禪院家の影法術使い   作:りー037

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第拾陸話: 交流会への推薦と半年遅れの初登校

 

 己の術式と徹底的に向き合い、高専から適当に回されてくる任務をこなし、よく分からない不審者を撃退しては実験の素材としてこねくり回す。

 ここ数ヶ月、朔はそんな毎日を送っていた。

 

 高専への登校?

 もちろん、入学の日から現在に至るまで一度も顔を出していない。完全なる平常運転である。

 拠点にしているホテルと適当な山林を往復し、時たま寮へ帰ってはただの宿として利用する程度。あとは任務の事後報告を入れるくらいのものだ。

 ゆえに、クラスメイトとも担任の教師とも、いまだに一切顔を合わせていない。

 

「はぁ〜……」

 

 深いあくびを噛み殺しつつ、本日も人気の全くない森の奥深くへとやって来た。

 

 

 ――今日も頑張るぞー。

 

 微塵もやる気を感じさせない、間延びした掛け声。

 彼は今日も、己のシステムを構築するためにやるべきことを淡々とこなしていく。

 

 ちなみに、真依とは何度か会っていた。

 互いの休みが被るタイミングで街へ出かけたり、寮の部屋を行き来して一緒にご飯を食べたりと、それなりに交流は続いている。

 あと、最近変わったことといえば、彼女に『銃の撃ち方』を教わったこと。

 

 

 ずっしりと重いリボルバー式の拳銃を両手で構える。

 

 バン、バン、と。

 けたたましい銃声が響き渡った。

 

(……全然あたらん)

 

 初めてだから当然とはいえ、はっきり言って絶望的なクソエイム。前方に設置した的の中央どころか、端にすら掠らない。

 これなら銃で殴った方が早いのではないだろうか。

 

 

 ――できないけどな。やらないけどな。

 

「まぁ、初めてならそんなものでしょう。なかなか筋はいいわよ」

「……そうなの?」

 

 六発撃って、当たったのはわずかに一発だけ。それも的から外れたかなり端っこの木に。

 これで「筋がいい」などと言われたら、世の中の人間は誰でもゴルゴになれるのではないか。彼女の中のハードルが異常に低いのか、それとも僕に甘すぎるだけか。

 

 ほんの少しだけ胡乱な目を向け、小さく息を吐く。

 

「なによ」

「いーや、なんでも」

 

 誤魔化すようにとっさに視線を逸らす。

 この子は僕に優しいから、気を使ってそう言ってくれているのだろう。そう結論付け、訓練を再開する。

 

 バン、バンッ。

 

 ――あっ、外した。

 

 バン、バン、バン、バンッ。

 

 ――また外した。……全く当たらねえじゃねえかよ。

 

 そんな記憶を思い返しつつ、今でも銃の練習は地道に続けている。ほんの少しだけだが。

 銃というのは良いものだ。引き金を引くだけで、誰でも戦う者になれる。一向に上達する気配はないが。

 

(なんでだろう。こんなに頑張ってるのに)

 

 それと並行して、以前から頼んでいた『弾丸の生成』も終わっている。

 朔自身は、物に対して後から自らの呪力を込める、という真似ができない。だから、真依に弾丸を構築してもらう過程で、彼が呪力を直接提供し、最初から『呪いが込められた弾丸』として生成してもらうというアプローチをとった。

 彼女自身の構築術式の訓練にもなるし、一石二鳥。そのうちの一鳥は僕のものだ。

 

 彼女の手に自分の手を重ね、絶え間なく呪力を注ぎ込む。二人での共同作業。

 

『なんだか、懐かしいわね。昔もこんな風にしたの、覚えてる?』

『あぁ、呪骸の作成とかやったよね』

『それもだけど、もっと前のこと』

 

 真依はこちらを見つめ、疑問符を浮かべる彼に少しだけ唇を尖らせて言葉を紡ぐ。

 

『出会ったばかりの頃よ。一緒にビー玉を作ったでしょ。……あの時、アナタが褒めてくれたのが嬉しくて、私、頑張ったのよ』

 

 

 ――そんなこと、あったかな。

 

 内心で首を傾げつつも、野暮なツッコミは飲み込む。

 二人で重ね合わせた手を通して、温かな熱が互いに伝わってくるのを感じる。朔にとってはどうでもいい日常の一コマでも、彼女にとっては違うらしい。今でも大切に心に残っているようだ。

 

 そこから、数時間の作業が続いた。

 

『はい、できたわよ』

 

 作業が一段落し、鈍く光る呪力の込められた弾丸が机の上に並べられていく。文句のない出来栄えだ。

 

