妙なリザードマン♀を連れて行商するだけの話   作:4645 (ケモ系大量生産クリーチャー)

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熊は殺したし毒は毒だった

 

 

 

 

 

 

 

 ぶちぶちと腐敗した繊維質の沼を踏み歩くような異音が飛び散る。

 

 大蜥蜴は鼠の首を噛み締めたまま首を大仰に振りまくると、その肉を半円形に齧りとってしまった。

 

 

 

「…」

 

「がぶっ、げッ…」

 

 

 

 目のぎらついたリザちゃんが口の中のみずみずしい肉片を無表情に嚥下すると、両手に掴んだままの肉塊は晴れて用済みである。

 

 なので、消失した喉を抑えながら自らの血に溺れ苦しむ鼠男はゴミのように投げ捨てられ、戦いの汚物に汚れた木の根の上へと強かに背中を打ち付けることになった。

 

 

 

「ひええ…」

 

 

 

 …彼はまず間違いなく死ぬだろう。絶対に助からない。

 

 体格的には私よりも更に小さいこの男がなぜこれほどまでに自信満々であったのかは気がかりだが、ともかく勝利は勝利。

 

 びっくりして口をつぐむばかりの私は呼吸を思い出すと、続けて言語の使用方法に思い至ることにも成功する。

 

 辺りには既に2つの死体が転がっていた。

 

 

 

「た、食べちゃったの…?」

 

「…」

 

 

 

 …ぎりぎりと、石像のように顔をこちらに向けたリザちゃんの尾は右に振れ、肯定を指し示した。

 

 その瞬間、私の頭に過ぎるのは山賊達の十人十色のひどい悪臭である。

 

 汗くさく雄くさく、そして衣類は得体の知れない染みと汚れだらけで毛皮にはノミが。

 

 …続けて私は首長さんの言葉をも連想する。

 

『娘を変な目に遭わせてくれるな』

 

 

 

「…ッ!だ、だしてッ…出しなさい!

ばっちい!お腹壊す…!」

 

「!?」

 

 

 

 突如として掴み掛ってきたお姉さんの行動に目を丸くし、折れた稲のようにがたがたと腰を掴まれ体を揺らされるリザちゃん。

 

 彼女はなんだか毒気を抜かれたような雰囲気で、悠長に口の周りの血液を舐めとるばかり。

 

 …しかし、もう飲んじゃったと言わんばかりに胃に向かって落ちゆく喉の膨らみは、表皮の光の反射によって動きが強調され、なんとも言えない取り返しのつかぬ雰囲気を助長する。

 

 リザちゃんの下顎から胸にかけては赤黒くねばつく血液に濡れ、銀のように妖しくてらついていた。

 

 

 

「…!」

 

 

 

 …と、非戦闘状態に移行しようとしたのもつかの間に。

 

 またしても何かを察知した様子のリザちゃんは、キッと面を上げて木々の向こう側を睨みつけると、唐突に私を抱え上げて近くの薮に投げ入れてしまう。

 

 

「!?ぐっはぁッ"」

 

「÷=+*\……」

 

 

 

 …なにか、警戒しろというニュアンスを感じる囁き声である。

 

 どうしようもないほどに非戦闘員である私は彼女の横顔に黙ってこくこくと何度も頷くと、息を殺して木の裏に隠れることにし、そして今に至る。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

「…てめえだけは、俺がこの手で殺してやる」

 

 

 

 …必死で駆けて前方に追い付いてきた格好のクマ男は、薮から飛び出してきた途端に目の前に広がった惨状を目にし、まずは驚いた顔をした。

 

 そして、首を折られた山賊風の男の死体と、打ち捨てられた瀕死の鼠男の姿をとりわけじっくり眺めた後に深く嘆息し、目を潤ませ、最後に満を持してリザちゃんを腹蹴り一発で秒殺し、その崩れ落ちた背中に憎しみの言葉を投げかける。

 

 リザちゃんが殺したやつらとは友達、だったのだろうか。

 

 鼠男が自信満々だった理由は彼かもしれない。

 

 …先程の連中と違ってクマ男は身なりが良く、悪臭も雄臭いだけでそこまでであり、極めつけにはかなり仕立ての良さそうな皮の前垂れまで着けちゃって、要するにどう見ても隣国の手の者である。

 

 おおかた地下迷宮などを経由して周辺国に連れの悪漢ごと不法侵入し、その領内を適度に荒らすようにでも指示されているのだろう。

 

 

 

「÷×+×=…………」

 

「何言ってんのかわかんねえよ。トカゲ」

 

 

 

 …どう見ても勝てないのに掠れ声で悪態を吐いたらしいリザちゃんはまだ若かった。

 

 口の端から血で重たくなった唾液が零れ、胸元に堕ちる。

 

 そこまで重症には見えないが、経験不足ゆえに痛みに対する耐性があまりなく、更に首を掴まれて宙吊り状態のため、彼女は動くことができない。

 

 つまり私の出番ということである。

 

 

 

「!げ、ッ"………」

 

 

 

 クマ男は憎々しげにリザちゃんの顔を見つめた後にハッと我に返ると、もう一方の腕も彼女の首に回す。

 

 女をいたぶって殺す趣味は無いらしい。

 

