皆さんのお陰です。
読んでくださった方も、評価・コメントもありがとうございます!!
東京・京都姉妹校交流会が始まった。
開始の合図と共に、朔は足元の影から呼び出した『鵺』の背中に飛び乗り、悠々と上空へと舞い上がる。
木々のてっぺんを掠めるような高度を飛びながら、眼下に広がる広大な森を見渡す。
向こうの東京校の術師と積極的に戦うつもりなどないし、味方に敵の位置などの情報を飛ばすつもりもない。事前の準備時間にトランシーバーこそ渡されたが、まあ必要ないだろう。西宮先輩も空を飛んで索敵ができるらしいし、情報共有はそっちに任せておけばいい。
朔にとって必要なのは、あくまで「仕事している感」を周囲に出すことだ。
与えられた仕事を短期間で完璧にこなせるのは確かに凄いことだが、さっさとこなしてしまったら、確実に次の厄介な仕事が回ってくる。組織というものはそういう風にできている。
(本当に、頑張る気力を削がせるシステムだよね)
とりあえず、空から適当に森を回って、見つけた呪霊をちまちまと祓っていこう。
東堂先輩あたりは、初手から敵陣に突撃してバリバリに戦う気満々だったけど大丈夫だろうか。空を飛びながら、肩に乗せたウサギの知覚をリンクさせ、森に潜む呪霊の位置を特定していく。
(これで適当に貢献して、二級をいくつか祓っておけば、後で文句は言われないでしょ。……いや、歌姫先生あたりには確実に言われるだろうけど)
それにしても、敷地がかなり広い。みんなは普段から、この広大な森で訓練をしているのだろうか。
——ドガンッ!!
自分が飛んでいる方向から少し外れた遠方で、巨大な爆発音が響き渡る。
次いで、森の一部が陥没し、太い木が何本もなぎ倒されていくのが上空からでも確認できた。
(ん? 誰か接敵した?)
かなり強力な攻撃の余波だ。
爆発や呪力の放出というよりは、おそらく純粋な「物理的な打撃」によるものだろう。巨木を粉砕し、そこから立て続けに断続的な打撃音がこちらまで響いてくる。
かなり遠方にいるはずなのに、ビリビリとした風圧すら肌に届いているような気がした。
(これは……)
薄く目を開き、その方向の呪力の残滓を探る。
そして、暴れ回っているのが誰なのかを即座に特定した。
(歩くゴリラこと、東堂先輩か。……いや、歩くゴリラはただのゴリラか)
適当な悪態を脳内でつきつつも、その圧倒的な出力には素直に感心する。
(東堂先輩、すごいな。複雑な術式を使ってる感じはない。純粋な呪力強化か。やっぱり、ゴリラみたいな見た目なだけあって近接がめちゃくちゃ強いんだね)
面倒な戦闘に巻き込まれないよう、鵺に指示を出し、飛行方向を軽く変更した。
高めに飛んでいた高度を少し落とし、森の木々に隠れるように空を這う。
(さてさて。結構森の奥まで入ってきたけど、呪霊はどこだろう)
公平性を保つため、ターゲットである二級呪霊が配置されているのは、おそらく森の中央に近い場所だと予測している。互いのスタート地点が真反対であることから、どちらかの拠点近くにポイントを置くことはないはず。
ウサギを大量に増殖させて一気に索敵したいところだが、それは避けた。自分にとって、不必要な敵の術師まで引き寄せる結果になるのはご免だ。
(適当に森の影に隠れながら、ちまちまと探していこう。勝敗も、ぶっちゃけどっちでもいいし)
こうして飛び続けること、数分。
いまだ、ターゲットである二級呪霊の姿は見当たらない。こっちじゃないのか?
朔は早くも、この作業に飽き始めていた。
(あのゴリラ先輩もそうだけど、なんでみんなあんなに熱量を燃やしてるのかな。戦うのが純粋に好きとか? まあ、確かに先輩たちは全員強そうに見えたけど)
ふと、先ほどの顔合わせの記憶が蘇る。
向こうの東京校には、一人だけ明らかに異質な、ひどく濃い『呪い』を纏っている少年がいた。
(あれ、どうなってるんだろう。なんであんなに呪われてるの?)