『なかなかいいね』

『全部で二十六発。大事に使いなさいよ』

『ありがとう。助かったよ』

 

 彼女の息が荒く上がっている。何時間も術式を起動させ続けたのだから当然の疲労だ。しかし、出来上がった弾丸の量は、僕の呪力を消費してるとはいえ、以前の彼女の呪力効率から考えれば破格の数字だ。術式が洗練され、効率も上がっている証拠である。

 

『さすがだね』

『アナタの呪力のおかげよ。足りなくなったら、また言ってちょうだい』

 

 さっきまで彼と重なり合っていた右手を、愛おしむように左手で撫でながら。彼女は静かに微笑んだ。

 

 

 

*

 

 

 

 ——現実の森の中へと思考を戻す。

 

 最近変わったことといえば、もう一つ。

 

 謎の不審者に尾行され、監視されるようになったことだ。

 街をフラッと歩けば、術師と思われる『誰か』に狙われている気配を感じる。最初は呪詛師かとも思ったが、どうやらそういうわけでもない。

 ウサギの知覚を以てすれば、彼らの監視網を察知することもおびき出すことも容易い。

 適当な路地裏に誘い込み、蛙を用いて縛り上げて顔を確認する。

 

(……あぁ、禪院家の術師だ)

 

 目的を聞き出そうにも、全く口を割らない。そのため、適当に処理して実験の素材として有効活用することにした。

 なんとなく想像はできる。朔を疎む派閥は、家の中に一定数いる。うちの家も一枚岩ではないからな。おそらく、下っ端の独断だろう。隙あらば暗殺でもするつもりだったのか。

 

 

 ――本当にしょうもない奴らだ。

 

 行動の浅はかさもそうだが、この程度の人間をいくら送り込もうが、僕の首には届かない。

 そう呆れながらも、もはや仕方のないことだと諦めている。せっかくなので、彼らには人体実験に協力してもらった。

 

 術師は、死後『呪い』に転ずるケースがある。

 朔はそれを実際に見たことがなかったため、どのような条件で転ずるのかを確かめたかったのだ。

 

 とりあえず、拘束した術師の胴体を真っ二つにした後、脳天を銃でぶち抜く。

 もちろん真依が作った呪力弾ではなく、ただの鉛玉だ。

 だが、結果は失敗。特に何も起こらず、ただの死体になっただけ。

 

(やっぱり、強い恨みだったり、後悔だったりとか。そういうマイナスの感情が死の間際にドロドロに煮えたぎってないとダメなのかな)

 

 全て無意味だったため、残った肉塊はウサギたちに食わせて証拠隠滅を図った。

 一回目は失敗したが、その後も何度か同じ実験を繰り返している。人間は死する時、非術師であったとしても、呪力が高まるという。このメカニズムを解明出来れば、面白いと思ったのだが。

 実験材料には困らない。捕らえては処理し、それを不審に思ってさらに別の者が調査しに来る。素材提供のループである。

 

 この森自体はバレていないものの、宿泊しているホテルが突き止められたらしく、次々と監視者が送り込まれてくるのだ。

 

 

 ――マジでやめてほしい……。

 

 捕らえて実験、捕らえて実験を繰り返していると、行方不明になった者たちを探すため、ついに彼らの方から自ら接触してくるようになった。

 

『貴様だろう? 以前ここを監視していた同胞は、どこへやった』

『それは教えられない。死んだ人間がどこに行くかなんて、僕には分からない』

 

 以前、インドへ飛んだ時、とある男に世話になったことがある。

 曰く、インド神話における信仰において、命は『生 → 死 → 死後の過程 → 次なる生』へと、ぐるぐると循環していくらしい。

 

 古代インドから現代にいたるまで、人々の生き方や倫理観を形作ってきた極めて重要な宗教的・哲学的思想。神話における輪廻(サンサーラ)。

 

(よくわからなかったな。まあ、彼も気狂い(キチガイ)だったから、話半分に聞いていたけど)

 

 子供の頃に出会った、呪いを持たない修行僧の姿を思い浮かべ、朔はほのかに笑う。

 

 

 

*

 

 

 

 そうして監視者を捕らえては、実験を繰り返す日々が続いていく。

 そんな失敗作ばかりを量産し続けた先で――やがて、その中には『成功例』と呼べるようなものも現れた。

 

 かなり特殊な例だったとは思うが。

 ここ数ヶ月で何人も襲ってきた刺客のうちの一人。あれは、なかなか上手くいったケースだった。

 

 