 そして両手が塞がったということは、時が来たということ。

 

 既に木の裏で覚悟を決めて呼吸を整えていた私は、人差し指二本分程度の刀身しかない錆びたなまくらに塗っておいたメタリックグリーンの劇物(施術の時に飲ませる毒の原液)の様子を最後に1度だけ目視し、そしてクマ男の背中に向かって飛び出す。

 

 …骨盤に柄を当てるイメージで腰だめに構え、肩をぶつけに行く感覚で毛深い背中に向かって走る。

 

 

 

「なんだあっ!?ぐあッ」

 

 

 

 当然のようにクマ男はもう1人の気配を察知し、リザちゃんを投げ捨てて振り返るが、その狭窄した視線の中に私の姿はない。

 

 咄嗟にもう1人もリザードマンであると思い込んで振り返ったので、目の位置がかなり上だったのだ。

 

 その一瞬の隙は10メートルもない間合いにおいて致命的であることから、私は奇襲に見事成功せり…である。

 

 

 

「ぁあ"ああ"…クソが…」

 

 

 

 …全身全霊で刃を押し込みつつ中身をぐりぐりとかき回し、数秒もかけずに急いで飛び退く。

 

 分厚い皮に阻まれるかと思ったが、火事場の馬鹿力で何とかなった。

 

 1発でも殴られたら恐らく戦闘不能どころか殺されてしまうので、恥も外聞もなくとっとこ走ってリザちゃんの方に逃げさり、彼女の頬やらを必死でぽこぽこ叩いて起こす。

 

 背嚢は木の裏に捨てて来たので、今の私はトップスピードだ。

 

 おそらく鈍重であろう手負いのクマ男程度なら多分走って引き離せるが、当然リザちゃんを置いていく訳にはいかない。

 

 アラサーの機動力は連れの救助に全面的に活用された形である。

 

 

 

「<×°…+・××€………!!」

 

「…あ"あ"ーッ!?」

 

 

 

 べきっと、硬く締まった枝を割るような音が暗くなった森の中に響く。

 

 人外らしいタフさで何とか起き上がった激昂状態のリザちゃんが、その辺に落ちていたまさかりでクマ男を殴りつけたのだ。

 

 絞り出すような絶叫は木々のざわめきに吸い込まれ、黒い粘液は月光を反射する。

 

 毒はしっかりと毒であった。

 

 

 

「…え"ッ!?ちょっ毒っ、噛まないで!!!…あっ」

 

 

 

 …それからしばらくの間、激しく取っ組み合う気配ともに牙の峰々が顔面の下の頭蓋骨の表面を削る不気味な破砕音が私の耳へ聞こえてきた。

 

 息を殺して様子を伺う内に、暗くてよく見えないものの、クマ男の息遣いがパタリと聞こえなくなる。

 

 リザちゃんがどうにかしてくれたのだ。

 

 しかし、ずずうんと重たい生物がその場にぶっ倒れたような音がふたつ重なって聞こえた気もする。

 

 恐らくリザちゃんがむやみに噛み付いたのでクマ男に盛った毒を若干貰ってしまい、昏倒したのだろう。

 

 …まあ、少々のアクシデントもありつつ。

 

 翌朝まで三つの死体と語り合う他ないとはいえ、私とリザちゃんはなんとか危機を脱したのであった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

「はぁ…疲れた」

 

 

 

 重たくて動かせない死体3つとグロッキーなリザちゃんの輪の中で、私は1人火に当たっていた。

 

 場所が悪くて天幕を出せないので、今日は寝袋と火だけである。

 

 未だ朦朧とするリザちゃんのまぶたを少し指で開いてみれば、見事に白目をむいているし、口の端からはちょろりと細い舌がこぼれ出てしまっていてはしたない。

 

 …まあ、強制的に眠れているからかえって良かったのかもしれない。

 

 怪我の治らない理由で1番よくあるのは痛みで眠れず睡眠不足になる事と何処かで聞き覚えがあるしな。

 

 

 

「…」

 

 

 

 ぱちりと火が跳ね、暗い森の中の囁かな賑やかしとなる。

 

 …辺り一面血の匂いだし、リザちゃんもちょっと生臭い。

 

 水浴びしたばかりなのにな。

 

 

 

「はあ…」

 

 

 

 …危なかった。

 

 リザちゃんがいなければ確実に殺されていた。

 

 だが、しかし乗り切った。

 

 これは逆にリザちゃんがいればかなり攻めれる事を意味するのかもしれない。

 

 クマの人など今回初めて見たし、装いからしてもこの辺のヤツじゃなかったし、あんなに強いやつは相当珍しいことに変わりはない。

 

 今回はちょっとヤバかったけど、次はもっと攻めてみようかな。

 

 

 

「…ふう」

 

 

 

 ぱたりと寝袋に背中を落とし、自分の手のひらを見る。

 

 …私は図太かった。

 

 行商人はこういう女でなければ務まらない。

 

 

 

「…リザちゃんさ、あんなに臭そうなのばかりかじって、絶対おいしくなかったでしょ」

 

 

 

 …たまたまなのか、あるいは最初から起きていたのか。

 

 彼女の尾はくさかったと言わんばかりに弱々しく右に揺れると、ぽとりと寝袋に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

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