疑問は尽きない。それに、彼一人だけ制服の色が白かった。
記憶の糸を手繰り寄せる。以前、どこかでそんな噂を聞いたことがある気がするのだ。
新しく高専に入った、『特級呪術師』の存在を。
いつの日か、適当な任務の報告で高専に立ち寄った時、窓の人間がそんな話をヒソヒソとしていたはずだ。何か凄まじい呪いを纏った少年が、無条件で特級の認定を受けたとか。
凄いなと、純粋に思う。
術師の『特級』認定条件は、彼も知識として知っている。
単独での、国家転覆が可能であること。それが条件だ。
あの卑屈そうな、弱々しい少年がそうであるのか。呪いの異常な密度と、転入の時期を考えれば、条件は完全に合致する。
(あれが、噂の特級の転入生か)
あの恐ろしいほどまでの呪いの気配。あんな爆弾のような存在でも、高専に入れるのだなと感心する。
もし敵に回ったら、恐ろしいことになりそうだ。リスク管理の観点から言えば、さっさと処刑して憂いを断つべきだと思うのだが、上の人間は何をしているのか。
いや、理由は明白だ。たぶん、あの白髪の男が後ろ盾になっているのだろう。
――五条悟。
(彼がいる以上、総監部としても表立って反対できないんだろうな。はぁ、やだやだ)
総監部の腐敗ぶりもどうかと思うが、強大すぎる力を持った人間が既存のルールをねじ伏せて跋扈する状態も、決して健全とは言えない。まあ、呪術界の上層部自体が全く健全じゃないのだが。
どっちがトップに立っても、あまりいい始末にはならなそうだ。
強さゆえに偉い。強すぎて、どんなルールでも縛ることができない。そんな究極の存在が、この世界にはいる。
(……五条悟。現代最強)
自分とは全く異なる世界の話のように捉えていた。関わったことがないから。
一体、どれほどの実力者なのだろうか。今の自分には想像もできない。三人の特級の中でも、頭一つ抜けているらしいが。
あの呪いに憑依されている子はどうだろう。彼もとんでもないことになっていたが、やはり特級というのは、常識の枠から斜めに飛び抜けたような存在なのだろう。
(あんなバグみたいな人間が生まれるなんてね。……戦ったら、勝てるかな?)
今の自分が用いる全てを使えば、戦い自体は成立すると思う。勝てなくはないと思うが。
そんな、自分の実力と特級を天秤にかけるような思考を巡らせていると。
肩に乗っているウサギが、ピクッと耳を立てて短く鳴いた。
「キャン」
それと同時。
朔は反射的に鵺の背を傾かせ、空を切り裂いて飛んできた『呪力のこもった投擲物』を紙一重で躱す。
「ん」
何かしらが飛んできた。それを即座に感知し、華麗に回避してのけた。
「なかなかだね」
自画自賛しつつ、その飛来物が飛んできた方向へと視線を下ろす。
「今のを躱すか? ヒョロガリにしては、やるじゃねえか」
下から、からかうような声が聞こえた。
森の木の上に立ち、こちらを見上げている男が一人。
黒髪で、無精髭を生やし、指定の制服をだらしなく着崩したチンピラのような雰囲気。
東京校、現在二年『秤金次』。
「あれ、僕を狙いにきたの? 他にも色々いるから、そっち行ってくれない?」
鵺の飛行姿勢を安定させながら、上空から気怠げに見下ろす。互いの視線が交差した。
「そう邪険にすんなよ。せっかくの交流会なんだ。……交流しようぜ?」
ニヤリと好戦的に笑い、秤は再び、地面から拾い上げていた手頃な石に呪力を込めていく。
(さっき飛んできたのは、ただの石か)
「オラッ!」
凄まじい風切り音と共に、再び石が飛んできた。
かなりの速度だが、問題はない。距離も十分にある。鵺を操作し、その石を最小限の動きでヒラリと躱しながらも、相手の次の追撃に備えて警戒を強める。
「ほーん。やっぱ当たらねぇか。いい反応だな」
「飛行手段がない奴ほど、何かしら投擲して落とそうとするのが定石だからね。なら、その対策くらいする」
目の前の男は、なぜかとても楽しそうだ。
彼も東堂と同じ戦闘狂なのだろうか。なら、あのゴリラとぶつけた方が相性がいいと思うのだが。あっちに行ってくれないかな。
内心で溜め息をつくも、秤が引く気配は一切ない。獲物を見つけた獣のように、ギラギラとした目を向けてくる。