 ――なぜか僕の『弟』を自称していたが。

 

 僕に弟なんていない。家族を名乗る不審者とか、怖いから勘弁してくれないかな。

 まあ、当然ながらサクッと潰して拘束し、材料にした。

 

 他の監視者たちと違った点があるとすれば、彼は誰かの命令ではなく、完全に「個人的な感情」で動いていたことだろうか。

 理由は不明だが、僕に対して並々ならぬ殺意を抱いていた。僕を殺すために来たのだと、血反吐を吐きながら叫んでた。

 

 その強烈な感情が理由だったのか。

 死に際、呪い殺さんと言わんばかりの、泥のように濁った視線。

 

『許さない、お前を絶対に……ッ!』

 

 そんな途方もない憎悪と共に、彼は死亡した。

 ここまでなら、いつもの退屈な処理作業と変わらない。今までの被験体と違ったのは、ここから。

 

 死んだはずの彼の肉体から、呪力がその感情と呼応するように異常増殖を始めたのだ。

 そして、人間の形を保ったまま、何か別のドロドロとしたバケモノへと変異していく。

 

(……成功した? これが?)

 

 朔は、初めて『術師が呪いに変貌する姿』を目撃する。

 これはいいサンプルだ。

 そう思い、即座に蛙を用いて反転術式を流し込み、爆散させる。

 

 これが死後に呪いへ転ずるケース。やはり、とてつもない負の感情による発露が条件か。

 生き霊のような、世界に対する未練や強烈な怨念が、この現象のトリガーになるのかもしれない。

 朔はそう結論付ける。

 

 だが、その仮説が合っているのかは分からない。これが一回目の成功例だったからだ。

 

 

 実際のところ、あれは『死後に呪いに転ずる自然現象』ではない。少年の内側に秘められていた術式が、死の間際に引き起こした、極めて人為的な『呪い化』。彼自身の術式由来のものであるため、何の再現性もない事象。

 

 だが、この時の朔はそれを知らない。

 いや、知っていたとしても、関係はない。

 

 重要なのは、この滅びかけている肉体と、消えかけている霊体を『どうにかして保存できないか』という点だった。

 サンプルを殺すことなく、かといってこちらに牙を剥かない状態で封印する。そのために何をするか。

 

(そうだ、呪具にしよう!)

 

 人間の物質的な肉体も、呪いとしての霊体も、どちらも消えかけている。

 とりあえず、これを回収する。

 呪具の作成。それらしい儀式の記述を、以前本家の蔵の書物で見た気がする。浴とか、加持とか、そういう類の呪術的アプローチだったか。

 まあいいか。殺さずに、肉体と霊体の両方を再利用しよう。

 

 肉体は、とうに動かない。

 自らが生み出した呪いに腐食され、グズグズに崩れ落ちていく。

 

 

 ――術式が暴走でもしたのか?

 

『コロ……コロシ、テ……ヤ』

 

 完全に呪いへ転じてなお、少年からは朔に対するドロドロとした憎悪が漏れ出ていた。

 どうしたのかな、と不思議に思う。最後まで朔に対して憎悪を募らせていたが、結局のところ、自分には一ミリも関係のない話。

 

 彼がどんな悲劇を持って生まれてきたのか、彼は知らない。

 所詮は敗北者の主張。取るに足らない逆恨みだろう。こちらがその感情を汲み取る理由など、どこにもない。

 有効に活用できるのなら、満足だ。

 

 誰にも愛されなかった、無価値で無意味に生み出された少年の命が、最悪の形で尽きた瞬間だった。

 

 父には才能を期待されず。

 母には愛されず。

 

 彼の母親が愛していたのは、どこまで行っても『たった一人』だけだった。その愛が彼に向けられることは一度もなく、ただ父親からも無価値の烙印を押され続けた人生。

 

 こうして、彼は終わりを迎える。

 意思を持たない醜悪な『呪具』へと加工されるという、最も残酷な結末と共に。

 

 

 

 *

 

 

 

 色々と過去の出来事を思い返しながらも、朔は式神の調整を終え、次のフェーズへと移行する。

 

 

 ――最大の壁。領域展開。

 

 全身全霊の呪力を練り上げ、結界を広げる。

 朔を中心として、ドーム状の領域の外郭が形成され、周囲の空間を覆っていく。森の中に、ポツンと半球状の黒い球体が出現した。

 

 成功した。そう思うかもしれないが、違う。

 この空間には、十種影法術の『術式』が付与されていない。

 

「……失敗か」

 

