こうして、交流会の団体戦自体は終了した。
だが、問題児二人は勝手に第二ラウンドを始めている。
再び領域『坐殺博徒』を展開し、パチンコの狂騒空間へと朔を引きずり込んだ秤金次。
対する朔も、複数の式神を同時に顕現させ、互いの術式が激しく交錯する死闘へと突入していく。
それは、互いに一歩も譲らない極限の削り合いだった。
秤は距離を詰め、迫り来る式神たちを無理やり弾き飛ばしながら、術者を叩き潰そうと突進を繰り返す。
だが、朔の巧妙かつ緻密な式神操作を前に、決定的な距離を詰めることができない。影から影への空間移動、ウサギによる死角からの足止め、大質量による面制圧。あらゆる手札を最適解で切り続けるヒョロガリを前に、秤の拳は幾度も空を切った。
一方で、朔もまた致命的なジレンマに陥っていた。
相手を仕留めようと致命傷を叩き込んでも、秤の『大当たり』のループを止めることができないのだ。
複数の式神を巧みに連携させ、必殺のコンボを叩き込んでも、男の肉体は瞬時に超速再生を果たしてしまう。決定打を与えられず、ただただ無限に溢れ出す呪力の波を捌き続けるしかない。
終わりの見えない、呪力と体力の不毛な削り合い。
そんな狂気の戦闘を続けていると。
「あんたら、いつまでやってんのよォォォォッ!!」
普通に観戦室のモニターで様子を見ていた教師陣に、私闘が完全にバレたのだ。慌てて介入してきた大人たちの中には、当然のように京都校の担任である庵歌姫の姿もある。
「先生、これは——」
――ドゴォォォォォォンッ!!!
問答無用。歌姫の強烈な飛び蹴りが、朔の顔面目掛けて炸裂する。
だが、朔も反射的に顕現させていた『虎葬』を盾にし、その苛烈な物理攻撃を見事にガードしてみせた。虎の式神がズザザザッ! と地面を滑りながら衝撃を吸収する。
「十年以上前ならいざ知らず、このご時世に体罰はちょっと……」
「うるさいわッ!!」
歌姫は青筋を立てながら、さらに虎葬を押し込もうと力を込める。
「団体戦はもう終わったっつってんでしょうが! この馬鹿は!!」
ガミガミと、森中に響き渡るような大声で説教が始まった。
――なんで、僕だけこんな怒られてるの。
理不尽さにため息をつきつつ、視線を逸らす。先ほどまで殺し合いを演じていたチンピラは、教師陣の気配を察知した瞬間、「じゃ、俺はこれで」と言わんばかりにすでにどこかへ消え去った。見事な逃げ足である。
「ちょっと! あんた、話聞いてんの!?」
「あ、はい」
ゴゴゴゴゴ……と、歌姫の拳に再び呪力が集まり始めた。
(今日会ったばかりなのに、遠慮が一切ないな、この人)
本当に勘弁してほしい。肉体を呪力で防御するのは極端に苦手なのだ。あんな怒り任せの一撃を直接食らったら、骨が何本か砕けてしまう。
「わかった、すみません。以後は気をつけます」
素直に頭を下げ、そそくさとその場から逃走を図った。
背後から「コラ待ちなさい!」と最後まで文句を言っていたが、向こうも色々と事後処理やら何やらで忙しいはずだ。
何せ、森の奥深くでものすごい呪力が吹き荒れていたのだ。一瞬で東京校が勝利をもぎ取った異常事態に、大人たちも対応に追われているのだろう。
——だが。
逃げるように森を歩く朔の顔には、微かな笑みが浮かんでいた。
(すごい、面白いものを見た)
今回の交流会自体には、微塵も関心はなかった。