「はっ……。熱くなってきたぜ」
「あのさ、これ呪霊を狩るゲームだよね? そっちを優先しない?」
適当な正論をぶつけてみるが、多分無理なんだろうな。
「だからなんだ? 俺とお前の目が合った。戦う理由なんて、それだけで十分だろう」
ポケモントレーナーみたいな理屈をこねてくる。
まぁ、分かってたけどね。分かってたけど。
「でもさ——」
「ゴタゴタぬかしてねぇで、かかってこい!! そっちが来ねえなら、こっちから行くぜ?」
こちらの言葉を乱暴に遮り、秤は足元の枝を踏み砕くほどの呪力を込め、空中の鵺へ向かって一気に跳躍してきた。
――引きずり下ろす気か。
下から迫り来る秤の姿を見下ろし、朔は鵺に指示を出した。翼を大きく羽ばたかせ、空中でそのまま後方へと後退させる。
「遅せぇッ!!」
凄まじい加速力で、秤が空中の朔へ肉薄してきた。
出力が極めて高い。このままでは、飛行手段である鵺ごと殴り落とされる。
だが、秤のこの行動も想定範囲内。分かりやすい、一直線の「真っ直ぐさ」。
朔の指が、瞬時に影絵を結ぶ。
相手を限界まで引きつけた、空中のギリギリの距離。そこで顕現させる。
「満象」
「——うぉっ!?」
自らの跳躍の速度によって、もはや回避不能の領域へと引きずり込まれた秤。満象の超質量が、彼を押し潰そうと落下する。だが。
「ラァッッ!!」
空中で、秤は捻りを出して象の側面を殴りつけた。
象の皮膚と呪力を纏った拳がぶつかり合い、バチィッ! と呪いの火花が散る。そして、その強烈な反動を利用して、秤は空中で強引に横へと身体を逸らした。
「ぶねぇ……! 潰されるとこだったぜ」
象の落下を躱すも、跳躍の勢いは完全に失われた。足場のない空中で、これ以上の回避行動をとることはできないはずだ。
「やれ」
その命令と共に、鵺の紫電が走る。
空中で勢いが死んだ秤に対し、極太の雷撃が容赦なく降り注ぐ。
――バリバリバリィッ!!!
「ぐぉぉッ!?」
雷撃の直撃を受け、秤の体が撃ち落とされる。
そのまま、森の木々に衝突し地面へと激突した。
(呪力で全身を守った? でも、それなりのダメージはあるはずだけど)
上空から、大の字になって倒れている男を見下ろす。
「もういい? 防御したみたいだけど、かなり痺れたでしょ。これで——」
言い終えるより早く。
ズワァァァァァッ!! と、土埃を吹き飛ばすほどの呪力が、地面から天に向かって吹き上がった。
「 はっ……それが噂に聞く十種影法術ね。モノホンは初めて見たぜ」
秤が、楽しそうな顔で笑いながらゆっくりと立ち上がる。その口元から血が流れているが、気にした様子は全くない。こちらを見上げる瞳は、熱病に浮かされたようにギラギラと輝いていた。
「それで? もう参ったか、って? 訳ねぇだろ。……最高に熱くなってきたところだ」
まだまだ、このチンピラの戦意は折れていないらしい。
「そんじゃあ、行くぜ。
秤の両手が掌印を結んだ。
『領域展開』
その言葉を聞いて、朔は思わず目を見開く。
――使えるのか。それを。
『坐殺博徒』
パチンッ、という指を鳴らすような音と共に、世界が変わった。
現実の森の景色が、異質な空間に塗りつぶされていく。そして——周囲の異常な世界を見渡すよりも早く、朔の脳内に、大量の『ゴミのような情報』が強制的に流れ込んできた。
(……うえ。なに、これ?)
朔の顔が、これ以上ないほどに嫌そうに歪む。
対する秤は、煌びやかな領域の中で、心底楽しそうに笑っていた。
——【大当たりの確率は 1/239】
——【偶数図柄の
——【特定の演出が発生すれば、
パチンコのルールが、脳内に強制的にインストールされていく。
「なんだ? ギャンブルはしねぇタイプか!」
「この歳でやってる人間の方が少ないでしょ」
常識的なツッコミを入れるが、秤の耳には届いていないらしい。
「ようこそ、俺の
秤が不敵に笑う。
「おら、一回目だ」
彼が指を鳴らすと、けたたましい音を立て始めた。
戦闘を行っている間にも、背後で勝手に『大当たり』の抽選が進んでいくという、狂気のシステム。
「まずは……最初の
——ドンッ!
【3】
続いて、右。
——ドンッ!