 げんなりしながらも、その空間内をつぶさに観察する。

 異なる空間を現実に重ね合わせ、分断するイメージまでは完璧に出来ている。だが、そこに術式を流し込むことがどうしても出来ない。

 いわば、術式の付与されていない空っぽの領域。

 朔にその知識はまだないが、技術の方向性としては『領域展延』に近い。それを自分自身の肉体に纏うのではなく、領域のように広く展開している状態である。領域展延を展開している、というのもよく分からない表現だが。

 

(どうしたものか)

 

 術式が付与されていないため、必中効果もなければ、術式自体のバフもない。全てにおいて意味がない。

 強いて褒めるべき点があるとしたら、この閉鎖空間には自身の呪力が極めて高い密度で蔓延しているため、術式操作の精度が微細に上がっているような気がする。相手の呪術を中和したり、妨害したりすることもワンチャンできるかもしれない。

 

 だが、たったそれだけのために、莫大な呪力を消費するのは絶対に割に合わない。

 

 

 ――結論。使い物にならないゴミ。

 

 ため息をつき、結界を解除する。

 空っぽの黒い球体が、ガラスが割れるようにパラパラと崩れ去り、秋の森の景色が再び視界に戻ってきた。

 

「また、だめだった」

 

 ポツリと独り言を漏らす。

 だが、その気怠げな瞳に諦める気配は微塵もない。

 

 

 

*

 

 

 

 季節は巡り、現在はもう秋に差し掛かっている。

 夜の風に肌寒さを感じるようになった頃。

 

 今日も一日が終わり、朔はホテルのベッドに寝転がりながら、真依と電話を繋いでいた。

 他愛のない話。特に意味も理由もない、中身が空っぽの時間。どうやら、あの子はこういうやり取りが好きらしい。

 適当に相槌を打ち続け、会話が一段落したタイミングを見計らう。

 

「そろそろ僕、眠いから寝るね」

『えぇ、おやすみなさい』

 

 そう言って電話を切ろうとした瞬間、真依が何かを思い出したように待ったをかけてきた。

 

『あっ、待って。アナタに伝言があるの忘れてた。ごめんなさい、もう少しだけ時間をもらえる?』

「……どうしたの?」

 

 誰からの伝言だろうか。禪院家からか?

 僕が裏でやっていることがバレて問題になったのだろうか。

 いや、そもそも向こうが勝手に監視網を敷いて襲ってきたのだ。迎撃して素材にしたところで、正当防衛である。だが、いけしゃあしゃあとありもしない嘘をでっち上げ、被害者面してくるくらいは平気でやりそうな連中だ。

 

(まあ、当主がアレだから問題にはならないと思うけど)

 

 そんなことを頭の中でぐるぐると考えていたが、朔の予測は完全に的を外れていた。

 

『九月に、姉妹校交流会があるのよ』

「……何それ」

 

 いや、単語の響きでなんとなく意味は分かる。だが、それが僕に何の関係があるというのか。

 

『一年生からも何人か、人数合わせで参加させたいらしいの。誰にするか話し合いがあったのだけど……アナタ、推薦されてるわよ』

「巻き込まないでよ」

『私に言わないで。周囲がそう言ってるんだから』

 

 朔は深く、深く深呼吸をした。

 

「それ、絶対僕である必要ないと思うんだけど。一年生は他にもいるんでしょ? そっちに回したら? そもそも、なんで君がそんな伝言を預かってるの」

『歌姫先生から、直接連絡が行ってるはずだけど。……出ないでしょ、アナタ』

 

 電話越しに、ジト目で睨まれているのが容易に想像できた。

 

『だから、私に伝えるように言ってきたの。いい加減出なさいよ、すごく怒ってたわよ』

 

 それを聞くと、なおさら電話に出たくなくなる。着信拒否しておこうかな。

 

『いいじゃない。別に交流会くらい出ても。ずっと一人で引きこもってるより、アナタにとってもいい刺激になるんじゃない?』

 

 刺激。

 確かに、それはそうかもしれないと思い直す。

 ぶっちゃけた話、領域へのアプローチはかなり行き詰まっている。一人でこねくり回していても、これ以上の進展は望めないだろう。

 

 それに、東京校には『あの男』がいるはずだ。

 

「……」

 

 朔の頭上に、ピコンと電球が灯った。

 他者の術式運用を観察することは、今の自分にとって大きなプラスになるかもしれない。

 

「ちなみに、どっちでやるの? その交流会」

『京都よ』

「ああ、よかった」

 

 もし東京開催なら、どんなメリットがあろうと秒で断っていたかもしれない。京都校でやるのなら、ふらっと立ち寄るだけで済む。

 

「分かった。じゃあ参加するよ。そう伝えておいてもらえる?」

 

 あっさりと了承した朔の言葉に、電話の奥で少しだけ間が空いた。

 驚いたような、そして——ほんの少しだけ、嬉しそうな気配。

 

『……なら、そう伝えておくわね。ふふっ』

 

 

 ――なぜだ? そんなに出て欲しかったのか?

