまけを更新します。
評価や感想をいただけたら次も頑張ります。
だいぶ変な内容でしたが、お付き合い頂きありがとうございました。
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↑完結済の前作で、こっちも同じような雰囲気です
読むべきだと思われます