コナタとカナタ 作:みく
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アルマヴェラへ到着する日の明朝、カナタとコナタは船の倉庫へと向かっていた。
倉庫は定期的に二人の船員が警備にあたっているため、それを突破しなくてはいけない。
だが、船員に危害は加えられない。仮に殺しでもしてしまった場合、交代に来た他の船員たちに気づかれてしまう。逃げ場のないこの船上で、それは危険だとコナタでも理解できた。
「気絶させたとしても、起きた船員が報告したら船が止まっちゃうからね」
「な、なら……どうすればいいかな?」
「安心して。私が眠らせる。ただ、コナタはちょっとだけあいつらの気を引いてほしいの」
「引き付ける……」
「眠れないから少しお話してほしい、って頼めばいいよ」
「……うん。やってみる、ね」
カナタと会話を終えたコナタは今、二階の倉庫へ続く廊下を辿っていた。
周囲は暗く、ヨルスラートの荒い波が船体に打ち付ける、騒々しい音だけが響いている。
やがて倉庫の前に辿り着くと、警備に当たっている二人の男が目に入った。
男たちはコナタの姿に気づくと、不審そうに眉を顰めながらコナタの方に近づいた。
「どうした嬢ちゃん。こんな朝早くに、しかも一人で」
「あ、え……あ、あの、こんばんは」
「こんばんは。見れば分かるように、我々は仕事中です。部屋に戻っていただけますか?」
「ご……ごめんなさい。えっと、早起きしちゃって、それで、ちょっとお話ができれば、って」
「話ですか? しかし……」
「いいじゃねえか。俺たちも退屈してたんだし、少しくらいなら付き合ってやるよ」
髭を生やした、体格のいい方の男がそう口にした。
若い方の男は窶れ気味に額を抑えていたが、次第に諦めたのか、深いため息を零した。
「眠くなったら部屋に戻るんですよ」
「はい、わ、わかりました」
「いい子だなあ、娘とは大違いだ。うちのは父親を嫌ってるみたいでな」
「この仕事をしていると、あまり家には帰れませんからね……妹とも疎遠になってしまいました」
苦笑しながら髭の男が笑い、若い男がそれに同意する。
それを聞いたコナタは、この二人には家族がいるんだなと思った。
考えてみれば当然のことだったが、コナタにはそれがとても新鮮なことに感じた。
同時にコナタは漠然と羨ましいとも思ったが、しかしすぐに不必要な感情だとかき消した。
だってコナタには、カナタがいるから。他の人間など必要だと思うことが間違いだった。
「嬢ちゃんはなんでこんな船なんかに乗ってるんだ?」
「えっと……家族と、一緒に。いろんなところを見て回ろうと思って」
「そうでしたか。若いのに見分を広めようというのは、とても立派です」
「だな。次はどこで降りるんだい?」
「あ……アルマヴェラで、降りるって聞きました」
「アルマヴェラ! 金持ちの国か、いいところじゃねえか」
「治安が極端な国ですから、くれぐれも気を付けてくださいね」
「そ、そうなんですね。ありがとう、ございます」
男たちはコナタから見れば、いい人たちだった。
コナタを見て唾も吐かないし、みすぼらしい見た目を馬鹿にするようなこともしない。
人との会話が苦手なコナタでも、この男たちとの会話は純粋に楽しめている気がした。
「あ」
すると、コナタは何かに気づいたようにそんな声を上げる。
二人の男が音もなくその場に倒れ込んだのは、それと同時だった。
だが、コナタはその二人には目もくれず、背後へと振り返る。
そこには片手に紫色の淡い光を灯すカナタの姿があった。
「よくできたね、コナタ。おかげで気づかれずに済んだ」
「あ……あれだけで、よかったの?」
「うん。コナタは充分、頑張ってくれたよ」
カナタはコナタの声にそう答えたあと、床に倒れ込んだ二人の男を見下ろした。
「わ……悪い人じゃなかった、みたいだよ?」
「そうかもね。でも、こんな男たちのことなんて気にしなくていいよ」
カナタは男の身体を跨いで倉庫の前に立つと、手に灯した紫色の光を扉へ翳した。
当然ながら倉庫には鍵がかかっているが、しばらくすると開錠される小さな音が響いた。