 

 理由はよく分からないが、まあいいか。得るものは確かにありそうだ。

 

 

 

*

 

 

 

 ——そして、姉妹校交流会の当日。

 

 九月。

 禪院真依は、普段と変わらない様子で京都校へ登校していた。

 交流会は基本的に上級生がメインの行事であり、一年生である彼ら彼女らにはあまり関係がない。目の前にいる同級生の三輪霞も、メカ丸も、出ることはない。

 

 だが、今日の三輪は朝からずっとそわそわと落ち着きがなく、あからさまに緊張しているように見えた。

 

 それはなぜか。

 入学初日からバックレをかまし、いまだ一度も登校していない『幻の同級生』が、今日ついに来るからだ。今度紹介すると、真依が二人に伝えていたのである。

 

「あ、あの〜……真依さん!」

 

 おずおずと、三輪が近づいてきた。

 

「あら、どうしたの? かしこまって」

「今日って、あの……来るんですよね? そのー……」

 

 言いたいことがなんとなく分かった。

 

「えぇ、そうね。少し遅れているようだけど」

 

 真依が肯定すると、三輪は分かりやすくビクビクと肩を揺らした。

 

「その、私、上手くやれるか不安というか……大丈夫でしょうか? だって、禪院家の……」

 

 彼の悪評がここまで届いているのだろうか、と一瞬思ったが、おそらくそういうことではない。

 禪院家。それは呪術界において『男尊女卑と選民思想の権化』のようなものとして知れ渡っている。そんな恐ろしい環境で育ち、すでに一級相当の力を持つ男が来るのだ。一般家庭出身の三輪が不安に思うのも無理はない。

 

「ふふ、大丈夫よ。気にしなくて」

 

 教室の奥にある、入学式から一度も使われていない綺麗なままの空席を見つめた。

 

「彼は、そういう家柄とか性別とか、そういうこだわりを押し付けてくる人じゃないわよ。……純粋に他人に興味がない人だから」

「そうか。お前たちハ同じ禪院の出身だったナ」

 

 メカ丸が、機械音の混じった声で会話に混ざってきた。生まれ育った環境が同じであるなら、その人となりも理解しているはずだと解釈したらしい。

 

「どのような男なんダ?」

「そうね。一言で言うと……」

 

 真依は、顎に手を当てて少し考える素振りを見せた後、クスリと笑った。

 

「——どうしようもないろくでなし、かしら?」

 

 あんまりにもあんまりすぎる評価を聞いて、三輪とメカ丸はどう反応していいか分からず、顔を見合わせた。

 

「でも——」

 

 そう真依が言葉を続けようとした、まさにその瞬間。

 

 ガラッ、と。

 教室の扉が、無造作に開かれる。

 担任の歌姫先生が来たのだろうか。三輪が慌てて振り返り、挨拶をしようと口を開く。

 

「おはようござ——」

 

 だが、言葉は途中で途切れた。

 入り口に立っていたのは、巫女服の教師ではない。

 小柄で、着物を着崩し、全身から「めんどくさい」というオーラを垂れ流している、見知らぬ少年だった。

 

「……はよ。きたよ」

 

 眠たげな半目をこすりながら。

 禪院朔は、九月にしてようやく、高専への初登校を果たしたのだった。

 




 群突奔兎(ぐんとつほんと)
 脱兎×貫牛
 
【挿絵表示】

 画像はイメージです。



 ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!

 感想や評価、とても励みになっています。

 気がつけば、評価が98にまで増えていてビックリしました。もうすぐ100……!

 本当に感謝しています。

 今回も没案をひとつ載せときます。

 今回の没案は、兎と牛。
 コンセプトは、大量の兎がひたすら突進し続ける飽和攻撃。群衆殺到(スタンピート)みたいな。

 あくまで没案なので、この作品に登場する予定はありませんが。

 今後も評価や感想が増えたら、というか気が向いたりしたら、こうした没になった式神の組み合わせも載せるかも。

 よければ、評価や感想を残していただけると嬉しいです!

 それでは、次回からは一年の交流会編に入っていきます。
 引き続き、よろしくお願いします!
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