しかし、図らずもあの男の『領域』を肌で感じることができた。それは、今の彼にとって何事にも代えがたい素晴らしい成果だったのだ。
とても満足している。
(試したい。……今なら)
じっくりと、あのチンピラの展開した狂気の領域を内側から観察できた。
領域の構築プロセス。パチンコというシステムを強制的に脳内へインストールし、そのルールの上で無限の呪力を引き出すという異常な発想。
普通の領域とは全く異なるアプローチだったが、それは彼にとって非常に面白い、そして実用的な『力の形』だった。
未だに術式を付与できず、空っぽの空間を展開するだけに留まっていた己の領域。
そのピースを埋めるためのパズルが、頭の中でカチリと音を立てて組み上がり始めている。
(一日目はこれで終わりだよね。なら、早く帰って試そう)
指先が、ウズウズと微かに震える。
術式に対する深い探求心と渇望。
早足で出口へ向かい、そそくさと帰路につこうとした。
しかし。
ポケットの奥にしまっていたトランシーバーが、ブルブルと震えながらノイズ混じりの音を立て始めたのだ。
「……ん? なにかな?」
足を止め、ポケットの中で震える黒い塊を取り出す。
試合はもうとっくに終わっているはずなのに、なぜか今更トランシーバーが鳴っている。
いや、よくよく思い返してみれば、団体戦が終了した直後あたりにも、微かに鳴動していたような気がしないでもない。ただ、普通にチンピラの領域に飲み込まれ、パチンコルールの二度目の強制インストールをされていた最中だったため、気にも留めていなかった。あの時はちょっと集中していて、それどころではなかった。
トランシーバーのボタンを押し、応答する。
「はいこちら朔。オーバー」
『あっ、やっと出た! 朔くん? ちょっとこっちに来てもらえる?』
通信の主は、西宮桃だった。
やっぱり、さっき鳴っていたのも気のせいじゃなかったらしい。何かのお呼び出しのようだが、こっちは早く帰って実験をしたいのだ。とても困る。
「あぁー、すいません。僕はもう帰るので、また今度で」
早く試したい。結界の構築、領域のイメージ。今なら前よりもずっといいところまで行ける気がする。
そんな逸る思いから、食い気味に断りを入れて通信を切ろうとする。
だが、切断するよりも早く、焦ったような待ったがかかった。
『ちょっと待って! 真依ちゃんが、さっきの爆発の余波に巻き込まれて……意識がないの!』
——ピタッと、朔の手が止まった。
「……」
だから、迎えに来てほしいということだろうか。だが、それなら僕である必要はあるのか。先生たちも事後処理に向かっているはずだし、適切な処置ができる人間は他にいる。
「えぇと……彼女が怪我をしたっていう話ですよね? なら、医療スタッフあたりに任せたらいいんじゃ……」
『いいから、来なさい!! 今場所を教えるから!』
西宮は全く聞く耳を持ってくれなかった。なんで僕を呼ぶんだよ。
それにしても、彼女がやられたのか。倒れている真依の姿を頭の中で想像する。
(頑張ったのかな)
ふと、そんなことを思う。彼女は戦闘には不慣れだ。構築術式を実戦に活かすのはひどく燃費が悪く、何より彼女の精神性は、命のやり取りをする呪術師にはあまり向いていない。
それなのに、なぜ交流会に自分から進んで参加したのだろう。戦闘が好きなわけでもなければ、得意なわけでもないのに。
――あんなに弱いのに。なんでかな?
