妙なリザードマン♀を連れて行商するだけの話 作:4645 (ケモ系大量生産クリーチャー)
「ああ、寒かった…」
「〆÷<°………」
悪態をついたらしいリザ子ちゃん。
彼女は忌々しげに唸ると、粉砂糖のかかったような黒檀の尾をふるふると振り、そのグレーズをはらい落とした。
まだ季節は秋にかかったばかりだというのに、今年は冷秋のようである。
「寒かったね」
「…」
…ふり。
なにやら強がっているのか、尾は左に振れる。
天の神様は雪雲達をせっかちに地上へけしかけてしまったらしく、彼女らは枯葉の死骸を凍らせ、落ち残った果実と苔むした岩を震え上がらせる。
そして、寒「かった」という私の言葉遣いは、逆説的に寒さの終わりが目の前にあるということを意味する。
私とリザ子ちゃんの目の前には、目的地の隣村の村境石が鎮座していた。
「………」
「ん、どうしたの…」
眉間に皺を寄せ、更に厳しい顔つきになってしまったリザ子ちゃんは、ぼけっと門をくぐろうとする私の後ろ手をちょんと掴み、今まで歩いてきた街道の方へと引き戻そうとしてくる。
その視線の先を辿ってみれば、私にとっては既に顔なじみとなった焼死体が、いつものように門の横に吊られた人用の鉄籠の中で縮こまっているのだった。
「ああ、ただの刑死者だよ。どこにでもあるよ
…あごめん。言うの忘れてたね。見たくなかったね」
「・・・・・・><+÷>°#」
焦げた塊の名はタワバ。豪気な性格に見えてかなり陰湿な男である。
数ヶ月前までは生きていて、よく私の出店で砥石を買うなんでもない村人の1人だった。
しかし窃盗、窃盗、処女暴行の前科3犯で村長聴聞及び上告先の領主裁判の結果火刑に処されることになったらしく、いつの間にやらこの有様である。
最後は熱い中で死んだはずの彼も、今や赤黒く拘縮した人皮の上にぱやぱやと雪をかぶり、そこいらの荒地に転がる一抱えほどの土塊となんら変わらない見た目になってしまった。
「こうなりたくなかったら大人しくしろよってやつ。人間は手癖が悪いからね」
「あと、村はしっかり秩序だってますよって貴族に見せる用」
「…」
どうやら、リザ子ちゃんは歩くのがしんどくなったり寒さが身に染みたりして悪態をついたのではなく、この人だった物を見てしまったこと自体に悪態をついたのか、あるいは単に驚いたようである。
実際に、私は白い息を吐いているのに、彼女の吐息は全く白く曇っていない。
体温が上がるほど疲労していないのだ。
そのことからも、先の彼女の発声が運動等に関連しないことが伺えた。
「・<×#…?」
「…ここで燻したんだね。うわっ」
リザードマンらしく素足の彼女は、鉄籠の下で雪を被った焚き木の燃え残りを何故かそのつま先でつつくと、大きな欠片を中指のかぎ爪でざくりと突き刺し、その感触を確かめる。
たぶん、いつのものかを推測しようとしたのかな?
…色々調べたくなっちゃう気持ちは分かるが、血脂などが滴り落ちていることが確実なので、それは非常に穢らわしい物であることが明白である。
「!?ちょっ、ばっちいからやめなさいっ
後でなんか話してあげるから!」
「+÷<=」
…私はすぐにそれをポイさせると、彼女の腰の上あたりをべちべちと平手でシバキ回し、さらには手やら尾っぽを引っ張って、無理やり村内に連れてゆくことにしたのであった。
名残惜しげに何度も後ろを振り返るリザ子ちゃんはちょっとかわいそうだったが、あんなものこれからいくらでも見れるので、時間は有効活用するべきだし、何もよりも女の子がするべきことではない。
「…」
リザ子ちゃんのひやりとして目の細かい背中の鱗を押しながら小高い丘を超え、家畜の糞の残る草っ原を横切っていると、自ずと地平線の先へ目を向ける機会を獲得することができ、その暗さと陰りの具合が自然に視界へ飛び込んでくる。
まだ昼過ぎあたりのはずなのに、既に日が落ち始めているのだ。
「(…今日は営業しないでいっか。)」
内心で行動指針を閣議決定し、自らの行先として定めたのは村外れの空き地である。
余所者が寝泊まりするのに使って良い場所となってはいるものの、実はちゃんと村長に事前許可をとる必要がある。
だが私は顔なじみなので、べつに無視してもよい。
…厳格なルールがあるからといって、四角四面にそれが執行されるわけではない。
本当に、この世はその手のゆらぎが多くてかなわないったらない。アバウトで人情や個人の信頼関係に帰属する社会は生きるのが難しいのだ。
「…?」
かつてのコミュニティに属していた頃の自分を思い起こしながらひとりごちて見れば、リザ子ちゃんはテントの張り方が分からず、獣皮を両手に困り顔のご様子。
そりゃそうだ、何も教えず言われて出来る人ばかりならこの世に仕事は存在しない。