【3】
いきなりの、確変テンパイ(激アツ)。
【3】 【 】 【3】
脳内にルールを強制インストールされている朔は、否が応でも「当たるかもしれない」という緊迫した心理状態に巻き込まれる。
ドクン、ドクン、と。心臓の音のような重低音が領域内に響き——。
——スッ。
【3】 【7】 【3】
「…………」
「…………ハズレかよ」
呆気にとられる朔の前で、秤は全く気にした風もなく首をボキリと鳴らし、両手を広げてみせた。
「確率なんてこんなモンだ。……さぁ、次の抽選が始まるぜ」
困惑と殺意の板挟みになっている朔に向かって、手招きをする。
「ほら、打ってこいよ。……当たりを引く前に殺さねぇと、間に合わなくなるぞ?」
朔の行動は、極めて早かった。
本来の彼であれば、適当にダラダラと引き伸ばし、時間稼ぎをするはずだ。しかし、直感が警鐘を鳴らしていた。
――この男に時間を与えてはいけない。
大当たりとやらを引かせるわけにはいかない。そう本能が告げている。
鵺の翼に、最大出力の雷をチャージする。さらに、『脱兎』へ増殖命令を出した。
ポンポンポンッ! と、肩に乗っていたウサギたちが無数に増殖し、空から一斉に秤へと襲いかかる。
「おっ? やっとやる気になったか!」
楽しそうに笑い、秤も群がるウサギを迎え撃つべく迎撃態勢に入る。
(雷で痺れているはずなのに……!)
秤は、ウサギの群れを次々と蹴散らしていく。
近接戦闘能力が異常に高い。ならば、数で足を引っ張るまでだ。
朔は鵺を急旋回させ、ウサギの対処に追われている秤の死角へ、強烈な紫電を打ち込む。
――バリバリバリバリィッ!!!
先ほどよりも長くチャージした分、雷撃の威力が格段に跳ね上がっている。
「おっ?これは、マズいな……!」
秤は瞬間的に呪力を放出し、雷の直撃軌道から強引に身体を逸らして回避する。ほんの少し電気の余波を浴びるも、自らの肉体を呪力で強化することで無理やり弾き飛ばす。
「……少し、ピリッとしたか?」
飄々とした態度で、秤がこちらを挑発してくる。
(面倒だね。近接戦闘が強すぎる。あれが揃うとどうなるのか分からない以上、さっさと潰してしまいたいけど、下手に接近するのはリスクが高い)
付かず離れず。遠距離の武器を持っていない秤なら、距離さえ取っていればそこまで怖くはない。投石にだけ気をつけていればいいか。
「キリがねぇな」
そう吐き捨てると、秤はこちらに向かって一直線に突っ込んできた。
(自分から来るんだ。当たりとやらが出るまで、逃げ回って粘ると思ってたけど)
ウサギに指示を出し、囲い込むように動かす。
「チッ!」
対処しきれず、秤の肩と脇腹が切り裂かれる。しかし、その動きは全く止まらない。痛みに耐性があるのかと思うほど無頓着に、ウサギを殴り飛ばし続ける。
「オラァッ! どうした!? 全然足りねぇぞ!!」
――本当に強いな、このチンピラ。
冷静にウサギを操作し続け、距離を保つ。時折雷を打ち込むも、秤はすぐさま軌道から逸れて致命傷を避け、隙あらばこちらを狙ってくる。
だが、朔も絶対に接近を許さない。
膠着状態。
そこに一石を投じたのは——金属音と、肉が削れる音。そして、空間全体を包み込むBGMだった。
およそ呪術師同士の呪い合いとは思えない、狂気と俗悪さが入り混じった極限の殺し合いの舞台。
「……そろそろ、
秤の言葉と同時。
けたたましい確定音の一歩手前——心臓を鷲掴みにするような『重低音』を響かせて動き始めた。
——ドンッ!
【6】
——ドンッ!
【6】
真ん中のリールが、スローモーションで回転を続ける。
【6】 【 】 【6】
再び訪れた、
脳内にルールを刻み込まれている朔の顔に、明確な焦りの色が浮かぶ。
(防ぐ)
勝負を一気に決めようと、ウサギの群れを操作する。渦を巻くように秤の周囲を取り囲み、足止めをする。
それと同時に、両手で牛の影絵を結んだ。
「貫牛!突っ切れッ」
助走が始まった。
巨躯の牛が、大地を揺るがしながら猛烈な勢いで走り始める。狙うは、彼の胴体。
大当たりが確定する前に、その身体を吹き飛ばす。
だが、秤はその絶死の突進を迎え撃つように、不敵な笑みを浮かべて両腕を広げた。
「来いよ。このヒリヒリする
ゆっくりと、ゆっくりと引き寄せようとしている。
当たるか、ハズレるかの極限のタイミング。
貫牛の突進と、秤の鋸状の呪力を纏った拳が、真正面から激突しようとした——その、まさにコンマ一秒の隙間。
【6】 【6】 【6】
――パカァァァァンッッ!!!
——大当たり。
秤の全身から、暴風のような呪力が吹き荒れた。
「くっ……!」
圧倒的な呪力の奔流に、朔は片腕で顔を覆う。
大当たり。その『恩恵』が、秤の肉体に与えられた。
「あぁ……熱くなってきた!!」
秤が、歓喜の咆哮を上げる。
「まだまだ、やろうぜ!!」