妙なリザードマン♀を連れて行商するだけの話 作:4645 (ケモ系大量生産クリーチャー)
「…」
「…」
ちびて砂の噛んだ使い古しのゴザにそれぞれ薄い尻と引き締まった尻をいじめられる私とリザちゃん。
ときたまやってくる人間との会話を本当に求めていなさそうな疲労困憊のお客さん達は船を漕ぎながらしきりに座り方を変える私を見て特に何も思わないことに成功し、続けてその真横にぼうっと立ち尽くす目が笑ってない2.5メーターの肉食性爬虫人女性(成人済み)を見てすこしギョッとするが、とはいえギョッとするだけ。
つまり、何も起こらないのだ。
売れたのは1番安い砥石がしめて3個だけ。
あたりまえながら利益はほぼ無く、足貝除去術の診療費を合わせても今日の分のご飯と井戸の使用権を買ってしまえばトントンになってしまう始末。
あの毒は毒なので地味に高いのだ。
利益率の低いことばっかりである。
「…」
「!うおっ…
……と、砥石ひとつくれ」
「はい、どうぞ〜」
リザちゃんは相変わらず横に立って訪れる客にガンを飛ばしている。
…じっと見ているだけとも言う。
もちろん、たまに話しかけられてもリザ語以外喋れないのでじっとするしかないこともガンを飛ばす理由の一つだ。
「…あんた誰だ?」
「…」
しゅるりしゅるりと、リザちゃんはいつも通り長い舌先を顎の先へ突き出すようにして空間を撫ぜているが、今の環境だとそのちょっと湿った舌で舐め取れるものは土埃と静寂のみのように思える。
「社会科見学中のリザちゃんです。
…ちょっとむっつりさんです。ねっ?」
「÷+$=………」
チガウ…と言いたげに尾は揺れたが、彼女はその舌を憂鬱げにたなびかせると、すこしの囁きと共にそれを口に含み、そしてむっつりと口を閉じた。
…おそらく、気分を害したと言うより何を言えばいいのか分からなくなったのだと思うが、まあよくわからない。
「そ、そうか…」
ちょっと横柄な兵士のおじさんは何とも言えない顔で深堀を止めると、踵を返して仕事に戻ってゆく。
私は地味に顔が通っているらしく、リザちゃんがいても商売の邪魔になることはなさそうで一安心である。
なんとなくだが、今回は珍しく護衛を連れてるなという程度の反応が多かった気がした。
リザちゃんはちょっと威圧感があるだけで本人には決して殺意や敵意がある訳ではないことも謎の許容感に一役買っており、彼女がいれば屋台に物珍しさが出るためかえって結構アリかもしれない。
…と、そんな調子でしばらく営業していると。
がっちゃがっちゃと重なり合ってお互いをかばい合う、重たい鉄の板金達が屈強な重種馬の上で景気よく身を震わせる音がした。
貴族が現れたのだ。
◇◇◇
…そこらの市民は老若男女例外なく、一斉にその集団を見ないように頭を垂れ、今いる場所で土下座をする。
ちゃんとおでこと両の手のひらを地につけないと割と刃向かえてしまうので残当のルールだが、やっぱり専横著しいなとも思ってしまう。
ちなみに、こんな感じで一応の意見は述べたものの、いつもやっている事なので正直なところなんの感想もないというのが本音である。
「?」
タイミングが悪いことに周囲の様子の変化に気がつかず立ったまま寝そうになっているように見えるリザちゃん。
瞑想中か、幽体離脱か、単にどうすればいいのか分からず困ったのか、あるいは本当に寝ているのか。
そこの所はよく分からないが、私はみんなが既に伏せている中1人ぼっ立ちのままのリザちゃんの片手をちょいちょいと引っ張り、周囲の真似をするように促す。
「…」
紐を引くようにちょこちょことしてみれば、その数秒後にはリザちゃんの端正な蜥蜴系の横顔が私の顔の横にニュッと降りてくる。
彼女は独特だが、馬鹿ではない。
「…」
しかし。
やはりと言うべきか、彼女はいつもと全く変わらない氷のように凍てついた表情のまま、何も気にすることが無いかのように普段通り舌を滑らせる。
…この子、どうかすれば理不尽に殺される状況でも絶対零度の真顔なのか。
私は少し感心した。
ちなみにこの土下座ルールは形式的にまだあるだけで、別に今回程度のちょっと動作が遅れた程度では見とがめられることも怒られることも殺されることもない。
市民には生活があり、貴族には税収があるためだ。
なお、下手人が体制や貴族本人に対して挑戦的な言葉を吐きながら5回以上土下座を拒否した場合などのごく悪質な事例にかぎり、数回の裁判と討論会の末、死刑を命じられる可能性がある。
…でもその法制を敷いているのは貴族なので、やっぱり超法規的な事が起きる可能性もある。
つまり、私はリザちゃんのふてぶてしさに感心すると同時に、自分がこの辺の制度の揺らぎのことをすごく苦手としていることを思い出すこととなったのだ。