「あっ、ごめんごめん…」
「…」
「リザ子ちゃんね、ここはこうしてね…」
高価な鯨の髭を骨に使った上等なテントはその誂えの良さも相まって1時間もせずに組み上がり、前回の焚き火跡を再利用することで暖の獲得にもあっさり成功。
初めての2人野営は特に困ることもなく、すんなりと上手くいくのだった。
◇◇◇
翌日。それも、まだ朝日が黄色く見える頃合。
硬い帆布の感触と、下敷きに寝たせいで頬に張り付いた髪が肌をくすぐる感覚が、私の目をぱちりと開かせた。
火の消えた焚き火にかけっぱなしの羹には脂混じりの氷が張っており、天幕の獣皮に至っては霜が降りている。
…人が入って寝ると、その熱が外部に伝わって着氷してしまうのだ。
だが、特に問題は無い。
それに正直なところ、氷混じりの太陽光がわずかに透けて見える獣皮の裏側の景色は、結構好きな部類の光景である。
まあ、ともかく、のそりと身を起こしてみれば、私の傍ら…というか右半身全部には、昨日増えたばかりの同行者「リザ子ちゃん」がなるたけ密着面積を増やすようにしてへばりついていた。
私の足全部をさらさらとした鱗の太ももでサンドするように抱きつき、頭頂部には硬い顎と柔らかな喉がぴたりと引っ付く。
胸の下が重いので唯一自由な方の手で触れてみれば、こちらも冷えきったサラサラの鱗の感触。リザ子ちゃんの大きな腕がお腹を横切るように私を抱きしめているのだ。
「あちゃー、寒かったか…」
…彼女のものすごい困り顔と、ひどく温もりを求めるような有様から察するに、一晩中ひしと私の身体にへばりつくことでなんとか暖を取っていたようだ。
どうやらリザードマンは動いている間は体温調節が出来るが、睡眠などで身体運動を止めている間はそれが効かなくなってしまうらしい。
…だからリザ子ちゃん一家はみなで一緒に寄り集まって寝ていたのか。
などと私の中で一部合点が生じつつも、明日以降は火にくべて温めた石を布にくるむなどして暖かく寝せてやろうという謎の母性本能の表れもちょっと実感してしまう。
これからの時期は更に寒くなってくるだろうから、ちょっと奮発して良い寝巻きを買ってやってもいいかもしれない。
首長がリザ子ちゃん帰還の暁にくれるという村の宝がなんなのかはさておき、年下を毎晩そんな目に合わせるのは普通に考えて忍びないし、当たり前のことだ。
「ん、しょ………
リザ子ちゃん、リザ子ちゃん…」
「…!」
…完全に起き上がると、リザ子ちゃんの手は儚く剥がれ落ちる。
私がいなくなった空間に飛び込んできた冷気に驚いたのか、彼女は凄く嫌そうな顔を作ると、手足をぎゅうと小さくまとめ、そして伸びをした。
意外と眠そうな様子は見せず、パチッと目が開くと、その途端に若き女戦士は再起動を完了。
その巨躯からすればかなりミニサイズの天幕の中をうねるように体勢を整え、ベッドロールの上に足を崩して着座した。
「ああ、ごめん、朝だから起こしただけ…」
「…?」
ぴぴぴぴ…と、起き抜けの彼女は尾の先を震わせる。
どういう意味を持つ所作なのかはよく分からない。
もしかしたら状況がまだ分かっていない時の回答なのかもしれない。
「えっと、じゃあいよいよ道具屋さんしに行くから、身支度してね」
「!」
ふりっ、と。
尾は少し切れよく右に揺れた。
座っている状況を考慮してか、こちらに尻尾が見えるようすこし先端を差し出してやってくれたので、よりわかりやすい。
なんだか嬉しそうなので、もしかしたら楽しみだったのかもしれない。
「…あ」
「?」
…しかし。
我が振りを見直すと、半裸の自分には身体中に細やかな鱗の跡がついてしまっている。
まあ、日中のほぼ裸族みたいな格好から更に部族様式の衣類まで脱いでしまった裸の鱗ガールに一晩中締め上げられていたようなのだから、当然である。
これは跡が無くなるまでしばらく待機しなくてはならないやつだ。
「同衾、外じゃ同性の友達と以外ぜったいやっちゃだめよ…」
「÷○<÷?」
「これに関してはほんとに!」
何を言っているのかは分からないが、彼女の語気からして異論であることは何となくわかる。
しかし、流石にね。というやつだ。
リザ子ちゃんにとっては一般的な行動でも、人間の、特に男相手にやってしまうとどうなることかわかったものではない。
「…?」
…目の前で見上げると顎の裏しか見えないほど大きいリザ子ちゃんにまで一般女性の常識が適応されるのかどうかについてはちょっとよくわからないと回答せざるを得ないが。
……まあとにかく、リザ子ちゃんは女の子で成人女性なのだから、気をつけるに越したことはないだろう。
………たぶん。
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