妙なリザードマン♀を連れて行商するだけの話 作:4645 (ケモ系大量生産クリーチャー)
とは言ってもただ決まった道を数日間歩くだけなので、一行は特に何事もなく中間地点の塔付近に到達し、今は野営を広げたところである。
なお、砂漠縦走中はリザちゃんに香油を塗って保湿してやることにした。
首長さんが乾燥するところでは塗るように言えと指示した事を思い出したのだ。
しかし、言われた通りに濡れとだけ言ってみても面倒くさがって塗らないので、結局主に私が直々に手を油まみれにして塗りたくってやっている。
なので今の彼女はやたらと全身テカテカである。
ギラついて光る黒檀の鱗はどこか誇らしげだ。
頼むから自分でやってほしい。
「ちょっと、手がめちゃくちゃお花の香りだしすごいペトペトするんだけど…」
「…」
「つい先程まで何かやらかしたふうにド焦っていらしたのに。緊張感のない方々でふわね…」
背の高い天幕の中で火の横に寝そべる狂った牝馬は油用のハケを咥え直した。
実は彼女は先程までリザちゃんの保湿を手伝ってくれていたのである。
これのどこが狂った牝馬なのだろうかと優しさに感動しつつも、私は普通に人語を喋っている時点で彼女が十分狂った馬であることに気がつく。
薄暗い布張りの寝床の中で、3人の身動ぎに揺らぐ炎が滑らかな漆黒の馬体に舐め回すような影を落とした。
彼女が普通に馬であることを除けば実にエロティックな光景である。
「…ぐふーー…」
「ありゃ、どうしたどうした」
…喋れないせいで最近存在感を発揮しづらくなっているリザちゃん。
彼女は彼女で同じく女性的な黒い鱗の肢体を持ち、更に塗ったばかりのオイルでぬらぬらと全身をてからせているので、こちらもなんだかセクシーな雰囲気である。
が、しかしリザちゃんはリザードマンな上に普通に同性であるため特に何かが起こるということもなく、すこし油っぽくなったその弱気な肩を優しくさすってやる。
というのも、彼女はなぜだか急に私のあぐらの中にこてんと身を投げると、疲労なのかホームシックなのか、私のお腹に後頭部をつけて甘えるような吐息をこぼし始めたのである。
…もちろん真顔のままで。
「かーっずいぶん甘ったれな成人女性ですこと!」
「まあまあ、まだ成人したばっかりなんだからさ。ね〜…!」
…デカすぎて頭と肩口だけで私のあぐらの中が占領し尽くされているが、別に身体が大きいからといって心まで歳不相応に大きくなるわけではない。
だから、リザちゃんにだって実はちょっと幼い所ぐらいあるのだろう。
思えば殺人暴行負傷に毒に何日も歩き詰めかつ慣れない商売まで、これまでの日程は彼女にとって相当ハードな旅路だったはず。
彼女の腕や首はそりゃあ人間に比べれば大きく強かったが、しかし。
改めて考え直せば、屈強な人外の体躯であると同時に細く嫋やかな若い女性のそれでもあるのだ。
「きもちいいねぇ〜…」
「ぐぅ」
…内なる甘やかし欲が抑えきれず、猫なで声で語りかけながらリザちゃんの頭を撫で回す。
すると彼女は無言で目を細め、眠たそうな唸り声をこぼした。
「…ちょっと、次はわたくしにそれを行うべきですわ」
「はいはい。ふふっ…」
喋る馬さんは唇を尖らせてこちらに首を伸ばす。
ものすごく分かりやすくズルイ!って感じである。
「明日は目の前の銀の塔をちょっと観光していこっか」
「…いいんですの。貴女達何かやらかしたのでは?」
「天幕出す前に少し見てきたけど他所から来た観光客だらけで地元民誰もいなかったし、大丈夫だと思う」
「ま、確かにそんな感じでしたわね…」
聡明な狂った馬さんは私の発言を訝しんだが、バザール滞在中に勝手に一人で見回った経験を思い出したのか、納得顔になる。
リザちゃんも半分寝ながら行きたそうに尻尾を振っている。
うん。まあそういう感じでふわっと行くとしよう…
「じゃあそういうことで…ほら、リザちゃん寝るよ」
…さっきから地味に首の金の輪飾りが太ももに突き刺さっていて少し痛い。
私はリザちゃんをぽんぽんして優しく身を起こしてやると、しばし喋る馬さんをご所望通り撫で回した後、天幕の骨に吊ったカンテラの火を落とした。
◇◇◇
「いましたわ。あちらの方々がそれですの」
「あ、ほんとにいるじゃん…」
「?」