『ちょっと! 話聞いてるの!?』
ハッと意識を戻す。どうやら、トランシーバー越しにこちらの現在地からの方角や場所を伝えていたらしい。全く聞いていなかった。
「ごめん。聞いてなかった。もう一回お願いします」
『……ッ』
ピキリ、と。通信越しにでもはっきりと伝わるほど、西宮が苛立っているのが分かる。これはまずい。
「あー、えっと、呪力を高めていただければ感知できるので、それでお願いします」
『……はぁ。分かった。これでいい?』
深い深い溜め息が聞こえた後、遠方でフワッと呪力が膨らむのを感じ取った。
ウサギの知覚能力を利用し、場所をなんとなく特定する。方向は分かった。距離もこんなものか。そこまで遠くはないね。
「はい、問題ないです。今から行くので」
そう言って、今度こそトランシーバーを物理的に切る。
このままサッと無視して帰ってしまおうかと少しだけ魔が差したが、大きな溜め息を一つ吐いて、その方角へと向き直った。
「飛べ」
鵺を呼び出し、低空を滑るように移動を始める。
(それにしても、あの特級の人の大爆発に巻き込まれるなんて、不運だね)
今の彼女には、咄嗟の回避行動をとるための移動手段もなければ、余波を耐え凌ぐだけの高度な呪力強化の技術もない。仕方のない帰結ではある。
実際、あの子の身体能力は高くない。僕が言うのもなんだが、京都校の『身体能力ランキング』なるものを作れば、僕と彼女は他の誰にも勝てないだろう。
(ちなみに僕がワースト1で、彼女がワースト2。禪院家の人間が身体能力ワースト1、2を独占とはね)
そんな益体もないことを考えているうちに、所定の位置へと到着した。
*
森の開けた場所。そこには、複数の人間が倒れていた。
あの大爆発に、三年生も何人かやられたらしい。東堂や加茂の姿は見当たらないが、彼らは別行動していたのかな。西宮先輩が、倒れた生徒たちの介抱に当たっているようだが。
鵺から降り立った朔に気づき、彼女が振り向く。
「来ました。大丈夫そうですか」
「えぇ。至近距離とはいえ、攻撃の余波を受けただけだから」
そう答えながらも、西宮は心配そうに地面へ横たえられた真依の顔を見つめている。
「医療スタッフは?」
「さっきの攻撃を直接受けた子もいて、そっちの搬送を優先してるわ」
思った以上に、とんでもない被害が出ているらしい。
まあ、僕が見たところ、特に命に別状はないようだ。突き飛ばされて頭でも打って気絶しているのだろう。
彼女の側に寄り、片膝をついて寝顔を眺める。傷自体はそこまで問題ではなさそうだ。
「向こうの怨霊が、暴走? みたいな状態になって……真依ちゃん、必死で止めようと前に出たのよ」
「……はぁ、そうですか」
あの特級クラスのバグみたいな呪いに、自ら立ち向かった? 彼女が?
(なんか、イメージとズレるな。そんなバトルジャンキーみたいな子だったか?)
高専に入学してたった数ヶ月で、戦闘狂へと変貌してしまったのだろうか。そんな見当外れな思考を回していると、西宮が言葉を続ける。
「真依ちゃん、この交流会が始まる前から、かなり張り切ってたのよ」
それは見ればわかる。こんな面倒な行事に進んで参加するタイプじゃないし。わからないのは暴走した怨霊を止めるために自ら突っ込むなんて無謀な行動にでたこと。
淡々と思考を処理していると、西宮から思わぬ質問が飛んできた。
「真依ちゃんに……始まる前、なんであんなこと言ったの?」
「……?」
「確かに君は強いのかもしれないけど、あの一言は余計だったんじゃない?」
一言? 何の話だ?
『ついてこれないでしょ?』
団体戦が始まる直前、自分が放った言葉といえばそれくらいのものだが。それがどうしたと言うのだろう。あの発言がまずかったというのだろうか。純粋な事実を告げただけの、正論だと思うのだが。
「西宮先輩のように、空を飛ぶ術式を持っていない状態で、『鵺』の飛行についていくって……相当な無理難題だと思うけど。できなくて当たり前だと思うんですが」
その疑問を、素直に彼女へぶつけてみた。
「……ん?? えっと、どういうこと?」
西宮が、狐につままれたような顔をする。
「だから、空飛ぶ式神に追いつけないって、普通のことじゃないですか。純粋な身体強化でバリバリ走って、肉薄してきたいってことです? 」
「…………あぁ、そういうことか!」
西宮先輩は手を叩き、納得したという表情を浮かべた。
どういうことですか、説明してほしいんですけど、と内心で思っていると。西宮は深く、深く天を仰いでから、一言だけ告げた。