「行こう、コナタ。宝石を探すの」
「うん」
コナタとカナタはそうして、薄暗い倉庫の中へと足を踏み入れた。
内部には木箱や金属製のコンテナがいくつも積み込まれており、通路も狭い。
積み荷の表面には送り先や内容物などが記された紙が張り付けてある。
だが、コナタにはせいぜい数字が記されているくらいしか分からなかった。
「これだね」
倉庫の内部を少し進んだところで、カナタが足を止める。
掲げた紫色の光に照らされた木箱には、『アルマヴェラ』の文字が記されていた。
カナタが木箱の蓋を開けると、そこには確かに宝石が詰め込まれていた。
「わあ……」
暗闇でもきらきらと輝く宝石たちに、コナタが思わず息を漏らす。
一方でカナタは宝石たちを冷めた目で眺めたあと、コナタの方に向き直った。
「綺麗だね、カナタちゃん」
「うん、綺麗だね。どれがいい? 好きなの選んでいいよ」
「……じゃあ……」
コナタが拾い上げたのは、紫色をした指先ほどの丸い宝石だった。
「それにするの?」
「うん。カナタちゃんの魔法と、同じ色だから」
「そうだね。それがいい」
カナタの掲げる紫の灯とよく似たそれは、その輝きを受けて一層の光を放っていた。
コナタにとってその輝きはとても見慣れたもので、同時に大事にしたいものだとも思った。
コナタの知る限り、カナタが使う魔法の色に一番近いのは、星空の色だった。
「カナタちゃんはどうするの?」
「私はどれでもいい」
カナタはそう答えると、手元に一番近い宝石を無造作に拾い上げた。
黄色だった気がする。すぐにカナタの服のポケットへしまわれたから、あまり確かではない。
「行こうか、コナタ」
「うん」
コナタは手に入れた宝石をリュックの中にしまうと、カナタの手を握りしめた。
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アルマヴェラの港に到着した。
宝石を盗んだ後も特に騒ぎが起きることはなく、荷物の積み下ろしと同じタイミングでコナタとカナタは船から降りることになった。他にアルマヴェラで降りる客はいなかった。
「あ」
コナタが船を降りる時、ふとそんな声を漏らす。
視線の先には、自分の話を聞いてくれた二人の男の姿があった。
彼らはコナタとカナタに気がつくと、首を傾げながら話しかけてきた。
「どうした、嬢ちゃん。なんか忘れ物か?」
「あ、いえ……えっと……」
「もしかして、降りる場所を間違えましたか?」
「そ、そうじゃないんです、けど」
しどろどろになるコナタに、二人は不思議そうに互いの顔を見合わせた。
そうしているうちに、カナタがコナタの手を取る。
「ごめんなさい。この子、船に乗るのが初めてで、色々興味があるみたいなんです」
「ああ、そういことかい。船旅は楽しかったかい?」
「あ……はい。船の揺れで、ゆっくり眠れました」
「それはいいですね。船に乗る才能があるかもしれませんよ」
「にしても嬢ちゃんたち、双子かい? そっくりさんだな」
「そうです」
最後にそれだけ告げて、カナタはコナタの手を引いて歩き出した。
コナタも最後に一度だけ二人のほうに振り返り、カナタの隣に並ぶ。
「やっぱり、あの人たちも……ボクたちのこと、忘れちゃったんだ」
「そう。いつものことでしょ?」
そうだ。いつものことだ。コナタは自分をそう納得させた。
旅の最中で、自分たちのことを誰にも覚えさせない。それはカナタが旅をするにあたって決めたことだ。だから、カナタとコナタは国を出ても、これまで一度も追われることがなかった。
自分たちのしていることを考えれば、それが正しいとも思う。
ただ。
「ボクたち、ずっとこのまま……誰にも覚えてもらえないのかな?」
ぽつりと呟いたコナタの言葉に、カナタは振り返った。
「私が覚えてるよ。コナタのことは、絶対に忘れないから」
カナタの言葉に、コナタは何も答えなかった。
ただ、カナタの小さな手から伝わる温もりを、逃さないよう、手繰り寄せるように感じていた。
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