喋る馬さんが前脚で指し示した先、謎の金属の巨大な塔の下には、沢山の棒人間達が暇そうに屯していた。
砂に突き刺さるようにそびえ立つ塔を囲むようなすり鉢状の地形の中で、赤錆た洗濯物干しを適当に人型に組み直したような見た目の変なものがうじゃうじゃしている様子は、正直に言ってかなり気味が悪い。
「わたくし何日か前にも勝手に商隊に混じってここにやってきていたのですが」
「ちょっとまって。え、勝手に混じった?」
「その時その辺にいた1番偉そうなおじ様にお話を伺ってみると」
「スルーしないでよ。てか話聞けたんだ」
「赤錆マンという通称らしいですわ」
「赤錆マン」
正体も由来も何も分からぬ説明にいたく感心してしまう私。
もっと詳しく言うと、しばしば武器の柄とか店先の布の屋根の芯に生えてきてしまうことでお馴染みの赤錆という物があると思うが、それのマンらしい。
「リザちゃん赤錆マンだって」
「…?」
何も分からぬままリザちゃんに目の前にうじゃうじゃいるよく分からないものの共有を試みると、やっぱり彼女も何も分からないものを前にした時の何も分かってなさそうな顔をしていて、ぜんぜんピンと来ていない。
そしてもちろん私も全くピンとこない。
「…あ、なんか1匹こっちきた」
「!?」
ざくざくと灰色の死んだ砂を踏んでこちらに歩み寄るのは、赤錆マンの内の1匹である。
リザちゃんは理解不能な存在の接近を前にかなりビビっており、右往左往だ。
「なんか、そちらの赤錆マンさんに適当な有機物を与えると、その大きさに応じてよく分からない丈夫な金属の小さな板切れを返していただけるらしく、とどのつまり一応交易できるみたいですの」
「はあ…?」
説明を聞いても、 やっぱりよく分からない。
10歩程先で立ち止まった赤錆マンは、頭っぽいところのへんな光をパチパチさせて、こちらに何かを伝えようとしているようにも見える。
…この辺がずっと全部砂漠なのは、大昔に突如現れた赤錆マン達が全ての草とか葉っぱとか動物達を根こそぎ集め回って、みんな塔に入れてしまったからだとバザールで聞いた覚えがある。
だから多分、彼らは草とか葉っぱとか、そういう美味しいものが大好きなのだと思う。
「…って聞いたけど、私は」
「あら、わたくしは変なおじいさんに彼らはもう一度飛ぼうとしているって聞きましたわよ。何がどう飛ぶのかは知りませんけども」
「<$#<÷=…?」
「うーん。リザちゃん様も全然違うことを聞いたと言っていますわね」
「ちょっと待って、馬さんリザ語分かるの!?」
…そうこうしている間にも、目の前に立ち尽くす片腕のない赤錆マンは、ノウリ一行に向け特定の情報を含んだ点滅を繰り返し続けている。
山のように大きな船体の後ろには、スラスターから発せられる蛍のような燐光が揺らめく。
実の所、喋る馬さんがおじいさんから聞いた話が正解である。
すなわち彼らが再度飛行するために周辺の有機物を集めすぎたせいでここは砂漠になっているのだが、彼女達がそれを知る術はない。
「
「
◇◇◇
「…あ、よく見たら塔の根元
「………なんか、
「<×÷=?」
「リザちゃんさん貴女、意外と学のある方ですわね…」
「えっなんて言ったの?」
「
「はえ〜」
…まあ、特に危険も無ければ脅威もないということが分かれば、べつになんということはないただのマイナー観光地にすぎない。
とりあえず誰も吸わないのにずっと持ってたタバコを1箱差し出してみると、なんだか東の方で使う刀銭ぐらいの大きさの金属の欠片をじゃらっとくれて、それだけである。
なんでも、すごく良い炉で鋳潰して仕立て直せばかなり上等なキッチン用品になるのだとか。
意外と普通に交易できて拍子抜けもいい所である。
さっきまで赤錆マンの異様なオーラに気圧されておっかなびっくりだったリザちゃんも、私がやり取りするところを見て調子付いたのか、次は私がやるという調子でモジモジしだす始末。
…つくづくゲンキンかつお茶目な女である。
その後も3人は何でもかんでも不用品をポイポイ与えてしまったが、この船が飛び立てば周囲に甚大な被害が発生することに気が付けるわけもなく、大満足でその場を後にする。
残りの離陸カウントは8000000万秒。
…つまり、およそ2500年後。
そう、意外と自分達にはぜんぜん関係なかったので、結構セーフである。