「君、一言多いんじゃなくて……その逆だね。言葉が圧倒的に足りないよ。頭に思ってること、もうちょっとそのまま口にした方がいいんじゃない?」
「……?」
おありがたいアドバイスが飛んできた。意味は分からないが。
再び真依に視線を戻す。
蛙の式神を用いて傷を治そうとも考えたが、今無理やり起こして大丈夫だろうか。気まずくならないかな。彼女には彼女で、何か思うところがあったらしいし。呪いに突っ走る意味は全く分からないけど。
「とりあえず、先生を待つのは面倒なんで。僕が運びますよ」
あの大爆発の周辺には、まだどす黒い呪いが沈殿している。あそこから他の生徒たちを救助するだけで一苦労だろう。待っているのも面倒くさい。
そう言って、朔は真依の側に屈み込み、彼女の身体を持ち上げて『おんぶ』の体勢をとった。
(はぁ。なんでこんなことしてるんだろう)
ずっしりとした重みを感じながら、ゆっくりと歩き出す。明日は間違いなく筋肉痛確定だ。
式神に任せて運ばせようかとも思った。というか、自分の体力と効率を考えれば、それが一番丸い選択。
でも。
彼女は、こっちの方がいいんじゃないか、と、なんとなく直感したのだ。
ちょっとだけ、頑張ろう。
*
彼女を背負って、森の中を一人で歩く。
正確には、ウサギを分裂させての周囲の警戒は怠っていない。先ほどの一撃で呪霊はほぼ吹き飛んだらしいが、不意打ちに対する警戒は必要だ。誰かを守りながら戦うというのは、僕はかなり苦手だから。
トボトボと、足のしんどさを誤魔化すように必死に歩く。疲れた。
ふ 戦闘している時よりも疲れる。この子、百七十センチ前後あって僕より身長が高いし、多分体重も僕よりあるだろう。
(早く帰りたい。早く実験したい。領域を試したい)
そんな先のことを考えながら歩いていると、背負っていた彼女がピクリと動いた。
「……さ、く?」
「起きた?」
真依は薄く目を開け、現在の状況を確認する。そして、自分が彼に背負われていることに気づいた。
「どうして、アナタ、が……?」
声がひどくたどたどしい。どうやらまだ身体が痛むようだ。「自分で歩け」とは、まあ言えない状況だな。
「君が倒れてるって聞いたからね。迎えに来たの。他にも怪我をした人が何人かいるらしくて、君は軽傷だから僕が運ぶことにした感じかな?」
「……そう」
そう言って、彼女はコトリと頭を朔の肩に押し付けるように目を閉じた。降りる気はないらしい。
「……そういえば、先輩に聞いたんだけどさ。暴走した呪いに突っ込んだらしいね。止めようとしたんだろうけど……らしくないんじゃない?」
その言葉を聞いて、背中の身体がほんの少しだけ硬くなったような気がした。質問の答えが返ってこない。
(……今度はなんだろう。また地雷を踏んだのか、僕は。どこにあるんだ、その地雷は)
そんなことを思いながら、気長に返答を待つ。
「……どうせ私は、アナタにはついていけないわよ」
耳元で、ぼそりとそんな言葉が呟かれた。
首に回された腕に、ギュッと強く力が込められる。
(えっ。ほんとに、あれが原因?)
内心で首を傾げた。そんなことある?
(君の身体能力、この学校で僕に次いで低いんだから、ついてこれるわけないのに。そんなことで落ち込んでたの?)
純粋な物理的思考しかできない朔には、彼女の拗ねた本音が全く理解できなかった。疑問は尽きないが、どう返そうかと悩む。
「そっか。……君を傷つけるつもりはなかったんだけど、僕は何か間違えたらしいね」
彼女の抱える複雑な感情の正体は分からない。だが、自分の言葉が彼女を不必要に落ち込ませた事実だけは、なんとなく察することができた。
言葉は返してくれない。だが、首に回された彼女の腕が、さらにほんの少しだけ強くなった気がした。
温かい熱が、肩越しに伝わってくる。
「……ごめんね」
それだけを静かに謝罪し。
重い足を引きずりながら、ゆっくりと森を抜けるべく歩き出した。
評価が一定数増えたタイミングで、式神同士の掛け合わせ。その没の案を載せてるんですけど、次はどれがいいすか?
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轟水貫象(満象×貫牛)
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雷角天牛(鵺×貫牛)
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穿蛙鉄舌(蝦蟇×貫牛)
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お前に任せる(肩ポン)