「・=6|=+4………」
「…ハイ。えほん。我らは領主〒÷¥*2の<*×、この中に麻薬を売るものが………!!」
…貴族は土下座している行商の1人に立ったまま言葉を投げかけると、それを汲んだ通訳がすぐに私たちにも分かるように内容を説明し始める。
貴族と貴族以下では言語がぜんぜん違うので、通訳の仕事が欠かせないのである。
…あれ、というかあの通訳の人、昨日の足貝おじさんだ。
私はいらぬミラクルに肝の冷却を始めた。
どうやら麻薬を売るものがいると聞いて抜き打ち調査に来たようだが、果たして。
「いやあそんなことは…」
…行商は地に頭を付けたままモゴモゴと答える。
私でもわかるレベルでどこか嘘っぽく、隠し事の存在を半ば公言しているような有様である。
「そんな、違います…!」
流石にあからさますぎたのか、貴族は手のものにそいつを捕まえさせると、すぐにそれを連れてどこかへ行ってしまう。
知っている顔ではなかったが、運の悪いやつ。
「…終わったか」
鎧馬の駆ける音が遠のいてから、皆はパラパラと面を上げ始める。
こういうとき、万が一貴族がその辺に残っていたら要らぬリスクを産むばかりで最悪なことから、先陣を切って1番最初に顔をあげるやつは度胸があるとされ少し尊敬される。
轍の上を舞う黄色い土埃に隠すようにちょっとした不平不満があちらこちらから放たれるが、何はともあれという調子で商売はまた始まる。
一陣の風が吹くと、砂塵が主のいなくなった御座を覆い、タープに吊られた数珠が切なげに揺れた。
「ついてなかったね」
…私はまだ伏せているリザ子の肩をぽんと叩いて教えてやりながら、独りごちた。
◇◇◇
次の日、荷物を纏めて発つ前に村はずれの川辺に水浴びをしに行くと、ほとりに面した製粉場に人だかりができているのが目に付いた。
何かと思えば、犯罪者が水車に括り付けられて回されているらしい。
「…あ、昨日の」
「?」
既に絶命している犯罪者の顔を拝んでみれば、その姿は昨日しょっぴかれていった見知らぬ行商の男そのものである。
リザちゃんは顔の見分けがついてないらしく、誰だかわからない様子。
彼の両手と足の腱には専用の鋲が標本のように打たれており、それで水車の水受け部に釘付けにされてしまっていた。
…しかし、この刑罰は政治犯に対するもののはず。
あいかわらず読めない字で書かれた看板に添えられた下手人成敗の脚注文字を読むと、麻薬は捕まえる口実に過ぎず、どうやら本当は隣国の民間密偵だったようだ。
要するに本当にただの行商人だが、自国に戻った際に時折現れるその手のものにこちらの国で得た見聞を提出していたのだという。
だから「政治犯」なのだろう。
…正直、だったらなんだという程度の話だ。
それよりも私とリザちゃんには身支度という大切な用事がこの水辺にはあったのだが、この調子では全然無理である。
「うーん、人目に付く」
「÷===」
彼女も流石に公開ストリップショーはしたくないらしい。
私の独り言に同意するように何かを口走った。
「しょうがない。もっと奥の上流で済ませよう」
…2人はてくてくと石畳を歩み、踏みしめられた土を超え、雑草をわけ入り、草だらけの変な森の奥地へと向かった。
道中気味の悪い虫や変な木の実などを見つけたが、特に気にはしない。
現地に到着しても、同性2人きりな上に邪魔が入る可能性もゼロなので、羞恥心全くなしに衣類をほっぽりだし、適切に身を清め、そしてまた下着を履く。
なお、リザちゃんはリザードマンなので下着や上着の必要がなく、もっぱらアクセサリー類をじゃらじゃらと首や二の腕にはめるのが着衣ということになっており、マットな質感の漆黒の鱗にはささやかな金属色のそれらがよく映えた。
角度によって貝殻のように淡い輝きを七色に変える黒い背鱗と、女性らしく滑らかで白磁のように輝くきめ細かい腹鱗のコントラストは、まさしくエキゾチックアニマルのそれである。
彼女は武芸を多少学んだ徒手空拳の使い手であり、その体躯も種族柄かなり大きい。
が、しかしガタイが良いだけであり、ガッシリというほどでもない。
ムキムキ、というよりは引き算の鍛錬を経たであろう靱やかな体型で、かなりのアスリート体型である。
「鱗、すごい綺麗だねえ」
「…」
私がその身体的特徴を率直に褒めると、彼女は少し誇らしげに鼻を鳴らし、そしてぷいっとそっぽを向いてしまう。
…恥ずかしかったのか、おそらくめっちゃ自慢であろう鱗をもっと褒めてもらいたいのか。
よくわからないが、どちらにせよちょっとリザちゃんはちょっとかわいい子であった。
昨日は日がな1日家も出ず、パラサウロロフスのように豆苗をもしゃり、バイオマスをすこし生産して、気が向いたぶんだけ隕石を待ちました。